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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
66/75

27.

 整理しよう。人工筋肉の問題を僕は追っていた。誤作動を起こす筋肉の中に父親の遺伝子が含まれていたからだった。火星を出発点にした企業の連合体みたいな場所がそれを使用している。その理由は現在も分かっていない。僕の治療費を得るためにトリチェリが自発的にそいつらへ渡した事は確かだが、なぜそんなことをする必要があったのだろうか。とにかくフィルムの解読は続いていて、これ以上の情報が後に出てくるかもしれない。

 次に問題になるのは、なぜ火星の奴らはそんなことをしているか。プシュケーの言ったことと、ジルが実践したこと。人工筋肉とマクスウェル機関の接続がポイントなら、エンジェルの暴走は必然的に起こることだ。その為に20年近くも研究を続けるだろうか。少なくとも資本主義に毒されてはいないようだが。

 妨害にしては手が混み過ぎているし、わざわざ宇宙中に混乱を巻き起こす意味は何だ?今はそれも考えるだけ無駄だろう。疑問の一つに留めておくべきだ。

 もう一つ、また問題が生えてきた。ファインマンの件だ。彼の名前がファキオの遺伝子の保管庫にあった。いや、敷かれていた電線からして実験施設と言った方が適切だそうだ。機器は綺麗に取り除かれていた。

 思い起こせば彼が行っていた実験の断片はこれまで見たものと似ている。マクスウェル機関の出力向上のために人体実験を行った。そしてデーモンの開発も。オフュークスに対する改造と、名前を知らないが彼女のデーモンの開発。

 もしも機関と筋肉の奇妙な関係を研究するのであれば、エンジェルのない時代にはそれらが最適だっただろう。目先の利益を見せられなければ研究もできまい。突き詰めればこれら2つの違いは人間が入っているか、入っていないかの違いでしかない。ただこれらは一部でしかなく、結び付けるのは早計と言えるかもしれない。だが実際に彼の名があった以上、偶然ではない。

 頭が痛くなる。コミックの中の悪役じゃないんだから、悪事を働くにしてももうちょっと分かりやすくしてくれないだろうか。まだファストフード店の方が露骨に人類を殺そうとしている。

 長々と語ったが、突き詰めれば僕が探すべき事は一つだ。なぜ、こんなことをしているのか。僕は全てを知りたい。もしも全貌を知れたなら父親のことをようやく理解できるかもしれない。

「上手くいったな。私のおかげで……トラピストでのこと、全て私のおかげと言っても良いくらいの活躍だった」

「うん」

「否定しなければ私がアレな奴になるだろ。冗談だ」

「実際ミランのおかげだし、半分はアレだと思う」

 彼の農場で、僕たちは向かい合って話していた。別れの時間が来ていた。調査が完了したからだ。僕たちの尽力によって遺伝子のデータを大量に手に入れ、研究者たちの詳細な情報が入ったファイルまで見つかった。

 それまでに大変な事が何回かあった。それを乗り越えられたのは実際彼の働きもある。ここの情報を教えてくれる協力者が沢山いるとは思わないし、銃弾で援護することもしないだろう。一番良いことは信頼出来る人間だということだ。

 彼は薄く唇を曲げ、記憶と重なって笑う。

「こそばゆいな。残り半分は聞かなかったことにしてやろう。それで、もう発つのか?」

「うん。上から色々と言われるからしょうがない。戦争も終わったことだし。案外呆気なかった」

 Trappist-1dの内戦はわずか一ヶ月弱で幕を閉じた。正直もっと長く戦うことを想定していたので、肩透かしを食らった気分だ。

「そりゃそうさ。イワンの勢力は後からやってきた人間たちで構成されているんだから。金を回収できなければ前ほど抵抗する意味もない」

「薄情だな」

「厚情だったら企業の上には立てないさ」

 それはそうだ。損益が組織においてで最も重要なことなのだから、出来るだけ冷血な方が上にいく。ミランはさして情感を込めずに言った。彼も彼で理解しているのだろう。

 ウラジスラフ・オーブルチェフはファキオのCEOに就任し、現在同社領域での戦闘行動を行った企業及び集団は警告せず排除することを通達した。要するに支配を取り戻した、ということ。しばらくは協力した企業への補填をしながら、権力基盤を強固にするために役員の取り替えを行うだろう、とミランは言った。土地を切り取って彼らに渡して味方側につける。まるで封建制時代に戻ったようだ。

 事実としてファキオが提供できる唯一かつ最大のものが土地、正確に言えば専用のプラットフォームになる。高速で農作物や半有機物を生成できるのはおそらくこの商品だけだ。借款を返すためには内戦での主張のように農業に偏重することはしないだろう。

 企業なんてそんなものだ。資本を回すことしかできない集団でしかない。

 反対戦力はほぼ瓦解している。首魁のイワン・オーブルチェフは行方不明。事実的に死亡したということだ。それに与していた企業たちももうほぼ撤退してしまった。火星のように強固な帰属性、反発する基盤がなければただ不利になれば帰るだけ。

 復興はそれなりに早いはずだ。それだけは言える。沢山の死が訪れたが、何も変わらなかったな。何かを期待していたわけでもないのに、妙な無常感だけ残った。

「君の所は大丈夫なのか。この近くで大規模な盗電をした」

「あれはファキオのエンジェル用データセンターに繋がっているものだった。ここいらもウラジスラフ側と言えばそうだし、村八分にはなりはしないさ。ジルにも誤魔化してもらったしな」

「物理的痕跡はどうあれ誤魔化せない。監査が来たら終わりだから、気を付けた方がいい」

「そうだが、このグダグダの間にそんな高度なことやってくると思うか?この前うちに来たのに見回って、ベリーの袋を幾つか掻っ払って戻っただけだ。そういう奴らを使わざるを得ないあたり、手が足りてないのさ」

「それでも事実は事実だ。経年変化で洗い流せない痕跡がいくつあるのかもわからない。ファキオがやろうと思えば、いくらでも出来るんだ」

「わかったわかった。気をつける。正直お前の方が心配だけどな」

「どうして」

「上手くいってないと思ってそうだからな。図星だろ?」

 否定したいが、できない。そう思ってしまったことを止めることは出来ない。

「もう説教はしないさ。面倒だしな。適度に力を抜いて生きろ」

「説教、してるじゃないか」

「助言だ」

 感謝しながら、僕はその言葉に従うわけにはいかなかった。人間というものはおそらく中庸を選んで進むのが最も賢いのだろうけど。それでは何も示すことはできない。証明できない。何かを主張するということは、他を否定するということ。

 僕に則すならば感情から出たものがどれだけ暴力的で社会に悪だというものか。それを表現する訳にはいかない。楽しむということは、感情を出すということは、憎しみを抱えるということと同義だ。僕はそれを正しく思いはしない。楽しんで、かつそれなりに現実に抗えばいいのだろうが。そう器用だったらここまで来てはいない。

 そういう人間だと韜晦した。運が良かっただけで、そう才能があったわけでもない。僕は悔しくなって僅かに表情を動かした。どういうものかは分からない。感情も同じだった。ミランはそれを見た筈だが、その上で言葉を重ねることはしなかった。そう、僕が考えるべきことだ。

 そこでクラクションが鳴った。出発の時間が迫っている。とんでもない量のセルを使ってようやく軌道エレベーターの便を予約したのだから、遅れるわけにはいかなかった。

「まあ、しばらくはここに来ない方がいい。数年は治安が悪いままだろうし。その代わりメールはすぐ返せよ」

「多分な。時間と行動によると思う。今回みたいになったらどうしようもない」

「安易に肯定しないあたりお前らしいな……じゃあな。また会おう。その時は何処かの店に行こう」

「ああ。さよなら。割り勘だな」


 風が運んだのは土の匂い。剥がれたアスファルトの下に今朝の雨水が落ちたのだろう。雨上がりに特別嬉しい気分なんて持ちやしない。ひどい匂いしか強調しないし、妙に蒸し暑くさせるだけだ。

 僕たちは大陸を渡って軌道エレベーターへ向かっていた。破壊されたサンニコフ大陸のエレベーターは内戦終結後も復旧の目処が立っていない。それなりに大きい惑星と同じぐらいのケーブルが分断されたのだから、当然といえば当然だ。そして封鎖は重力爆弾の調査のためでもある。地球同盟主導らしいが、実情は金を出した企業たちの集まりだろう。

「戦争ってのは、あいまいに終わるんだな。特に何もなかったのに、突然どいつもこいつも叫びやがって。何も変わっちゃ居ないのによ」

 ぐちゃぐちゃした路面と、殺風景になってしまったビニールハウスのあったであろう平地。大陸が変わってもエレベーターがあるということは生産地が近いということ。僕たちが延々見てきた風景は変わることがない。

 道は混んではいない。軌道エレベーターのパスを持っていない人間は地球同盟軍が排除するためだ。前を行く装甲車の先にも車は居ない。この星の良い部分は運転がしやすいところだ。もしもグリーゼでこの重いトラックを運転したら発狂するかもしれない。

 隣の男はさして不機嫌でもないのに、吐き捨てるように物事を言う。イライラさせる。だが、それも我慢するのがいいだろう。トラックと装甲車の席順は僕が決めたのだから。

「そういうものだ。結局の所、いくら重大な拠点を支配して戦況が優位になったとしてもそれを決めるのは人間だ。だから劇的じゃない」

「もっと早くしてくれりゃあな。産まれたばっかで大変だったろうに、帰る暇もなくなっちまった。いや、怖えったらねえ」

 知ったこっちゃない。僕はそう思ったが、言わないようにした。アゲナは下らないことを言って、また車窓を眺める作業に戻った。間に挟まれたコワレフスカヤは俯いていることぐらいしか運転中には分からない。彼はここの風景に何か感じ入るものがあるのだろうか。

 軌道エレベーターまでの中途、荒れた風景が目に入ってくる。割れたアスファルト、壊れた何かしらの軍事機器。爆発が耕したトラピスト1dの風景は戦争の災禍を伝える。それも食傷気味になった。あえてこれまでと違う点を挙げるなら、人間が見えるようになったことだろうか。

 表立っての軍事行動が無くなって、これまで地下や山脈に逃げていた人間たちが戻ってきた。ここに住んでいて、ここで仕事をしている人間たちだ。彼らは住処を追い出された害虫のようだった。当て所なく彷徨ったり、テントを建てて地表に集まっている。

 僕たちはそういう人間たちを横目で通り過ぎたり、時には何人か殺したりもした。道のりは長く途中で野営を敷かざるを得なかった。そうした最中に火に引き寄せられて住民たちがやってくる。追い詰められたからか、それとも成功してしまったからかは分からないが猟銃を持って。

『そうだろうな。殺されるんじゃないのか』

「やめろよ。本当にそうなんだから。何されるか」

『産後の恨みは一生らしいですよ……』

 かなりどうでもいい。ならそもそも結婚しなければ良かったのじゃないか、とは思うけどそういうことじゃないらしい。

 車窓の風景の中には歩きながらエレベーターを目指す人々があった。おそらく道であった所を、日除けの襤褸をまとって。その中には小さな人影も混じっていた。それがまた道中の記憶を蘇らせた。

 彼らの武装の殆どはプレッパーガンだ。時折兵隊から奪ったライフルも持っていた。だが、生身の人間たちはデーモンとそのアウターシールドを打ち破るための兵器からすれば脅威にもならなかった。彼らの殆どは自爆型ドローンによって深傷を負った。

 ここを支配するであろうファキオ、支援した企業たちは好き勝手にやるはず。資本家からしたら成長の見込みがある星だ。それなりに投資は来る。結果的に見ればこの星全体の利益は将来的に担保されている。ただ、そういう話でもないのだろう。

「それにな、怖えのにムカつくぜ。ガキどもを守る場所も作らねえ。せめて、街が残ってりゃあ誰かの家に入れられんのによ。ここには山ほど人がうろついてるってのに」

『アゲナさん……』

「ああくそ。考えないようにしてたのに、ダメだ」

『気持ちはわかるが、俺たちは余所者だ。ラウンケルがノーと言ってるんだから手を出すようなこともできん。ただの感傷になっちまう』

「分かってるよ」

「君、意外と情に厚かったりする?不良だね」

「そうだよ。子供が生まれたからな。どうしようもねえんだ」

 かなりどうでもいい。ジョージの言葉のように、ただの感傷でしかない。

 どうにもならないことの一つだと諦めればいい。きっと、僕の苦悩もそれと同じことだろうが。他人のことなんて皆そうだろう。

 サスペンションが路面の荒れ果てようを詳細に伝える。素晴らしく晴れたばかりの空から降りかかる光。終わらせるにはもってこいなほど綺麗だ。僕はシフトの代わりにジャケットの中にあるものを握ろうと思った。

「と言ってもだね、これでも早く終わった方だと思うんだけど。前の時はひどくなかったかい?」

「そうかもしれない。僕はかなり長い間放浪していたから、終わる直前ぐらいしか知らない」

「そういえばそうか」

『火星戦争の頃の話か?』

「まあ、そうだ。特に話すようなこともない」

「そうは思わねえけどな。キョーミあるぜ。滅多に話さねえからな」

「そうか?……まあいい。色々話せないこともあるから適度に言おう」

 それから僕はあの時のことを話した。実験施設への奇襲、拷問と脱出、農場での一件、合流と脱出。気が向いた以上の事はない。この間に銃器を取り出して、隣へと撃ちこむ想像をした。

 僕は火星に行かなければならない。そのためにはラウンケルの社員たちは邪魔だ。何度も繰り返し考えていた想像をなぞる。

 コワレフスカヤは同行に了承した。この先ノア級に上がった所で別れるつもりだ。彼はそれで済むんだが、問題は後の隊員たちだ。別れること自体は良いとして彼らの中にラウンケルの息のかかった人間がいないとは限らない。演技とかではなく、雇われだからそういう事は考えられる。

 トラッカーのナノマシンはこの星に来てからの食事で排出されたはず。ジルが入った衛星も信号を検知しなかった。彼らに確実な裏切りの証拠があるというわけではないが、同時に逆であるという証拠もない。いや、ただの猜疑心であるならばまあいいだろう。僕が撃たれるわけにはいかない。この先に全ての答えがあるのだから。

 銃を抜いて、人一人挟んだ彼へ向ける。引き金を下ろすと火薬が弾ける反動が生の肉体に伝わる。久しぶりの感触を覚えながら2回、3回繰り返す。室内は硝煙の匂いでいっぱいになる。彼の顔が衝撃で歪んでいる。発砲音がしたので装甲車が停まる。ジルがそのドアを封鎖してエンジンを停止させる。

 僕は通信を繋いで攻撃が来たと言う。そしてトラックから出る。レーダーを見て、またはアゲナの声がしなくなって気付かれるまでに装甲車に辿り着かねばならない。しかし急がずに、警戒されないように歩いて。ドアの前に着いたらもうハンドガンを隠す必要はない。AG弾薬ならその程度の鋼板を貫通できる。

 残りの弾薬を全て吐き出した後、予備のマガジンに切り替える。ジルがドアを解除する。ぐったりと倒れた体が見える。頭に2発ずつ銃弾を撃ち込んで、確実に死体にする。彼らを道端に退かして装甲車を貰う。

 これが一番効率のいいやり方だ。

「……行き当たりばったりすぎないか?最初にミランが助けてくれなかったらどうなってたんだ」

「死んでたな」

『冗談じゃないですよ……』

『壮絶な体験だったな。スカウトされて当然だ』

『エ、エ、エングラムって……大企業じゃないですか!そこに雇われてたんですか!?』

「その少し前に死にかけたから、成り行きだ」

「いつでも死にかけてるな……」

 僕は削るべき所を削った結果、あまりに淡白な話をすることになった。巨大なデーモンの動力はジョージのトラウマを刺激することになるし、父親の事は話したくない。それ以外の事は出来るだけ隠すことはしなかった。

「なあ、その農場の親父を殺した時はどんな気分だった」

「残念だと」

 僕が殺したわけではないが、大概そのようなものだ。僕は想像を強めていく。

 その後は?軌道エレベーターに乗って、ノア級まで進んでいく。もしコワレフスカヤが裏切り者だったら。あいつはラウンケルが監視している。理由はまだ分からないが、それが陣営への引き込みだったら。僕はどうやって彼の疑いを晴らすべきだろう。やはり殺すか?

 いや、最初からやり直すべきだ。ジルに頼んでファフロッキーズを動かし座席を押しつぶす。デーモンとフライトユニットを入れればフロントガラスぐらいは割れる。そういう機材は沢山持っていけはしない。売却したら足が着くだけだ。自分が使う分があれば十分。

 装甲車はコントロールを失う。ジルによって多少は止まるかもしれない。アゲナには同じことをしておく。

「はあ、そうか。やっぱり宇宙の人でなしだな」

「今更か?僕たちは沢山殺してきたのに、そのうちの一つが何だっていうんだ」

 銃口を向けても、彼の答えを知れるかどうかは分からない。きっと説得もできないだろう。だからまた撃つ。

 僕の父親のそれであっても、理論的にはそうなるだろう。そう思っているしそれを現実にしたまま生きたい。世界は不合理と不条理でしか構成されていないがために、せめて正しくありたいから。

「はあ?俺がファミリーに居たのはダメで、自分が殺すのはいいってのか?」

「僕がやったことも同様に許されるべきではない。僕は間違っている」

「わかんねえ」

「分かり合えると思ってたのか?」

「そうやってあんたみたいに簡単にしてりゃ、良いだろうけどさ。話し合わなきゃどうしようもねえだろ」

 話し合ってどうにかなるものでもないだろう。僕が他人を変えられないように、僕はどうしようもなく変われなかったのだから。これも諦めと言うならそうだろう。

 僕は隊員と同乗していた男性を殺して、火星へと向かう。それが一番いい仮定だろう。

 しかし想像はもう無駄だ。エレベーターが近づいている。息を吐き出した。考えを整理出来なければ、何を起こすのか分からない。何かが通信の中から聞こえた。手のひらの冷たい感覚は生ぬるいそれに変わっていた。

「……言っていなかったが、今から僕は火星に向かう。君たちとはこれで別れる」

『え?』

『聞いてないが』

「言ってないからな。今言った。緊急に決まったことだ」

「私ぐらいしか知りませんから、当然です」

「そうとも」

 口々に疑問が投げかけられてきたが、僕はそれらを受け流した。本気で言っているとは思えない。ふと車内を見ると、不機嫌そうな男の顔が見えた。わざわざ立ち向かう気力も無かったが、向こうから仕掛けてきた。

 窓から人間たちが見える。ある地点を囲むようにして人間たちが立ち、辺りを警戒している。その間から鉄パイプを振り回す人間が見える。動きからして誰かを殴りつけているのだろう。ああいうものに弾丸を使っているような余裕は無かった。

 これも不満だったのだろうか。もしかすると、僕に正義を期待していたのか。暴徒に対して何をすることも出来ない。追い詰めれた人間たちにレーションを分けても、それは自己満足でしかない。さらに来られれば自分達の食べるものも無くなるだろう。振るうべきは対処のための暴力のみだ。

 そうして、僕たちは暴発する感情を見逃すだけにとどまった。言いがかりを付けられて殺させる人間、追い回されて転んだ女性、捨てられた死体の傷口から流れる黒い血。悪を見ないふりをした。

「言ってないことばかりで、居なくなんのか」

「そうだな」

「……ああ、クソ。いい。なんか言ったら蹴っちまいそうだ」

「なら、また会おうとだけ」

「そうだな。じゃあな。もう会わなくていいと思うと、せいせいするぜ」

 僕も同じだ。目的地にはまだあるし、エレベーターの基部とかごでは同乗せざるを得ないのに。くだらない僕の羞恥心が嫌悪になったから、彼をここまで嫌ったのだろう。アゲナのような人物を父親は望んだはずだ。

 敢えて表すなら、僕には自分を省みるだけの知性は有ったが、かといってそれを感情にするだけの情緒が無かったのだろう。そしてその萌芽も役に立たないと切り捨ててしまった。事実としておおよそは用立たないが、残りのわずかなものを僕は欲しがってしまった。

 僕は父親のために感情を求めていたが、それももういらない。やはりこんなものは必要でない。せめて真実だけは見つけよう。

 がたがたとした振動が徐々に収まってくる。軌道エレベーター近くは破壊されていない。さすがに重力爆弾は一基だけだ。何もかも、出会ったこと自体が無駄だった。かつて他人へと抱いた理想はかえって僕の孤独な考えを強めるだけだった。何も変わることはなかった。


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