前野彩花 という 少女
世界遺産、厳島の対岸に、高校生の少女が住んでいた。
少女は神秘に満ちた、不思議な体験をする事になるのだった。
人間が自然を壊し、そして人々に天災となり襲いかかる。
果たして、少女は神秘に満ちた島を守る事ができるのだろうか?
厳島
「神秘の島は存在した
人知れず、人々を支え
人知れず、天と我々をつなぐ」
ある島には、妖怪と呼ばれる類のものが存在し恐れられ、ある島には、人に生きる力を与える、特別な場所が存在する。
厳島は宮島とも呼ばれ、人口2千人弱ほどの小さな島だ。春にはお花見、秋には紅葉を楽しむ事ができ、厳島神社や弥山なども有名だ。
近年、パワースポット巡りなどが流行してからは、観光客が増加、益々観光業が盛んになっている。そんな、宮島の対岸に住む、17歳の彼女こそが、この物語の主人公となる。
彼女の名前は、前野 彩花。
自分の部屋からは、宮島の厳島神社大鳥居を望む事ができた。
薄く霜が降りるほどの、寒い12月の朝、
「お母さん、今日たらこパスタ入ってる? 」
彩花は、毎日のお弁当のおかずに、たらこパスタが入っている事が楽しみだった。普通のスーパーに売っている冷凍食品だったが、お弁当用の小分けパックの為、ソースたっぷりでご飯も進む。これが入ってるだけで、朝から少しだけテンションが上がる。
「はいはい、今日は入れた! ほうれん草は、残さんでよ」
母は、お弁当を袋にしまいながら言った。お弁当袋は、年頃の女の子の好みそうな可愛い柄だったがお弁当箱は違った。幼稚園の時から使っている、昔ながらのアルミのお弁当箱だった。
しかも、絵柄が剥がれてしまってからは、母好みのシールが、何度か張り替えられている。結局、このタイプのお弁当箱が、一番長持ちするのだと、母は言い聞かせていた。
彩花には、2人の妹が居た。
中学生の菜乃花は、14歳。
3学年も違うというのに、昔から背が高く発育も早かった為、妹というよりは、いつも競い合っているライバルのような存在だった。
一番下の妹は、小学生の香乃花10歳。
彩花が1年生の秋に生まれ、年も離れている為、可愛がっている。
彩花は、自宅から徒歩15分の工業高校に通っている。近所に住む友人達は、駅も近い為、電車を利用し、高校からは離れた学校に通う者も多かった。建築に興味があり、自宅も近い為、迷う事なく、この学校に入学を決めた。
幸いだったのが、幼稚園からの親友の美佳もこの学校に入学を決めた事だった。根っから明るい性格の彩花でさえも、親友が同じ学校に通う事で、助けられていると、感じる事が多かったからだ。
「ピンポーン」
チャイムがなった。美佳だ。
美佳の自宅は、5分と離れていない距離だったが、通学途中に彩花の自宅がある為、毎朝迎えに来てくれる事になっている。
「美佳ちゃん、おはよう。寒いねぇ」
「おはようございます」
母が先に出て、朝の挨拶をした。
「美佳おはよー行こ! 」
「じゃ、言ってきまーす」
2人は学校に向かい歩き出した。いつものように、歩いていると、時折り建物の隙間から、宮島が見える。
「今日、なんかモヤってない? 」
彩花が、指差しながら言った。
「確かに、かなり隠れとるね。上半分見えんじゃん」
美佳も、朝日で目を眩しそうにしながら宮島を見た。
この日の宮島は濃い霧に覆われていたが、寒い時期にはまれにこのような事があるので、特別驚く事ではなかった。
その日は終業式の前日で、彩花のクラスでは、冬休みの課題が配られた。30枚程度のプリントの山、授業のレポートなど様々だが、その中に、「将来の夢」についての作文と、「宮島の魅力」についての作文があった。
「先生〜、宮島の魅力って、どんな事書けばいいんですか〜? 」
お調子者の男子生徒が、手を上げて聞いた。
「それは、自分で考えて書け〜。宮島は、奥が深いぞ。冬休み明けに、市の応募作品として提出するからな! 」
「先生ー、ヒント下さーい! 」
「宮島には、世界遺産の厳島神社や弥山があるぞ! 」
「そんなの知ってるしー」
「当たり前じゃん」
生徒達は、口々に言った。彩花は、課題の入った茶封筒を鞄に押し込みながら、ふと窓の外を覗いた。残念ながら、彩花の教室からは、隣の建物が邪魔をして、宮島は見る事ができないのだった。
終業式の午後、彩花と美佳は図書館に居た。2人とも、本気でやらないと、課題が終わらないと焦っているのだ。几帳面な性格の美佳は、教科のプリントを順番通りにこなしていき、彩花は、気分次第でプリントを選び、こなしていった。
「ビュー 」
寒い風が、2人の頬に向かって吹いてきた。換気の時間だ。図書館司書のおばさんが、1時間ごとに窓を開けて換気をしていた。2人は目配せをして、外のベンチに向かった。
「ヤバ〜寒い」
美佳が、彩花にピタッとくっついて座った。
「待って、すぐ注ぐ! 」
彩花は自分のバックからポットを取り出し、紙コップに2つ、温かいミルクティーを注いだ。湯気までも特別甘い香りの、母特製ミルクティーだ。2人は、チョコレートをつまみながら話し始めた。
「彩花、将来の夢の作文もう書いた? 」
「うん、それは、ささっと書いたんよー」
「そっか、彩花は、一級建築士って決まってるもんねー」
「それより、宮島の作文! あれ、意外と難しくない? 」
「え? それこそ簡単じゃん! 調べて写すだけでしょ?」
「それは、そーじゃけど……」
彩花は首を傾げたまま、上の方に目線を上げ、少し考えてから言った。
「あ、幼稚園の卒園遠足で、弥山登ったよね? しかも、小学生の時、町探検も行った! 」
「町探検っ……」
美佳が、からかうようにクスクス笑う。
「あの時、彩花さぁ、迷子になったじゃん! 覚えちょる? 集合時間ギリギリでさ」
確かに、彩花は小学1年生の秋、学校の町探検という総合学習の授業で、ちょっとした迷子になっていた。
授業自体は7〜8人の班に別れ、1時間ほのど自由時間の中で、街の人へのインタビューと、お土産の定番もみじ饅頭を1人2つ購入するという、簡単なものだった。
しかし、集合場所に戻る途中で、気付くと彩花の姿が見えなくなり、仕方なくメンバーは集合場所へと先に向かった。
先生や、お手伝いに参加していた保護者の何人かは、あたりを探しに行ったが見当たらなかった。
集合時間に遅れる班もあり、バタバタとした中で、結局、彩花自身は集合時間ギリギリに、集合場所に現れたので、特別問題にはならなかった。
「それがね、迷子になったのは覚えちょるけど、未だにどの道通ったかは、思い出せんのんよねー 」
「いやいや、それがわからん人が迷子って言うんよ〜」
「なんか分からんけど、知らんうちに知らん道歩いてて、誰かに出口まで案内してもらった気はするんじゃけど……」
「だから、ザ! 迷子じゃん」
「確かに、確かにそうなんじゃけどね、なんか不思議な感じの道で、人とかも歩いてなくて……」
彩花は、冷めかけたミルクティーをグッと飲み干した。2人はそれから1時間程勉強し、帰宅の途に着いた。
その日の夕食時、彩花は母に尋ねた。
「ねぇ、うちが小学生の時、宮島探検で迷子になった時の事って、覚えちょる? 」
「え? 宮島探検か〜、何で急に? 」
「学校の課題! 宮島の魅力について書かんといけんのんじゃけど、なんかふと思い出して……」
「う〜ん、火が歩く? とか、どーのこーの言ってたような、よく覚えてないけど。あ、でも確か、イケメンに助けてもらったとは言ってたわ! 」
「えー、宮島探検って何ぃー? 」
菜乃花が聞いた。
「菜乃花の時には、もう無くなってたんよ。 総合の学習で、宮島に行って、班ごとに自由行動したんよね?」
「いいな〜香乃花も行きたかった〜」
そんな話をしていると、父が帰宅した。母は、鍋を温め直しに、立ち上がり、キッチンへ向かった。
「おかえりー。先ご飯でいい? 」
「あぁ」
この頃、彩花は、父との距離感を見失っていた。
出張の多い父だったが、昔はよく公園に連れて行ってもらったし、父とゲームをするのも好きだった。
それなりの反抗期を超えた後、どんな感じで接したら良いのか、分からなくなってしまったのだった。無邪気にじゃれあう妹達の存在もまた、彩花と父の距離を遠ざけていた。
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