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黄昏のアルケミスト  作者: ハルサメ
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第4話

さて、これは一体どういう状況なのか。


 ロキシート・マクスウェルは目の前の状況にしばし困惑していた。


 週に一度の王都キスカへの診察からの帰り道、ロキシートは魔の森の中にある自宅に向かっていた。魔の森はリア王国の北、そしてファフニール共和国の南にあり両国の境になっている森で、その名の通り人を惑わす森である。


 入ったら最後、永遠をさ迷うとされている。無理に通る事は自殺以外の何物でも無い事は五歳の子供でもよく知っている事実だ。市販のコンパスなどの針は乱れ狂い、人間の方向感覚もあてにならない。やはり常人ならば魔の森に入ろうと考えることはまず無い。


 だからこそ、ロキシートは開いた口が塞がらなかった。その魔の森にある大木の傍ら、そこには1人の女性が倒れていた。ボロボロの格好であり、見た瞬間に行き倒れたと分かる。


 もぐりの医者をしているロキシートだが、人命救助よりも先にこの女性の無謀な挑戦に驚かずに入られなかった。場所は森の中央付近、自殺にしては森に入り込みすぎている。つまり、この女性は魔の森を縦断しようとしたのだ。


 とはいえ直ぐに思い直し、連れていた馬の手綱を放し、気を失っている女性を仰向けに起こす。泥だらけではあるが凛々しい端正な顔つきに、背中までの伸びた艶のある赤髪。整った顔立ちにかかわらず体つきがよく、引き締まったスタイルをしている。また育った胸が特徴的だった。見た瞬間美しいことが分かる。着ている服はボロボロに着崩れているが、生地は上等な絹であり、ただの一般市民で無い事は一目瞭然だった。


 脈などから女性がまだ生きていることを確認して安堵するが、それでもまだ危険な状態であることには変わりは無い。


 素早く判断を下したロキシートは着ていた白衣の下にあるベルトポーチから小瓶を一つ取り出す。小瓶にはピンクに近い赤い液体が入っていた。液体と言うよりはジェル状といった方が正解である。ロキシートはその粘着質なものを一滴、女性の口へと垂らす。


 女性がその一滴を飲み込んだことを確認すると、ロキシートは瓶の蓋を閉め女性を両手で抱きかかえて馬の背に乗せる。


そのままロキシートは女性を落とさないよう注意をしながら、急いで自宅へと向かった。


  †


「ふぇ?」


 自分が目を覚ました時、クラティナは心底驚いた。そして自分がふかふかのベッドの上で横になっていることに気付き、また驚いた。さきほどまで魔の森にいた。しかし魔の森を縦断しようとして精根尽きて倒れた。その状況で息を吹き返す事は絶望的だった。その自分が何故生きているのかという事態にクラティナは驚きを隠せない。


 見上げた先には見知らぬ天井があった。どうやら行き倒れたところを誰かに助けられ、どこかの建物に運び込まれたといったところか。


 布団の中で体を動かし体の調子を確認する。気を失ってどれぐらいが経ったか分からないが、体調に悪いところは何も無い。疲れも無く全快の状態だった。


ただし、空腹を除いてだが。


 くぅ~という情けない訴えをその身に浴び、クラティナはベッドから体を起こす。そこで初めて、自分が白いワンピースに着替えていることに気が付いた。助けてくれた人が貸してくれたのか、まずはその人を探すことにした。ついでも何か食べるものも貰おう。


 履いていたブーツはご丁寧にベッドの脇に揃えて置かれ、更に汚れがふき取られ新品同様の清潔さを持っていた。


 そのブーツを履き、大きな背伸びをする。そこで目に窓の外の光景が入ってきた。見渡す限りの森。どうやらこの建物は森の中にぽつんと立っているようだ。


 予想が正しければこの森は魔の森のはずである。それはつまり魔の森の中に誰かが住んでいるということになる。そしてその人物が自分を助けこの小屋まで運んでくれたのだろう。


「この森に住むとはなんとも物好きな人間がいるんだな」


 魔の森に何の準備も無しに入った自分が言えた義理ではないが、なんとなく口をついた。


 寝ていた部屋を出て、建物の中をうろつくことにした。と言ってもこの木造の小屋はそこまで広くない。魔の森の中に立っているという特殊な立地を除けば庶民でも手に入れる事が出来るほどの敷地面積だ。


 クラティナが居たのは二階だったようで、クラティナの居た部屋以外に二つほど部屋が存在したが、どちらも空室で何も置かれていなかった。


 一階部分が生活空間か、と考え下に続く階段を見つけて一階へと赴いた。階段を下りる最中、鼻腔を何かが刺激した。一瞬で料理の匂いであることが理解できた。自分が置かれている状況を完全に忘れ、警戒など考えないで気付けば匂いのする方へと走り出していた。


 階段を下り左手にある廊下の途中にあるドアの前で急停止する。開けられていたドアの先、部屋の中にはテーブルが備えられており、美味しそうな湯気を立てているシチューが皿に乗せられていた。


 そしてそのテーブルの先、そこには一人の男の姿があった。台所で作業をしているためクラティナに背を向けているが、背格好から判断すると男でまちがいないだろう。


短い金髪の、ややクラティナより背の高い白衣を着た男はクラティナが鳴らした足音に気付いたのか、皿を拭きながら振り向いた。


「あぁ起きられたんですね。どうですか体調の方は?」


「あ、あぁ、体調は問題ないな」


 予想していたよりもずいぶんと若い声だった。整ったやや幼い顔立ちに、翠の瞳。おそらくクラティナと歳は近いだろう。優しい声であり、思わず素で受け答えしてしまう。


「それは何よりです」


 男がにこやかに笑った。好青年と言った悪くない印象、物腰や言葉遣いから判断したのではなく、クラティナの勘がそう告げていた。


「初めまして、僕は名をロキシート・マクスウェルと言います」


「えっと、クラティナ・ランベルクだ」


「ランベルクさんとお呼びすればよろしいですか?」


「いや、クラティナで良い。その代わり私もロキシートと呼ばせてもらうぞ」


「私の方としてもそれでお願いしたいです」


「それと出来ればその言葉遣いはやめて欲しい。何か調子が狂う」


 これにはロキシートは少し呆然と口を開けたが、直ぐに満足そうな笑みを作った。


「というと、こんな感じでいいのかな?」


「上出来だ」


 顎に手を当てて口調を改めるロキシートに、クラティナも笑みを零す。


「座って。つもる話もあるだろうけど、その前に朝食にしよう」


 ロキシートは拭いた皿を食器棚にしまうと、クラティナが座る椅子をわざわざ引いた。口調は改めたが、そういう配慮を直す気が無いのはわざとだろう。クラティナもそこは譲歩することにした。


「昨日の夜の残りなんだけど、嫌いな野菜とかある?」


「食べられるものなら嫌いなものは無い。ただ、この森の植物は絶対に口にしたくは無い」


 苦い思い出が蘇り、クラティナは顔をしかめる。それを直ぐに流そうと、素早く手を合わせてからシチューを口に運ぶ。何日ぶりかの食事だからか、ここまで美味しいシチューを食べるのは初めてだった。


「そりゃここの植物は食用じゃないからね。でも煎じて呑めば薬になるものもある。昨日の昼間君を見つけた時、飲ませた薬もこの森で取れる植物を材料に調合したものだ」


「ゲホッケホッ!」


「おいおい大丈夫かい。そうがっついて食べるからだよ」


 むせたクラティナは差し出された水を一気に飲み干す。


「お前が変な事を言うからだろう」


「でも事実だよ。その薬は行き倒れた君を一日でここまで回復させた」


「それだ、それがおかしいんだ」


 クラティナは持っていたスプーンをロキシートに向けた。


「あの時の私はもう助からない状態だったはずだ。それぐらいは自分でも分かる。なのに私はこうして生きている。これは何故だ?」


 威嚇にならない程度にクラティナはロキシートを睨んだ。対するロキシートはしばらくきょとんとした顔をする。


「僕が医者をしていて、君が倒れていたところに僕がちょうど通りかかったから助けた。それじゃあ不満?」


 ロキシートの言葉に、クラティナは首を横に振る。


「それはお前が私を助けた理由だ。私が質問したのは、何故私が助かったのかだ。それもたった一日で。これを医術だと言われて納得してしまうほど私は愚かでは無いぞ」


 奇跡的に復活したとすれば、そういうこともあるのだと納得は出来る。しかし、それでも治癒力の観点から言って一日、いや時間的に半日で死の間際から全快へと治療するのは不可解としか言いようが無い。


 クラティナの常識ではまったく考えられるわけがない現象。


 だが事実として自分に起きているからこそ、心の靄が晴れない。

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