5. 始まりを告げるサイレン 〜島を救った高校生の話〜
世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女は住んでいた。
少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。
人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。
果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?
「ここだ!! 」
そこは、趣のある2階建ての木造建築で、あたりには古い伝統家屋が並んでいる。
「おもいや」という古びた看板がかかっており、何とも言えない神々しさを感じささせる。中に入ると、綺麗な色の石達が並んでいた。
「ごめんくださーい」
店の中に向けて声をかけると、慌てた様子の斎が、のれんの間から顔を出した。
「帰ったはずじゃ? 」
「うん、一旦帰ったんじゃけどね、来なきゃって思って、来てしまいましたー!! 」
彩花は、はしゃいで、不恰好な敬礼をして見せた。
「それにしても斎って、普通に暮らしてるんだね? 」
「暮らしていかなきゃいけませんからね。普段はこうやって、アクセサリーやストラップなんかを売って、生活してますよ」
「これ、とんでもない力あるとか? 」
彩花は、薄紅色の勾玉のネックレスを手に取った。
「他でも買えるような、普通の石ですよ。こういった物は、込められる思いや願いの強さによって、石自体の力も変わるんですよ。全ては、持ち手次第という事です。気に入りました? 」
話ながら、ゆっくりと彩花に近づく。
「今日は、それを持って、大人しく帰って下さい」
斎は、彩花の首にネックレスを付けた。
「彩花を、これ以上巻き込みたくはないのです。今日は、誰もこの店には辿り着けないはずだったんです」
「どういう事? 」
「この、おもいやという店は、私の意思で、ここに存在する事もできるし、存在を隠す事もできるという意味です」
「どうやって、こちらに? 」
斎が彩花へと尋ねる。
「最初は、厳島神社の辺りで龍燈を探そうと思ったんだけどできなくて、あの一本道を歩いてね、〈思い〉達の残り香みたいなのが薄っすら見えたから、ここまで着いてきたって感じかな! 」
「……。」
斎は、黙ったまま聞いている。
「でさ、その列が店の奥まで、続いてるように見えるんだけど……」
彩花は、奥を覗き込むように体を傾けた。
「はぁ〜」
斎は、大きく諦めたようにため息をつき、彩花を店の奥へと招き入れた。その部屋の中心には、両手いっぱいに広げたほどの大きな釜があり、その中で炎が燃えていた。釜の周りには、歴史書や古い書物が広げられ、足の踏み場がないほどだった。
「どうにかできないかと、調べているんだけど……ね 」
「さっきね、神社の辺りに居たら、昼過ぎなのに霧が濃くなってきてて、〈思い〉達の流れが途絶えたのが原因かなって思って……」
斎は頭をかきむしりながら、地べたに広げてある古文書に目をやる。
「斎、ちゃんとご飯食べてる? 私、お菓子持ってるから」
彩花は、自分のリュックからチョコレートを取り出すと、斎の口に押し入れた。斎の姿が、初めて会った時より弱々しく、余裕がないように感じられたからだ。
「ちなみに、この釜って? 」
「熱いですから、気を付けて下さい」
斎は、口の中のチョコレートが溶けてなくなると、釜について話始めた。
「まず、この釜の中の炎は、1200年以上燃え続けています。龍燈と呼ばれる〈思い〉達は、大鳥居をくぐり、厳島神社を通り抜け、彩花と同じ道を通ってこの店までやってきます。そして、吸い込まれるように、この釜の中に入り、炎に浄化され、煙となって天に帰って行きます。このようにして、千年以上も天と繋がっているんです」
「すごい……です。 なんか、圧倒されるというか……。私達の知らないところで、こんな事があるなんて 」
「人や物、自然などの報われない〈思い〉達は、いずれこの世に溢れ、抱えきれなくなります。それを防ぐ為に、この場所があります。日本だけでも、数カ所、こういった場所があるんですよ」
「彩花は、弥山にある大聖院霊火堂をご存知ですか? 」
「消えずの火、小学生の時、見学に行ったかも」
「そうですね。その消えずの火の始まりと同じ経緯で、うちにも同じ火種が祀られています」
斎は、再び歴史書を調べ始めたが、古い書物を読む事ができない彩花は、何もできない無力さを感じていた。
「ウ〜、ウ〜、ウ〜」
島のサイレンが、突如鳴り響く。2人は、慌てて店の外に出たが、外の景色は先程までと違い、異様な雰囲気になっていた。島内にまで霧が立ち込め、10メートル先の視界も遮られた。
「何これ? 」
彩花は、慌ててポケットからスマホを取り出す。サイレンが鳴り終えると、島内放送が流れ始めた。
「島内の皆様に、お知らせ致します。ただ今、高潮と霧の影響により、フェリーの運航を見合わせております。観光でお越しの方々の受け入れ先として、宮島市民センター、宮島福祉センター、その他、26の施設を、緊急避難場所として準備を進めております。」
その後も、島内放送では、避難場所を日暮れまで放送し続けた。
「斎、何か起こってるんだよね? 早く行かなきゃ!」
「彩花、まずはご家族に連絡しなくては」
その時、彩花のスマホが鳴った。母からだった。
「彩花、大丈夫? 今、テレビで緊急速報が流れて……」
「うん、大丈夫じゃけー心配せんで! ただ、フェリー欠航で、明日まで帰れんみたい」
彩花は、務めて明るい声で答えた。
「泊まる所は? 」
「それも大丈夫。市民センターとか、ホテルとかも受け入れてるって、放送流れてるから」
「でも、本当に大丈夫なん? 」
「大丈夫だって! 」
斎は、母と話す彩花に目で合図を送ると、彩花のスマホを手に取り、落ち着いた声で話始めた。
「初めまして。島内でおもいやと言う店を営んでいます、斎と申します。このような状況で、さぞご心配されているかと、心中お察し致します。島内のホテルや商店でも、観光客の方々を受け入れておりますので、どうぞご安心下さい」
話終わると、すかさず彩花が電話口に戻った。
「ね、大丈夫じゃけぇー」
「彩花の他に、そのお店には何人か泊まるん?」
年頃の娘を、母は心配していた。
「うん、お客さんはいっぱい! もうすぐ列ができると思う……」
電話が終わると、彩花は斎の顔を覗き込み言った。
「ここには、いろんな色のお客様が来るでしょ?早く、列に戻してあげなきゃ」
「もしかして、〈思い〉達の事ですか? 」
「もちろん! 早くお連れしなきゃね」
「……。」
「私、嘘は付かない主義だから! 」
「は、はい。そうですね……」
斎の緊張しこわばった顔が、少し崩れた。
この時の斎は、彩花となら、今の事態をどうにかできるかもしれない、そう思っていた。
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