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黄昏のアルケミスト  作者: ハルサメ
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第5話

「つまり君は僕が医術ではない何かを使って、君を治療したと言いたいのかい?」


「そう考えれば納得がいく。そうだな、遥か昔に存在したと言われる魔術を使ったとか?」


 ロキシートが言い渋っていると感じ、クラティナは自分からは話を膨らませることにした。

魔術とは昔の書物に出てくる、摩訶不思議な現象を引き起こすものの事だ。文献によれば炎や水を操れたり、触らずに物を動かすことが出来たり空を自由に飛ぶ事が出来たらしく、その中には人間の傷や体力を一瞬で回復させるものも存在する。


「君に疑われている僕が言うのもなんだけど、その魔術っていうのは君が全快したこと以上に信憑性が低いんじゃないかな?だってそれって紙に書かれているだけであって、実際に誰も見たことが無いんだよ」


 魔術に関する話には全て何々「だったらしい」という語尾がくっつく。つまり、信憑性の欠片も存在しない、一種の作り話に近い側面を持っている。本当にあったかも分からない、紙に書かれた文字だけで後世に伝えられたもの、それが魔術だ。


「じゃあお前は現代では絶滅したとされる魔法使いの生き残りだとかは?だからこんな辺鄙な場所に住んでる」


「辺鄙な場所で悪かったね。それに僕は魔法使いじゃない。これは本当だ、嘘じゃない」


やれやれと肩をすくめるロキシートに、クラティナは歯軋りした。


魔法使いは体力とは異なる力の源である魔力を使って魔術を行使する。その魔力は親から遺伝され魔法使いはその遺伝によって個体数を増やす、とされている。


「じゃあ魔術で無ければなんなのだ、納得がいかないぞ」


「残念ながら医者である僕の仕事は君を治すことで、君を納得させることじゃないんだ」


 不満を前面に押し出した顔のクラティナを受け流し、ロキシートはシチューに口をつける。その澄ました表情に苛立ちを覚えたクラティナは何とか鼻を明かそうと考えを巡らせる。


「待て、そういえばお前は薬を私に飲ませたと言ったな。その薬とは一体なんだ?」


 この言葉にロキシートが頬を僅かに動かしたことをクラティナは見逃さなかった。してやったりと自然と笑みが浮かぶ。


 しかしそれが直ぐに間違いであったことに気が付いた。


「やっとそのことに触れてくれたね。いつ気付くのかヒヤヒヤしていたよ」


 どうやらクラティナは遊ばれていたらしい。ロキシートはベルトポーチから小瓶を一つ取り出し、テーブルの上に置いた。瓶の中に入っている赤い物体はちょうど液体と個体の中間のようなもので、瓶の中でプルプルと震えている。


「これは何だ?」


 からかわれていたことに不満はあったがこの際流すことにした。瓶を手に取り、まじまじと見つめる。


「僕が調合した薬だよ。名前は『元気一発回復君』」


「文句を言うつもりは無いが、それを本気で言っているんならお前は名前をつける才能が壊滅的だな」


「……結構気に入ってるんだけどこの名前。分かりやすくない?」


「名は体を表すとよく言うが、まぁいい、措いておこう。それよりもこれで本当に私の体を直したのか?」


「まぁ医療行為といえるのはそれ一滴だけだろうね。後は汚れていた体を拭いたり、服を取り替えてベッドに寝かせたくらいかな」


「にわかには信じられんな。本当にこの薬一滴だけで体が……っと、ちょっと待て」


 ロキシートの言葉を聞いたクラティナは感心するように頷く、が突如持っていた瓶を叩きつけるようにテーブルに置いた。カンッといういい音が響き渡る。


「そうだ、そうだ、そうだ」


 そしてぶつぶつと呪詛を唱えるように呟いた。


「あれ?どうしたの?」


 空気が変わったことを感じ取ったのかロキシートは苦笑いを浮かべる。


「お前はここに一人で暮らしてるのか?」


「そうだけど……え、何?」


 状況が理解できていないロキシートはとぼけた声を出す。今自分が口にした言葉がどれほど危険なものだったか、ロキシートは理解していないようだった。


 それに対してクラティナはやや芝居がかった口調で言う。


「この際だ、何故男の一人暮らしであるお前の家に女物のワンピースが置いてあるかは無視することにしよう。お前にはそういった趣味があるのかもしれないし、私もそこに触れようとは思わない。世の中にはそういった男もいると聞く」


「あぁ、待ってくれ、それは―」


 挙手をするロキシートだが、クラティナはそんなことお構い無しに言葉を続ける。


「だが、私を着替えさせたというのは解せんな。確かに私の衣服は汚れていたし、着替えねばならん状況だったのは理解できる。だが今私がつけている下着、これはどう見ても私のものではない。貴様は意識の無い私から下着を取り去り、あろうことか自分が所有していた女物の下着を私に履かせたというのか!?」


 クラティナは目にも留まらぬ素早い動きでスプーンを掴み取ると、テーブルに身を乗り出し、ロキシートの右目の直ぐ傍に突きつける。


 今のクラティナの勢いはそのロキシートの翡翠の右目を抉り取りそうな迫力を持っていた。


「何か言いたいことはあるか、ロキシート・マクスウェル!」


「待て!待つんだ!」


 両手を上げ、ロキシートは無抵抗を主張する。


「確かに君の衣服はこの家にあったもので、そういう意味では家主である僕のものかもしれない!」


「なんだとぉッ!!」


「話は最後まで聞いてくれ!この際白状するけど、君の着替えをしたのは僕じゃない!」


「………………はぁ?」


 ロキシートの言い訳にクラティナは思わず呆れた声を出してしまう。


「意味が分からんぞ。先ほどお前は自分を一人暮らしだと言った。それはつまりここにはお前と私の二人しかいないということだ。これは矛盾しているぞ」


「そう、だから白状すると言ったんだ。この家には僕以外にもう一人住んでいる。君の着替えをしたのは彼女だ」


「彼女?そいつは今どこに―」


「お呼びでしょうか?」


「何ッ!?」


 耳元でした声にクラティナは反射的に飛び退った。距離を取り、思わず守勢の構えを取る。見ると先ほどまで誰もいなかった空間、テーブルのちょうどクラティナとロキシートの間の側面に対する場所に一人の女性が立っていた。


 カチュームをつけた黒の長い髪を三つ網で一つにまとめ、使用人を思わせる背中に大きな白いリボンが付いた白黒のロングスカートの服に身を包んでいる。人形のような端整で無表情な顔はじっとクラティナを見つめていた。


いつからそこいたのか、クラティナには分からなかった。気付いたらいた。そうとしか表現できない。いや姿を現してもなお、クラティナには理解できないことがあった。


「お前は……お前はなんなんだ?人間……なのか?」


 この女性には人間独特の気配が感じられなかった。まるで真っ白なキャンバスに絵が描かれているとでも言われたような違和感。いやそれだけなら絵が書かれていないだけだと笑い飛ばせる。だがこの女性は人間の気配を感じさせないにもかかわらず、声を発し意識的にクラティナを見つめている。


 真っ白なキャンバスに白の絵の具で描かれた絵、はたしてそれを絵と呼ぶ事が出来るのか。


「否定します」


 数秒遅れて、クラティナはこの女性の声が自分の問いに対する回答であることに気がついた。女性の淡々とした声が、思考が混乱しているクラティナに向けられる。


「私は人間ではありません。私は個体名をエリーと言い、マスターによって作られたホムンクルスです」


「ホムン……クルス?」


 生まれて初めて聞く言葉に驚くというよりは、ただ呆然とすることしか出来なかった。ホムンクルスという言葉の意味は分からない。ただ、この女性が自分の常識を超えた存在であることは感覚的に理解した。


「さっき君は、僕に魔法使いかって聞いたよね?」


 その時妙に落ち着いたロキシートの声がクラティナの聴覚を刺激する。


「あの時僕は確かに嘘は付いていない。僕は魔法使いじゃない。でも魔術に近しいものが使えないとは一言も言って無い」


 ロキシートはテーブルの上で腕を組み、口の端を僅かに上げた。


「僕は錬金術師。魔法使いと科学者の狭間にいる人間だよ」

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