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3話 外の世界で出会った人は

 この国に住む人間が外に出るための手段は三つ。


 まずは一つ目、王国が提供している護衛サービスを利用すること。基本的にはこれを使うことになっている。利用料金はべらぼうに高い、けれどそれが回り回ってわたしのお給金になっていたわけだから、わたしはこれに異議を申し立てたことはない。利用者からはちょくちょく文句言われたけど。わたし達聖女のどちらかが同行するからまず事故は起きない。魔物なんて大したことない。


 二つ目は、国が認定した傭兵や護衛団に依頼して外に出ること。これも利用料金は高い、けど聖女の護衛よりかは安い。そして、護衛失敗して死亡者が出ることもままある。だから、いっときは商売として盛り上がりかけたけど今では下火だ。


 もう一つは、非公認の傭兵を雇って外に出ること。ちょっとあくどい商人とかはこの手段を使っているけど、もちろん事故率は認定された護衛団に護衛された時以上に高い。門は王国騎士団が管理しているから外には出られないはずなんだけど、噂によると、どこかに抜け穴があるとか、買収されている門番がいるとか……。……我が国、ダメダメじゃん。


 そして、国を出る方法、これら三つとは例外でもう一つ。ただ単身で、外に出てしまうこと。出るだけならできるはできる、ってこと。これもまあ、年に何回かはある。大抵はそのまま行方不明になる。


 つまり、だからなんだというと、人が一人きりで門の外にいることはまずない、ということである。



 ◆



(……いや、誰……?)


 目の前にいる男を観察する。くすんだ赤毛の髪はボサボサだけど、顔つきは精悍という感じで、彫りが深く大きな瞳と通った鼻筋はなかなか整っていると言ってもいいだろう。

 服装はそんなに良い身なりではない。けれど、不潔というほどではなかった。背中には大きなカバンを背負っている。


 ……身体も大きくて立派だし、違法に出国した傭兵? 護衛していた商隊と逸れたとか? そのわりにはなんだか呑気だけど……。鎧なんかもつけていないし……。


「なんだ、どうした?」

「あの、あなた、誰?」


 わたしの不躾な観察に、男は不思議そうに目を丸くし、小首を傾げていた。


「オレはイージス。なんだよ、そんな変な顔して」


 考えたって、わかりっこないんだからもう直球で聞くしかない。ど直球な問いにも、男は不快な様子は見せず、ただ、きょとんとしていた。


「だって、あなた……門の外に一人きりなんて。危ないじゃない、いつ魔物が襲ってくるかもわからないし」

「……門の外ぉ?」


 なんでそんなに素っ頓狂な声を出すのよ。ちょっとムッとしながらわたしはイージスの顔を見上げた。

 赤銅色の目が胡乱にわたしを見下ろしている。


「……あ、あー。もしかして、アンタ、アレ?」


 どうも、話が噛み合わない。そう思っていたのはお互い様らしく、イージスはしばししかめ面をして、不意にポンと手を叩いた。


「人間?」

「……なに、その聞き方」


 というか、わざわざ『人間』と聞いてくるということは、つまり。


「……魔族……?」


 ここは門の外の世界。魔物はうじゃうじゃいるのだから、魔族がいたって不思議ではない。うーん、いや、でも魔族も魔王と一緒に封印されたんじゃ……?


「おう、オレは魔族。魔族のイージス。足が速いのが自慢だ。で、アンタは人間?」

「……人間だけど……」

「へー! アングリーグリズリーをあんなぐっちゃぐっちゃにしてるから、まさか人間とは思わなかったぜ!」


 頭の中でうじゃうじゃと考え事をしながら、たどたどしく答えたわたしにイージスは豪快に笑う。

 そして、背を屈めてニュッとわたしの顔を覗き込んできた。


「なんか、アンタ、妙なんだよなァ。人間ってわりに、オレたちの匂いがするっていうか……」


 鼻と鼻がくっつくんじゃないか、というくらい顔が近づいてくる。間近で見ると、やはり彼の顔が整っていることがよくわかる。イージスはスンスンと鼻を鳴らし、本当にわたしの匂いを嗅いでいるようだった。

 ……魔族だから、なんかまあ、人間の感覚とちょっと違うんだろうけど、さすがに顔面急接近されて匂い嗅がれるのはイケメン相手でもちょっとやだな……。


(というか、そも、敵対関係らしい魔族にこの距離感許しているのよくないのでは?)


 ようし、離れるぞ!

 バッと身体を後ろに引こうとしたら、男もまた顔をグイッと近づけてくる。


「……あれ? ……アンタ、よく見たら……」

「な、なに?」

「……カワイイ……」

「え?」


 イージスはポカンとした顔でつぶやいた。

 わたしも目を丸くする。


「なんだアンタ! 魔物グチャグチャしてるヤベーやつかと思ったら、めちゃくちゃカワイイな!」

「そ、そんなこと言われても!?」


 わあっ、とイージスが瞳を輝かせて笑う。カワイイ、カワイイとイージスは繰り返す。

 なんでいきなり「カワイイ」に目覚めた!?


 ちなみにわたし、「カワイイ」と言われるのは久々だ。

 褒められるのは悪い気はしない……けど、なんかこう、真正面から素直に「カワイイ」と言われているんだぁと受け止めてしまうには、違うニュアンスも感じるけど……。

 犬とか猫に言うみたいな……。


 というか、顔が近い。離れよう。離れさせてくれ。そう願ってジリジリと後退する。今のところイージスは近寄ってこない。よしよし。このまま距離を取ろう。


 イージスは顔をキラキラさせながらも不思議そうに首を傾げていた。


「えー、なんかアンタ見てるとめちゃくちゃ元気出る。なんで?」

「いや、何でと言われても……」


 「カワイイ」と「元気出る」に関連は存在するのか?


 魔族からしたら、人間って、そんな感じ……? 見た感じ、魔族も見た目は人間とそう変わらないけど。

 いや、イージス、身体は馬鹿でかいけど。魔族はみんなでかいのか、イージスがでかいだけなのか。どうなのかしら。


「アンタ、名前は?」

「……メリア」

「ふぅん、メリア、な。なあなあ、ウチ来ない?」

「行かない!」

「えー」


 つい焦って大声が出てしまった。


 わたしはほとんどずっと仕事していたから街中でそういう機会なかったけど……コレ、よくないナンパというやつでは……? と思う程度の警戒心はある! カワイイと言われてもついて行っちゃダメだ!


(って言うか、この人、『魔族』……だしね!?)


 イージスは心底ガッカリしているようで、口を尖らせて「ちぇー」と言っていた。


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