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第二十話 同棲スタート!

 二人並んで同じ家に帰る。

 それはとても奇妙な感覚だった。

 いずれこうなることは分かってはいたものの、心臓は痛いくらいに跳ねるのをやめてくれない。


 互いに同じ違和感を覚えているのか、帰り道は意図的にゆっくりだった。

 急げば間に合う電車を見送って、急行ではなく各駅停車を選んで。

 きっと、覚悟をする為の時間だったのだろうと思う。


 そして――、


「ただいまーっと」


 鍵を開け、俺は誰もいない家に一声かけて入る。

 なんとなく、こうするのが習慣になっていた。

 靴を脱いで、玄関脇にカバンを掛ける。しかし一向に天ヶ原が続いてくる気配はない。

 訝しんで振り返ると、ちょうど顔を真っ赤にして震える足で一歩踏み出したところだった。


「た、ただいま……」


 これが我が家のルールとでも思ったのだろう。

 めちゃくちゃ照れながら必死にそう言った彼女を見て、心がほっこりと温かくなる。


「おかえり、天ヶ原」


 ……今日からは、こいつも家族みたいなもんだからな。

 俺が歓迎の意を込めて慈愛に満ちた笑みを向けそう言うと、しかし返ってきたのは目に見えたドン引きで。


「え、キモ……なにそのニチャッとした笑い方。どうしたらそんな顔出来るわけ?」


 前言撤回。

 温かく歓迎なんてしてやるもんか。

 あくまで俺がこいつと住むのはヨゾラの為だ。その辺りはきちっと分別しよう。


「ふぅ……とりあえず疲れたしシャワー浴びるわね」


 空港でのしおらしさはどこへやら。

 いつもの豪胆さを取り戻した天ヶ原は、既に運び込んである自身の大きな荷物とともに浴室へ消えた。


 ……まあ、いつまでも遠慮されるよりはずっといいか。

 俺は苦笑をこぼしつつ、落ち着くために居間でコーヒーを淹れて一息ついた。

 ……のだが、


「ねえちょっと、タオルとかってどうしたらいいの?」


 しばらくして水音が止まると、脱衣所からぼんやりと響いてくる天ヶ原の声。

 ……人が何とか同級生のシャワーという試練に堪えていたというのに、全く。

 その辺りもう少し注意を払ってほしい。こちとら健全な高校生男児なのだ。今だって理性を保つために部屋に戻らず居間にいたのに。

 いや、決して聞き耳を立ててたとかじゃなくてね?


「ったく、そういうのは入る前に聞いてほし――っ!?!?」


 文句を呟きつつ、声を張るのも面倒だったので廊下に出ようと振り返ると――そこには剝き出しの肩を晒した天ヶ原の姿があった。

 清流のように美しい亜麻色の髪からは雫が滴り落ち、汚れを知らぬ雪肌は鎖骨まで丸見え。

 魅惑の膨らみは上の方が僅かに覗いていて、ダメだと分かっていても視線が引き寄せられてしまう。


「ちょ、あんまこっち見ないでよ」


「い、いや、なんて格好でこっち来てんだよ!」


 俺は慌てて後ろを向いて叫ぶ。


「返事なかったから聞こえてないのかと思って見に来ただけよ」


「そんなもん、勝手に使えばいいだろうが!」


 大体俺が居間にいなかったらどうしたんだよ。

 もし廊下で鉢合わせでもしたら、流石に理性を保てる気はしないぞ。

 自分の家だと思って寛ぐのはいいが、男と暮らしているというのは自覚してくれ……


「あたしもそうしようかと思ったんだけど、よく考えたら悪い気がして……」


「無遠慮なのか遠慮するのかどっちかにしろお前は!」


 悶々とさせられて爆発した俺の叫びが家中に木霊した。


***


 そんなこんなで一悶着ありつつも夕食の時間を迎えた。


 移動で疲れたから近くのスーパーサラダと煮物、コロッケを買ってきた。白飯と味噌汁だけは何とか作ったが。まあ、男の一人暮らしだ。疲れてなくてもこういう出来合いで済ますことは多い。


 夕食をどうするか天ヶ原に聞いたのだが、荷解きがあるから忙しいというのでこうして用意したわけだが、


「殆ど買ってきたお惣菜って……もしかしてあんた普段からこんな感じなわけ?」


 当の天ヶ原は食卓を見てそれは微妙な顔をした。


「いや、まあ大体こんな感じだけど……」


「コンビニじゃないだけまだましだけど、基本的にお惣菜って万人受けするように濃い味付けになってる事が多いのよ。偶にならいいけど、あんまり食べ過ぎると味覚がこっちに慣れて健康に良くないことが多いわ」


 こんな感じで俺の食生活についてのダメ出しをしつつも、出された食事は綺麗に食べ終える天ヶ原。

 何故か妙に早口なのが気になったが、鼻につく言い方に紛れて追及するには至らなかった。

 だって耳の痛い話だけど正論だし。なんだかんだ自炊をサボっていたのは事実なのだ。

 ――しかし、俺だってただ言われっぱなしで終わるわけにはいかない。


「天ヶ原だって今後この家に住むからには家事は折半だ。それだけ色々知ってるんだ。自分はさぞ毎回栄養に配慮した料理を作れるんだろうな?」


 食後。温かい緑茶を飲んで一息ついている中、俺は仕返しとばかりににやりと笑いそう聞いた。

 

「人を引き留めて勿体付けたと思ったらそんな事? そんなのは最初からそのつもりよ。ていうか今日の夕飯と前回見たこの家の惨状からあんたの家事能力に期待はしてないわ」


 どこかほっとした様子で、虚空を見つめ早口に家事分担に応じる天ヶ原。

 ……なんだろう。明らかにどこか様子がおかしい。

 自分に面倒が降りかかるのは傲慢な性格からしてもう少し渋るかと思ったんだが。


「はぁ……やっぱり、自分から言うしかないわね」


 天ヶ原はしばらく無言で俯き、やがて決意を固めた風に顔を上げる。

 頬は朱に染まり、首筋はしっとりと汗に濡れ、潤んだ瞳は吸い込まれそうな程に綺麗。

 艶めかしい。そんな表現が似合う妖艶な雰囲気を彼女は纏っていた。 

 そして、


「それじゃ……するわよ」


 非日常な空気の中で不敵に笑う彼女から、俺は視線が離せなかった。


ようやく同棲が始まりました。

タイトル回収に二十話もかけてすみません。

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