第十七話 それでも君のために②
「そうか、なら任せろ。俺が何とかしてやるよ、ヨゾラ」
俺は敢えて天ヶ原をヨゾラと呼び、不敵に笑って大見得を切った。
『ヨゾラの為』。気持ちを高揚させる為に言ったそれは何故だか免罪符のように思えたが、今は一刻の猶予もない。
「何とかするって……あんたまさか」
「ああ、そのまさかだ。俺がその宣伝動画を作ってやる」
毎晩ヨゾラの切り抜き動画を作っているし、動画制作には覚えがある。
この状況を打破するには、これしかないはずだ。
「……無理よ。いい? 今回の動画はそこそこのお金を払ってプロに依頼したの。それが何でこんな事になったのかはあたしにもわからないけど、とにかく切り抜きを作るのとは訳が違うのよ」
天ヶ原は言い聞かせるような鋭い表情でこちらを見据える。
「それに時間もない。あんたに出来るとは思えないわ」
確かに、俺はプロではない。そもそも間に合う保証はないし、時間がない中で作ればクオリティは数段劣る物になるだろう。
けれど、
「だとしても、やってみなくちゃ分からないだろ。俺が間に合わなければ、その時に口頭にすればいい。どうせ無理なら最後まで精一杯足掻いてやろうぜ。諦めずに日本に残ろうとした昨日のお前はどこ行ったよ」
俺は怯むことなく言い返した。
理屈なんて関係ない。ヨゾラの為と宣言した今の俺は無敵なのだ。
「――っ、言ってくれるわね。……いいわ、ま、やるだけはタダだしね」
覚悟を決めた天ヶ原が不敵に笑う。
――戦友。
目的を共にしたことでそんな響きが頭に浮かんだ。
「とはいえ時間が足りない。俺もすぐに作業に取り掛かるが、そっちでも時間を稼いでくれると助かるんだが」
「そうね……引き延ばせて三十分が限界だわ。発表の後に宣伝するために他の子たちも待機してるし。それ以上遅れるなら動画はないほうがまし」
「……ほんとに時間無いな。よし、それじゃあ天ヶ原はすぐ帰って素材を送ってくれ」
「了解」
今の時刻は十八時。配信開始が十九時。
配信の最後に発表するにしても、使える時間は二時間弱しかない。
だが、やると決めたら後は手を動かすだけ。
俺は自室の戻りパソコンの動画編集ソフトを起動する。
しばらくして、天ヶ原からURLが送られてきた。
その中にはヨゾラや他のVtuberの画像素材、事前に撮影したであろう動画素材がそれぞれ入っていた。
幸いイラストやロゴはすべて完成しているようだ。
それすらも自作だと流石に時間が足りなすぎる。
次いで、天ヶ原から時間の目安と内容の指定が送られてくる。
おそらく元の発注先に送ったものだろう文章そのままだ。
「……さて。それじゃ――死ぬ気でやるか」
ヨゾラの為に。
そう心に誓って、俺はひたすら手を動かし始めた。
***
――そして、二時間後。
「はぁ、はぁ……よしっ! エンコード終わった!」
一度のミスすら許されない極限状態の中、エフェクト作成からモデリングまでこなし遂にライブ宣伝動画が完成した。
ちらと見た時計は今にも二十時を刻もうとしている。
どうしても気が散ってしまうから、ヨゾラの配信は付けていない。
しかし天ヶ原から連絡もない。俺はそれを間に合ったのだと判断し、息せき切って窓を開け、向かいのガラスを叩く。
すると数秒後に天ヶ原が現れ、俺の手からUSBメモリを受け取る。
直接渡しに行くのも、クラウドに上げるのも時間を取られると判断した俺の横着を咎める事もなかった。
彼女はただ黙って一度頷くと窓とカーテンを閉めた。
交錯した視線は、「お疲れ様」と言っているように見えた。尤も彼女がそんな風に素直に礼を言うとは思えないので、俺の思い込みだろうが。
――間に合った。
だが俺はそれを受け、そう確信した。
途端に張りつめていた緊張が解け、脱力したままふらふらとベッドに仰向けになだれ込む。
月明かりに照らされた室内にキラキラと誇りが舞う。
完治したとはいえ昔は喘息を抱えていた俺としてはあまり埃を吸い込むのはよろしくないのだが、今だけは何もしたくなかった。
素材を編集して付け足すだけの切り抜き動画ならともかく、宣伝用の動画を一から作り出すのは難しい。構図も素材も映えるように並べなくてはならないし、エフェクトが拙いと動画全体がしょぼく見えてしまう。
通常丸一日、下手すれば数日掛けて作るようなものを、即興で二時間で作るというのは容易ではないのだ。
だが、やり切った。
奇跡と思えるくらいまともな物が出来た。
あれなら星の子二十万人の前で流しても問題はないだろう。
全身を包む充足感。とはいえ上手くいったかという不安も少しはあって。
溜め込んだ疲労がぐるぐる目まぐるしく回る思考を飲み込むかのように。
気づけばうつらうつらと眠りに落ちていった。
***
俺の意識を起こしたのは、スマホの着信音だった。
帰宅後ベッドに放置したままになっていたスマホはちょうど頭の横にあったようで、脳髄に甲高い音が染み渡る。
「ん……」
ぼんやり霞む目を細めると、入っていたのは一件のライン。
『見てたと思うけど、動画は好評だったわ』
『その、あんたのおかげで助かった』
『ありがと』
彼女の躊躇を如実に写し出すかのように、しばらく経って送られた感謝の言葉。
それは暗いスクリーンの中で、夜空に浮かぶ星のように燦然と輝く。
急に舞い込んできた二度目の危機。
まったく、昨日の今日でどれだけ問題を抱えることやら。
そう思ったけど、少し嬉しく思う自分もいて。
それはヨゾラの助けになっている実感なのか。はたまた別の理由なのか。
だけど、こんな事じゃまだまだ足りない。俺は、彼女に救ってもらったから。
……そうか。俺はヨゾラに――天ヶ原に救ってもらってたのか……。
寝ぼけて漫然とした思考に混じる現実。
けれどそれは、とてもいけないことのような気がして。
その理由が何なのか、いくら考えても答えは分からなかった。




