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第一夜 ベッドの下男 1

初めましての方もそうでない方も、こんにちは、エノウエです!


今回は都市伝説の初恋をテーマにした五作の連続短編集となります


都市伝説は昔から興味のあるテーマだったので、そこに恋愛をどう絡めていくか、試行錯誤しました


『怪異』よりみょうちきりんな人間がたくさん出てきます!


彼らに振り回される『怪異』たちをどうぞご覧ください!

 その男はベッドの下に潜んでいた。


 息を殺し、鋭く研ぎ澄まされた斧を携え、ただ誰かがベッドの下をふと覗くときを待っているだけの『怪異』である。


 そう、『怪異』だ。


 発生源もあやふやな情報が人口に膾炙し、爆発的に膨れ上がる過程で明確なイメージを得、そしていつの間にかこの世界に実像となって顕現した『怪異』。それはひとびとの恐怖の具現化であり、ひとさじの好奇心という夢物語の受肉である。


 偏在するロアの誕生だった。


 男は『ベッドの下男』、『斧男』と呼ばれる都市伝説から発生した『怪異』である。ある日友人が遊びに来て雑談していると、急に外に買い出しに行こうと提案される。強引に外に連れ出された友人が言う。『あなたのベッドの下に斧を持った男が潜んでいるのが見えた』、と。


 そういう(おそらくは)架空の現代伝承から生まれた『ベッドの下男』は、今日も誰かのベッドの下に潜んでいるのだ。


 今身を隠しているベッドの持ち主は、どうやら二十歳そこそこの女らしい。しかし訪ねてくる友人も家族もおらず、ずいぶん長い間待たされている。こうなったら本人に見つけてもらうしかない。


 焦りながらもベッドの下に潜み続けて早一週間ほど。


 ある日、女がピアスのキャッチを床に落としてしまった。ころころと転がるそれはベッドの下の暗がりに入り込んでくる。


 女がベッドの下を覗く。


 すると、『ベッドの下男』はぎょろりとした目でその視線を受け止めた。


 女の瞳が丸くなると同時にベッドの下から斧を握りしめた腕だけを伸ばして、女に斧を振り下ろそうとする。


 今まさに都市伝説通りの惨劇が再現されようとしていた。


 しかし、女は逃げなかった。


 それどころか、笑ってさえいた。


「私を殺すの?」


 誰もが恐れる『怪異』にそんな風に向き合う人間は今までいなかった。驚愕したのは『ベッドの下男』の方だった。


 斧の鋭い刃はぴたりと凍り付き、『ベッドの下男』のまなざしは女にくぎ付けになる。


「いいよ、殺して」


 とても口先だけのセリフだとは思えなかった。女は達観したようなまなざしで『ベッドの下男』の目を見ている。そこには一種のさわやかささえあった。


 女は現状を受け入れようとしている。自分が殺害されるという現状を。


 『ベッドの下男』の中に、興味が芽生えた。『怪異』であるはずの自分が人間の女に興味を抱くなんて。


 実に驚くべきことだったが、同時に新鮮な気持ちでもあった。


 『ベッドの下男』はそのまま斧を収め、再びベッドの下に戻っていった。


 もう少し、観察してみてもいいかもしれない。言い訳のように胸中でつぶやいて、いつも通りベッドの下で息を殺す。


「あれ? もう帰っちゃうの? それともここにいてくれるの?」


 『ベッドの下男』は後者の問いかけにうなずいた。


 すると、女の顔がぱぁっと明るくなる。


「よかった」


 こんな『怪異』に住み着かれて、なにが『よかった』のだろうか。『ベッドの下男』にはわかりかねる。ますます興味がわいた。


 その後も女は時折ベッドの下を覗き込んで、まだ『ベッドの下男』がいることを確認してはうれしそうに笑った。


 なにが彼女をそうさせるのか。


 なぜ『殺していいよ』などというセリフが出てきたのか。


 彼女は自分がこわくないのか。


 ただの『怪異』だった『ベッドの下男』の中に様々な疑問が駆け巡る。


 当分は女を観察していよう。この疑問の正体がわかるまでは。


 ……こうして、『ベッドの下男』と女の奇妙な共同生活が始まった。


 


 『ベッドの下男』は絶対にベッドの下からは出てこなかった。


 それでも斧を握っていた腕だけは伸ばせるので、コミュニケーションは取れた。


「これ食べる?」


 女はベッドにもたれかかって食べていたじゃがりこのカップを差し出してきた。


 じゃがりこ? 『怪異』たる自分にじゃがりこを差し出す女がいるとは。


 たいそう驚きながら、『ベッドの下男』はおそるおそる手を伸ばした。スナック菓子を取ると、小動物のようにベッドの下へ引っ込んでしまう。


 黒い霞のような口元へじゃがりこを運んで咀嚼し、飲み込む。塩とチーズの味がしておいしかった。そして、『おいしい』という感覚を自分が持ち合わせていることに驚いた。


「おいしい?」


 女が尋ねると、『ベッドの下男』はこくこくとうなずいた。


「よかった」


 また『よかった』だ。『怪異』相手にこの女はなにを言っているのだろう。なぜ笑っているのだろう。


 その笑顔をまじまじと眺めていると、視線に気づいたらしい女が照れくさそうにはにかんだ。


「なんだよぅ」


 言いながら、次のじゃがりこを押し付けてくる。『怪異』には空腹も満腹もないが、ごく自然に受け取るとそのまま口に運んだ。


 そうしてひとつのじゃがりこをふたりでわけあい、食べきってしまった。


 女の部屋はいつも薄暗い。カーテンは閉めっぱなしで、スマホの明かりかテレビの明かりしか照明らしきものはなかった。


 ふたりでぼーっとテレビで流れるYouTubeを眺めていると、女がつぶやくように口にする。


「……ずっとそこにいてくれるよね?」


 イエスともノーとも言えなかった。『怪異』である以上、いつかはアーバンロアの通りに女を殺さなければならない。


 答えに困っていると、女はそれ以上追及したりはせずに黙ってテレビを眺めた。


 そうだ、まだ疑問は解決していない。


 それまでは、この女のベッドの下に潜んでいよう。


 そう決めた『ベッドの下男』は、斧をぎゅっと握りしめると、女と同じ画面をただ漫然と眺め始めた。


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