1.バンカラ異世界へ
これよりお話いたしますのは、かくも不思議なお話でございます。
インターネットを通じて世界がリアルタイムでつながり、空には飛行機どころかドローンが飛び、車は自動運転も始まろうかという、この令和時代。
一人の時代錯誤な、男がおりました。
かの男の名前は、板野空太郎。空に雲ひとつなく晴れ渡った日に生まれたことから、空太郎と名付けられたそうです。
名は体を表すとは昔の人はよく言ったものです。この男、成長するにつれ、見事、バンカラに成長いたしました。破帽を被り、裾は破けた薄汚いマントを羽織って、高下駄をカランカランと鳴らして歩いては、放歌高吟しておりました。
無鉄砲な日々を過ごしておりました空太郎ですが、突如、一念発起をいたしまして、勉学に励もうと考えたわけです。
学校で配られた教科書を押入れから引っ張り出し、読んでみます。が、教科書というのは、最近は天然色の挿絵が増えましたといえども、古今東西、理解が難しい書物でございます。
空太郎、数刻、教科書を開いてむむむっ、と睨み合いますが、物体である教科書には、不良も裸足で逃げ出す空太郎の威圧も効かないと見えます。
空太郎、「これではいくら時間をかけても、公式の一つも頭に入らない」と観念します。これまでロクに机の前に座って本を手に取ったことすらなかったのだから、まずは、文字に慣れようと考えます。
文字に慣れるには、まず小説でも読んでみようかと考えた空太郎は、教科書を再び押入れに放り込むと、財布を握りしめ、近所の本屋へ吶喊いたします。
「ややっ、強盗か?」
本屋の店主、イノシシのごとく突進してくる空太郎を見て、シャッターを慌てて下ろそうといたします。
「待たんか、親父。俺は、本を奪いに来たのではない。買いに来たのだ」
空太郎の言葉を受けて、店主が、空太郎をじっと検分いたしますと、手に財布を持っているのが分かりました。
「あいや、すまん。あまりの剣幕に押されてしもうたわい」
「俺のような大男が走ってくれば、それも仕方ない。それより、親父、俺でも読める本を見繕ってくれ」
親父、しばし考えた後、娯楽小説の棚に空太郎を連れて行った。
「ライトノベルというのは、どうだ。読みやすい。机に座って本を読む習慣をつけるのにぴったりだろう」
「分かった。親父の推薦する、そのライトノベルとやらを適当に数冊買っていこう」
こうして、空太郎は満足した様子で本屋から出たのでした。
空太郎、家につくなり、本を覆うビニールを引き千切り、熱心にライトノベルを読み込みます。本屋の親父が選んだライトノベルのなかでも、特に異世界モノが空太郎と波長があったようです。
「おお、これは面白い。ぜひ、異世界に行ってみたいものだ」
空太郎は、至極単純な男です。今まで小説など、読んだこともなかったのだから、なおさらその影響は大きい。当初の文字に慣れるという目的を忘れ、異世界に夢中になります。
おまけに空太郎には、理科系の素養が欠けていました。空太郎はとんでもない思い込みをしてしまいます。
「どうやら異世界なる外国に行くには、飛行機に乗るのではなく、トラックに轢かれる必要があるらしい」
空太郎、これはパスポートを取って、面倒な搭乗手続きをするよりずっと楽だと大喜び。取るもの取って、急いで荷物をまとめると家から飛び出し、手頃の幹線道路へと駆け出します。
手頃なトラックが来るなり、えいやっ、と空太郎、飛び出します。
ところが、空太郎。彼はバンカラですから、トラックが逆に気合負けしてしまいます。
空太郎は、幼児のころから、毎日、牛乳を数リットル飲んで、壮健な大柄男に育っていますから、そこらの軟鉄ごときには負けない骨格であります。
数台とぶつかったところで、道端には、トラックが転がり、もうもうと黒煙をあげます。
これではらちがあかないと、空太郎。
横転したトラックを持ち上げ、えいやっ、と投げて積み上げてきます。あっと今に、空の天井に届くかというほどのトラックの山ができました。
空太郎、トラックの山に飛び込むと、腰のポーチからマッチを出して、穴の空いたガソリンタンクに放り込みます。
大爆発が起こり、やっと、空太郎は異世界に行くことができました。
万歳、万歳。
これより、令和バンカラ異世界絵巻のはぢまりでございます。