7.はじめは賢者の如く、後はバンカラの如し
上泉信綱公に感謝を捧げた空太郎は、陣所に戻り、一計を案じる。
「やい、五風林将軍と大久保将軍、その配下から屈強な者を選んで、俺を捕縛してくれ」
空太郎は、頭に白い包帯を巻き、手を三角巾で吊った後、血抜きしていない生肉を頭から被り、全身を赤く染め上げる。いかにも重傷を負っているふうだ。
「これから軍略を説明する。これから選抜隊は、俺を土産として勇者側へ寝返って城内へ入ってくれ。その後、俺がのろしを上げる。そしたら、城の外にいる者は一斉に攻めかかって欲しい」
阿久乃城は3箇所に門がある。それぞれにパアテイメンブアと呼ばれる、勇者徳山のほこる精鋭が守っている。
この3箇所をマリン、ゴブリン将軍、オーク将軍、それぞれが手勢を率いて、合図とともに攻めかかる手はずとなった。
山の路地に精通したるエルフの案内により、部隊は無事に阿久乃城までたどり着き、敵方に降伏する。
「勇者、徳山様。一大事にて、ございます。敵方の大将の一人、板野空太郎を、捕らえました」
伝令がそう伝えると、徳山、ひどく喜び、笑いをあげる。
「ははは、僕の勝ちゲーだ。ここまで、連れてこい。もちろん、僕に危害を与えられないように、動きは封じて連れてこいよ」
空太郎、麻袋で何重にも巻かれたうえに、縄をぐるぐると巻かれて、徳山のいる天守へ引っ張られる。
天守の前に、広がる庭をお白州代わりに、空太郎は乱暴に徳山の前に転がされた。
「おっ、こいつはいい気味だ。僕にチートをくれた神様に逆らう、とんでもないやつだからな」
空太郎は、砂利を噛んで口の中をざらざらさせながら、ただ虫のように地面を這いつくばり、上目遣いに徳山を睨みつけることしかできない。
げしっ、げしっと、徳山は無防備な空太郎に蹴りを入れる。これには空太郎、たまらず、ぐっ、と苦悶の声をあげた。
「ふっは、ここがいいのか?ここがあ」
徳山、後ろに大きく右足を引くと、サッカーボールを蹴る要領で、みぞおちに蹴りを再び叩き込む。
ぐっ、と空太郎、肺腑から空気が全て絞り出される。
「そらよっ、もう一発!」
徳山、追撃の一撃を放とうとするが、突如、空太郎、両手でそのつま先を受け止める。
「どうして動けるんだ!身動きをとれないよう、ロープで何重にも縛っておいたんだぞ!」
「徳山、この野郎は墓穴を掘ったのにまだ気がつかねえか。空気っちゅうのは、食べ物と似たもんだ。自分で取り入れるのは、なかなかやめられないが、いざ、ないとなれば、なんとかなる。お前みたいなチート野郎には考えもしねえこったろうが、俺は滝行を経て、呼吸法を会得しているんだ。てめえのように、チートなんか使わないでも、数分間は呼吸を止められる」
空太郎、息継ぎもせずに、演説を続ける。
「そこでだ。空気がなくなって、細身になったからだで、ウナギや蛇の畜生どものように、隙間のできたところを、脱出イリュウジョンさ。それ、歯っ食いしばれ!」
空太郎、マジシャンのごとく縄抜けすると、そのままアッパーで、油断をしていた徳山の顎をポカリ。
それもう一発、としたところ、空太郎は背後から両腕を押さえつけられる。
振り返ってみれば、一緒に城に入った味方ゴブリンではないか。瞳から光が消え、焦点の定まらない目をしている。まるで幽鬼だ。
「ははは、城に侵入して僕を殺そうなんて、単純極まりない脳筋戦法などとっくに、見抜いているんだよ。僕のチート<洗脳>で、お前の協力者は調教させてもらった。僕の勝ちだ」
殴られた顎をなでながら、徳山は目を光らせている。
思わず目を合わせてしまった空太郎に、洗脳光線がせまる。
「うっ、脳みそがおかしくなってしまいそうだ」
空太郎、こめかみを手で押さえて、ぐうぐうと呻く。
「そら、もういっちょう。出力をあげていくぞ」
徳山の洗脳念力は、ますます威力を増す。あまりの力に、周囲の空気に波紋状のうねりが見えるほどだ。
「ううっ、だが俺は屈しないぞ」
空太郎、気力を振り絞って、徳山に飛びかかる。
「焼きがまわったな、空太郎。自分から近づいてくれるとは」
徳山、空太郎にとどめを刺そうと、目をカッと見開いて、睨みつける。
空太郎、朦朧とする意識の中で、殴りかかろうと、後ろにタメていた手を、サッと頭に巻いた包帯の結び目に伸ばすと、シュルシュルと包帯が解ける。
そこには、剣聖、上泉信綱公が研いだ、鏡と同然のおでこが現れる。
徳山の発した洗脳光線は、そのまま反射して、徳山自身に跳ね返る。
哀れ徳山、自らの発した光線で、自身を洗脳してしまった。
「……ぼっ、僕のチートが負けるはずはっ」
徳山、わずかに残った自意識を働かせ、洗脳解除の光線を出す。鏡を利用して、自分にかかった洗脳を解除しようとするのだ。
「おでこが鏡じゃ、生活しづらくてたまらねえよなあ」
空太郎、自分の額を殴りつけると、馬鹿力で殴ったものだから、おでこはグジャグジャになる。光線は反射しない。
空太郎、意識朦朧としている徳山の首根っこを、片手でがっしりと掴む。もう一方の手で胴体を固定する。と、そのままねじ切って、空に向かって掲げる。
「敵将、徳山討ち取ったりっ!」
バンカラ由来の、大声が阿久乃城に響き渡ります。
これで徳山方は、大将が討たれてはしまいだ、と一斉に浮き足立って、逃げ始めます。
城外に待機する味方は、空太郎の大声を合図に、一斉に城に攻めかかり、天下第一の要害、阿久乃城もこれにはたまりません。
ところが、あっさり死んでしまったとはいえ徳山もさるもの。城の三つある門には、それぞれ合計二人のパウテイメンブアと箕田ウルスが備えています。
勢いに乗じて攻めかかる、魔王軍を追い返します。
「死守しろっ、王国から援軍が来るまで、堪えるんだ」
北門を守るパーティーメンバーの一人、聖騎士ガルヤは、攻めかかるゴブリン隊を数度撃退。
このままでは、せっかく徳山を討ち取った意味がないと、慌てて空太郎は北門へ駆けつける。
「我こそは、勇者パーティ第一の剛の者として知られたる、ガルヤ・ゴーワンぞ!汝、如きに遅れはとらん。いざ勝負だ」
ガルヤ、空太郎を見つけるやいなや、長剣を抜き、斬りかかる。
「ヤアッ、わが剣は物干し竿のごとき長さを誇る。空太郎、いくら素早いとはいえ、逃げられんぞ」
ブウンブウンと長剣を振り回す、ガルヤだが、空太郎は一計を案じて、距離をとって石を投げる。
「はは、いくら長いとはいえ、所詮は近接武器。俺の投石のほうが距離は長い」
空太郎の投げる石は、まるで槍の突き如き威力である。
これには、ガルヤも次第に避けきれなくなり、地面に伏し倒れたところを、空太郎にとっ捕まえられた。
「ガルヤとか、君は、これほどの勇士でありながら、洗脳なる卑劣な手を使う徳山に味方するとは何事ぞ。俺は君を惜しむ。いますぐ、我々の仇討ちを手伝い、正道に復帰せんとするなら、その命はもらわん」
ガルヤ、はっと目を開き、うなづく。
「よかろう、貴殿の言うことはもっともだ。我はこれから、汝にお味方する」
ガルヤは、北門を開くように命じ、ゴブリン軍が一斉に入城した。
南門を守るは、魔術師リイアだ。
彼女も無双の魔術使いにて、一騎当千の魔法で、オーク軍を近寄らせない。
そこは、ガルヤは突進する。
「ヤアヤア、逆賊トクヤマ一味の郎党、魔術師イリアよ。我は、魔王軍第一の剛の者、ガルヤぞ。我は改心に、義に殉ずることにした。リイヤよ、これまで同僚のよしみで、貴様も改心するというのなら……」
リイヤも事情を聞くや、すぐさま降伏し、開門する。
あとは、正門を守るミノタウルスのみだ。