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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
68/76

29,

 暮れた空が青色だった。真新しいアスファルトは照り返してきらきら光った。

 コンテナで揺られながら11日、僕たちは火星に到着した。道中で初日のようなことが起こらなかったのは幸運だった。突発的なことが起きれば生身だとどうしようもない。

 火星の首都アルギュレは雑多な建築物で満ちていた。少し掘り返せばミサイルの破片やデーモンの部品、人体とかが見つかるはずだろう。ここは5年前の攻撃によってほぼ全てのものが破壊された、らしい。僕が眠っていた間の事だ。現在にそれを伝えるのは新しい建築物のみだった。

 コンクリートは夕暮れを反射して雲母のようなきらめきを見せた。規制がある訳でもないのに全ての建物は背が低くなっている。構造的に古いか、簡便なものを使用しているのだろう。植物のように張ったケーブル類とけばけばしい看板は、そこが繁華街であることを示していた。

 一応ここは人類が初めて植民化に成功した星だ。地球のことを皮肉らないならそう言える。宇宙に飛び出した約100年前後程度の歴史はあるはずなのだが、その痕跡はどこにもない。劣化したコンクリートはない、破壊されかけたコンクリートはある。

 空を飛んでいくのはフリゲートの群れ。宇宙で使っていたものを大気圏用に改造したものだろう。中身はおそらくデーモンたちだ。エンジェルを使えないのは人工筋肉の件ではない。経済的状況の悪さと、この星独特の構造があるからだ。火星には軍人崩れが多すぎる。

 タイヤが跳ねて座先が揺れた。トラックは買い取った訳ではない。トラピストでの道中でレンタル先に返そうと思ったが、爆撃によって小さな会社は文字通り潰れてしまっていた。幸運とは言いたくなかった。

「当てはあるのかい?当然だが、そこらで聞き込みなんてするんじゃないだろうな」

「ある。企業を中心にして関わりのあった人間をリストアップ済だ。あんたのせいで余計なタスクを増やしかけた」

「何の事だか」

「……取り敢えずは聞き込みだ。リスクも恐らくだろうが低い。いや、きっと襲撃は来るだろうが」

「どうして?全ての人間が企業に毒されているとでも?」

「セルさえあれば、どんな人間もどんなことでもやるだろう」

「悲観的ですね」

 ジルはひどく無感情に言い放った。まるで自分自身に言い聞かせているような嫌悪感が滲み出ていた。

 ゴミ溜めの中に腕を突っ込んで、貴金属で出来た指輪を探している同僚を何人も見た。”そうでないとこんなクソみたいなこと、やる気にもなれない”と決まって唱えながら。それも労働だ。その無駄な動作に時給が出ていない以上、割に合わない。彼らの腕の動きはゴミに空気を含ませるだけだった。

 意外だったのは、大多数の人間がそうすることだ。確かに給料は低い。傭兵をやっていた頃と比べて約三分の一程度になった。それでも楽にやれる仕事なのに、わざわざキツくしてまで儚い夢を見ていた。

 (セル)は重要だ。それが無いと現実社会では生きてはいけない。頓着するなと言うのは健全な態度とは言えない。だから人間はその魔力によって裏切ると考えるべきだ。

「デーモンが必要だ。少なくとも2機」

「盗み出しますか?現在でも」

「その前に拠点が必要だろ?流石に逃げ惑うわけには……」

「いや、結局は防衛することは難しくなる。資金がないから設備を整えられない。逃げながら調査を行うのが最適だ」

 ではその後は?秘密を知った後はどうなる。僕は出来るだけ現実に即したやり方を考えたが、この次のことは考えられなかった。ほぼ衝動的なものか、あるいはこのまま死ねば僕はいい息子になれるとでもいう願望か。

 考えたくなくなった。隣には諸々の謎を増やしてくれた張本人が座っている。コワレフスカヤのパーカーは体型と顔を隠すために丈が長い。もしかすると別の名称がある衣服かもしれない。

 ホテルへの道を急ぎながら、終わりを除いたこれからのことを考えた。疑問はますます湧いて出てきたがやるべきことは変わっていない。ファインマンについての調査だ。現実的に十分可能な目標としては彼を知っている人間を探すこと。ジルによってエングラム社にいた以前も職を転々としていたことが分かっている。

「ここは君の生まれ故郷だろう?何か思い出さないか?」

「何かって何をだ。記憶はしっかりしているし、そもそも拾われてから直ぐにケプラーに行ったんだ……」

「それで?全く君といったら作戦のことばかりだ。情緒を育みなよ。もっとあるだろう」

「ジル。どうにかしてくれないか」

「……嫌ですね。本当に。話題を探しましょう」

 彼女が本格的に拒否したのはこれが初めてではないだろうか。僕はその助言に従うことにした。

「あんたのことについて聞ければ一番良いんだが」

「言わないよ。そのうち答えは分かることだ。私の知らない部分も含めてね。秘密があるとはいえ、何でも知っている訳じゃない」

「そりゃそうだろうが、それでも不思議だ」

「よく考えたまえよ……人工筋肉の一件は、要は外への手っ取り早い干渉の手段だ。アウトプットなんだ。目的は別にある。私の件も一緒だ」

「企業間のネットワークが行なっていることと、あんたがクローンであることがどうして繋がっているんだ?」

「冷静に考えたまえ。そんなことをやる奴らだって事さ。クローンを作って育てる……とんでもない技術力と資金を持っていないと出来ないだろう」

「しかしながら、アルブムという企業はジョージ氏という前例を作りました。例えば彼らのようなものでなくとも、それに見合うリターンがあれば行うのでは」

 コワレフスカヤはかぶりを振って答える。

「違うね、ジル。アーカイブを見た限りあれは特例と言っていい。ドラッグという中毒性があるものだからこそクローンを量産していた。町中ドラッグまみれにして確実な中毒的消費者を作り上げたからこそ培養できたと言える」

「研究者らしい考え方だな」

 大量の資金を担保できたからクローンを作ったのか、それとも資金を求めてクローンを作ったのか。どちらにせよアルブムは倒産してそのデータは元勤め先が持っていった。企業間のネットワークが行なったことが発端だったのか、分からないことは分からないままにしかできない。

「話が逸れた。どうも教授みたいになってくるな。ともかく作っただけさ。言うとややこしくなる上、私も分かっていないことだがそれ以上の利用価値があるからね」

「何でまた疑問を増やすことを言うんだ?それだと、ラウンケルは企業のネットワークに入ってたってことになる。わざわざ調べなくとも直接尋ねれば良い筈だ。それに状況から推測してるだけだろ」

「……ラウンケルがネットワークに入ってたって、言ってなかったっけ?」

「言ってない」

 クソみたいな状況で新事実が発覚した。僕は呆れたが、同時に諦めた。恐らくはフィルムの解読に集中しすぎた結果だろう。それも時間が掛かっていてまだ終わっていないし見れてもいない。現在の疲労感は仕事が頭の中を締め付けている感覚に似ていた。

「君の疑問に答えるとすると仲違いしたんじゃないか、としか。よくあることだろ?」

「確かに、各企業の規模からしてそうなることは予測できます……ラウンケルは私の調査で分からない程度の深度に位置していました。彼らの手法からして、そうなっているであろうことは確実かと」

「ジル〜!やっぱり私の味方は君だけだよ。こいつときたら疑うばかりでさあ!」

「あなたのことはあまり好きでは有りませんが、同時にかなり正直であることも学びました。一々裏どりをしていますから確実と言って良いです、マスター」

「はあ……」

 これ以上の問答は堂々巡りになりそうだったので、僕はその辺りで追求することを止めた。やるべき事だけは変わっていないのが救いだ。

 重いトラックを運転するのは慣れていたので、道路の狭さや突然馬鹿みたいなことをやらかす軽自動車にも対処出来た。少し沈黙が居たままだと無駄な事を思い出してしまう。昔のことは別の何処かでも必ず起きたことだ。火星の首都アルギュレはひどく惨めに、亡状に伸び切った都だった。

 窓を突き破るような客引きの声、広告の喧しい音たち。路地の隙間に蔓延った露出の激しい女性。とっくのとうに見限られてしまうほどに打ちのめされた星にはどういう訳か人間が沢山集まっている。資源として特別なものが手に入る訳でもないし、特別な経済政策がある訳でもない。むしろ地球同盟軍によって厳しく制限されている。

 それが火星が育んだ帰属性というものなのだろう。それもきらきら光る何の意味も無いスパンコールでしかない。

 何を期待していたわけでもない。地球同盟が行なった経済制裁によって物質的な全てを奪われたのだから、そうなるだろうとしか。


 暗闇の中で無駄な光ばかりがギラギラ集まっている。PVC製のパーカー、網で出来たシャツ、古ぼけたガスマスクとレモンイエローに染められたコーンロウ。音数に合わせて飛んでいる人間かどうかも分からないものたち。アゲナはあれで地味にやっていた方なのだなと今になって理解した。少しだけ罪悪感が湧いたが、それも痺れさせる重低音のビートに流された。

 クラブという場所は無駄で満ちている。存在を知っていて尚も試そうと思えなかったのは正しいと感じた。同時に内緒話をするならそれなりに良い場所だ。聴力を低下させるような音量で常にクラブミュージックが鳴り響いて、周りに自分たちの声が届くことはあまりない。衆人の元では口封じもし難いだろう。オリエント急行のようにならなければの話だが。

 VIP席は崖下の喧騒を冷ややかに見つめることが出来た。スイッチを押すと下から樹脂の仕切りがせり上がった。半透明のそれらは見た目は良いかもしれないが、防音性はない。それなりの金を払ったにしては中々だな。

 僕は目の前の女性にインカムを手渡した。デーモンに使われているような高性能の偏向式マイクだ。AIが周りの音を拾い上げて不必要な音をカットしてくれる。僕もそれを片耳に付けると、やや歪んだ彼女の声が聞こえてきた。

『あ。その、ファインマンさんについてお聞きしたいとの事でしたよね』

「はい。彼について幾つかの不正事項が見つかりまして。知っていることを聞かせていただけますか」

 僕はドレスシャツとジャケットを着て、カジュアルな企業の人間らしさを演出していた。自分たちの目的を言うわけにはいかないし、そうしたら話もしないだろう。それなりの前金を支払っていたとしてもだ。一番手っ取り早い信用を得る方法は変装だ。

 目覚まし時計を置いたテーブルをなぞりあげながら僕はまた口を開いた。

「何でも構いませんが、特に仕事についてお聞かせ頂ければ幸いです」

『私にも生活があるということを分かっていますか?企業にいるあなたには……』

「もちろん、これを貴方の勤め先に知らせるつもりなどありませんよ。それこそ、私も転落してしまう。契約書を信じて下さい」

 契約書はジルが書き上げた。当然僕たちは企業でも何でも無いために内容は出鱈目だ。ただ彼女が学習した中でほぼ日常で使いもしない語彙と頭の悪い人間が書いた文の組み合わせによって、よっぽど読み込まなければそれが分からないようになっている。

 証拠として、事前に電子上でサインしてくれた。彼女は読んでは居ないだろうと思う。僕と同じようなぼやけた顔立ちの中年女性。色褪せた化繊のTシャツとくたびれたジーンズを着ている。髪は輪ゴムで結び上げられていた。声は片耳からしか聞こえないので評することは出来ない。

『……分かりました。ええと、私は事務員としてソマティック社に居ました。その時にファインマンさんに会いました。仕事内容と言っても、他の方と一緒としか。ともかく十数年前の事ですから』

「そのソマティック社の仕事内容とは?」

『もう有りませんが、確か設計です。デーモンとか軍事のことを。設計図面なんて分かりませんけど聞きましたから間違いないです』

「彼は一般的な社員でしたか?例えば、上司と対等に話していたとか」

『え、ええと……そうです。確かに、他の社員さんたちよりも上というか。役職もついていましたね。よく覚えていませんが、部下はいなさそうだったのに』

「どうしてですか?」

『いつも一人で、指示を聞いていましたから。デスクに人が寄って来ていなかったんです。特別な技術があったんでしょうか?』

「どうでしょうね」

 やや無駄な情報が付いたが、おおよそ予想通りと言っていい。ファインマンは企業間のネットワークの中で特別な位置に居たのだろう。それなり以上の権限を貰えるぐらいには重要で、何社かを渡るような必要性が有った。

『後は……そうですね、いつもタバコとお酒を。直ぐ死んじゃうんじゃないかってぐらい毎日ですよ』

「ああ……まあ、知っています」

『あの人、ガンで死んだんですよね?』

 違う。あいつの破滅的な生活は以前からだったようだ。

 彼女から得られた内容はそれぐらいだった。本当に何もしないかを念押しされたが、こっちだって同じことを言いたい。ジルはそいつとこれからやって来る人間たちの情報をモニタリングしている。SNSやSMS、量子コンピューターなどの匿名性の高い通信サービスに行ったことがあるか。もしくはこれから行くかどうかを常に監視していなければいけない。

 僕はそれに使う膨大な電気料金を払っているのだ。取材費はやるからとっとと家に帰って預金残高でも見てろ。

『あんまりな情報源じゃないか?こんな遠回りなことをしていて良いのかい。時間が無いって言ったのは君じゃないか。やっぱり直接向かった方が早いだろう』

「うるさいぞ。危険を犯すにはお前の存在が微妙に邪魔なんだ。今も矢面に立ってるのは僕だぞ」

 エタノールでインカムを掃除しながらそう言った。コワレフスカヤの声は直接変声機から送られてくるので、他のものよりもずっとクリアだった。彼女は色々な役に立つが戦闘行動には向かない。銃を握ったこともないらしい。取材も攻撃のリスクが付き纏う行動だから、僕がやるしか無かった。

『あー、その。俺は清掃員でさ。仕事なんて何も分かんねえんだ。あ、でも灰皿が毎日山みたいになってんの。トラピストのオーガニックだぜ。あれぐらい毎日吸えるようになりたいよなあ』

『専門的だからなあ。噛み砕いて言うとすれば、筋肉とOSの間を繋ぐ擬神経の開発とそのテストってのをやっててさ。え?ファインマンのやってたことかって?違うけど。上司の仕事なんてわかる訳ないじゃん。あの酒飲みだよ?臭くて立ち寄りたくないじゃんね』

『オレさ、まあテストパイロットだったんだけどあいつのデーモンには二度と乗りたくねえんだ。何機か乗ったんだ。一機目は物凄い加速で降りたらブラックアウトだよ。もうすぐで壊死だぜ?二機目はパワーが半端ねえけど、妙にイライラするって言うか。システム大丈夫かって感じさ……デーモンには人が乗るってこと考えてねえんじゃねえの。あのアル中は』

 それから来た3人に向かって同じ事を繰り返した。何度も同じ説明を同じ懸念を示す人間たちに行うので、神経が摩耗していった。セールスマンの人間を見下す気持ちが理解できるほどだ。それだけで、実際やろうとは思えない。

「ファインマンがいつでも死ぬ準備ができていたということは分かりますね」

「まあそうだな。銘柄まで僕たちは知っている事だし、一歩リードだ」

「それと気づいたのですが、何故オフュークス様を呼ばなかったのですか?彼女はあなたと……親しいはず、少なくともセルは節約出来るはずですが」

『そういえばそうじゃないか。また会いたくないからとか言わないよな?』

「理由は2つある。1つは彼女が知ってることは僕も大体知ってるということ。ジルも覚えてるだろ」

 忘れたい出来事だけど、あのトラックの中でのことは記憶の中で染みになって残っている。閉じ込められていた間に彼女の暗い過去を聞いた。実験台として陰惨なメスを入れられたこと、限りない暴力というドグマを与えられたこと。逆説的に言えば彼女はそれだけのことしか知らない、ということになる。

 オフュークスは改造のせいで、それぐらいしか覚えていなかった。復讐心からしてそれ以上知る気も無いだろう。死んだ後にわざわざ嫌いな人間の情報を集めるとは思わない。

「2つ目は僕がばらばらにされるからということ」

「……されませんよ」

「いや、僕はオフュークスとも連絡を取っていない。ミラン周りから情報が漏れている可能性がある。そして彼女の腕力で来られると、万が一死なないとしても治療だけで時間が取られる」

『そもそも攻撃されるいわれが無いだろう?』

「ある。向こうが何をしているのかも知らないが、企業に雇われてるのは間違いない。そうなると敵に回る可能性が出てくる」

 起業していなければいいのだが。それでも同じか。いつだって金は居るのが資本主義社会だ。

「誰だって金を積まれればどんな事だってする筈だ」

「彼女はそんな人間ではありません」

「そうかもしれない。だけど可能性はある。どちらも証明出来ないのなら、そう考えるしかない」

 今だって銃をポケットの中に突っ込んでいる。テーブルの下にはボストンバッグを置いている。白昼堂々とやってくる、確率は低いように思えるが……それでもやってくる人間は居るはず。それともそれは、僕が今まで金で殺してきた傭兵だから言えることなのか?

 快楽で殺していないからと言って、自分のしてきた仕事を正当化したくはない。生活のためであっても。僕は人殺しであって、それはどこまでも変わることは無い。現実はいくら悩んでも無駄な状況だ。

『はあ、君は人間を信用した方がいいぞ。私だってオフュークスのことは知っている。脳の問題を解決した後の彼女は理性的で高潔だ。そんなことは低俗なことはしない』

「そうか?……まあいい、次で最後だ」

 会話を中断し掛かったときには、その男は既にテーブルの側に来ていた。黒い髭を伸ばした軍人風の男、いやそうだったと断定して良いだろう。明らかに体格が良く鍛えていることが見て取れる。汚れが目立つフィールドジャケットを着た男は無言でソファに座った。

 僕はインカムを渡した。その時妙に見られていることには気付いたが、出来るだけ外に出さないように演じた。彼はここの騒音から直ぐに使い方を理解してアルコールの匂いがするそれを耳に着けた。

「ジル、本当に安全な相手を選んだんだよな?」

『ええ。企業との繋がりは極力抑えています。口座の動きやショッピング履歴も見ました。ですので彼は自主的に軍事トレーニングを積んでいるということになります』

 そんな狂人は居ない。となるともう一つの可能性が高い。つまり火星軍の残党だ。

『む……お前もか。世知辛いな』

「本日はお時間をいただき有難うございます。本日はファインマン氏についてお聞きしたく」

『ああ、あいつについてか。大佐と妙な繋がりがあったな……』

「大佐?」

『おそらく、アーチボルド・ヒューム元地球同盟軍大佐のことです』

 僕は少し記憶を掘り返してみる。そんな高階級の人間と出会った覚えはない。となると有名な人間……そこでようやく思い出した。アーチボルド・ヒュームは第二次火星戦争を起こした張本人、自分を新政府の元首とのたまった人間だ。

 第一次火星戦争のエース、そして大佐に昇り詰める程度の優秀さ。そういう人物が反旗を翻したのだから地球同盟軍はたまったものではなかっただろう。統治の下手くそさがそのまま現出した結果なので、全く擁護する気にはなれないが。

 そいつとファインマンが繋がっていた?なぜそんなことが起こったのか、僕はもう考えることを止めた。とにかく聞き出すしか今はやることができない。

『しかし同志、今になって何故?もう奴は死んだだろう』

「それはそうですが……」

『同志、俺たちに隠し事は無しだ。それに遠慮もな。俺たちは大佐が戻ってくるまで、軍隊にもなれん』

『マスター。ここは……』

「……奴の作ってたデーモンの設計図が欲しいらしい。今更だが、上には逆らえないんだ」

 僕は彼の勘違いを利用することにした。おそらく僕の体格や身振りは軍人や傭兵のそれなのだろう。だから彼はそれから、エンジェルのお陰で儲からなくなり普通の仕事をしていると勘違いした。そう推測したのは正解だった。目の前の男は納得したように頷いた。

『そうか。俺も毎日労働の日々だ。毎日生地を打ち込んでる』

「何をやっているんだ?」

『パン屋だ。今パンは持ってないぞ。雌伏の日々だが、いつかはきっと大佐は解放される。耐えるしかない』

『現在アーチボルド氏は場所は公表されていませんが、火星の刑務所で服役中です』

「処刑しなかったのか?大罪人だ」

『君、したら目の前のやつがどうなるか分かるかい?爆発するぞ』

 確かに彼らから見れば地球の支配に抗った人間か。マゼランを殺したラプラプ王と同じようなものだ英雄視されるのも当然になる。現在でも地球からの経済制裁は続いているために、むしろ影響力は高くなったとも言える。

 そんな状態で処刑したら、火星の軍人崩れたちは蜂起するだろう。死によって神格化されて現在よりも過激な行動に移ることは想像に容易い。軍人たちが寄り集まって不満を溜め込んでいるだけ、という状況の方が地球同盟軍にとってまだマシなのだろう。

 本当にややこしいことになっている。勿論どんな星であっても違う最低があるだけだろうが。

『それで奴のことだな?あいつのやっていたことは分からない。俺は護衛として基地内を一緒に回っていた。自分の研究室を貰っていたから、詳しい部分まではよく分からないが奴の研究は悲惨だったぞ。脳みそを作ったり改造したり、積極的に人間を殺そうとしているんじゃないかと考えるほどだ。そして死にかけた人間をマクスウェルに接続して反応を見たり、あの忌まわしいデーモンを使ったりした』

「赤子の力か……」

『そうだ。確かに戦力にはなったが、あれは使うべきではなかった……それで、大佐がお越しになられた間によく話していたな。内容を聞くわけにはいかなかったが。大佐の方からよく呼び出しが掛かったから覚えている。その基地も俺が居た時に閉鎖、爆破されてしまった……この辺りで終わりだ。十分か?』

「十分だ」

 彼はよく話してくれた。僕が覚えている限りでもファインマンの行動は意味不明だった。今の話を入れてもトラックを手配できるだけの資金源を保持しているのに、なぜか火星軍には取り入れなかった。不要になって捨てられたのだろうか?

 僕が考え込んでいる一瞬の間に彼は席を立ち、手を差し出していた。握手を求めている。応じないわけにもいかないので手を差し出すと、力を入れる間もなく強く引かれた。まずい、と思った時には肩に手を置かれながら抱き寄せられていた。耳元で彼の声が聞こえる。生々しい、低く濁った声。獣のような体臭。

「俺も銃が手放せない。だけど耐えろよ」

「ああ」

「頑張れよ」

 見破られていたのか。僕は内心胸を撫で下ろしながら、彼が暗闇の雑踏に紛れていくのを見送った。喉が渇いていた。ここには酒しかないので、何も頼めない。

『ふう、随分なやつだったな。緊張したよ』

「お前は車で待機しているだけだろ」

『これからどうするんだ?ああいうのが居るんだ、いずれ君の変装も見破られるだろう』

「……そうだな、もうリスクがどうこう言っていられない。基地に行く。そこに答えがある」


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