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第十二話 春のヨゾラ


「少し歩かない?」


 天ヶ原家を出て、しばらく無言で冷たい外気と所在ない気まずさに晒されていた俺たち。

 それに耐えかねた天ヶ原が、唐突にこちらを振り返りもせず歩き出した。

 えっちらおっちら、ふらふらと、見慣れた住宅街を当てもなく歩く俺たち。

 そうしていると、小さな公園にたどり着いた。

 遊具は小さな滑り台と、バネで揺れる馬の二つ。遊具とは対角に一つだけぽつんと置かれたベンチに、人1人分の距離を取って腰掛ける。


「……正直驚いてるわ。いきなりなんの説明も無しだったのに、パパを説得できるとは思わなかった。最初は隣にいるだけで、あたしが話すきっかけくらいにしか思ってなかったのに……」


 もう一度無言を挟んでしまうと話辛いと思ったのだろう。天ヶ原は座ってすぐ、矢継ぎ早にそう言った。


「ほんとだよ、せめて身を置かれてる状況くらいは話しておいてくれたらもう少し楽だったんだけどな……」


 あんな手探りの大勝負はこれまでの人生でもしたことがない。未だに緊張で変な汗をかいている。もう二度、あんなシーンはごめん被りたいものだ。


「ねぇ、最後の独白って、あれヨゾラのことよね?」


 そんな風に俺が内心一息ついていると、今度は別の意味で答えづらい質問が飛んできた。


「……まあ、な。否定はしない」


「何よ、そのちょっと含みがある感じは」


 ジトっと向けられる、カラメル色で切長の、宝石みたいな瞳。

 俺はそれに耐えきれなくて、


「はぁ……別に、何があるわけじゃないんだ。ただ、他の星の子に少し申し訳ないと思ってな」

 

 俺一人がだけ想いを伝えられて、俺一人だけが話が出来て。

 みんなヨゾラを応援する気持ちは同じだというのに、あまりにもずるくはないか。そう考えてしまうのだ。

 それと矛盾するように赤裸々に想いを伝えた恥ずかしさもあるが、まあそれは贅沢な悩みというものだろう。


「そんなの今更でしょ。確かにずるいかもしれないけど、あんたは自分の手でそれを勝ち取ったんだから。むしろもっと喜んだら? ……それとも、みんなに申し訳ないから〈契約〉は無効にする?」


 諭すような静けさを携え、最後には出来るものならやってみろと、小悪魔な笑みを浮かべる天ヶ原。

 そんな彼女の思惑に縋るように、俺は──


「……契約を違えたら何を請求されるかわかったもんじゃないからな。やめておくよ」


 誓いを楯にして、俺は疑念を心の奥底に沈めるかのように苦笑を浮かべた。

 

 ――だって、無効になどできるはずがないから。

 この運命の引き合わせに抗うことなんてできない。甘美で、望めばきっとどこまでも盲目的に溺れられる、麻薬みたいなこの強い想いに逆らうことなどできないのだ。

 それを失うことに比べたら、多少の罪悪感など容易に目を瞑れてしまう。


 そんな風に罪悪感と一緒に心の奥に沈めた激情を悟られないよう、俺はスッと立ち上がり、


「さて、そろそろ帰るか。あんまり遅くなってパパさんにあらぬ疑いをかけられるのはごめんだ」


 今度は俺が彼女を振り返ることなく先立って歩みを進める。


 家の前までは来た時と同じように無言だった。

 けど、もうそれは嫌な時間じゃなかった。

 少しだけ暖かくなってきた春の夜風に心地よく浸り、頭上低くに輝く北斗七星をのんびりと眺められる、穏やかな時間。

 そう思えるのは、少し打ち解けられた天ヶ原が、同じようにゆったりと隣を歩いてくれているからだろう。


「それじゃ……おやすみ」


「ああ、またな」


 家の前に着くと、そっくり並んだ家に別々に入っていく俺たち。

 しかし去り際、


「ああそれと──学校じゃくれぐれも馴れ馴れしくしないでよね。あたしたちの関係が表沙汰になったら面倒だし。あたしとあんたはまだ赤の他人。『星海ヨゾラ』と『ムーンさん』の関係はこれまでだって現実と仮想を分けていたんだから、当然のことでしょ?」


 言い聞かせるように、きっと強く俺を見据える天ヶ原。


「安心しろ。今の俺に自分から厄介ごとに飛び込む気力はないさ」


 それに対し、俺は曖昧な同意を返す。


「分かってるならいいわ。それじゃ、今度こそおやすみ」


 聞きたい答えが聞けて満足したのか、それだけ言い残すと天ヶ原はさっさと家の中に消えていった。


「ああ、おやすみ……ヨゾラ」


 行き場を失った言葉は、ただ虚しく春の《《夜空》》に溶けていった。

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