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第一夜 ベッドの下男 2

 やがて、女はじゃがりこのカップを直接カーペットの上に置くようになった。自分もつまみながら、『ベッドの下男』も時折手を伸ばしていただく形である。


 最初からそうであったかのようにごく自然に、『ベッドの下男』はスナック菓子へと手を伸ばした。じゃがりこはふたり分のペースで消えていき、女は毎日コンビニに買い出しに行くたびに大量に仕入れてきた。


 女はそれ以外、あまり食べる様子はない。よく見ればずいぶんとほっそりしたからだだった。外出もコンビニへの短時間の買い出ししかなく、仕事をしている様子も遊びまわっている様子もない。


 毎日毎日、ただぼうっとテレビやスマホを眺めているだけだ。


 『怪異』たる自分にとってはさしたる異常には感じられないのだが、人間社会ではそれは『ひきこもり』と称される部類のひとなのだろう。女は外に出る気配がまったくなかった。いつもキャラクターもののスウェット姿で長い髪をポニーテールにして、化粧っけなどカケラもない。


 『ベッドの下男』はずっとそのひきこもり生活に付き合っていた。ベッドの下からの視界では見える範囲が限られているが、テレビは見ることができる。


 動物の動画だったり、アニメだったり、ドラマだったり、映画だったり。女は節操なくいろいろなものを見ていた。もしかしたら、テレビがついていればなんでもよかったのかもしれない。


 そして、時折ベッドの下を覗き込んで一方的に感想を述べるのだ。面白かったね、だとか、これかわいい、だとか、すごい泣けた、だとか。


 『ベッドの下男』は黙ってそれにうなずいていた。『怪異』に人間の機微はわかりにくい。おそらく、女が面白ければ面白い見ものだったのだろう。そこに否定の言葉を投げかけたりはしなかった。


 そしてある日。女の家に宅配物が届いた。ずいぶん大きな箱である。


 うきうきとした様子で開封しながら、女は笑ってベッドの下に問いかけた。


「ふへへー、これなんだと思う?」


 見当もつかない。女が食事以外に金を使うことはこれが初めてだった。一体何を買い込んだのだろうか?


「じゃじゃーん!」


 欧米の子供のように乱雑にパッケージを開け散らかした女の手には、動画でも見た最新のゲーム機があった。ニンテンドースイッチである。


 燦然と輝くその新品のスイッチを手に、女は楽しそうに言った。


「ほら、君出てくるの腕だけじゃん。これなら腕だけでもできるかなーと思って」


 まさか『怪異』たる自分のためにゲーム機を購入したとは。やれというのか、ゲームを。たしかに、腕だけでもできないことはないが……


 戸惑いを隠しきれずベッドの下で動揺しているうちに、女はゲーム機の初期設定をすべて済ませてしまった。


「なんで遊ぶ? ふたりでできるやつね」


 ダウンロード画面でコントローラーを渡され、『ベッドの下男』はおずおずとそれを受け取った。


 もちろん、ゲームなど初めての体験である。そういった娯楽とは無縁の存在である自分が、まさかコントローラーを握ることになるとは。


 さんざん悩んだ挙句、以前YouTubeでも見た『大乱闘スマッシュブラザーズ』を選んで購入ボタンを押した。


 インストールが完了して、早速遊べるようになる。テレビの明かりだけが頼りの暗がりで、女は青白く照らされながら、


「いいね! やり方わかる? 私もわかんないんだけどさー」


 と、まずはチュートリアルへと進んだ。『ベッドの下男』も動画である程度はこのゲームの操作法を学んでいたので、そこはスムーズに進んだ。


 このゲームはインターネットにつながっている。ふたりでタッグを組んでネット対戦をすることにした。


 最初の対戦は初心者ゆえ速攻で負けてしまった。女は、あーあ、とため息をついてベッドの下を覗き込み、


「やっぱり最初は難しいね。ちょっと練習しようよ」


 女の提案通り、ふたりは練習モードでしばらく遊んだ。これでも充分に楽しめる。動画でも言っていたが、スマブラは偉大だ。


 『ベッドの下男』は自分が『怪異』であることも忘れて、女といっしょにすっかりゲームに夢中になっていた。その間もじゃがりこはふたり分の早さで消えてなくなる。


 ニ三日ぶっ続けで練習をした。女は眠くならないのだろうか、時折ベッドの上で仮眠をとるだけだった。


 そうして再挑戦したネット対戦。


 激闘の末、ふたりは見事なコンボを決めて勝利した。


「やったぁぁぁぁぁぁ!!」


 よほどうれしかったのか、女は足をばたばたさせて万歳をしてよろこびを爆発させていた。『ベッドの下男』ももちろんうれしかった。完全に人間と同じようにゲームを楽しんでいる。


「やったね! やったね! すごいじゃん、私たち! 君も上手になったよ!」


 褒められて悪い気はしない。ベッドの下から少し照れた気配が流れた。


「ねえ、楽しかったね?」


 問いかけられて、『ベッドの下男』はうんうんとうなずいた。


「よかった」


 また『よかった』だ。まるで何かを確認するかのように、女は言う。


 正直、わけがわからなかった。『怪異』といっしょにゲームをして楽しむだなんて。なにより、自分が『楽しい』と感じられるだなんて。


 この女といっしょにいると、自分の中に新しい感情が次々と芽生えていくのがわかる。『怪異』らしからぬ感情があふれかえって戸惑うばかりだ。


「さあ、次もがんばろ!」


 女はまだまだネット対戦を続けるらしい。『ベッドの下男』はそれに付き合うことにした。


 カーテンを閉め切った暗い部屋の中、液晶テレビの明かりが色を変えて女を照らす。


 しかし、『ベッドの下男』のいる暗闇の中には光は届かない。


 やっぱり、それがすべてなのだ。


 どこか落胆のようなものを感じながら、『ベッドの下男』は次の対戦相手を女とふたりで待った。


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