3. 厳島の秘密と斎との出会い 〜島を救った高校生の話〜
世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女が住んでいた。
少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。
人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。
果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?
深夜2時が近づく頃、家族は皆眠りに落ちていた。先程まで騒がしかった館内の賑わいも、嘘のように消え、静まり返っていた。
そんな静けさの中、彩花が目を覚ました。また、昨日と同じ夢を見たのだ。水面に、炎のような形をした光が、昨日よりたくさん集まってきている。恐怖と同時に、好奇心が湧き出てくるのを感じた。
彩花は、皆を起こさないように上着を羽織り、マフラーを巻くと、そっと外へ出た。
さすが元旦の朝だ。こんな真夜中だというのに、厳島神社周辺には、すでにたくさんの列が出来ていて、皆参拝の順番を待っていた。他にも、弥山の初日の出を目指して来た人や、カメラを構えて場所取りをしている人もいた。
彩花は、適当な格好をして出てきてしまった事を後悔しながら、コートのボタンを上まできっちり止めた。
「もう、戻ろうかな……」
そんな事を思っていると、人混みの隙間から海面に漂っている、炎が見えた気がした。
「誰かの、カメラのフラッシュの光かもしれない」
そう思いはしたが、確かめずにはいられなくなった。背の低い彩花は、歩きながら時折しゃがみ込み、行き交う人々の足の隙間から炎を探した。
すると、いくつもの炎の光が大鳥居の辺りに漂い、そこから海岸へと一列に並んでいるように見える。
彩花は急に走り出し、炎の行き着く場所を突き止めた。
「火が歩いてる……」
そこには、若い男性がしゃがんでいて、海から炎を両手ですくうと、ゆっくり島に降ろすという事を繰り返していた。下ろした炎は、列になり、島の奥へと入っていく。吸い込まれているというよりは、炎は自ら歩いているように見えた。
誰も変に思わないのかと、キョロキョロと周りの人達を見回したが、どうやら他の人には誰にも見えていないようだった。
「あの! 何してるんですか? 」
想像していたより、大きな声が出てしまったと、彩花は思った。
「え? 見えてるの? 」
「はい……」
彩花は、炎に触れる事のできる距離へと近づいた。男性は、一瞬驚いた表情を見せたが、忙しそうにまた作業に戻った。
「手伝いましょうか? 」
彩花は言うと、両手を海につけ光る炎をすくい上げ、まじまじと眺めた。不思議だった。夢では、あれほど怖かったものを、こうして自分の手にとっている。そしてそれは、恐怖というよりは、寂しさや悲しさを感じさせた。炎のような形はしているが、少しも熱くはなかった。熱いというよりは、むしろひんやりと感じられるほどだった。男性は下を向いたまま、作業の手を止めない。
「黒い色をしたものは、絶対に触らないで下さい」
そして、
「君はもしかして、あの時の……」
と、そこまで言ってやめた。
「私達、どこかで会ってますか? 」
「いや、なんでもない。手伝ってくれてありがとう」
そう言うと、男性は、この炎の形をしたものについて話し始めた。
「これはね、龍燈とうと呼ばれるものの一種だよ。日本では、怪火かいかと呼ぶ人もいるね。元旦からの数日間、夜明けに海に漂うと言われているけど、本当は一年中あってね、1日中その先に見える大鳥居をくぐって、厳島神社を通り抜け、ある場所へと向かうんだ」
「ある場所? 」
彩花は聞いたが、男性は話を続けた。
「普段なら何もしなくても、この子達は、自分で行くべき場所へと向かうんだけど、2日前に大きな地震があったでしょ? 」
確かに2日前、福岡の沖合いで震度6強の強い地震が発生していた。震源は海底深かったため、被害はそれほど酷くなかったが、それでも数人の怪我人がでていた。
「九州のですよね? それが何か関係あるんですか? 」
「流れがね、この子達の流れが変わって、上手く入ってこれなくなってしまったんだよ。」
「どうすれば、戻るんですか? 」
「そう、それが私にも分からなくてね。夜更けからすくい始めても、夜明け近くなると、この子達は上手くすくえなくなるんだ。だから、夜中の間に、私がこうするしかないんだけど……」
「どんどん増えていてね。早く対策をとらないと……」
「対策をとらないと? 」
「わからない。今までこんな事にはなった事がないし、今までの大地震の時だって、これほど流れが変わった事もなかったんだ」
「そうなんですか……。私何もできないですけど、また手伝いに来ます! 」
「いや、いいんだ。今手伝ってくれてるだけて、すごく助かってるよ。これは私の使命だからね。それに、君はあまり深入りしない方がいい」
「あの、私、前野彩花っていいます! お名前、教えて頂いてもいいですか? 」
「これはこれは、名乗りもせず、失礼しました。私の名前は、斎と申します」
斎は着物を着ていて、スラっと背は高く、容姿からも気品が漂っていた。
「で、この龍燈って、どんなものなんですか? 悪いものですか? 」
「君には、どんな風に見える? 」
「私には、よく分からないけど、寂しいとか悲しいのがほとんどで、たまに怒ってる感じもする……というか……」
「そう。この子達は、〈思い〉なんだ」
「人の? 」
「人間の〈思い〉もあれば、自然や物、何にでも〈思い〉は存在するからね 」
斎は、そっとその中の1つをすくい上げた。それは青緑色で、他のと比べると小さい形のものだった。
「例えば、この子」
「なんか、悲しい感じがする」
「そう、この子は海に捨てられたゴミだったみたいだね。海に捨てられた事より、海を汚してしまう事の方が辛くて、悲しいんだね」
「次に赤褐色のこの子、この子も同じゴミとして捨てられたけれど、怒りの感情が強いみたいだね」
「この、少し大きいのは? 」
「この子は、海で亡くなった人間の〈思い〉だね。人間や動物、生き物の〈思い〉は、他より少し大きい事が多い。この人にも、死を悲しんでくれる相手がいれば、海になんて普通流れてこないんだよ。行き場のない〈思い〉だけが、こうやって流れてくるんだ」
「さっき、触るなって言った、黒いのは? 」
「あの子は、強い憎しみだよ。憎しみは、他の子も取り込んで、大きく膨れ上がる事があるから、絶対に直接触れてはいけないんだ」
彩花は、沈んだ声で応える。
「つまり、人間が、この〈思い〉達を作り出してて、しかもそれに気付いてもいないって事なんだよね……」
2人は明け方まで、〈思い〉をすくい上げ続けた。そしてそれは列になり、歩くように島の奥へと進んで行くのだった。
「今日は、ありがとう。彩花さんのおかげで、たくさんの子を助ける事ができたよ」
「彩花で、いいよ」
「……。彩花は本当に、昔から不思議な子だね」
「ん? 」
「いや、人間には見えないはずなんだ。だから、だれも気付かない。〈思い〉達が目の前を通っても、触れる事はできないし、たとえ自分と同じ場所に重なっても、気付く事さえないはずなんだよ」
「でも不思議。私、霊能力とか超能力とか、そんな特別な力感じた事ない」
「そうだね。そういった類の力とは違うからね。彩花はこの子達にとって、きっと特別なんだね」
「う〜ん、でもそっか、斎の力になれたんなら良かったって事だよね」
「それでは、気をつけて、ご家族のもとに戻って下さいね」
そう言い会釈すると、斎は島の奥、龍燈と呼ばれる〈思い〉達の向かって行った方へと消えて行った。
彩花は、急に現実に連れ戻され、急いで旅館へ戻った。
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