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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
74/75

35,

 頭痛がする。デーモンに乗ったままだ。神経を通して伝達されるはずの情報はカットされているはず。強すぎる重力が音のようなものに変質したのを、僕は覚えている。5年前にこの火星が生み出した兵器たちだ。

 爆発は人間の体を溶かしてデーモンを半壊させた。トリマンのデーモンだった。恐らくは仕掛けられていた部位と3機の位置の関係で、残りの2機に損害はなかった。肉体に埋め込めばセンサーでも察知できないのか。まして薬物を使い、走ってくるようなこともしなければ判断も鈍る。

 あとは簡単だった。SARライフルを構えて撃ったが閉所かつ複数機に突撃されてはどうしようもない。2機のサブノックが倒れたあと、ナイフを刺されて手足が動かなくなった。オフュークスはグラディウスを使わなかった。この状況下では使えば粒子が自分もろとも焼く可能性があるので仕方がない。

 僕が殺したデーモンたちと、牢屋にいた3人の死体。アーチボルドはその中心から立ち上がった。僕が形而上にある力を疑ったのは初めてでは無かった。確率としてそういうこともあるだろうと思うことにした。

 不明瞭な言葉。いや息か。僕を組み伏せていた敵のデーモンは頭を掴んで持ち上げ、わざわざ彼の狂っている様を見せつけた。(あぶく)を垂らしながらトリマンの半身に向かっていく。左右に揺れて床にあった肉に突っかかった。融解した装甲の間に挟まった半身は黒く炭化していた。焦げて剥き出しになっているのは輪郭から内臓であろうことが分かった。

 彼は死んだ。グリア爆弾に胴体を斜めに切断されたからだ。アーチボルドは失禁した。灰色の囚人服が濡れた。完璧に狂っている、それぐらいは僕にも理解できる。獣のようにトリマンの遺骸を啜っていた。歪に削れた歯が赤く、黄色くなっていた。

「やっぱり正常じゃない」

 僕は通信に向かってではなく、周りの兵士に対して言った。返答はなかった。

 これは誰に対してやっている行為であるのか僕には分からない。人肉食は人間にとって有害だ。アーチボルドに餌をやりたいなら、もっといいものがあるはず。恐怖を植え付ける目的ならデーモンに乗っているために関係なくなる。総じて言うのであれば、これは兵士たちの忠義を量る行為なのだろうとしか。

 虫のように汚らしく回る頭が胴体に着いた。背中から腰部にかけて装着された機関部に汚ならしい頭が入る。人工筋肉が歪み、震えた。デーモンの四肢がばたばたと動いて内部にあった人体が弾かれる。代わりに内部に入っていくのは狂人だった。誤作動でもしたのか。

 装着のプロセスをはっきりと知ることはできない。ただの経験則と、結果から類推しただけだった。背中を丸めた男が立っていた。激しい頭痛がする。床には2つに増えた黒い死体が転がっている。

『……ぺっ、またやったのか。この兵士の所属は?』

『分かりません。敵の機体です』

『トリマンだ……地球同盟軍火星支部所属曹長、トリマン。苗字はない』

 静かにしていたオフュークスが口を開いた。お互いに会話をするための言葉だった。

『そうか。では彼の家族に対して支援を。セルはまだ残っていたな』

『はい。可能ですが同志以外に支援を?』

『私が殺した以上は』

 真っ二つに割れたヘルメットの中にいるのは誰だ。そう思うほどに明瞭な口調だった。脳に異常をうけた人間はもう居なく、代わりに僕が想像していた軍人がそこに居る。デーモンの感情抑制はそこまで強力ではない。精神障害は治療できない、では僕が見ていたものは何だったのか?

 演技ではなかった。直立して、アーチボルドはゆっくりと歩いた。それだけの行動が彼が正気であることを示しているように思えた。口元にはまだ血が着いたままだ。

『この2人は殺さずに運べ』

『了解しました』

『一体何がどうなっているんだ?お前、頭に病気があったんじゃないのか?』

『説明は後でする。計画はどこまで進んでいる?もう猶予はない』

『蜂起にはまだ時間が必要かと。未だ雌伏の時です』

『それでもやるしかない。今すぐにだ』

 僕たちが聞けたことはそれぐらいだった。デーモンは乱暴に腕を掴んで持ち上げ、何処かへと運んでいく。火星地下はマクスウェル機関を埋め込むためのトンネル、そしてそこまで到達するためのエレベーターに付随する形で建設されるあまたの地下空間。逃げ込む場所はどこにでもある。そしてアツィルトのおかげで位置を追う衛星はほぼ落とされている。

 治安を悪くしろと言っているような状況だな、と僕は思った。事実として反社会的組織たちは雨上がりの虫たちのように這い出てきていた。たかだかデーモンたちには対処不可能の兵器が出て来るし、しかもそもそも地球同盟軍の手が足りない。だから彼らがまだ潜伏すべきだと言ったのは疑問だった。

 火星を今以上にめちゃくちゃにしてしまうことは簡単だ。それが彼らの望みだ。いくら火星のため、そこで虐げられる人間のためというお為ごかしを述べてもそれは否定できない。彼らは彼らのため、彼らの望みを踏み潰さなければいけない。

 そういうことを簡単に行えるのが、軍の上にいる人間たちだ。つまりアーチボルド・ヒュームという人間だ。

 軟禁状態でも慌ただしく事が運んでいるのが分かった。食事やトイレットペーパーを持ってくる兵士の顔はいつも違っているし、何なら直接喧騒として聞こえてきた。怒号めいて発せられた部隊編成のための言葉。確認というものはいつだって大変だ。

 3番街のデーモン編成が足りない、応援を要求する。子午線湾基地から連絡、燃料の供給はまだか。そういうものに脅迫寸前の声色で企業からリソースをもぎ取っていく。元火星軍が稼いだものも多分に有るだろうが、本質的に言えばこの組織は企業とマフィアの集合体だ。

 ひとまず自分が楽になると仕事の大変さが見えてくる。問題になっていたのは資本の多寡ではなくて、それをどう配置するかだった。それぞれの企業たちを跨いで記録することが出来ないので資材の記録がない。いや、少しは有るかもしれないが詳細じゃないらしい。連絡と確認の通信は騒音となって生活を妨げた。

 やがて、地下から発進するエンジェルの音も聞こえてきた。マクスウェル機関から与えられたエネルギーを駆動のための電気に変えるジェネレーターの音だ。デーモンに乗っている間はカットされているからあまり聞く機会がなかった。言い合いと、それのどちらが良いと聞かれても困る程度にはものすごい騒音だ。

 地上は大変なことになっているだろう。それももう、僕にはどうにもならないことだ。

 僕はそういうものたちをどことなく俯瞰して見ていた。牢屋、というか割り当てられた部屋は比較的快適だった。痛めつけられはしないし、食事は普段のものとほぼ同じだ。唯一トイレだけが簡易的に設置されたのが気に入らなかったが、それだけだった。

 アーチボルド元大佐というのは変な人間だな、と僕は思った。トリマンのことも少しは考えたが現状対処するべきはこちらの方だ。死体を持ち帰ることが出来るのか、それどころかタグすらも怪しい。だから考えの外に置いておくべきだ。

 問題はデーモンを手に入れられるか。ジルが入った元々のサブノックを手に入れることが出来れば完璧だ。後々奪還しに行く手間が省ける。以前とは違って他人の助けを期待することは出来ない。僕が動けるだけでも状況はかなり良くなっているから、贅沢は言えない。

 彼が僕を呼んでいる、と聞いたのは一週間が経った後の頃だった。片腕でミートローフを食べているときに、それを運んできた兵士が言った。渡りに船だ、と僕は思った。


「さて、遅くなってすまない」

「……?何がだ?約束をした覚えはないが」

「こちらの話だ。さっさと終わらせたいことなのに、ここまで先延ばしになってしまうとは思わなかった。自分の面倒な体には辟易だよ」

 アーチボルドはゆったりと背のない椅子に座っていた。彼が下士官だったら矯正されるであろう猫背だった。

 座りたまえ、と言ったので傍に会った椅子に座った。彼の頭には沢山のケーブルが繋がれていた。かつてサーモピレーの中で受けていたカウンセリング、それの脳波測定に使っていたものに似ている。現在はちょっとしたパッドにすげ変わったが、僕が使っていたそれは電極を頭皮にめり込ませなければいけなかった。

 肥ったケーブルの終端は背後にあるデーモンに繋がっていた。形は何処となくマルファスに似た流線形。角に似たアンテナが特徴的だった。それ以上に既視感を覚えたのは、それが重力砲を撃っていたからだろう。ヒトラーの敬礼に似て、警告は時に最大のアジテーションになる。

 部屋には執務用らしき机しかない。それも白い樹脂製、キャスター付きのありふれたものだ。部屋はデーモンを部屋に入れると対面するには狭苦しかった。

 大体こういう役職の部屋には華美な装飾が施されているものだ。個人の趣向に限らず立場を示すためにそうならざるを得ないから。まあ、悪趣味に走る人間もそれなりに存在するが。ともかくアーチボルドはそれを知って、それでも簡素に留めているとしたらかなり偏屈な人間だ。

「私はアーチボルド・ヒューム。元地球同盟軍大佐、現在は火星防衛軍大元帥を務めている」

「ありもしない役職を作るのが趣味なのか?末は宇宙大将軍かな」

「一応反乱軍の首魁なのでね。神輿になるからにはそれなりの肩書きが必要なんだ」

 彼はケーブルを擦らせながら笑った。深い赤色の軍服は真新しい。

 アーチボルドの様子は完全だった。観察する限り精神障害者特有の仕草はない。分かりやすく何度も手を振り下ろしたり、おぼつかない目で見たりはしない。まるであの狂った姿は幻であったかのように、ただの人間の範疇に収まっている。

 最近は色々なことが狂っていた。少し前の彼の姿もそうだ。荒んで何もなくなった心でも分かるくらいにはまともでなかった。

「先に質問に答えてもらう。あんたは何で僕を生かして、会話を試みようとしている?拷問もしないで情報を得られると?」

「そんな野蛮なことはせずとも火星の大体の情報はこちらに流れてくるさ。自分が生きていることに感謝してはどうだ?」

「ありがとう。質問に答えろ」

「簡潔に言うと、君の特徴が私と合致したからだ。腹内側前頭前野の不活性。地球同盟軍のデータを頂いた時に判明した」

 長ったらしい脳部位の損傷、僕の数少ない特徴の一つだ。コワレフスカヤ曰くちょっとした個性と言えるようなものらしいが、それがジルを生み出した。そして今も何かを呼ぼうとしている。

 それよりも重要なのは地球同盟軍のデータが盗まれていること。恐らくという曖昧な語彙を使わずとも、同盟軍の内部には火星軍に与する人間がいる。分かっていたことだ。僕たちのやっていたことは徒労に過ぎなかったのだろう。しかしながら、そんな政権打倒一歩手前みたいな状況なら矛盾が生じる。

 今も戦闘は継続している。はっきり言えば僕たちがいた時期であんな状態になっていたのだから、火星軍が本格的に反攻作戦を行なったならもう終わりだ。

「それが一体どうして僕を必要としている理由になる?」

「必要、ね。薄々勘づいているんじゃないか」

「全く分からない」

「そのうち分かる。警戒をおさめてくれると嬉しいな。君ぐらいの兵士になると5秒以内に殺されるだろ、私。彼女なら1秒かな?」

「それ以下だろうな」

「恐ろしいな。だが気持ちは分かるとも。私がただのパイロットだった時に言われたのと同じだ」

 アーチボルドはあまりに流麗に自分の感情を書き出す。僕とは真逆だ。平気な顔で喜びや恐怖を感じたとのたまう。

 彼は机の下から半透明のボトルとグラスを2つ取り出した。キャップを外すと強いアルコール臭と独特の匂いがした。ウイスキーやラム、テキーラのような甘い香りではない。ウォッカやジンに近い、飾り気のない蒸留酒のものだった。

「どうぞ」

「僕はあんまり飲めない」

「私もだ。だが酔った方がちょうどいい話だ」

 僕は一口だけ飲んだ。彼もそうだった。消毒液のような匂いと刺激。反射的に吐き出しそうになるような強い酒だ。後味には苦味が残った。酒をそこまで飲み慣れていないのでそれぐらいしかわからない。

 この酒の存在自体は知っていた。ミルワームを潰し、発酵して作られた代替酒だ。僕たちが飲んだように蒸留されることもある。ドラム缶と金属製のパイプがあれば生産が可能になるので植民星黎明期によく飲まれていた、らしい。今も同じ製法を保って生産されている、宇宙植民時代で生まれた数少ない文化早々に酔って酒のラベルをひたすら読むしか無くなった夜があった。

「まずは謝罪を。申し訳無かった。君の仲間を殺した。言い訳はしない」

「そうか」

「戦友が居なくなったんだぞ?」

「だから謝罪は受け入れない。その上で僕が償いとして貰うものはあんたの命だけでいい。だけど今はそれが出来ないからな。まだ聞かなければいけないことがある」

 今セルを貰ってもどうしようもないし、第一何もくれる気は無いだろう。一応は謝罪をしたあたりマシな人間だけど。そう思うのも危険か。

「正直な人間だな。好感が持てるよ」

「それはどうでも良いんだが、あんたがやって来たことについて聞きたい。主に遺伝子データを集めていたことについて」

「まあそう急がなくともいい。エヴァジェリスタの息子」

 僕は咄嗟に拳を握った。胴体が熱くなるのを感じた。心臓が急激にペースを高めている。ケーブルを抜けばあの男は狂人に戻る。この部屋には他の人間は居ない。今この瞬間だけを考えるなら、間違いなく殺害は可能だ。冷静になるべきだと理解している。

 彼は酒を自分のグラスに注いだ。まだグラスには酒が残っていたのに。

「……何で知ってる?戸籍か?地球同盟軍のアーカイブを……」

「さっきまで繋がれていたのにそんなことが出来る訳ない。これと接続しているからだ」

「デーモン……いや、マクスウェル機関。お前も記憶を統合しているのか」

「違う。記憶力が良くなっているだけさ。まあ原理的には似通っているんだが……そこら辺がややこしいんだな、これが」

 彼は頭を掻きながら笑う。まるで僕が出した剣呑な空気を感じずにいるらしい。呼吸は比較的深く、顔はむしろ青白い。肩や腕の筋肉が動く様子もない。グラスを傾ける、ゆったりとした動作だけがある。

「私の話からしても良いか。長くはならない」

「拒否権は」

「あるが。理解が難しくなると思うな」

 アーチボルドとはこれだけしか会話していないが、もう内側が見えたような気がした。危険だ。こいつは第二次火星大戦を引き起こした罪人だ。そして今も罪を重ねようとしている。

「その昔、火星……第一次の方の戦争。私は戦果をあげた。かなりな」

「知ってる」

「君の父親ともそこで出会った。その時はただのエースどうしってだけだが」

 第一次火星大戦は25年前に起こった。地球火星間の摩擦が原因の起こるべくして起きた反乱だった。火種は今も消えていない。そしてデーモンが投入された最初の戦場だった。人間の動きで操れる簡便さと戦場を選ばない汎用性の高さ。デーモン乗りは花形だった。戦場で名を挙げた彼のようなエースが沢山生まれた時代だった。

「そこで、マクスウェル機関について知った」

「僕と同じ認識で良いのか?」

「いや、これに関しては違うと言っておこう。私はただの曹長だったが、敵の戦艦をいくつか落として大佐になった。そこから地球同盟軍が主導する計画を知ることになった。戦争で上の奴らがごっそり死んだからな。今にして思えば陰謀とも思えなくはないが」

「くだらない、とは言い切れないのが悔しいよ」

「私もだ。彼は永遠の命を約束した。マクスウェル機関を使った擬似的な不死だ」

 アーチボルドが言った”彼”とは誰を指しているのか気になったが、取り敢えずは話を聞くことを優先した。舌の上はまだ痺れたような感覚が続いていた。

「君が知った技術、マクスウェル機関を使用した記憶の統合はすでにその時代には完成していた。クローン技術もな。一緒に運び込まれた女性。確か……」

「ソフィア・コワレフスカヤ」

「そう。彼女と一緒に居たなら分かるだろう。不自然なまでに明晰な頭脳、または広範に渡った知識を有したりしていなかったか?多数の人間の知識を統合した結果だ。クローン技術、というか幹細胞培養技術もすでに研究済みだった。当時のことは分かってるか?」

 僕は父親が自分の遺伝子データを差し出したと記述していたことを思い出した。HSCT、平易になおすなら他人の幹細胞を移植する治療法だ。自分の細胞から取り出せるならその方が良いのに、それが視野になかった。幹細胞培養技術はその時代には非常に高価な技術か、またはそもそも市井に認知されないほど先進的な技術だったのだろう。

「ああ。その時代にはあり得ないほど進んだ技術だったんだろ」

「その通り。しかも大量の資金援助まであった。どういうことだって感じだ。やる事は指示に従って生きること」

「かなり漠然としていないか」

「ただ、後になって目的は分かった。マクスウェル機関を増やすことだ」

「そんなの勝手に増えていく。今だって……」

「その今を作ったのさ。つまり従って生きれば大体技術なり立場なりが上がっていく。集積した知識と経験が段違いだからな。そうしてマクスウェル機関を破壊したり製造したりするサイクルを作る。実際現代はそうなってるし、これからもそうなっていく。それを行うことが目的だった」

 今の僕の感情をどう表せば良いのか分からなかった。目的が不明瞭すぎるし、意味が分からない。信用すべきかまた分からなくなってきた。

「どうしてそんなことを?金が欲しいどころか、むしろ払ってやってるんだろう?地球でしか生産されないマクスウェル機関を使ったビジネスって、明らかに経済活動じゃないか」

「彼にとってしてみればそれは単なる手段に過ぎないんだ。要はセルなんてのは通貨だ。地球同盟軍を使える以上、製造できるんだから手に入る。いくら反証があったとしても根本を忘れるな。彼は金を求めていない」

 アーチボルドはグラスに残っていた酒を一息に飲み干した。アルコールの匂いは記憶に残らなかった。

「一体何を求めているんだ」

「そりゃ、個人的なことだろう」

「その為にこんなことを?世界を操ってまで?」

「それ以外に強い動機なんてないさ」

 そうだとしたら、とんでもなく身勝手な人間だ。個人が何も求めるべきではないとは思わないものの、他人を巻き込み過ぎている。僕は?僕もそうだろう。

 テレビゲームだって今時こんな巨悪を設計しないだろうと思った。ただ間違いなく行われていることだろう、と僕は感じる。急激に広まったデーモン、それを凌駕して発展したエンジェル、空に浮かぶアツィルト。技術がどうしてここまで一足飛びに進歩していくのは何故だろうかと思ったことがある。研究というものは限りなく金を使って、しかも確実じゃない。

 アーチボルドが狂人だという疑念は常に残っている。正気ではない人間のついた虚言だ、と断じるのは可能だ。しかし彼が危険を冒して嘘をつく理由がない。

「……その、”彼”ってのは一体誰なんだ」

「マクスウェル博士。文字通りマクスウェル機関を発明した人間だ」

 その時、大きな足音に気付いた。音を立てた人間はかなり近くまで来ていた。酒が入っていると感覚が鈍る。ドアを慌ただしく開いて兵士は大声で言った。

「だ、大元帥!エンジェルが来ています!」

「なるほど」

 アーチボルドは自分のグラスをテーブルから下ろした。背後にあったデーモンが起動する。センサーの赤い光が灯り、人工筋肉が緊張するくぐもった音が聞こえる。彼はゆっくりと椅子から立ち上がった。ジェネレーターの駆動に聞こえていた音は段々と赤子の鳴き声のように尖りはじめる。

「続きは片付けてからにしよう。マステマ起動。星の音よ鳴れ」


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