第19話
急がずにたっぷりと時間をかけて帰宅したところ、もうすっかりと夜になってしまった。魔の森は、昼間でも恐ろしい雰囲気を醸し出しているだけに、夜になるとより一層増したオドロオドロしい雰囲気を放っている。
「この移動時間は錬金術でどうにかならないのか?」
後ろに乗っていたクラティナは馬上から飛び降り、体を力一杯伸ばす。休憩を取ったとしても数時間馬上にいたため、体が鈍っているように感じる。
「僕は帰らなければならなかったけど、君は別にキスカで宿をとってもよかったんだよ?」
遅れて馬上から降りたロキシートは肩を竦めながら言う。
「残念ながら今の私は一文無しだ。それに、今晩私はキスカにいない方がいいだろう」
しかしクラティナの悲壮に満ちた言葉にハッとした表情をした後、酷く沈んだ顔をした。それを見たクラティナは小さく息を吐いた。
昼間にクリンストン家が双子を祓うと決めた時、それを執行したのは他でもない、本来部外者であるクラティナだった。
双子の祓い方は大まかに二通りある。一つはクエーサ教会に持っていき、そこで祈りを捧げた後に祓ってもらう方法である。もう一つが、家族の間でひっそりと祓う方法である。
どちらの割合が多いか、というのは後者が表立って数字として現れないため一概には言えないため、一般的には教会に持っていく、ということになっている。
しかし数時間だとしても双子を生かしてしまったクリンストン家では教会に持っていくわけにも行かず、家の中で内々で祓わなければならなかった。
始めはヨハネが申し出たのだが、いざとなって体が竦んでしまい、結局事に至る事はなかった。他の家族もそれは同じで、誰もやろうとする者がいなかった。子供が起きて泣き出す前に祓わなければいけない、そんな切羽詰る中で手を上げたのがクラティナだった。
悩んだ末クリンストン家はクラティナに祓いを託し、クラティナは家族の目の前で双子の息の根を止めた。乱暴にするわけでもなく、ただそっと口と鼻を塞いだだけ。数秒後、双子の体からストンと力が抜けたと同時にミリアの泣き叫ぶ声が部屋中に響き渡った。
「彼らが決めたとはいえ、私があの双子を殺したことに変わりは無い。だから、私としても今夜はキスカにいることは出来なかった」
クラティナはそのまま夜空を見上げた。今夜は天気がよく、星がよく見える。夜空にきらめく星と月が何か神秘的なものを感じさせ、不思議と感情を駆り立てる。
「お前も私を恨む権利を持っているんだぞ、ロキシート」
そのクラティナとは反対に、ロキシートは顔を伏せていた。気まずそうな顔をして、目を瞑っていた。
「私は双子を殺した。『お前と同じ境遇の人間』を殺したんだ」
クラティナはわざとその部分を強調するような言い方をした。
昼間の女王の演説を聞いた時、始めはわざと殺気を放って聞いていたのだが、途中であることに気付いた。女王が発する人としての雰囲気。それによく似たもの、いやまったく同じものをクラティナは知っていた。
「お前と女王は双子のキョウダイだな?」
クラティナの問いに、ロキシートはゆっくりと顔を上げる。そして諦めたように深く息を吐くと、ゆっくりと頷いた。
「確かに僕はリア王国女王、レイナ・マルクスブルクの双子の兄、レイト・マルクスブルクだよ。でもよく双子だと気付いたね。流石に兄妹までしかわからないと思ったんだけど」
「お前が女王と兄妹だったというのもそれなりに驚くべきことだったが、ならばお前が城を出ている理由が分からなくてな。それを問い詰めようと探していた時、あの双子を庇うお前を見てもしかしたらと思った。ただそれだけだ」
事情を知らない人間が見ればロキシートが双子を庇ったのは、医師という立場から来るものであると考える。しかし通常の医者でもクエーサ教の教えに従い双子を殺すことがある。それを考えるとロキシートの行為はやや出すぎたものであった。
ならば何故ロキシートがそのような行動に出たのか。あらゆる立場を超え双子を庇う理由を考えた時、クラティナはロキシート自身が双子なのではないか、との結論に行き着いた。
「私としても半信半疑だった。まさか本来身分を隠さなければならない私ではなく、お前の方が身分を隠していたというのだからな」
「元々レイト・マルクスブルクなんて人間は記録上存在しないこと、しちゃいけないことになっているからね。今の名前は僕を城から逃がしてくれた人が改めてくれたものなんだ」
ロキシートの言葉にはやや自虐的なものが含まれているように聞こえた。呪われた子、そう認識されているのを自覚しているが故の言葉だ。
「僕が生まれた当時、王族の直系は僕の母しかいなかったんだ。でもその母は僕らを産んだことが原因で亡くなってしまった。残ったのが王家の血を引く双子の兄妹。当時の重役と父は僕らを殺すかどうかの帰路に立たされたんだ」
王家の血を絶やすわけにはいかない。だがクエーサ教で吉凶とされる双子を生かす事は国の将来的にも良い事とは言えない。
「決定打は死に際の母の言葉だったらしい。どうやらとても強情な性格だったらしく、私の子供を殺したらお前らを呪い殺すって脅したそうなんだ。そんな母の思いを汲み、僕とレイナは生かされた。でも表向きは病弱なため公に姿を出せないってことにして、何の説明も無いまま城に軟禁された状態だったけれどね」
昔を思い出したのか、ロキシートは苦笑いを浮かべる。それに対してクラティナも笑ってやればいいのかどうなのか、よく分からなかった。
「そして十歳になったある時、偶然僕は双子が呪われている存在であることを知った。それまでは完全に情報を操作されて、そんなこと知らなかったんだ。でも運がいいことに僕とレイナは異性で、多少似てはいたけれど同性よりは双子であることを隠しやすかった」
クラティナはロキシートと女王が兄妹であることを見破った。しかしそれは雰囲気を見破ったと言うだけで、外見的な情報から来たのものでは無い。ロキシートの言うとおり、この双子は髪や瞳の色は似ていても、顔つきなどは異なっている。これに関してはどちらの容姿も知っている下町の人間が気付かないのだから、そういうことなのだろう。
「そして僕は僕とレイナのどちらかが王家を継ぎ、残った方が遠方に飛ばされるという話を耳にしたんだ」
双子が大きくなれば徐々にごまかしが効かなくなる。結局のところ頃合を見て双子を引き離すしかなくなる。王家の血を継ぐ者は一人でなければいけないのだから。
「だから僕は王族避難用の秘密の地下道を使って城を出たんだ。審判が下されるその前に僕の方で手を打った。そうすればレイナは王家として振舞う事が出来る。ちゃんとした生活を送る事が出来るのだと思ってね」
「つまりお前は妹のために自分を犠牲にしたのか?」
「本当にその覚悟があったなら、僕は死を選んだだろうね。でも結局のところ僕も死ぬのが怖かったんだよ。死にたくなくて、死にきれなくて、生きることに執着して中途半端になっただけなんだ。そんな大それたことじゃないよ」
双子に対する第三の選択、それは片方を何事もなかったかのように殺すことだ。最初から一人しか生まれなかったことにする。双子などいなかったことにすれば呪いなどに悩まされることは無い。
「結果だけれどレイナは女王に即位し、僕も一応医者として生計を立てる事が出来ている。レイナはもう僕が死んでいると思っているかもしれないけど、僕からすればどちらもこうして生きているんだからそれだけで幸せなんだよ」
死ななければいけない双子。はたしてこの大陸の中で、今なお生き続けている双子がどれだけいるのか。
絶対にいない、とはクラティナも思ってはいなかった。何かしらの方法を使い、双子を生かしている者も確かにいるだろう。現に今その一人が目の前にいるのだ。だが、いやだからこそと言うべきか、クラティナはそのロキシートに疑問を感じざるをえなかった。
「ならお前は何故私を止めないのだ?私はそんなお前の妹を殺そうとしているんだぞ?」
かつてクラティナはロキシートに言った。「自分はレイナ・マルクスブルクを殺す」と。それにロキシートはこう返した。「それが運命ならば仕方が無い」と。
そして今、ロキシートの思いを知ったからこそ、クラティナはもう一度尋ねなければならなかった。
「僕らは呪われた人間だ。その人間が原因で君が国を失ったと言うのならば、それはある意味で正当な理由なのかもしれない」
ロキシートは表情から笑みを消し、答えた。
「だから、僕は君がレイナを殺すのを止めない。もし君がレイナを殺す事が出来たのなら、僕はそういう運命だったんだって納得するだけだよ」
言葉の後、ロキシートは再び元の苦笑いを浮かべた。
「それと同じように帝国の横暴も僕にはどうしようもない。彼らが我が物顔で錬金術を使うのはいい気はしないけれど、それでも僕は動く訳にはいかないんだよ」
クラティナは何かを言おうと口を開けたが、しかし言いたいことがうまくまとまらず、結局何も言わずに口を閉ざした。
運命、はたしてその言葉だけで片付けていいものなのか分からなかった。