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第十話 娘さんを僕にください!

場面は戻り、天ヶ原家の食卓にて。


「む、娘さんを僕にください!」


 今世紀最大の失言をかました俺に、その場の全員の視線が刺さる。

 多分含んだ意味合いは違うだろうけど、天ヶ原も、パパさんも、俺を今にも殺しそうな目で睨んでいる。

 こっわ。特にパパさん。大丈夫だよね、この後埠頭から簀巻きにして海に投げられたりしないよね?


「……小僧、それはどういう意味だ?」


 パパさんの雰囲気が急変する。

 今までは娘の成長にショックを受けたちょっと怖い父親、くらいだったが、今は目の奥がぎらっぎらに煌めいている。完全に堅気のそれではない。


「ど、どういう意味でしょう……?」


 完全に勢いで突っ走ってしまっただけの俺には、そうやって苦笑いを浮かべるのがやっとだ。


「ふざけてんじゃねえ! 人様の娘に手ぇ出して、半端が許されると思ったら大間違いだぞ!」


 こえええええええええ。

 なんていうかもう、発声してる場所が常人のそれじゃねえの。この外人さんのどっからそんなドスが効いた低い声が出てくるのか見当もつかない。


「ぱ、パパ、いったん落ち着いて……」


「落ち着いてられるわけねぇだろ! 急に現れたガキが人様の大事な娘キズモノにしようとしてんだぞ。受け入れられるわけねえだろ!」


「パパ……」

 

 あまりの剣幕に天ヶ原もしばし言葉を失う。しかし、


「……今はまだだけど、将来は結婚、したいと思ってる。それくらい、あたしたちは真剣に付き合ってるから」


 少し考えた後、天ヶ原はそうはっきりと言い切った。


「な、乙羽……」


 娘の口から聞いた結婚したいという言葉には怒りを霧散させる破壊力があったようで、パパさんは先ほどまでの怒りを忘れてしばし黙り込む。


 ――仕掛けるなら、今しかない!


「すみません、さっきはパパさんの迫力に思考がまとまっていませんでしたが、乙羽さんの言うとおり僕たちは真剣です。……結婚して、片時も離れることなく一緒にいたいと、そう思っています」


「……片時も離れることなく、か」


 そこまで言って、パパさんもなぜ俺たちがこんな話をしてきたのかに気付いたのだろう。

 これまでとは、どこか顔つきが変わった。


「そういうことだからさ、あたし、日本に残るよ。仁君と、離れたくないから」


 僅かに逡巡して、天ヶ原は俺の腕をとる。ここで仲の良さを見せつけ、たたみかけるつもりなのだろう。

 柔らかい体の感触が直に伝わってどきどきする。


「……それとこれとは話が違うだろ。どれだけ彼と真剣に付き合っていようが、高校生の娘を一人置いてはいけない。ダメだ」


「――っ」

 

 このまま押し切れるかと思ったが、感情の起伏が表に出る割にパパさんは冷静だな。やっぱ見た目通り、それなりの修羅場をくぐってきているのだろう。


「前にも言ったけど、お金なら何とかなる。それに、住むところだって――」


「お前がネットの活動でそこそこ稼いでいるのは知っている。だが、これは金銭とは別問題だ。お前に万が一のことがあった時、海外にいる私もママも、すぐには駆けつけられない。親としてではなく、客観的に見てもお前はかわいい。……これまで、何もなかったとは言わせないぞ」


「それは……」


 一瞬、天ヶ原の表情が苦悶に歪む。

 きっとこれまでの人生で、痴漢とかストーカーとか、そういう怖い目に遭ってきたのだろう。彼女の容姿なら想像に難くない。


「ううん、それについてはあたしもちゃんと考えた。だから、今日仁君を連れてきたわけ」


「彼氏が守ってくれると言いたいのか? 悪いが、どれだけ気持ちを訴えられても高校生の恋愛を信用できるほど、私は愚かではない」


 パパさんの言ってることはもっともだ。年齢を重ねた大人から見れば、高校生の恋愛などお遊びだろう。

 そんなものに、大事な娘は預けられない。

 

 ……けど、俺にも引けない理由がある。

 もうずっと前から、ヨゾラのために全てを捧げると決めているのだから。


「違います。並べた言葉に意味が無いのは、重々承知です。……だから、乙羽さんはうちに住んでもらうつもりです。僕が責任を持って彼女を預かります」


「馬鹿を言うな。私には君の家が一番危険にすら思えるが? 高校生男子の家に住まわすなど、ライオンの檻に肉を投げるようなものだ。だいたい、親御さんには話しているのか? もしそうなら、娘を預かる意思を示す為にもせめてこの場に同席するのが筋だろう」


「両親なら大丈夫です。……もう、いませんから」


 俺がそう言うと、パパさんの強気な詰問も覇気を弱めた。


「すみません、僕の中では整理が付いていることなので暗くならないでください。あ、あれですよ、うちに来るなら引っ越しも楽ですよ? なんせ隣ですし」


 どうにも重くなってしまったこの場の空気をなんとか元に戻そうと、俺はおどけたようにそう言ってみせる。


「隣……? ――っ、そうか、君はあの……」


 だが、俺の必死の試みもうまくはいかなかった。

 それどころかパパさんはさらに何かをつぶやくと、深く黙り込んでしまった。

 助けを求めて天ヶ原に視線を向けるが、しかし彼女は惚けた様子でこちらの視線に全く気付かない。

 

 そういえば、天ヶ原には両親のこと言ってなかったっけか。自分が安易に住まわせてもらおうと思った家の事情を聞いて、多少なりショックを受けたのだろう。


「……それならば、問題ない、のかもしれないな」


 そしてゆっくりと口を開いたパパさんは、意外にも肯定的な言葉を口にしたのだった。

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