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黄昏のアルケミスト  作者: ハルサメ
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第12話

「自分がお尋ね者になったのは理解しているが、それでも私はランベルクの名を偽名でも隠したくはなかった。敬語は確かに聞き慣れてはいたが、個人的には嫌いだった。だから立場も地位も何も無いこの場で敬語を使われるのは我慢ならなかった」


「君は誠実なんだね」


「馬鹿にしているのか?」


「いや、その逆。羨ましいと思ってるよ。僕にはその生き方はできない。だから僕はこんな辺鄙な場所に住んでいるんだからね」


 辺鄙なという言葉が若干強調されていたのは気のせいだろうと思い、流すことにした。そしてクラティナは身構えていた姿勢を直す。


「それで、先ほどお前はこの錬金術がファフニールを滅亡させたと言ったな。それは本当なのか?」


「おそらくね。君も見たんじゃないかな。まるで帝国に味方するようにファフニール軍を蹂躙する自然現象を」


 その言葉に体が自然と強張ってしまう。思い出したくない光景が脳裏に浮かび上がる。轟く雷鳴がファフニールの都市に降りかかり、灼熱の業火がファルニールの大地を焼き尽くす。まさに地獄絵図だ。


「先に言っておくけれど、あれをやったのは僕じゃないよ」


「それは分かっている」


 クラティナの答えにロキシートは目を丸くする。


「えっと自分で言っておいてなんだけど、錬金術を扱う人間として僕を罵倒するとかしないの?」


「気付かなかったな。そういう趣味でもあるのか?」


「いやもちろん無いよ。なんか妙にあっさりしてるなぁと思っただけだよ」


 ロキシートは慌てて念を押すように言う。その様子に思わず笑みが毀れた。


「私は見ただけでその人物の持つ内面が分かる、と言っても所詮感覚的な話だがな。でも変わったことに私のこの感覚は外れたことが無い。その感覚が私に言っている。ロキシートは『何か』を隠しているが、悪い奴では無いと、な」


 ロキシートは非常に出来た人間である。それは行き倒れたクラティナを助け、疑問に答えて錬金術を教えてくれたところから察する事が出来る。だがそれでもクラティナは、この男のよそよそしい雰囲気を感じていた。親しげな口調ではあるが、どこか壁を作るような、そんな雰囲気があった。


「……なるほど、どうやら君は予想以上に勘が鋭いみたいだね」


 ロキシートは否定をしなかった。僅かに目を逸らし、諦めたような達観した表情で軽くため息をつく。


「お前もあっさり認めるのだな。あくまで勘の領域を出ないというのに」


「ここまで言われて否定を押し通せる自信も無いし、正直に言った方が君の好感が得られると思ったからね」


「打算的で癪ではあるが、間違ってはいない。それを口にすることも含めてな」


 ロキシートは力なく苦笑いを浮かべる。心なしか元気がなくなったように見え、その姿に罪悪感を覚えた。


「すまない、私も人の内心に土足で踏み込むような真似をしてしまった」


「いや、大丈夫だよ。ただ驚いただけだから気にしないで。これくらいで動揺するようじゃ僕もまだまだだね」


 こめかみに手を当てながらロキシートは感慨深く言う。その姿が妙に様になっていたように見えたのは気のせいでは無いだろう。


「じゃあ今度は僕の方から質問をしていいかな?」


「何でも聞いてくれ。言っておくが私は処女だぞ」


 ロキシートがアホの様に口を呆然と開いた。


「い、いやそういったことじゃなくてね。何で魔の森に入ったのかを聞きたかったんだけど。君はなんかその、唐突過ぎる」


 もはや呆れ口調が隠しきれていなかった。


「なんだそんなことか。リア王国に行くには魔の森を通るのが一番近いからな、だからだ」

そんなロキシートにクラティナは胸を張って答える。


「魔の森がどういうところか知らなかった訳じゃないよね?」


「当然だ。だが迂回するにはそれなりの日数もかかるから最短距離の魔の森を通った」


 ファフニールとリア王国は隣接してはいるが国同士を行き来するとなると、実際の距離以上の手間がかかってしまう。


 その顕著たる物が、二つを分断しており不透明な国境となっている魔の森である。そこを避けて通るとすると東のコーゴル山脈を通るか、西のヘキレ湖を抜ける必要がある。だが前者は二千メートルを超える高山であり、後者は船を使う必要がある。しかし帝国が支配を始めた今、乗船するには帝国の兵士と顔を合わせなければならず、それは追われているクラティナにとって避けたい事だった。


 その点魔の森は半日も歩けば抜ける厚さであり、早さを考えれば魔の森一択なのだが、迷子になったことを思い出し、クラティナは若干バツが悪い顔をする。


「どうしてそこまでリア王国に?」


 それが分かっているからか、ロキシートも苦笑いを浮かべる。


「リア王族に会いに行くためだ」


「それって……言葉が悪いかもしれないけれどつまり亡命ってこと?」


「いや違う。そもそも私は助けてもらうためにリア王国に行こうとしている訳ではない。私はリア王国の王族に復讐するだ」


 答えた途端、ロキシートの顔が険しいものに変わる。


「えっとどういう……ことかな?ファフニールを滅ぼしたのは帝国だ。もし復讐をするのだとしたらリア王国じゃなくて帝国じゃないのかな?」


 ロキシートの口調も少し慎重なものに変わった。しかしそれも当然だろう、何せ滅んだ国の人間が、その滅亡に関与していない国に復讐しようとしているのだから。


「滅ぼしたのは紛れもなく帝国だ。しかしその帝国が攻め込んできた時、ファフニールは協定を結んでいたリア王国に援軍を要請していた。そうすれば連合軍は帝国軍を数で上回る事ができたからな。だがリア王国は自国の兵力の損害を恐れ援軍を送ってこなかった」


「それは……なんとも」


「この国はファフニールを裏切った。だから私はこの国に復讐をする。あぁ、自分が愚かな事を考えているのは承知しているぞ。きっと父上も母上も家の者も誰も復讐を喜びはしないだろう。だが私はもう心に決めた。自分の命と引き換えにリア王国の女王、レイナ・マルクスブルクを殺す」


 逆恨みである事は分かっている。実際ファフニールが滅んだ原因は帝国であり、復讐をするならば帝国にするべきだ。そもそも数で勝っていたところで、錬金術はそんなものは物ともしない影響力を持っている。実際にその光景を目にしたからこそ理解する。結局リア王国の判断は自衛としては正しい、援軍を送ったところで犬死させてしまうのだから。


 そしてクラティナは自分一人で帝国に歯向かった所で易々と殺されてしまうのも分かっていた。それほど帝国の軍事力、とりわけ錬金術は恐ろしい力を持っている。


 復讐のために命はかけるが簡単に死ぬつもりはない。故に復讐のはけ口にリア王国を選んだ。帝国より復讐成功の確率が高いリア王国ならば、自分の感情をぶちまけるには都合がよかった。


 自分の考えはイカレていると思う。しかし、そうしなければ国を失った絶望から立ち直る意思が湧いてこなかった。この復讐こそが今の自分の生きる希望だった。


「君はファフニールが好きだったんだね」


 しばらくの逡巡の後、ロキシートがポツリと呟いた。馬鹿にしていると思ったが、ロキシートの口調からはそういったものは感じなかった。


「お前は私を止めないのか?」


「止めて欲しいの?」


 そうかもしれない。今の自分を止めて欲しいのかもしれない。誰も報われない、ただの自分の感情を満たすためだけの行動にどれだけの意味があるのか。おそらく、良い意味は存在しないだろう。だが、その矛盾はとっくに分かっている。


「わからん。だがここでお前が私を止めようとすれば、私はそれに全力で抵抗するだろう。命を助けてもらった身だが、そうなれば私はお前を殺すことすら厭わない」


 クラティナは全身から余計な力を抜き、直ぐに動ける準備を整える。白兵戦はそれなりに自信がある。獲物は何も持ってはいないが、それはロキシートも同じ。身のこなしからある程度は動けるだろうが、負けるつもりは一切無い。


 しかし錬金術という常識を度外視した代物を考えるとロキシートを推し測る事は一概にはできない。そして今はロキシートの後ろで控えているだけのエリーの存在も大きい。未だ気配を掴めない彼女が動けば、クラティナの方が圧倒的に不利になる。


「……止そう。こんなところで争っても仕方が無い」


 ロキシートはゆっくりと首を横に振った。そしてクラティナを警戒する素振りを見せずに歩き、地面に転がっていた閃光弾を拾い上げる。


「僕は君を止めはしないよ。もっとも、殺してお仕舞いって問題じゃないことは確かで、君の行動はただの感情の暴走だ。でもここで無理に君を止めて殺されるのは僕もごめんだ。だからどうだい、ここは一つ様子見をしてみないかい?」


「様子見?」


「そう、君は見ただけでその人物の雰囲気を掴む事が出来るんだろ?だからその眼で見ればいいんだよ。リア王国の若き女王、レイナ・マルクスブルクその人を。そうしてからでも遅くは無いと思うんだけれど」


「そんなもの見る必要は無い。ファフニールに援軍を送らなかったことは確かだ。その事実は変わらない」


「僕が知っている女王は決して自分だけのことを考えている人じゃない。確かに兵士たちを犠牲にするだろうけど、ただファフニールを見捨てるような真似はしないはずだ」


「詭弁だな。女王がお前の知るような人間では無いかも知れんぞ」


「だからこそだよ。君は女王をその眼で一度見るべきなんだ。ちょうど明後日、キスカで女王の演説が行われる。それを見に行くんだ。それでもやっぱり気持ちが変わらないのであれば殺せば良い。それも運命だろう」


 ロキシートの言葉を鵜呑みにするわけではない。一理はある、と考えた程度だ。それに元々王城内部を把握するために数日間は偵察を行おうと考えていたこともあり、その一環として採用してもいいだろう。


「……いいだろう。明後日、その演説を見て見極めようじゃないか」


 その返事を聞いて、ロキシートは安堵の様なため息を吐いた。

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