2. 始まりの日 〜島を救った高校生の話〜
世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女が住んでいた。
少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。
人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。
果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?
その年の始まり、どこで何をして過ごすのが正解なのだろうか?
年末から故郷に帰省し、お正月を親族と過ごす者。その年の、無病息災を静かに祈る者。お節料理を食べながら、日頃の疲れを癒す者。自分にとって大切な人と、初詣に出かける者。それぞれに、それぞれの予定や理由があり、過ごし方も違うのが、普通だろう。
前野家のお正月の過ごし方は、ここ5年以上変わっていない。彩花が小学生の頃までは、県外に旅行に行く事が多かったが、段々と家族の予定が合わせにくくなり、今のようになっていった。
大晦日の午後、電車で1駅、そこからフェリーに乗って宮島の宿で1泊し、翌日、厳島神社で初詣を済ませ帰宅する。
高級宿という訳にはいかなかったが、趣のある古宿で、家族は皆この旅館を気に入っていた。いつもは、対岸から遠くながめている宮島の大鳥居も、各部屋から眺める事ができ、贅沢な気分になる事ができた。
大晦日の早朝、彩花は夢にうなされ、ハッと目覚めた。不思議な夢だった。海の上に光が漂い、こちらに向かって集まってくる。炎のような形で、薄い青緑色のものや、深い漆黒のものなど、色や大きさは様々だった。触れてはいないが、おそらく両手ですくえるのではないかという感覚はあった。怖い、すごく怖い。
しかし、ただ単純な恐怖などではなく、足元から崩れ落ちるような、絶望感で全身が覆われるような恐怖だった。
彩花は、スマホを手に取り時間を確認した。まだ朝の5時半だった。寒い朝にもかかわらず、彩花のおでこには汗が滲んでいた。恐る恐るカーテンを掴むと、隙間から海の向こうにある宮島に目をやった。
「えぇ……っ」
宮島の大鳥居の辺りが、青白く光っているように見えるのだ。霧が島全体を覆っている為、ぼやけてハッキリは見えないが、
「夢と同じだっ……」
彩花は、思わずカーテンをギュッと閉じた。
それからの彩花は、みんなが起きてくるまでの時間、スマホを見て時間をやり過ごした。布団に入り目をつぶると、また同じ風景が思い浮かぶ気がして、怖かったからだ。
「まだ、行かんのん? 」
「ねぇ、早く行こうやぁ」
昼過ぎて、菜乃花と香乃花が騒ぎだした。母は、忙しそうに荷物を玄関に並べながら、父に聞く。
「ねぇ、まだ出てないんかね? 」
「まだ……、じゃねぇ〜」
父は、スマホでフェリーの運航情報を調べながら言った。この日は、霧が一段と酷く、朝からフェリーは欠航となっていた。
乗船時間は、10分ほどの短い距離だったが、このように天候によって欠航になる事も稀にある。台風などで、フェリーが欠航になってしまうと、島に渡る術はなく、また、出かけに島民が帰れなくなる事もあるほどだ。
結局、前野家が旅館に到着できたのは夜7時過ぎの事で、フェリーはもちろん、駅から厳島神社、旅館までもがかなりの混雑、疲れ切っての到着になった。
「前野様、ようこそお越し下さいました。この度は大変でございましたねぇ」
「はい、かなり混んでましたね。こんなに霧が続く事もあるんですね……」
父が、台帳に記入しながら言った。
「大抵は、酷くても昼過ぎには霧も晴れていくんですが、今日みたいなのは初めてですね」
女将は言うと、部屋へ案内した。彩花達は、先に食事を済ませると、温泉で疲れを癒す。と、言っても、彩花は昔から温泉が好きではなかった。すぐにのぼせてしまい、長く入って居られないので、自宅のお風呂との差が感じられなかったからだ。
父と母は部屋でワインを開け、子供達はジュースとお菓子で年越しを楽しむ。夜更かしの特権付きなのだから、テンションも上がる。前野家、恒例カードゲーム大会が始まった。
「負けた人は、売店でアイスね」
菜乃花が、高めのテンションで言った。
「じゃあ、香乃花が負けた時だけ、お母さん付いて来てやー」
「え〜ヤダぁ〜。その時は、2番負けが付いて行こ! 」
母は、だだっ子の子供みたいな事も言う。結局、ゲームには菜乃花が負けたのだが、なぜか2番負けの彩花まで、付いて行かされる事になった。
部屋に戻る途中、2人は仲居さん達が話しているのを聞いてしまう。
「なんか、今日の霧おかしくなかった? 」
「確かに……。 大鳥居の辺りだけ、霧が妙に濃い感じだなーとは、思ったぁ〜」
「明日は、問題ないといいけど…」
菜乃花は気にも止めていない様子だが、彩花は違った。何か異常な事が起きているのではないか?そう思わずにはいられなかったからだ。彩花のアイスを持つ両手が、益々冷えていくようだった。
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