32,
サナトリウムには程遠いじめじめした病床が並んでいた。壁には赤いレンガが敷かれている。色彩はそれしかない。残りはグレースケールのコンクリートだけ。神経を締め付けるような真っ白い光は干されたシーツに隠されていた。少し息を吸い込めば生乾きの匂いがした。
どうして生きているのか、僕は疑問に思った。あの距離なら間違いなく僕たちは……フリゲートか。素早く救助して、なおかつ運が良ければ生き残れるだろう。それも何故こんなことをやるのか、意味は無いはずなのに。
軽く考えてから、体の状態を見た。顔の負傷はまだだが、胴体や腕の傷は包帯で塞がれている。明らかに欠損した部位が存在している。幹細胞培養技術を必要な部位にのみ行ったようだ。それが当然なのだけど、僕はラウンケルに毒されてしまったらしい。
後のことは何も考えられなかった。力を込めても立ち上がれない。筋肉の損傷か骨折か。つまり逃げられないと言うこと。必死になって取りに行ったファインマンの資料とジルの記憶が入ったHDD。取り敢えず見回してみるが、ベッドの周りにそれが入っていたガンケースは無い。これをやった人間に取られたのだろう。
これで旅は終了だ。僕は凄まじい量の治療費を請求され、企業は先端的技術をタダ同然で手に入れた。HDDは復旧が簡単だし入っているデータもただの写真に過ぎない。別に使わなくとも、他の企業との取引には必要十分だろう。
父親のことなど、大して知れなかった。漫然と生きた5年間と同じように僕は生きていくしかない。生きていられるかも定かではない。
絶望的な考えが頭を巡っているなか、軍服を着た男が歩いて来た。暗いオリーブ色、地球同盟軍。
「あんた、運が良かったな。グリア爆弾だったら全身焼き焦げてたぜ」
「ジョニーは戦争に行ったんだ。こうまでして生き残ろうとは思わないで」
「友達か?それともあの女か?随分男よりの名前だな」
「いや。ものの例えだよ。生きてるとは僕も思いもしなかった」
「そりゃそうだ。あんたのお仲間は……あ」
その男は気まずそうに顔を掻いた。その仕草からしても、勲章ひとつもない胸元からしても彼がただの一兵卒であることが分かった。彼は僕の視界の外から丸椅子を持ってきてそれに座った。しばらく黙っていたが、やがて決心がついたように話し出した。
ぼやけた顔だちの男はトリマンと名乗った。僕と同じ、星々の名前から取ったものだ。苗字は無いらしい。
「リュラ・トリチェリ、で合ってるんだな?あんたを保護させてもらった」
「合ってる。長いからリュラでいい」
「分かった。リュラ……その、起き抜けに言いにくいんだが、あんたの仲間は死んだ。灰色の髪の女だ」
「そうか」
「そうかって……違ったのか?仲間じゃない?友達か?」
「僕と一緒にいた人間なら、それで合ってる。彼女の名前はソフィア・コワレフスカヤで、友達じゃない。でも仲間とも言っていいのか……よく分からない」
「複雑な名前だ。それと複雑な関係か」
「そんなものだ」
死んだ。これでジルのプログラムに触れる人間は居なくなった。幸運と引き換えに失ったものは、永久に人間が立ち入れないAIか。
咄嗟に浮かんだ考えというとそれぐらいで、僕は何も感じていなかった。あんな状況だったから、別に親しい人間でも無かったからという言い訳を思いついた。意識が無かったから死に際を直接見ていないし、ジルに妙に構っていた。だけど彼女とはそれなりに長く行動を共にしていた。
情はあった。暗闇の中では彼女の表情さえも分からなかったが、握った手に何かしらの感情を覚えなかったと言えば嘘になる。ただ、そんな自己満足は無意味だ。僕は人を殺してコワレフスカヤを救助するという行動を選択して、失敗した。
死んでほしくは無かったし、コワレフスカヤを助けたいという気持ちがあったのも本当だ。事実あの状態でラウンケルが居る場所に突入するのは無謀だった。ジルの整備というそれらしい理由を並べていたが、間違いなく僕は正常な判断をしていなかった。
それと、僕の今の心は断続して離れてしまった。いつものことだった。
もっと考えるべきだった。考えたとしても同じ判断を下すかもしれない、ということが浮かんだ。そうだろうな。人間らしく生きるために人間性を捨てているのだから。どうして、矛盾なく生きることが出来ないのか。自己憐憫も無意味だ。
「死因は何だったんだ?やっぱりエンジェルか」
「ん?ああ、エンジェルが落としたのはスマート爆弾だ。ありがたいことに、有効半位までいちいち設定させてるんだ。つまり目標以外を攻撃しないように威力を落としてくれる。分かるか?」
「分かるさ。これでもデーモン乗りだ」
スマート爆弾は段階、または無段階的に設定された炸薬量に自由な時間で点火可能な爆弾の総称だ。要するにある程度の威力と爆発する時間をコントロールできるということ。高圧的な爆撃行為でもそういうものを使っているのは一抹の良心だろうか。そもそもそんなことをするなと言えばそうだ。
「ならいい。そもそも爆弾が原因ならあんたまで死んでるよな。爆弾が落とされて二人とも吹っ飛んだ。で、あんたは脳震盪と出血で気絶。そのソフィアってやつも気絶した。だが死んだのは爆弾のせいじゃない。ナノマシンが打ち込まれてたんだ」
コワレフスカヤの死因はナノマシン。ネリーは彼女を誘拐した時にそれを打ち込んでいた。
あの腐れババアのことだから拘束だけで済まさないとは思っていたが……僕だって処分すべき人間を拘束したら迷いなくそうするだろう。あんな奴と考えが一致するなんて。
「あんたが打ったものじゃないってのは体組織の採取で分かってる。見たことない構造だった。腕から侵入して定着、時間差で脳幹を破壊する。危険過ぎてうちでも取り締まるくらいの代物だ。デートナノマシンならともかく、ただのデーモン乗りが使えるようなものじゃない」
「無実を証明する必要もないのか、ありがたいな」
トリマンは不思議そうに顔を掻いた。僕が全く彼女の死を悼んでいないことを不審に思ったかもしれない。
「コワレフスカヤの遺体は無事だったのか?」
「そうだよ。吹っ飛ばされたけど、綺麗なもんだった」
「身寄りがないはずだ。せめて埋葬する場所は選ばさせてくれないか」
「そりゃ良いけどよ。あんた親族じゃないんだろ?恋人、でもなさそうだしな……」
「複雑な関係さ。でも身寄りがないってのは正しいはず。調査すれば分かる」
「分かった分かった。調べてりゃ分かるだろうが、仕事が溜まっててな。ずっと後回しになっちまうけど、待てるか?」
「それぐらい待つさ」
沈黙が少しの間続いた。彼に僕の状態が伝わっているといいのだが。自己弁護をするのは何となく、それ自体が罪のような気さえしてくるようで嫌だった。
コワレフスカヤに親類はいない。本人から聞いていたことだ。遺伝子的な繋がりという意味なら今も何処かに居るだろうが、実際に会ったのはネリーだけだった。マクスウェル機関との接続がどういう仕組みになっているのかも分からない。こういうことを説明してくれる人間が死んでしまった。
そういえば、彼女はネリーに情報を渡していなかった。ジルが人工筋肉を暴走させることが可能だと知っていたら間違いなくあんなに近付かない。今更になって信頼するような部分を見つけても無駄なのに。
「あんたが事務作業までしているのか?失礼だが、そうは見えない。制服をきたまま作業しない」
「やっぱり?そりゃ、そもそもの仕事はデーモン乗りさ。あんたと同じだな。俺たちの仕事が増えた結果、こういうこともやらなきゃいけなくなって」
「あの大きなエンジェルのせいか」
「そう、あいつらが街に爆弾を落として脅威とやらを排除した後始末のせいさ。セラフィム級エンジェルも地球同盟軍の機体だが、地球から来た奴らが扱ってる。その後始末をやってるのが火星の地球同盟軍ってわけだ」
「不満も溜まりそうだ。あんたもそう思ってるのか」
トリマンはかぶりを振って答える。笑みを浮かべていたが、どこか苦々しい。相反する感情を抱えているのだろう。
「このところ出ずっぱりだし、あんたみたいな負傷者をこんなところに押し込めなくちゃならんのはな。周りを見てくれよ」
僕は上半身を起こして辺りをよく見ようとするが、力が入らない。無理やり動こうとすると筋肉が痛む。そうこうしている間にトリマンが気づいて助け起こしてくれた。
天井は高いが、窓が無い。照明は鉄骨じみたフレームから垂れている。部屋はやけに細長く、ベッドが向かい合うようにして奥まで続いている。入口からかなり遠くまでずらりと並び、かなり非効率的だろうと思う。ここは病院ではない。多分廃工場か何かを無理矢理病院に変えたものだろう。
地球同盟軍でもこんな所を使わなきゃいけないのか。流石に系列の企業が何かしら用意してくれていると思っていた。かつての僕への対応も彼ら側からすれば理解できる。金が無いし人手もない。道理を説く前にリソースが足りていない。切り捨てられる側からすればそんなこと知ったことではないのだが。
「こんな所さ。掃除の手も足らないから、衛生的にもあれだし……っと、あんまり動くなよ。傷は塞がってないはずだ」
「そうか。僕の持ち物はどこに?」
「話聞いてたか?うちで預かってる。別にここに持ってきても良いが、邪魔だろ」
「邪魔でも防犯というものがある」
「今のぼろぼろのあんたじゃどうしようもないだろ?安心しなよ、ただでさえ火星はピリピリしてんのに同盟軍が何かしらやれば大変なことになる」
それはそうだが信用しきれない。誰だって裏切るし、自分の利益のために行動している。そして感情のためにも。
僕は倒れ込むようにベッドに寝る。トリマンが不安そうな顔をしたが、どうでもいい。ナノマシンが効いているからか痛みは無かった。
これが猜疑心でなくともHDDは利用価値があるものだから、実際疑わざるを得ないのだ。今の僕には金も立場もない。彼らが蛮行に及んだとしたら訴訟しても大した金も返ってこない。つまり弁護士さえ雇えないということだ。
「ところであんた、仕事はあるのか?」
見透すようにトリマンは質問した。僕は正直に言おうか少し悩んだ。現状をそのまま言うと無職かつ武力を持った危険人物でしかない。流石にぼかして言うことにした。ただ、逮捕されたくないとしても牢屋の外と中に何の違いもないだろうけど。
「いや。この前解雇された」
「じゃあ丁度いい。地球同盟軍に入らないか?最近はどうもエンジェルに変わってしまってな、あんたみたいなのは貴重なんだ」
トリマンはそれが言いたかったのだろう、地球同盟軍の勧誘チラシを取り出した。
「実際、俺が去った後に面倒臭い奴らが来る。治療代金の支払いだ。借金まがいの保険に加入していなけりゃ、もっと物凄い借金をしなけりゃいけないぞ」
「脅してるのか」
「脅してないさ。事実なんだよな、これが」
彼はややおどけて言った。嫌になるがきっと嘘は言っていない。治療のやり方は杜撰ではなく、僕を生かそうとしているのが理解できる。誰が判断したのかも分からない。とにかく僕が生きている限りは払う義務が発生するのは確かだ。
「言っとくがさ、デーモンに乗りたかったらここ以外は全部クソだぞ。元火星軍の過激派くらいだ。そういうとこは金だって貰えない。俺たちは半分福祉として雇ってるんだ」
「地球同盟軍が火星で勢力を伸ばせたら、新たな経済圏を確保できるか。いくらでもセルは必要になる」
「そういうのは上が考えてることだ。現場はそんなの考えてないよ。このまま治安が悪くなるのは誰にとっても悪だろ。俺は嫁が安心して買い物できるようにしたいってだけさ。よく考えろよ、あんたは荷物を取り戻せて仕事まで手に入る。何も悪いところがない」
「そうか」
「……見るか?嫁」
「いや」
僕はこのまま死んでやろうかと思った。もう目的は果たせないだろうことは容易に分かる。彼らがその気になれば僕の荷物を差し押さえる事もできるから。そうなるとただの犯罪者として収監されて、父のことも知れないままになる。
地球同盟軍はもう中身を見ているはずだ。しかし、僕をまだ生き残らせている。だから打つべき手はある。交渉まで持ち込むことができればジルを復活させることができるかもしれない。浅はかな希望をつなぐのが何になるのか、分かりもしない。
「そこが事務室」
「コンピュータが置いてあるだけだけど」
「そこが医務室」
「トイレが?」
「そこが総務室」
「コンピュータが2つ置いてあるだけだ」
僕は地球同盟軍の入隊書にサインした。沢山彼らの仲間を殺してきたこともあるが、それはそれだ。怪我とその治療費が払えないなら仕方がない。選択肢が無いということが貧困の最たる悪だと思う。今の状況はそれに比べれば贅沢すぎるか。
僕の負傷は殆ど治療された。と言っても動ける部分だけなので顔面にはまだ包帯を巻いている。支給されたばかりの地球同盟軍の制服はまだ糊が残っていて、負傷した兵士には似合わなかった。しばらく歩いても同じような説明が続いた。
「どれだけ金も人も無いんだ」
「まあ、あんたも月給くらい見ただろ」
トリマンは頭を掻きながら答えた。基地と言い張るこの廃工場らしき建物では、まだ彼以外の職員を見かけていない。まともに金も出せない上に危険も多いという最悪の職場だからだろう。
火星の首都アルギュレには特にこのような場所が多い、と彼は語った。地下にマクスウェル機関を埋め込むための遺構でもあり、火星戦争前後に乱暴に開発が進んだ結果でもあるらしい。多数の連絡通路があるから出動にも困らないとも。嘘をつかないで欲しい。地下にあるだけ遅いだけだ。
「もっとちゃんとした場所があれば、人も集まってくるのにな」
「そういう問題か?金払いが悪いと思われてるんじゃないか?」
「それもそうだがさ、こんなところに来たら薬物取引と勘違いされるだろ」
僕はグリーゼの地下での一件を思い出した。薬物を精製する機械と陰惨な仕事を隠すために、あそこは蟻の巣のように不恰好に拡大されていた。僕はその生物を見たことがないが。
この空間はそういうものを想像させた。雨音もしないのにじめじめとした、窓の無い薄暗い壁を無理に照らした。それをしているLEDライトは見えないほど高い天井から吊るされている。地下に建設されていることは間違いない。アルクビエレ基地も同じような環境だったが、間取りや換気のおかげであまり不快さを感じなかった。
「ここはマクスウェル機関を埋め込むための場所なのか」
「そこまで深くはないさ。そこに辿り着くまでのエレベーター?エスカレーター?なんか、そういうものが残ってたんだ。そこを工場に改造したのがここだ。あんたが居たのはラインがあった場所だな。一番良い部屋だぜ」
「場所を選べないのは大変だ」
「まったく。エンジェルの攻撃がなけりゃあな……」
「流石に同じ所属の部隊を攻撃しようとはしないだろ」
「それがだな、事故というか被害というか。爆撃しかできない以上どうしたって無差別になる。それに自己完結したエンジェルだから……これ言っていいんだっけか?同じ所属なら大丈夫か」
彼はかなりおしゃべりだった。無口なほうな僕からするとよく分からないが、質問の手間が省けるのは有り難かった。
「要は、奴らは自分たちしか必要としない。まあこれまでのエンジェルもそうだが、一応メンテナンスやら命令やらを聞く余地が残っていた。セラフィム級は違うんだ。基本的なメンテナンスやら燃料補給、ペイロードを載せ替える専用の機体が存在している。空をじっと見つめていれば整列の隙間を縫って飛ぶエンジェルが見える筈だ」
「でも、エンジェルが消費するものは星から輸送せざるを得ないだろう」
「それも解決しちまった……一回上に行った方が説明しやすいか。俺もここにあんまり居たく無いしな」
爆撃から逃げるために地下に降りたのに、また地上に戻るのか。さっきの説明を聞いた後だとだいぶ不安に思えてきた。まあもしも降って来たら考える間もなく死ぬから別にいいか。
エレベーターは長時間僕たちを監禁した。地上に出た時に太陽が差し込んで、そういえば昼間だったと思い出した。火星首都アルギュレ、歓楽と暴走のはざまにあるような街だ。忙しなく行き交う人々、殺人一歩手前のスピードでそれを抜けていく電動スクーター、それを轢き潰そうとしているかのような軽自動車。
黒色に汚れたコンクリートの建物や、無法に伸びたパイプやケーブルが視界を塞いでいる。どれも2、3階程度の高さしかない。その中には破壊されて廃墟のようになっているものが幾つか見つかる。ただ、その残骸を解体したり回収したりはされていない。
トラックに乗っている時はそれなりに大きな道路からしか見ていなかったが、普通の道だとこうなっているのか。グリーゼやケプラーよりもよっぽど人が多い。植民星になった最初の星だから当然といえば当然だが、何回も戦争があったのに。
「上を見てみろ。虹みたいなのが見えるか?」
「……ああ。あれは一体何だ。火星に来てから見たことがない」
空には巨大な円があった。たまに星に降り立った時に軌道エレベーターや宇宙ステーションが見えることがある。でもそれは星と同じような尺度だ。今空に浮かんでいるものはエンジェルを通り越して、空そのものを覆っている。
円は構造色のように絶え間なく色を変えながら、幾何学的な模様をその表面に走らせた。どういう技術が使われているのか見当もつかない。ただ、僕はそういうことをやれる勢力を知っていた。火星に攻撃するあたり、目的はますます分からなくなった。民族主義的なイデオロギーでもないなら本当に意味不明だ。
僕が火星に入って来てからおおよそ3週間程度。エンジェルが地球から降りてきたのが2日前だ。その時に僕がたまたま見ていなかったとは考えられない。そうなるとこの超巨大な建築物は僕がベッドに居たわずかな間に建設されたことになる。
「アツィルトって名前になった。地球同盟軍の作った言い方だ。いつも通り訳分からんだろ」
「それはそうだ。”クソデカい円”とまでは言わないが、分かりやすい名前を付けてくれると助かる」
「そりゃいい。で、あれはエンジェルが使う資源を精製するための工場みたいなものらしい。あそこで爆弾やら燃料やらバッテリーやらを作ってる。企業から資源を買い取りもせず、周りのアステロイドから採掘して精製してるらしい。それをやってるのもエンジェルとかドローンとかだ。訳分かんねえだろ」
「悪夢だな。壊れたらどうなるんだ」
「それが現在進行形さ」
僕は街の中に放置された建物の残骸を思い出した。何日か経てば合法非合法問わずに解体が行われる。土地を放置して置くことは経済活動上何にもならない。
「爆撃は確かに犯罪者を狙う。事実として犯罪者が減ったのは確かだ。エンジェルは治安を良くすることには成功した。だけど爆撃は爆撃だ。余波で怪我や死亡する人間がたくさん出る。それに結局犯罪者を制圧したり収監したりするのに俺たちが必要だしな……あんたのこと言ったんじゃないぞ」
「別にいい。僕みたいな胡乱な経歴を持つ人間を雇うあたり、それぐらい分かる」
「まあ、手引きがあったのは確かだが……ええと、企業はそれに対抗してエンジェルを再配備し始めた。最近暴走の問題もカタがついたらしいからな」
「余計にカオスになる。上のエンジェルがそれを犯罪であると判断したらどうなるんだ。結局事態を収めるのは地球同盟軍だ」
「俺たちだな」
そういえばそうか。一番やりたくない部分を担うことになった。現在からおそらく未来まで、長期間に渡って面倒ごとを引き受けなければいけないのは面倒臭い。
エンジェルはこの先も動き続けるだろう。犯罪行為は宇宙進出それ以前の国家が定めていた法律及び公序良俗に反するそれ以外のことを指す。本来ならどこのコロニーでも行われている悪徳は全て取り締まり対象になっている。だがそれを統治するAIに解釈させて、植民星間での戦闘や犯罪に軍が介入できないようにした。
今の状態をどう解釈するかは正確には分からない。ただ独立したエンジェルを放っては置かないだろう、ということは確かだ。間違いなくこの存在は火種になる。地球同盟軍、それと各植民星の企業を含めた戦闘が起こるだろう。
もしかすると、セラフィム級を製造したのは戦争をしたいからなのだろうか。あんなものを建設してまで?そう考えているとトリマンがまた口を開いた。
「ま、色々言ったがやることは単……たくさんある。やってりゃ頭が良くなってくるさ」
「それは過労で思考が出来なくなるって言うんだ」
「上司も変わった。多分良くなるさ、多分」
「左遷されたんだな」
「そんなことないさ。俺たちと同じ火星戦争の孤児、叩き上げの人だぜ。オフュークスって名前だ」




