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第六話 君の為なら命を賭けて②

「――止めてやる。……命を懸けてでも、絶対に」


 半ば衝動的に口を付いた大見え。

 だが、これは紛れもなく俺の本心だ。

 

 答えを聞いた天ヶ原は、一瞬驚いた顔をした後、ひらりと後ろを向いて、


「……ごめん、やっぱり忘れて。今、あたしはあんたならそう言うって分かってて卑怯な聞き方をした。だから――」


 歪んだ表情を隠しつつ、痛々しい気丈な声で否定しようとする。


「俺が無理してああ言ったとでも思ったか? ……はっきり言っておく。もし、このままヨゾラが理不尽な理由で消えてしまうような事があれば、俺は文字通り命を以てその後を追うだろう。……ヨゾラのいない世界で生きる意味なんてないからな」


「――っ、卑怯なのはあんたの方みたいね……そんな言い方されたら、言わないわけにはいかないじゃない」

 

 痛い奴だと思われただろうか。さっきから泣きながら感謝を告げたり、命を賭けると言ったり、ネット上の一活動者に向ける感情にしては異常だろう。

 だが、この場においては俺の言葉は正解だったようだ。

 ずっと緊張感を滲ませていた天ヶ原から、小さく安堵の息が漏れ聞こえた。


「……なら、あたしがするべきは自責でも、凹むことでもないね」


 覚悟を決め、強い表情でこちらを振り返る。

 ──女はいろんな顔を持っている。

 ずっと、まるで暗闇で怯える子供のように泣きそうな顔をしていた天ヶ原は、そんな昔の人の言葉を体現するかのように、今日見た中で一番冷美な表情を浮かべ、一歩、また一歩と俺の方へと近づいてくる。

 その美しい表情から、俺は金縛りにでもあったかのように目が離せなくなり――


 いつの間にか、天ヶ原の整った卵型の顔が、睫毛が触れ合いそうなほど近くにあった。


「なっ――」


 あまりに突然の出来事に脳の処理が追い付かない。

 声にならない声が漏れ、俺はみっともなく腰を抜かして背後に倒れ込む。

 背中を襲う衝撃。頭と背中を壁に強打したようだ。

 

 だが今、そんな些事はどうでもいいことだ。

 意識の全ては目の前の少女に割かれているから。


「――ねぇ、『ムーン』さん。君は私に――『星海ヨゾラ』にその身の全てを捧げる覚悟がある?」


 ――倒れた隙に、俺は組み伏せられていた。

 下腹部の上には柔らかい彼女の膝が苦しいくらいに強く乗っていて、起き上がろうにも力が入れられない。

 耳元で囁かれるヨゾラの声。高級ヘッドホンなんて目じゃない、息遣いが、体温が、鼓膜から伝わり脳を震わせる。

 更に彼女は身動きが取れない俺に覆い被さるような姿勢で俺が頭を預ける壁に片手をつき、もう片方の手を俺の頬に柔らかく添え、ぐいと引き寄せてくる。

 

 吐息がかかる。一挙一動を細かく感じられるる。それくらい近い距離に、天ヶ原がいる。


「……ああ。それがヨゾラの為なら」


 問われた覚悟に、俺は応える。

 ……なんだか、今ならどんな問題だろうと何とかなる気がした。


「言質は、取ったからね」


 ゆっくりと天ヶ原が俺から離れる。彼女の亜麻色の髪が鼻頭をくすぐり、キャラメルマキアートみたいな甘くほろ苦い香りが鼻腔を蹂躙する。


「……まあ、例えどんな状態で聞かれたとしても、ヨゾラが辞めるなんて引き合いに出されたら断れないしな」

 

 どこか自分に言い訳するように、俺はぼそぼそと呟く。

 何となく、あの状況に、天ヶ原に、屈したとは思いたくなかった。

 ……いやけど、さっきの口調はヨゾラだったし、ヨゾラならいい、のか……?

ああもう、ややこしいなほんと。混乱してきた。


「そんじゃ、悪いけど早速力貸して貰うわよ? ……実はもう、あんまり時間ないから」

 

 俺が葛藤していると、天ヶ原は急に焦りだす。

 

 ――ガチャッ。

 

 直後、どこかで扉が開く音がした。


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