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黄昏のアルケミスト  作者: ハルサメ
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第13話

 魔の森は人間の方向感覚を狂わせる。この不思議な現象は、魔の森が錬金術によって生み出されたものだからである、とロキシートは語った。現にロキシートが錬金術で作ったコンパスを用いれば魔の森で迷子になることはなく、すんなりと一本道で抜ける事が出来た。


 その事実に、クラティナは数日間迷子になっていた自分が馬鹿らしくなってきた。


 錬金術には錬金術で対抗するしかない、と語るロキシートに腹が立ち、では何故魔の森が作られたのか、と聞くとこれには苦笑いしか返って来なかった。少し気持ちが清々した。


 朝4時、その時間に小屋を出たクラティナたちは馬に跨り王都を目指した。森を抜け、草原を駆け、所々休憩を交えて五時間。長い移動時間の末ようやく王都キスカに到着した。


 初めて外側から見たキスカは、突如現れた壁だった。草原の真っ只中に聳え立つ壁、クラティナにはそうとしか表現できなかった。


 リア王国は戦争を殆ど経験していない。故に国防の手段は乏しいというのがクラティナの中にある知識だった。しかし今目の前にしたキスカの外壁はどう考えても城砦を思わせる造りになっている。その出で立ちは大国ファフニールの外壁にも引けを取らない。いや、それを超える風格すらある。


「リア王国には大陸随一の技術と、恵まれた資源があるからね。戦ったことは無いけれど、壁ってものを本気で作らせたらそれは立派な物が出来たってわけさ」


 馬上の後ろで驚いているクラティナを察したのかロキシートが補足するように加える。


 二人は王都の入り口の前で馬から降り、そこから馬を引いて徒歩で王都へと入った。


 キスカは扇状に展開された都市で、その取っ手に当たる部分、根元にこの都市の最大建造物であるリア城が聳え立っている。城下町から少し高台になっている城までには綺麗な石畳で舗装された中央道が続いており、その上を多くの人が行きかっていた。その多くが商人という装いであり、商国という名がぴったりであった。まだ十時を回ったばかりではあるが、街は活気に満ち溢れていた。


「今日は女王の演説があるからいつもより人が集まっているんだよ。と言っても雰囲気って意味ではいつもとあんまり変わりはないのだけれどね」


 中央道のど真ん中で立ち尽くしていたクラティナに、ちょうど馬を預けて厩舎から戻ってきたロキシートがここぞとばかりに補足を加える。ロキシートの背には薬箱である大きなカバンが背負われていた。白衣も着ているためどこからどう見ても医者と言う風貌だった。


「その様子だと来たのは初めて?」


「あぁ。商人の国として話に聞いてはいたが、ここまで賑わっているとは驚いた」


「まぁね。ここにいる人たちもここの国民ではなく、殆どが他国の商人だからね。確かに国の規模で言えば本当に小さいよ。こんなに賑わっているのはキスカぐらいだよ」


 リア王国は豊富な資源に囲まれており、またその優秀な加工技術も相まって多くの商人が訪れる。しかし国自体は周りを囲っている各国が全て大国であり、非常に小ぢんまりとした状態になっている。


「それじゃあ僕はここを右に行った広場にいるから。用が済んだらそこに来てくれる?もしかしたら別の場所にいるかもしれないけれど、その時は人に聞いてね」


「お前は何をするんだ?」


「青空診察さ」


「青空診察?」


「簡単に言えば野外の病院かな。と言ってもやれることは簡単な健康診断とか、症状に応じて薬を出してあげることぐらいだけどね」


 ロキシートは苦笑いを浮かべる。そこでクラティナは気付いた。おそらくその薬は市販されているものではなく、ロキシートが錬金術で作り出したものなのではないか、と。


「いいのか?」


 冗談を一切感じさせない声音の言葉に、苦笑いを浮かべていたロキシートの口元から表情が消えた。ロキシートも気が付いた。クラティナが案じたことに気が付いたのだ。


「君は本当に物事の確信を突くのが上手いね」


「それは褒めているのか?」


「これでもかって言うほどの賞賛だよ。確かに君のその感覚は侮れない。君なら直ぐに僕の隠し事も見抜かれてしまうかもしれないね」


 ハハハッ、とロキシートは乾いた笑い声をもらす。


「さて君が心配していることだけど、僕が渡す薬は確かに錬金術により補強されてはいるけれど、その効果に概ね市販の物と大差は無い。あるのは値段が三分の一になってるくらいだろうね。君に飲ませた死の際を回復させるような物を渡すことはしないよ。錬金術はあくまで僕の研究であり、それで飯を食べていく気は無いからね」


 ロキシートの言葉には嘘が無い。だからこそその言葉の意味は重い。確かに錬金術は死ぬ寸前のクラティナを救った。しかし、そのクラティナを死ぬ寸前にまで追い込んだのもまた錬金術である。


 では何が悪いのか、何がいけなかったのか。錬金術は悪なのか、善であるのか。錬金術はその両方の顔を持つ。いや錬金術だけでは無い、大きすぎる力とはそういった危うさも伴っている。結局はそれを使う者の意思、それが重要なのだ。


その時、大きな鐘の音が街中に響き渡った。


「どうやら女王の演説の時間になったみたいだね」


 ロキシートはいつもと変わらない口調で言う。


「さて、今日の君の目的は女王を見定めることだ。なら早く行った方が良い。演説は城のバルコニーで行われて、中央通りをずっと行った所にある広場から見る事が出来る。まぁもうすごい人だかりになっているとは思うけどね」


 もう少し話を聞きたい気もしたが、いざ何を聞くかと考えると何も思い浮かばなかった。


「分かった。確かに優先すべきはそちらだったな」


 今は自分も考えがまとまっていない。


 クラティナも本質では分かっている。本来復讐をするべきは帝国であり、その錬金術を扱った人間だ。だからこそ、自分は錬金術についての質問をした。


 しかしそれはリア王国に復讐をすることだけを考えれば、まったく意味の無いものだ。リア王国を復讐のはけ口と決めた自分には本来必要の無いもののはずだ。


 揺れている、クラティナは自分の心を冷静にそう分析した。しかしその分析の先に見えるであろう物が怖くて―認識した後の自分が怖くて―無理矢理思考を押さえ込んだ。


「では私は行ってくる」


 ここにいると嫌でも自分の心の奥底を掘り返してしまいそうな気がして、クラティナは逃げるように急ぎ足で広場を目指した。

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