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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
9/64

9,

 身体が急速に引っ張られる。血液がどこかに動かされる感覚が一瞬だけあり、すぐに消えてなくなった。直すとメカニックたちは言っていけど、感情抑制を強くしただけじゃないのか?

 だけど、その想像よりも現実の方が素早かった。戦場で銀色と赤色は目立ちすぎる。イポスが4機突撃してくる。編隊を崩してまでやることだろうか、と陰険な教導官のようなことを思う。

 三次元的な弧を描きながら、僕は構え慣れたSARの引き金を引く。叫んでいるのだろうか。人為的な重力によって不自然に支えられた上体が、わずかに震えるのが見えた。そしてすぐに、アウター・シールドを裂いた銃弾がその胸へと飛んでいった。1機撃墜。

 グリア粒子を補給する間も無かったのか、そもそもグリア粒子が足りていないのか。おそらくは前者だろうか。乱戦のさなかでは補給する暇もない。降りかかる銃弾がすぐ横を掠めていく。このデーモンが運動性能に特化しているおかげで、被弾はとても少ない。

 出来るだけ慣性の法則に逆らって僕は飛ぶ。左から右へ、右から左へ。幸運なことに、敵兵の練度はそれほどではなかった。1分も立たないうちにデーモンの装甲片が漂い始める。

 ランボーみたいな気分だ。薄くなったアウター・シールドを貫通した弾頭が僕の装甲に当たる。右肩が衝撃によって動くが、それだけだ。重力加速のさなか、射撃プログラムが人工筋肉を絞めて無理矢理射撃に適した体勢を作る。トリガーを引くと、また一人死んだ。漠然とした万能感を覚えながら、僕は残りのデーモンの数を数える。

 ミサイルを撃ち落とし、爆煙に身を隠したまま突撃する。バレルロール。勢いを失った兵というものは常に先手が取れるから、とてもやりやすい。ハードポイントをたくさん抱えたデーモンが狙いを定めるより早く、僕は引き金を引く。たっぷりマガジン一個を消費した後には、そいつはもう動かなくなっていた。

 レーザー照射の警告がヘッドセットから鳴り響く。僕は急いで死体が詰まったデーモンへ移動を始めた。次いで降り注ぐ銃弾をイポスを盾にする事で防ぐ。SARを含めて、デーモンが持つアサルトライフルの大半はナノ処理された装甲を完全に貫通出来るだけの威力がない。そしてありがたいことに、そいつが太っちょだったことで僕は安全に距離を詰めることができた。

 もしかして僕は随分残酷なことをしただろうかと、心のどこかで思いながら死体を蹴る。慣性の法則に従って、そいつは最後のデーモンからの射線を切りながら運動する。恐怖が抑制を貫いてしまったのか、彼の体は空間に縫いとめられたように動かなかった。どうとも思う前に僕は引き金を引いていた。

 ようやく周りが静かになった。僕は息を吸う真似事をする。がぼがぼリキベントが音を立てた。落ち着いたフリをして、もう一度回線に耳を傾ける。

『いい調子じゃないか』

「手を貸してくれると助かるんだけど」

『こっちも手一杯だ』

 案外虚言じゃなかったらしく、遠くでグリア粒子の残像が見えた。赤いそれが振るわれるたびに何かの破片や肉片が飛び交っていく。普通の戦闘よりも忙しなく振られているところを見ると、助けを寄越せるほど暇じゃないのだろう。うんざりすることに、一人でどうにかするしかない。

 僕は飛びながら辺りを見回す。救援信号なんてものは受信していない。あれは体裁を整えるための言葉だったのかと思う。だけど、僕は戦況を見回すうちに考えを改めた。

 誰も彼もが死んでいく。旋回した駆逐艦にミサイルが命中して爆発が起こった。巨大な爆風に巻き込まれたデーモンのグリア粒子が散りぢりになって、どこからか訪れた銃弾が側頭部にぶつかって動かなくなる。叫び声をあげる暇もなく、そして伝わる事もなく。

 紫色の爆炎がどこからかあがり、慣性の法則に従った船の破片が通り過ぎていく。地球連邦のエンブレムをつけたデーモンどうしがドッグファイトを行っている。もはやIFFや重力レーダーなんて機能していない。そういう戦場の中だから、誰も引き金を引くことを躊躇わない。

 どこかで聞いたことがある。北アメリカ大陸を2つに割った戦争があった時、ゲティスバーグで使用された銃弾はたったの20%ぐらいだったらしい。それは銃や戦術や訓練が変化してもあまり変わらなかった。それが人間が人間を殺すようにはできていないことの証左になる筈だった。

 しかし、戦場が宇宙に移ってからは違った。宇宙は人を鈍感にさせた。振動も、それによって意味を持つ記号も真空の中を伝わらない。加えて敵の姿は宇宙服か艦船だ。それが映画で描かれる戦争ぐらいだったとしても、随分人は残酷になったと言っていい。

 そして、僕はその最たる例の中にいた。微かにさざめいた救援信号の方向から固まった重力反応が見つかる。連邦のコードを使って簡易信号を打っておく。速度は約1,240km/hぐらい、巡航速度が地球の大気での音速と同じということは最新型のビフロンス……僕は待ち伏せを選択した。

 NW方向へデブリを蹴りながら移動したあと、エンジンを空ぶかししながら静止するように努める。当然、ストランドでバランサーもどきを作ることもできないので慣性によって機体が少しづつ滑っていく。少し高級取りになったってのに、ストランドが恋しくなるような状況になるとは思わなかった。

 箒星のようなスラスター光がやってくる。地球同盟のサブノックが追いかけられているらしい。奇襲をかけることができるのだから、真っ直ぐにしか移動していないのを下手くそと罵るのはやめておくことにした。

 予想進入角との誤差は12°ほど、マルファスの加速性能ならかろうじて間に合う。体が四方向に分かれそうになるのを予感しながら、僕はスラスターを点火する。焦りは無かった。言いようのない感覚が僕に覆い被さっていた。

 陣形を保っているデーモンたちの側面に近づき、慎重に引き金を下ろす。点射をしている余裕はない。より素早く、相手が動揺している間だけに終わらせるしかない。意表をつけたようで、右翼にいたデーモンは回避行動をとる暇もなくぐちゃぐちゃになった。

 フルオートの反動が終わる前に僕は加速を始めた。12.7×99mm弾薬はもう無い。小銃を投げ捨ててナイフを抜く。デーモン用のそれは、ナイフというよりマチェットのようなサイズをしている。舞い散るグリア粒子の中を擦り抜けて、僕は冷静に装甲の隙間に鋒を持っていく。

 もっと残酷に刃を引いたあと、僕は死体の腕を掴む。他人の温度なんてものはなく、ただの金属的な感触だけがあった。トリガーガードに突っ込まれたままの指に僕の指を重ねて残っていた銃弾を吐き出す。残りのデーモンは一機。

 スティンガーの衝撃波がグリア粒子ごと体を貫く。ミサイルのレーザー照射のアラートは随分前から無視していた。彼もきっと、タダじゃ死ねないのだろう。爆炎に揺られるさなか、どうにか体勢を立て直して僕は一か八かの勝負に出ることにした。もっと正確に表すなら、苦肉の策……

 マルファスが翼を広げる。煙の中から抜け出して、一直線に加速しつづける。強烈な加速に耐えきれなくなったハードポイントの軋む音が僕の体を伝わる。あとほんの少しだけ持てばいい、そうすればお前は自由になる。

 徐々に敵機との差が縮まり始める。いくら破滅的な運動性能があるとはいえ、最新型と比べられるとどうしようもない。ゼロ戦だって開発された当初は高性能だったけど、相手の後継機には叶わなかった。そんなものだ。

 敵機が僕の後ろにつく。銃弾が肉体を追って飛んでくるけど、方向は変えない。真っ直ぐ、速く。

 段々装甲に銃弾が当たってくる。痛みはない。当たってるな、という感覚がするだけだ。凍えた手で触ったようなぼやけた感触が背中にいくつかある。動けているのだからおそらく重要な部位には当たっていないだろう。そう祈るしかできない。

 ようやく最高速度に到達する。最大戦速から幾らか速い、旋回でもしたらばらばらになるスピード。

「6,7番パージ」

 そして、僕はそうなるのを待っていた。巨大なスラスターウイングを繋ぎ止めていたボルトが外れ、物理法則に従って後方へ吹き飛んでいく。そう、後ろについていたデーモンに。

 燃料を供給するパイプが外れ、ヒドラジンが漏れ出ていく。帰り道にはたぶん必要じゃない。

 僕は急減速してマニューバを始める。クルビット。高度を変えないまま、バク転の要領で360°縦に回転しながら敵に襲いかかる。武装はもう無い。だけどまだ手足は動いている。

 拳を振りかぶり、そして下ろす。不意打ちの一撃が相手の頭を捉える。久しぶりにこんなことしたな。照準を見なくても弾が飛んでいくスマートな戦場でここまで原始に立ち返るとは思ってなかった。

 相手がナイフを取り出そうとする手を掴み、腹を蹴り上げる。この距離じゃ銃も抜けない。デーモンどうしの戦闘にいわゆるCQCはほとんどない。大体は開けた空間での撃ち合いになるから取っ組み合いになる方が難しいのだ。そのはずが、僕たちはいま普遍的な暴力と暴力の中にいた。

 空気が抜けるような笑いが漏れた。馬鹿みたいな戦いだ。僕の頬に拳が突き刺さる。すぐに顎を狙って打ち返す。蹴りを弾いてカウンター。防がれて頭突きを喰らう。繰り返し、繰り返し。アウターシールドの内側をリングにして僕たちは殴り合う。

 ノックアウトはありえない。デーモンの基本機能、リキベントシステムが衝撃を受け止めて、それでも脳震盪になった場合はAIが損なわれる演算を代替わりしている。つまり、僕たちは体がぐちゃぐちゃになるまで殴り合うしかない。

 しばらくそれを続けたあと、お互い体力を使い果たしてクリンチの状態になった。恋人みたいに抱き合ってるけど、お互い殺す方法を模索している。

 相手が拳銃のホルスターに手をかける。すぐに腕ごと押さえるけど、彼の狙いはそこでは無かった。左手からピンを抜いた手榴弾があらわれる。

 顎に蹴り上げが入る。強烈な衝撃が頭を駆け巡るけど、それでも僕は止まらない。レバーはまだ握られている。掴もうとする前に相手は覚悟を決めていた。

 彼は掴まれていた自分の右手へ膝蹴りを浴びせて、宇宙服を破いた。拳銃を握っていた宇宙服の内側から生身の腕があらわれる。急激な減圧と放射線にさらされた右腕は多分切り落とさなければならないだろう。だけど命よりは安っぽい。

 レンズの奥の彼の瞳が見える。僕と同じ目だ。喜んでもいないし、悲しんでもいない。呼吸にわざわざ感情を抱かないように、それをなんとも思っていない。左手の指が緩み始める。あとわずかな時間があれば手榴弾が解放される。それを僕はなんともなしに見ていた。

 突然彼の身体が強張る。背中に大きな衝撃が奔ったように弓なりにつんのめり、その指ごと動かなくなる。胸の辺りからゆっくりと何かが現れる。23mm口径弾だ。たぶんスラスターアタックや殴り合いでアウターシールドはそれなりに損傷していたので、普段は体に届かない威力の弾丸でも貫通できたのだろう。

 デーモンが重力を失って、慣性に任せるまま動く。さっきまであった背中側に居たのは深緑色のデーモンだった。

『危なかったな』

「……追いかけられてた地球同盟のか」

『ああ。ま、これで借りは無しだろ』

「いや、曳航してもらうからもう一つ貸してくれ」

『締まらねぇな』

 ハハ、と小さく笑う声が通信越しに聞こえた。ガス圧によって炭素硬化ロープが流れてくる。あとは繋げれば犬の散歩みたいに彼が運んでくれる。

 静かに動き始める視界の中で、魂を失ったデーモンたちが見える。そのうちのひとつの緩んだ指からレバーがこぼれて爆発がおきた。一塊になっていたデーモンの死体たちが散り散りになって戦場に帰っていく。


 腰掛けたまま、僕は点滴装置の中の液体を見つめていた。照明が揺れるたび、液体の中に詰まったナノマシンがキラキラ光る。まるでシャンパンだ。どんな味がするのだろうか?飲んだことがないから想像でしか語れない。

 僕は流動軍用食のパッケージを押し込んだ。すると、独特な香りと風味を持ったねばねばしたものが口内に放たれていく。味としてはアーモンドミルクと豆乳の海の中にチョコレートひとかけらを落としたようなものだ。そんなものでも、空腹には案外美味しく感じられた。

 コツン、と金属が壁に当たる音がする。頚椎に痛覚とかを遮断する機械が刺さっているためだ。R.Pシステム。それがあるおかげで僕は卒倒せずにいられている。

 23ヶ所の骨折と手術を必要とする内臓損傷、例によって血流不全。デーモンに乗っていなかったら間違いなく死んでいるだろう、とされるようなもの。それが僕がさっき負った損害だった。とは言え、僕は生きている。

 複数のナノマシン注射を刺したうえで点滴漬けになること、そして痛覚を遮断してどうにかなっているというのが現状だ。あと10数分すればナノマシンが体に馴染むだろう。たぶん、僕は作戦上まだ必要になる。

 栄養を入れるための油でできた澱を残したまま、僕は容器を捨てた。満腹には程遠いけど、しばらく動ければいい。

「遅かったな」

 緊張した声のまま、ジョンが隣に座った。落ち窪んだ眼窩の中から青色の目が覗いた。

「重症らしい。ベッドから数週間は出られないってさ」

「そうか、だが作戦が終わるまでは……」

「冗談だろ?例えじゃなくて、ちぎれるぞ」

「あいつらは使えない。俺はお前たちの臨時の指揮を任されただけで、救護者は別だ」

 ため息が漏れる。すると胸のどこかに違和感が生まれるけど、場所までは分からない。

「30分ってのは?」

「撤回する。予想よりずっと集まりが悪い」

「……クーデターでも起こす気か?」

 ドッグには既に地球同盟とそれに与する傭兵たち、10数機のデーモンが集まりつつあった。あんな戦場の中でなら戦果としては十分だろう。

「分かっている。私もとっとと逃げ出したい所だが、デーモンの機動部隊や防衛部隊を組織するとなるともっと必要になる」

「まるで火星に落ちてからもずっと戦い続けるみたいな言い方だ」

「そうなるようにしている……そろそろ降下を始める。ノアの裏側、火星が見える方に向かってくれ。座標は送信してある……すまない。感謝する」

「死ぬみたいな言い方やめろよ」

 言い聞かせるように、そうであるかのように僕は言った。


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