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6. 荒ぶる神々の島 〜島を救った高校生の話〜


世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女は住んでいた。

少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。

人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。

果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?



 

2人が厳島神社の裏手まで来ると、そこはもういつもの宮島の風景ではなかった。高潮を警戒し、物々しい雰囲気で警備にあたっている地元警察と消防団員。大声を張り上げながら、人々が海に近づかないように促している。


「夜にむけて、満潮が近づきますので、直ちに避難して下さい! 」


「避難場所に向かって下さい! 」


「1時間後には、海岸は全面封鎖され、立ち入り禁止になります! 」


そんな必死な声が聞こえても、荒れる海を見ようとする者、海に飲み込まれそうな厳島神社の写真を撮ろうとする者、世界に向け情報を発信しようとする者、我先にと逃げ惑う者。人々は混乱し、日本語が理解できない者や土地勘がない者は、より一層不安になり、周囲に助けを求める。


しかし、このような状況下では、いくら親切がうりの日本人でも役にはたたない。誰もが皆、自分や家族の危機を目の前にすると、パニックになるのだ。至る所で、怒号が飛び交い、皆、冷静さを欠いている。


いつもの宮島は、いくら人混みになったとしても、皆、神の島「宮島」を目の前にすると、ある程度の理性を保った行動がとれる。それは、観光客や海外から来る人も例外ではなく、聖域に踏み込んだような気持ちになるためだ。それが、今日は、全くいつもとは違うのだ。


「斎、あれ! 」


彩花が、先に異変に気付き、海を指さした。人混みをかき分け見えたのは、濃霧の中から覗く、漆黒の龍燈だった。大鳥居を、すっぽりと隠す程の大きさがあり、霧の中から覗くそれは、2人にとてつもない恐怖を与えた。もちろん、彩花と斎以外には、この異変に気付いている者はいなかった。もしも他に、この状況が見えている者が居るとすれば、絶望で動けずにいるに違いない。


「どうしてこんな事に……」


「斎、どうしよう……。これって、黒いから憎しみ〈思い〉だよね? 何で、こんなに大きいの? 」


「私にも…分かりません。おそらく、強い〈思い〉が、周りを巻き込んでいったんだと……」


「ねぇ、このまま満潮来たら、島ごと全部沈んじゃったりしないよね? 」


「すみません、分かりません……」


斎の声は、段々と小さく弱々しくなっていく。


「じゃあ、私達どうしたら……」


2人は、しばらく人混みから抜け出す事ができなかった。人間とは、あまりにも無力で、天に生かされるだけの存在なのだろうか。


「彩花は、ここで待っていて下さい! 」


斎は人混みをかき分け、波打ち際に降りる事のできる、階段へ向かった。斎が彩花と出会い、〈思い〉達をすくいあげていた場所だ。背の高い斎は、人混みをかき分け進む事ができるが、背の低い彩花は、そうはいかなかった。人に押され流され、思うように進む事ができず、斎と逸れてしまったのだ。


「斎〜、斎〜!! 」


彩花の声は、斎に届く事はなかったが、斎の向かった場所は彩花にはわかっていた。


「何をしているんだ! 戻りなさい!! 」


消防団員の男性の、大きな怒鳴り声がする。斎は、それでも海岸を大鳥居に向かい進んで行く。濃い霧の中、沖合に向かうにつれ、斎の姿が薄れていく。


「待って、行かないで! 」


彩花が斎に追いついた頃には、すでに3人の男性に囲まれていた。膝まで波と泥で濡れ、着物は押さえつけられ、着崩れた状態だった。


「すみません。私の連れです! 連れて帰りますので、すみません、すみません……」


私は必死で謝りながら、取り囲まれた斎の前に体を潜り込ませる。

斎は何も言わず、呆然と立ち尽くしていた。


「こんな時に、この人どうかしとるじゃろ! おかしいんじゃないんか! 」


足元が泥だらけになった、中年の消防団員が怒って言った。無理もない。こんな非常時に、海に向かい突き進むなんて、正気の沙汰とは思えないだろう。

ただ、その中年男性の衣服を見れば、斎の事を、必死で止めてくれたのが見てとれた。


「はい……家が近いので大丈夫です。本当に、すみませんでした」


彩花は、何も話さない斎を、店まで手を引き連れて行く。


「そのままじゃ、風邪ひくから着替えてきて」


そう言われて、部屋の奥へと入って行く斎を見ながら、彩花は何を話せば良いのか分からなかった。そして、何が起きたのか聞くのさえ怖かった。ただただ、部屋の中心に置いてある釜の炎をぼんやりと眺めていた。炎は穏やかに揺れ、このような危機的状況の中でさえも、安心感を与えてくれる。


「寒かったでしょう。温まって下さい」


斎が、温かいお茶を持って戻ってきた。


「斎の方が寒そうだから、しっかり温まって」


「彩花、彩花だけでも、高台の避難所に移動した方が良いかもしれません」 


「でも……」


「私には、彩花を無事に返すという責任がありますから。お母様にも、お願いされています」


「……。斎? さっき、何があったか聞いてもいい? 」


「そうですね、先程はご心配をおかけしてすみませんでした」


「〈思い〉の所まで、行ったんだよね? 」


「はい。もしかしたら他の子と同じように、ここに連れて来る事はできないかと近づいたのですが……。私には、触れる事さえできませんでした。大鳥居ほどの大きさがありましたので、20メートル近いものかもしれません」


「じゃあ、もうどうしようもできないって事? 」



外はもう日が暮れ、宮島全体が闇に呑まれようとしていた。



2人は板の間の座布団に座り、炎が揺らめくのを眺める。ただ時間が流れていく中、どのくらいの時間がたったのだろうか。

せきを切ったように、彩花が話始めた。


「ねぇ、連れてこれないなら、これ持って迎えに行けばよくない? 」


彩花が、釜をキョロキョロと見回す。


「これは、重すぎて動かす事はできませんから……」


斎の顔が、パッと明るくなった。

自分達の、そう、人間の力でどうにかできるかもしれないという、可能性を感じたからだ。


「祖父の大事にしていた、茶釜があるんです! それに、火種を入れて運びましょう。そうすれば、まだ可能性があるかもしれません! 」


斎は、奥の物置部屋から大きな木箱を重たそうに引きずって持って来た。


「この茶釜でも、40kg以上の重さがありますので、大鳥居おおとりいまで運ぶとなると、ひと疲労ですが」


「神聖な火種だから、私は触らない方がいいよね? 」


「彩花は、すでに十分特別だと思いますよ」


斎の顔が、やっとほころんだ。


「やっと、笑った! 」


「え? 」


「だって斎、ずーっと怖い顔してるんだもん! そんなんじゃ、憎しみに取り込まれちゃうんだからね! ほら、しっかりしてよ!! 」


「アハハ、確かにそうですね。それにしても、久しぶりに人に叱られましたよ。懐かしい感覚です」


「これは、釜を手入れする際に使っているグローブで、先代から受け継いだものです。少し大きいでしょうが、付けておいて下さい」


「斎のは? 」


「予備がありますので、ご心配なく」


斎は細心の注意をはらいながら、茶釜へと火種を移してゆく。彩花は、火が絶えないように周りに木を運び入れる。


「裏に荷車がありますので、それで運びましょう」


斎は荷車を店内に押し入れると、厚手の敷物を引き、茶釜を引きずりのせた。先程まで冷え切っていた鉄製の釜は、ほんのりと温かくなっていた。外は霧が暗闇を包み込み、街灯の光が、どこか知らない世界を歩かせているかのように見せた。斎が前で荷車を引き、彩花が後から荷車を押した。

茶釜が動かないようにと、慎重に荷車を進めて行く。


荷車が厳島神社の裏手に到着した時には、すでに満潮間近で、人々は皆、避難した後だった。人の気配はしない。ただ、荒ぶる波の音と風の音、警戒のサイレンが鳴り響くだけだ。お互いの声が聞き取りづらい環境の中、大きな声を張り上げる。


「彩花、あそこに櫓櫂船(ろかいぶね)ぶねがあります!! 」


本来なら、別の場所に繋いであるはずの遊覧参拝船が、高波で本殿脇まで流されて来ていた。

水位が上がり、普段なら歩いて通る事のできる神社内の回廊は、すでに海水で水没していた。


斎は、自分の着ていた羽織を脱ぎ、水しぶきがかからないよう、茶釜にかぶせた。


「彩花、下ろすのを手伝って頂けますか? 」


「もちろん! 私も一緒に行く! 」


「いけません! 足手まといになります! 連れてはいけない! 」


斎が、強い口調で言った。轟音が鳴り響く中、彩花は何も答えない。風が吹き荒れ、波が押し寄せる度に、顔に水しぶきがかかる。

舟を一旦引き上げ、敷物ごと重い茶釜を舟の真ん中にずり乗せた。前には斎が乗り、船内に繋いである(かい)を手に取り、海面に突き刺した。


「彩花、合図するので、後ろから舟を押して下さい! 」


「分かった! 」


「1、2、3 」


波が引くのに合わせ、舟を力一杯押し出す。わずかに陸地に引っかかっていた、舟の底が海へと吸い込まれる。海面に浮かんだ瞬間、舟の後方が大きく浮かび上がる。

斎が後ろへ移動しようとした瞬間、すかさず彩花が飛び乗った。


「どうして……!! 」


斎が、驚いた様子で彩花の顔を見る。


「私、だんだん斎の事、分かってきたから! だから、自分の意思で付いて来た! 」


それからは、何も言う間もなく、2人と茶釜を乗せた舟は、ただ波に打たれ、巨大な龍燈と呼ばれる〈思い〉のもとへと吸い寄せられていった。



少しでもお楽しみいただけましたでしょうか?

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