高村家
十時間という長い時間をかけてようやく新神戸駅に降りた後、バスで大きな橋を渡り最寄り駅に着いた。バス停のすぐ側で一人のお婆さんが私を待っていた。
「はじめまして!」
私は意気揚々と挨拶をする。
「こちらこそ、初めまして高村ハツネと申します。沙陽子ちゃん長旅ご苦労さま。」
お婆さんは丁寧に挨拶した後『じゃあ、家に行こうか。』と赤い軽自動車に荷物とリュックを乗せて走り出した。
藍色になりつつある海沿いをひたすらに走り、潮風の匂いと大きすぎる工場地帯を抜けると小さな港町が姿を現した。坂を登り高台の一軒に車は止まった。木造の古い家だった。坂の上の為広い海がめいいっぱいに広がっていた。
「サヨちゃん夕ご飯にしましょう。あと、みんなにご挨拶しましょう。」
おばあちゃんは、引き戸を開けて家に入るとスーパーの袋を両手に握り台所に向かった。
「おじゃまします…………」
少し不安になりながらも家に足を踏み入れた。
「おうおう、こんばんは。」
白髪の生えた優しそうなおじいさんがすぐ側の居間でテレビを見ていた。
「今日からおせわになります。よろしくおねがいします。」
深々とお辞儀をする私におじいさんは『おうおう。』と言いながら笑った。
おばあちゃんは鍋で沢山の素麺を茹でていた。
「おばあちゃん何かお手伝いすることはある?」
おばあちゃんは少し考えて
「じゃあ、二階にいるお兄ちゃんを呼んできてくれるかな。大丈夫かなー。」
私はうんと頷いて階段の方へ向かった。
すると二階から静かな足音が聞こえた。ゆっくりゆっくり、階段を降りてくる。『ぴたっと動きが止まった。』階段の柱から人影が覗く、私も廊下の柱に隠れて覗く。覗いては覗きのイタチごっこが数分続いた。私はとうとう怖くなり、
「おばあちゃん、ユウレイがいる。」
と叫ぶとおばあちゃんはびっくりした顔でこちらへ向かってきた。そして、
「大丈夫。あのお兄ちゃんはここの家の家族だよー。」
と、私をなだめた。
お兄さんは、酷く困惑した様子を浮かべて下の階へ降りてきた。だけど、透き通った肌と真っ黒で長めの髪でユラユラ動く様は、まるで本物の幽霊のようだった。
居間で食卓を囲み、大量に茹でた素麺を家族で食べた。
「香田沙陽子です。ずっと北の県から来ました。」
「へー、サヨちゃんいくつなの。」
「ななさいです。」
「好きなことはあるの。」
「ゲームかおえかき。」
おじいちゃんは気さくに質問をしてくれた。
「賢司お前もゲーム詳しいよな。」
「うん。まぁ……」
お兄さんは素っ気ない様な素振りで素麺をすすっていた。私はその後も実家が米農家な事、よく田んぼに足を入れて靴を汚し母親にこっぴどく叱られたことなど夕食は他愛もない話をして盛り上がった。
でも、お兄さんの存在だけはどこか世界が違うように感じていた。