7. 歩く龍燈 〜島を救った高校生の話〜
世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女は住んでいた。
少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。
人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。
果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?
気が付くと、〈思い〉に触れられる程、すぐ側まで来ていた。
不思議だった。先程まで荒れ狂っていた海は静まり返り、響いていた轟音は聞こえない。霧は薄らと立ち込めてはいるが、巨大なそれが、大鳥居をすっぽりと覆い隠しているのが分かった。数メートル先は、もとの荒れ狂う海で、何かこの場所だけが、特別なんだと思う他なかった。
「彩花、大丈夫ですか? 」
「私は大丈夫」
斎は、ゆっくりと茶釜にかぶせてあった羽織をとった。
「炎は無事です」
「でも、こんなに大きいのどうしたら……」
私の膝は、ガクガクと震えていた。寒さからか、そこ知れぬ恐怖からか。
「きっと、他の子と同じです。小さな〈思い〉達をすくい上げるように、落ち着いて、優しい気持ちで受け入れ、導いてあげれは良い。ただそれだけです」
斎は、自らを諭すように静かに言った。ゆっくりと、斎の手が〈思い〉に触れた……と、次の瞬間、
「バチッ!! 」
という音と共に、閃光せんこうが走った。斎は音と共に弾き飛ばされ、強く舟に叩きつけられたかと思うと、船が大きく揺れた。
「斎、大丈夫? 」
彩花が心配するが、狭い舟の中、真ん中には茶釜が2人を遮っているため、近寄る事はできない。斎は頭を手で押さえ、薄れゆく意識の中、彩花の姿と、その背後に聳そびえる巨大な漆黒の〈思い〉に目をやった。
「私が……私がやらなきゃ……」
彩花が、つぶやくように言う。
少し大きめのグローブをつけた彩花の小さな手は、到底それをどうにかできるようには見えなかった。
「落ち着いて、優しい気持ちで受け入れる……。優しい気持ちで受け入れる……」
「バチッ!! 」
閃光が走った。しかし、彩花の両手は、〈思い〉から離れようとしない。彩花は目を閉じ、心を鎮め、〈思い〉を受け入れようとする。
強い憎しみが、体の中にドロドロと流れ込んでくる。まるでセメントで全身を固められているみたいな感覚だ。あの時と同じだった。初めて龍燈の夢を見た時の、足元から崩れ落ちるような、絶望感で全身が覆われるような恐怖を感じた。
「彩花! 大丈夫です! 」
めいいっぱい伸ばされた斎の手が、彩花の右手を包み込む。
「斎……」
2人は、一度お互い顔を見合わせ、そしてまた、〈思い〉と気持ちを通わせる。
「のみこまれてはいけません。落ち着いて、優しい気持ちで受け入れ、導いてあげれは良い。ただそれだけです」
2人のグローブが薄らと優しい色に光り、少しずつ、漆黒の塊は小さくなってゆく。
「落ち着いて、優しい気持ちで受け入れ、導いてあげる……」
茶釜ほどの大きさになった漆黒の塊は、他の〈思い〉達と同じく、吸い込まれるように、釜の中に入り、炎に浄化され、煙となって天に帰って行く。暗い夜空に、白い煙の線が登って行くのを、2人は見上げ、安堵の表情を浮かべた。
「こうやって、千年以上も天と繋がって、私達は、天に生かされている……」
彩花の目から、頬に涙がつたい、ゆったりと落ちていった。
煙が登り終えると、霧は消え始め、波は穏やかになった。2人の乗った櫓櫂舟は、最後の大きな波に乗り、厳島神社を通り抜けると、陸に乗り上げた。
回廊を隠していた海水もどんどん引いていき、宮島は、いつもの景色へと戻ってく。荷車は、不思議と同じ場所で、2人を待っていた。
なぜか、帰りの道のりは軽やかだった。あれ程、苦労して運んだ重い茶釜も、軽い力で進んで行く。
「あっ……」
彩花が振り向くと、後ろから列になった〈思い〉達がついて来ていた。
「やっぱり、歩いてる……」
彩花は、クスッと笑うと、再び前を向き、荷車を押した。夜明け前の薄明かりが、彩花の背中を照らしていた。
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