表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
64/76

25,

 何回かテントを張り、そこで寝た後に僕たちは南部にあるミランの会社に向かった。作戦遂行地点からも近いし、とりあえず体勢を整えたい。量子コンピューターが無いと嬉しい。車の轍が集まって勝手に出来た道を通って南下していくうち、段々と土地の起伏が目立ってくるようになった。

 そこらに生えている草から色が消えて、樹木はとげとげとしたものへ。背の高い木が太陽を隠して苔のテクスチャを静かにした。標高が高まっている。針葉樹はやや劣悪な環境に耐えられる。違う星でも同じことが言えるのは、種が全く同じだからだ。

 ファキオはこのサンニコフ大陸を支配している。しかしながら彼らの本質は大量生産可能なプラットフォームを利用した大規模な生産なのだろう。ミランが説明してくれたが、南部の山岳地帯もファキオの土地であるが貸し出され、実際に使っているのは私たちのような小規模な農家たち、らしい。

 山間部を越えた先には断崖絶壁と海がある。一応閉鎖されていないが、輸送には絶望的に向いていない。結果として非効率的な手段と現存する戦力しかウラジスラフの勢力は使用できておらず、結果として戦況は膠着している。ただ、そのうちに情報が外部に渡ればすぐに優位を得るだろう。

 窓を開けていると湿った空気が流れてくる。やや冷たく、クーラーをつける必要はない。数日の内にも土と化学物質の匂いにも慣れた。訳の分からない匂いに気が逸れる時は、近くに破壊された何かがある。久しぶりの戦争で忘れていた。

「もうすぐ私の企業に着く。あまり変わった所もないが質問は受け付けよう」

『あ、そ、その。エンジェルとかって持ってらっしゃったり……』

「しないな。残念ながら私たちは一介の業者に過ぎなくてね。そんな金どこにもないんだ」

 残念そうなフレーバーをつけながら、ミランはセキスイに説明した。事実だった。彼の会社は小規模なもので、人間の兵隊を雇うような金さえない。

 前方の装甲車の中で彼女がどういう顔をしているかありありと浮かんだ。絶望して固まった表情を僕たちは何回も見てきた。今もアゲナはその顔を見ているはず。

 僕たちは移動する間、自然と前の組み分けを保っていた。装甲車にアゲナ、セキスイ、コワレフスカヤ。そしてトラックにジョージとミラン、そして僕。戦術的に大して変える意味もない。

『そういや、この辺りにはビニールのあれが無えな』

「良い視点だ、アゲナ。ここも確かにファキオの土地ではあるのだが、実効的には支配していない。シンプルにそうする旨味がないからだ。起伏と樹木のせいで生産に向いていないのさ」

「農作物には向かないか……人工筋肉もか」

「そうとも。さらに山岳地帯はエンジェルよりも小回りの効くデーモンの方が有効だ。人件費が嵩むんでね。それにここをそもそも襲う理由もそれほど無い。備えのためだけに月3~4万セルを支出するのは企業のやり方ではない。一応のセキュリティはあるがね」

 皮肉げにミランは言う。何日か過ぎる間にスーツを洗濯して、彼は最初に遭った時よりも華麗な姿になった。オリエンタルブルーという色らしい。スリムを通り越してやや不健康になった肉体を隠すようだった。やはり経営職になると仕事量が跳ね上がるのか。

『つ、つまりここはウラジスラフの勢力下って事ですか』

「当たらずとも遠からず、といった感じかな。お嬢さん。ここにはどちらにもついていない企業しかいない。そもそも規模的に軍事行動を取れないし、侵攻される理由もない。強いていうならややウラジスラフ側かな。それも生産を続けたいっていうだけさ」

『助けは期待出来ない……怖すぎる……』

「セキスイ、一応言っておくけど他のところに行っても大体同じだ。この近くにはデーモンを持ってる企業さえ稀だろう」

『やっぱり私たちだけって事ですか……?』

「そうだな。計画上はこっちの方が上手くいく」

 筈だ、と続けそうになったのを抑えた。もう遅いだろうか。

 いつだって作戦というものには不確定要素が混じる。自分達で何かしらを選べるだけマシだと言っても信じてはくれないだろう。以前は自分たちの手札どころではなく、必要なものを得るためにさらに必要なものを切り取らずにいられなかった。いや、今もそうかもしれないが。

「次の質問は?」

『うい。何作ってんだ?』

「ベリー類だ。主な品種はマルベリー、次いでビルベリー。全て完全オーガニック。多くは冷凍して輸出か加工だが、ごく一部は生のまま打っている。直売所は麓だ」

 だとしたら損失は相当まずいことになってると僕は思った。農家の暮らしはかなり問題がある。基本的には生産して出荷のサイクルだが、それを可能にしているのは借り物の種子と借り物の機械たちだ。おそらくミランはどこからか種子や機材を借りているので、借金が返せなくなる。

 僕はミランを横目で見た。木々の隙間から柔らかな光が白い肌に反射した。頭蓋骨の形がやけに目立ってきていた。

 余裕げに見せた態度の裏でどれだけ心的喪失状態に近づいているのか。ミランは良い人間だが、それはそれとして金の亡者だ。たまに前者が後者を上回るだけで。僕がどれだけやれるか分からないが、やるしかない。ラウンケルの弁護士と取っ組み合いになるのは見ていられない。

『へえ』

『オ、オーガニックですか。良いですね。投資が受けやすくて……』

『なんか褒めるところなかったのか?』

『……すみません……』

「いや、良い選択だった」

 運転しているのは僕だったので、ミランの様子は分からない。ただかなり彼の琴線に触れる内容であることはわかった。金の話はしたくてたまらないだろう。僕との喧嘩でストレスも溜まったことだし。

「まさしくそうだ。最近こそごちゃごちゃしているが、この数年で無農薬作物の需要は上がっている。戦争が落ち着いて富裕層と準富裕層が増えたからだ。そしてこの地帯は冷涼で栽培に適した気候だ。もしも君たちがここで農家になりたいなら、間違いなくベリーを選ぶべきだな」

「しかもベリー類は加工によって別の商品になる。実は言わずもがなジャムに、葉は茶になる。間伐材は薪にもなるが、これは商品にはならないな。だが無駄にはならないことが重要だ。あいつらは来るたびにそういう点を見てくる。投資家っていうのはリスクを冒しているから安心したいんだ」

「ミラン」

「実際の所、投資はかなり来ている。質を重視した甲斐があったものだ。馬鹿馬鹿しいオファーを取り除いて運営するのは簡単じゃないがやる価値はある。問題という問題は虫害や病害、それと気候変動に弱いところだ。それも数十年先の課題だろう」

「ミラン」

「槍玉に挙げられるような従業員のコストは必要経費だと割り切るべきだ。何せ手摘みだから教育コストが高すぎる。パートで賄うには作業量も多いし……何だ?」

「長い。次の質問に移るべきだ」

「そこじゃないだろ」

 ジョージは簡潔に問題点を言った。

『分かったかい。金の匂いがするならどうしようもなくなる人間だから気をつけなよ』

「コワレフスカヤ。私が何の報酬もなく君の事業の手伝いをしたことを忘れないで欲しいな」

『……運転に集中させてくれ』

 ミランに彼がもう事業を畳んでしまった事を言おうか、僕は迷った。怒る訳では無いだろうが想像がつかない。

 実際の所、ミランはどういう気分なのだろう。僕たちはかなり厄介者だ。彼の借りている土地を使って作戦行動を行う。農業の特性からして少し荒らされるだけでもかなりの損害が出るだろう。そうなったら金だけで解決できるかは分からない。

 それに金そのものも出るかも分からない。現在の状況からして彼の会社とラウンケルが正式な提携を結ぶかどうかも怪しいからだ。戦争という情報が混濁する最中で、彼が僕たちに貢献したという証拠を得られるのか?


 寒々しい空が広がっていた。雲は千々に分かれて夕暮れの海を泳いでいた。

 作戦会議が終わった後、僕は手持ち無沙汰になっていた。色々と説明して疲れたのもあるし、素直にこれ以上やることがない。ここには娯楽というものが存在しない。正確には存在していたのだが、体感は掌編程度しか無かった。2日の夜を紛らわせられるぐらいなら十分か。

 少しだけ開けた森の中にミランの農場はあった。数ha(ヘクタール)もない場所に背の低い木々がずらりと並んで、それが段々になっている。坂になった通路の脇にはこじんまりとしたトタン小屋が幾つかある。おそらくはそこが加工場なのだろう。僕は高台にあったベンチに腰掛けていた。ジルはトラックの中で自分を組み替えている。

「よ」

「うわっ!」

 背中に生ぬるいものが触った。咄嗟に払いのけて、指先にぶよぶよした感触が伝わった。裂けた暗い赤紫色の果肉はビニールに阻まれていた。

 悪戯っぽく笑い、アゲナはベリーの詰まった袋を僕に寄越した。彼の腕の中にも同じものがあった。躊躇う事なく横に座って新しい果実を袋から取り出した。僕は何かをしようとしたのを抑えて袋を持った。色とりどりの果実が詰まったポリエチレンの袋には、土が少しついてしまった。

「うわっ、うわって何だよ。戦ってるうちとはちげえな」

「……それはそうだ。僕には苦手なものと嫌いなものが多い。今のは苦手なものだ。これは?」

「ミランがくれたんだよ。売り物にならないからってさ。良いやつだな」

「知ってる」

 僕は彼に懲罰しようともしなかった。面倒だったから。ここにきてから考えたことで頭がいっぱいになっていたからでもあった。

 本能の赴くまま、僕は指を袋の中に突っ込んだ。生ぬるく鈍い果皮の感触が伝わる。止めよう。僕は彼が父親になることを信じられないでいる。こうして指と唇をを汚しながらベリーを貪っているものが、人間の親になれるのだろうか。それもたかだか一言、それも他人から又聞いたものだ。

「美味くないのかよ?」

「味はする」

「どういう感想だって。俺もこんなの食ったことねえけどさ、美味いのはわかる。オーガニックの味だぜ」

「有機農業の味だ。実際よく分からない。酸味と甘味って感じ」

 舌の上で転がしてみれば、甘酸っぱい味がした。何個か一緒に口の中に入れたので微妙に味が違う。美味しいとは思う。でも概ねそんな感じだとしか分からない。僕にとって食事は作業になった。味覚が衰退した、いや元からこうだったような気がしている。

 もしかしたら、記憶の中にある楽しい記憶というものは彼らがいたからそうなっただけじゃないのか。あの時には皆居たから。それでも自ら切り捨てたものを求めるのは身勝手すぎる。

「舌おかしくなってんじゃねえの」

「そうかもしれない。分からない」

 しばらく無言が続いた。僕の手の中にあったベリーの袋は全く軽くならなかった。耐えきれずに口を開いたのはアゲナの方だった。

「俺、子供が生まれるんだ。祝えよ」

「知ってる。斬新な報告の仕方だ。おめでとう」

「祝ってねえだろ。いや、気持ちの話だよ」

「知ってる」

 わざわざ思い出させないでくれ、と僕は思った。どうでもいいことの筈だ。世界のどこで悪業が行われようと、それはどうしようもない。アゲナのこともその一部でしかない。それでも、父親の存在が僕を作ったのは確かだ。到底受け入れられないことだった。

「なあ、アンタが俺のこと嫌いなのは分かる。最初に会った時に弾をぶち込まれそうになったんだからな」

「そうすればいくらか静かにはなるだろうと思っていた」

「こええよ。でも、俺を助けたのも確かだ。分かんねえんだ」

「……どちらでもある。僕がお前を嫌うことと助けることは別だ。仕事だから」

 それはそれで、これはこれだ。はっきり言ってしまえば彼を殺しても新しい人間が入って来るだけだろう。AIが判断する戦闘に適した人間が裏路地には沢山いる。アゲナが選ばれるくらいだから。それぐらいの価値と知って、僕は切り捨てようとは考えれなかった。

 これは冷静な判断では無かった。ただ、トリチェリのやる事では無いと思っただけだ。

「……そりゃどうも。やっぱりアンタ、俺を嫌ってんだな。だけどそれを表に出さねえ。ファミリーの上にいる奴みたいだ」

「ファミリーか。やっぱりギャングに居たんだな」

 ストリートで生きていくには大きなものに巻かれざるを得ない。それは地球同盟でもあり、隣人たちでもあり、クラスの中の子供たちでもある。まあ、多くはどこかで結成された犯罪組織に強制的に放り込まれる。貧困地域特有の治安の悪さからしてどうしようもない。

 銃から身を守るためには銃を使わざるを得ないという面でも、それなりの教育を受けていないと必須サブスクライブに押しつぶされるという面でも。いくらでもどん底に落ちるだろうチャンスはある。中流層の僕でもわりかしそうなのだから、彼はさらにそうだろう。

 もっと簡単なのでいくと親がドラッグをやったか、借金を納めなかったとか。そうして多くの子供たちは密輸やら強盗やらをして死に、たまに生き残って辺獄を這い回る。アゲナはそういうありふれて不幸だった人間なのだろう。僕はというと、運が良かっただけだ。

「そうともさ。たまに俺たちと取引に来るんだ。まさかそういうのも嫌いか?冗談キツイぜ。ストリートで星持ちに逆らったら明日の朝にはハリツケだ。アンタも知ってるだろ」

「勿論。セルを人間から吸い上げて、ついでに人間そのものさえも奪う。沢山の人命と人生を台無しにする機械だ。そこにはサイクルさえない。奪っていればいい。お前が望まずして加入したと知っても嫌になるし、そんなお前が親になっていいものかと思う」

「自分で言うのかよ?」

「間違いを認めるのは早い方がいい。僕は間違ってる」

 ふうん、と生返事をしてアゲナは果実を摘んだ。ビニールに似た素材の靴の周りにヘタが飛んだ。自分の靴にしかやっていない辺り、成長と言っていいのか。

「そういうことを……はあ、捨てるなよ」

「何を?」

「ヘタだ。ここはお前の家じゃない」

「何でだよ。マズイだろ」

「そういう問題じゃない。袋に入れておくか、飲み込め」

「……食えないところだろ、これ」

「そういうことでも無いんだよ。捨てたやつは拾え。いいからやれ」

 彼は渋々と、地面に手をついてそれを拾っていった。

「あー、前言ったこと取り消すわ。あれだな。地球同盟軍の奴らの方が似てる。無駄に環境に優しいとことか」

「そうか」

「そうだともさ。一体誰に育てられたのか気になるね」

 お前の方は言葉からして、コンドームの使い方も分からないどころか、ゴキブリが腰をなすりつけあっているのを見てセックスを再発明したような両親だろうな。

 皮肉めいて言われた言葉に怒りを覚えた。瞼が微かに動く程度だ。最近は疲れてきていて、そうやって無邪気になれる時間も少ない。今だってそうだから、そうすべきかもと思った。

「……地球のコールドスリーパーだった。前時代の冷凍品らしく、色んなことを学べた」

「うらやましいな。金持ちだろ」

「いや。全くそうでなかったから、僕も傭兵になった」

 半分は嘘だ。トリチェリは中学校までは行かせてくれたし、それからも本なら頓着せずに与えてくれた。高校と大学に行くだけの金は無かった。事実を話しているだけだが、段々と僕の中に押し入っているような気がしていく。

「じゃあ、アンタがどうしてそんなになったんだ」

「そんなって?」

「変だろ。傭兵のガキが傭兵になるのは普通だ。でもアンタは普通じゃない。ヘタぐらい自然に戻すさ」

 そうかもしれない。隊長も最初のうちは教育していたか……もう思い出せない。

「父親は色んなことを知っていた。今ではどこのサーバーにも残されていないようなことを知っていて、教育もしてくれた。何と言うか……今の世界に居ないような人間だった。僕は憧れていた」

「ふうん。だから俺たちにも強制するってことかよ」

「強制するのは隊長の権限だ」

「めんどくせえな」

 それはそうだ。僕はとっくのとうに憧れにはなれないと知って、事実もその通りだった。ラウンケルに協力してからの任務も同じだ。トリチェリならもっと上手くやれただろう。僕はというと、無駄に被害を撒き散らしながらどうにかゴミ箱の蓋を閉じたぐらいだ。

 僕が上手くやれないこともどうにもならないことの一つで、僕は父親を自己嫌悪の道具として使っているだけだろう。今はそれさえも古く褪せた、単なる慣習のようなものだ。仕事で疲れたんだ。向き合うだけの時間も有り余っていた。

 もはや今の僕に何が残っているかというと、子供の頃に感じたものをなぞる心だけだ。そう、僕はもう父親の事などどうでもよくなったんだ。腑に落ちた。そして飲み込むのが遅すぎた。

「お前も、同じ環境で育ったらきっとこうなってるよ。僕と同じ経験をしたなら、誰だって同じことを考える筈だ。僕たちは同じだった筈なんだ」

「さあな。そんなことねえだろ」

「分からないまま言ってるだろ。親が違えば、違う道を歩んでいただろうってことだ。僕たちを分けたのはただの偶然でしかないんだ。僕はアゲナになったかもしれないし、アゲナは僕だったかもしれない」

「誰がお前なんかと一緒だよ。そんなの嫌だね。大体、アンタはどこでもそんな感じだろ」

 僕だってお前になりたいなんて思いもしたくない。ただ、それが父の望みだろう。僕は僕のままでいいとは思えない。何かが違えば誰かになれた、という希望。

 不愉快になった口内の硬い感触を飲み込んだ。そんなものはない。もしもの話はどこまでももしもでしかなく、無意味だ。それにアゲナの言ったことは合っている。僕は、どうしたって僕以外にはなれない。無駄だったな。やっぱり感情を出せば出すだけ苦痛を味わうことになって、その先で何が得られるという訳でもない。

 自分を落ち着かせると、遠くで何かがけたたましい音を立てた。もう少し加工場に近ければ何も聞かずに済んだのに。


 土を踏み締めた感覚が思い出せなくなるほど軽やかに、デーモンの足は動く。ミランが所有する畑に向かった理由の一つは目標地点と近かったためだった。いや、それだけだ。一応は作戦のための準備もしたが、補給ができる戦況ではない。ミランと協力するとは言ったものの、彼は軍事戦力を保有していない。

 トラピスト1dでの内戦は小康状態に落ち着いた。軌道エレベーターの倒壊によってサンニコフ大陸のウラジスラフの戦力はかなり削がれたが、同時にイワンの勢力の合流も妨げている。まあ、合流に成功しても元々戦力はわずかだろうが。

『インターネットを治すんだろ?なのにこんな山奥でいいのかよ?』

「必要なのは電力とケーブル。説明はした。質問はもう受け付けない。通信封鎖」

 そう言って通信を閉じた。僕は木漏れ日に逆らって上を見た。狙うべき標的たちは山の斜面に群生している。今のは個人的な態度ではないかとは思ったが、作戦ではもう会話をしているような段階ではないと自分を守った。

 事実ここにはファキオが設置した警報装置がある。必要としていなくとも電力と通信は重要なインフラだ。微細な動きや排熱を感知して襲ってくる極小のドローンたち。重力波の他、通信に使う電磁波そのものを感知して問答無用で殺傷してくるので、昔のように簡易通信でしか情報は伝えられない。

 今回の戦場において脅威はそのドローンだけだ。ラビ社のゾハール37ドローンは親機と子機に分類される。親機は六角柱を水平に並べたような形をしていて運動性能を持たない。主な仕事は通信と子機の収容だ。攻撃を担当するのは子機。

 子機はありふれたドローンの形をしている。垂直方向に配置されたローター、展開式の翼。昆虫のようなアーム。ただ一つの差異は異常なまでの小型という点にある。

 草木の中から、頭上の枝葉から。葉擦れのような音が聞こえる。デーモンの聴覚マップをいじってそれを聞こえるようにしていた。地球でのそれはさぞや上品なものだろうが、ここでは違う。現在の風速は5m/s。これは自然のものだ。

 森林地帯では戦闘能力のあるエンジェルを使用できないのは確かで、子機にマクスウェル機関は搭載されていない

。理由は巨大すぎるからだ。一番小さいエンジェル級でも大型犬ぐらいのサイズになり、もっとマシな性能をつけようと思うと岩や樹の隙間を抜けられなくなる。

 90mm程度に縮小されたゾハールの子機はこの問題を完全に突破した。索敵用のレーダーは親機に詰め込み、攻撃性能はBLEVEナノマシンを搭載して補った。どうしてここまで敵方の兵器の情報が集まっているかというと、ドローンの開発にラウンケルが関わっていたからだ。

 偶然、セキスイがこのドローンについて覚えていた。かなりの幸運だった。僕たちでは社内アーカイブに触れることさえ出来なかっただろう。そう言った時の彼女の顔を思い出す。粘ついた笑みだったがまあいいだろう。

 親機にはマクスウェル機関が搭載され、待機状態も含めてかなりの高寿命を誇る。2、3時間程度バッテリー切れを待っても新しい子機が出てくるだけだ。そのせいで僕たちは立ち往生せざるを得ない。もしも木陰から少しだけでも歩を進めれば爆発が起きる。

 1回ならアウターシールドで問題なく防げる。ただ、数千機規模での爆発が起きればいつかは焼け死ぬだろう。それに通信が繋がってエンジェルがやって来れば、いよいよ作戦は失敗だ。思考に頭を充てているとき、小さな電子音が鳴った。

「了解」

 ジルからきた通信は”開始”のみ。レーダーの光点を見てから簡易通信を打った。極限まで簡素化されたそれなら、よほど大量に送らない限りは検知されることもない。トラックの荷台の中には彼女が思考できるだけの衛星の破片が詰め込まれている。それぐらいあればインターネットの渋滞をどうにか出来るだろう。

 それが僕が持ち込んだ兵器の内訳だ。ラウンケルからの支援はもうほぼない。この作戦に使える金が、たかだか傭兵も雇えないほどだったということを思い出してほしい。

 僕は銃を構える。狙うのは親機。トラックはもう走り出している。順番を違えた訳ではなく、エンジェルが来る前に終わらせないとならない。僕は引き金を下ろした。衝撃と音が腕を伝わり脳を揺らす。

 森の中で小さな火が漏れる。ハプティスタ対物ライフルから放たれた弾頭は間違いなく標的を破壊した。次。

 淡々と、取り決められたペースを保ちながら射撃を続ける。破壊された瞬間には信号が周りの親機へと伝えられたはず。その延長線上にはケルプ級がいる。ジルの構成した射撃プログラムがどこまで信用出来るか。通信が出来ない環境下のためのケーブルはヴォーソーに搭載されていない。

 1km地点から移動、射線を通しながらよりドローンが密集する地帯へと近づく。さざめきの音が銃撃音よりもよく聞こえてくる。0.2m/s。風が途絶えた。

 ハンドルを引ききって跳躍を開始。ハプティスタを地面に投げ捨て、肩部に収納したテロームを抜いた。さざめきは響きを変えて蜂の羽音に似てきた。何も聞こえなくなる。斜め後方へと跳びながら引き金を一気に下す。真っ赤に弾け飛んだプラスチックの筐体。

 さっきまで僕がいた空間は爆炎に包まれていた。BLEVE(沸騰液体蒸気拡散爆発)を雀の涙もない積載量で効率良く発生させるために、子機の機体構造はスカスカだ。それにちょっとでも弾頭が擦れば破損、ナノマシンが高めた圧力が急激に減って爆発が生じる。

 おおよそ森林地帯で使うような兵器ではないと思うが、それは今どうだっていい。予想していたよりも検知が早い。通信を開く。

「攻撃された。トラック、状況はどうなってる」

『まだ大丈夫です!さっきの音はダメなやつですか!?』

「ダメなやつだ。アゲナとジョージ、報告しろ」

『こっちには来ていない』

『同じだ。通信していいのかよ』

「もうドローンが僕たちを見つけた。2人はトラックに取り付いて守れ」

 想定ではハプティスタでの狙撃によってドローンを破壊、電力を受け取ったジルによってエンジェルを無力化した後に目的を達するはずだった。3人でどうにか達成可能な目的を1人で出来るとは思えない。だがこうなった以上、僕1人でも行う他はない。

 テロームを肩部に戻す。地面に落ちたハプティスタを手に取りハンドルを引く。空だった薬室が埋まる。爆発による煤が覆っているが、銃身の歪みはない。焼き焦げた木の根の間に馬鹿でかい実包が転がっていた。

 視界は共有された標的の情報でいっぱいになる。イコライザーを爆発に寄せると、遠くでそれが聞こえた。僕はひたすらに指を動かす。もう思考をしているような暇はなかった。風上から僕たちへ、電力を節約しながらドローンが降りかかっている。

 僕が全ての目標を撃ち抜けなければ、飽和した攻撃で全てが焼き付いた何かになる。ただ、僕は焦りよりも大きな何かを感じていた。小さな脳みその中を満たしたのは論理だった。

 引き金を下ろすたび、マズルフラッシュが視界を覆うたび、銃弾がポリカーボネートを突き抜けて尚も彼方に向かうたび、全てが透明になっていく。爆発も銃弾も筋肉も足場も跳躍も単純だった。僕が無理矢理に向き合ってきた世界の何処にもない純粋さだった。

 ナノマシンが入った筒を投げてドローンを足止めする。肩に軽い反動が伝う。射角があれだな。ラインを合わせて銃弾を放ち、目標を破壊。残りは29基。時間と銃口が足らない。やはりファフロッキーズを使うべきか。

 最終手段として用意しておいた手立てだった。斜面下方に待機している装甲車からファフロッキーズを発射し、親機ごと人工筋肉で押し潰す。ただ、親機の中に待機している子機ごと押し潰すことになる。銃弾で親機を停止させればナノマシンも同様に停止するが、その前に衝撃を加えるとどうなるか。爆発が連鎖的に拡大してこの山を燃やすだろう。乾燥こそしていないが、被害は悲観的に考えるべきだ。

「コワレフスカヤ。ファフロッキーズを使え」

『あー、その前に試した方がいいかもだ』

「さっさとやれ」

『その必要はない』

 電子の赤色が一つ消える。ジョージもアゲナも攻撃に転じられるような状況ではない。セキスイとコワレフスカヤが銃を握って戦えるとは思えない。流れ弾が当たったものが今になって機能停止したと判断した。そしてそれはまた起きた。誰が撃っているのか、直感的に理解した。

『おー、すごい離れてないか?2kmぐらいあるぞ』

『このライフルなら問題ない。かなり精度が高いな。問題はちょっとトリガーが重くて、視界が塞がれるぐらいマズルブレーキが洗練されてないぐらいだな。30×173ならリンネのカスタムモデルがあったはず』

「何で作戦に」

『そりゃ、当然農場を守るためさ。お前もお前で全然協力させないしな』

『おっさん!何で居んだよ!?』

『どのおっさんだ?リュラ、半分は私が貰う。ひたすら撃ちまくれ。もう少しだぞ、皆』

 どよめいた通信の向こうには、困惑と共に確かに喜びのニュアンスがあった。増援が来るだけではそうはならないだろう。やっぱり無理だったな。

 状況は変わった。ミランの射撃の腕は知っている。ただ、デーモン無しでここまでやれるとは思っていなかった。ゾハールの親機が減っていく。ひたすら指と肉体を動かしながら、それを理解していく。ドローンが中空で機能停止して落ちる。燃料が土を濡らした。すぐに燃え移るが、爆発はしていない。

 雲か霧か、押し寄せる機械の羽虫を撃ち落とす。何処から来るという予測を立てる必要はなかった。とにかく、目の前にいる。僕は跳躍し、人工筋肉とFCSの補助に任せて引き金を下ろした。先の事はもうどうしたって考えられなかった。もしも破壊速度が敵の攻撃と拮抗しなかったら。もしもミランのところへドローンが行ったら。どうなってもいい訳ではないのに、嫌になった。

『さ、作戦地点に到着しました!直ぐ接続します!』

『頑張れよ。こっちはどうにかする』

『もっと撃ち落とせねえか、アゲナ』

『やってんだろ?!』

 通信を切りたかったが、それもどうしようもない。感情が噴出するのは楽になったせいだ。僕への攻撃は緩くなった。おそらくトラックに攻撃が行っているせいだろう。そしてそれも、僕たちの狙撃によって対抗できる程度まで数を減らしている。

 消えて映る、広がる破片と粉末。虹色の水面の上に浮かんだ色彩。引き金の軽すぎる感触。そういうものだけでいい。いや、良くはない。

 頭がどうにかなって、マガジンが無くなったことに気付いたのはリロードの時だった。テロームに急いで切り替えて撃とうとした時に、ドローンが来ていないことにも気付いた。

「接続終了しました。ゾハールとエンジェルは停止させています。ご苦労様でした」

『はあ。何とか、うまくいったかよ。こういうのに慣れたくねえよ』

『お疲れ様……誰かこっちに来てくれないか』

「どうした」

『肩が外れた』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ