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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
63/76

24,

 爆発は銀幕のように僕たちを引き寄せた。彼と僕の違いはいくらでも挙げられるけど、女性には凄まじく嫌われるのは最たるものと言ってもいい。ウォッカマティーニは何を飲んでいるのか分からなくなるから嫌いだ。ミランはモテるから良く頼んでいた。

 彼はあの暴動から退いてきたというのに、傷を負っているような様子もない。スーツについた汚れはトラックに張り付いた時のものだろう。生身の乱戦では真剣に戦わない者もいる。僕は彼が勇敢に他人を殴りつけていたことを望んだ。

『誰だよ?!』

『あー、どういうことなんだ?最近はそういうことばかり起きるな』

「私にとっては久しい再会というだけだ……ハア、ふう、皆さんに説明してくれると嬉しいな」

『そうだね。彼はミラン・ディヴィシュ。かつて火星戦争で共に戦った傭兵だ。今は……そういえばこの星に居たんだっけな』

「そう。そして今は偶然拾われた避難民というわけだ。後のことは後で話すよ、出してくれ」

 僕は全く彼の近況に対して興味がなかった。たまに来るメールから生きていることは知っていたから、それでいいと思った。寧ろ、いつか見ていないうちに途絶えてくれれば良かった。そうすれば悲しまないことに悲しむこともないだろう。

 また、自己を見つめる事を止めた。今は現実に終始するべきだ。弾け飛んでいったコンクリートの壁と、溶けたビニール。爆風は日常の物理学を見つめ直すような速度で物体を動かす。ハンドルを動かすよりもそっちの方が速いので、僕は祈るしか無かった。

 ぎゅうぎゅうに詰められたトラックのシート。熱が篭っているような気がした。アクセルを踏み抜いているのに遅い。それでもトラックの荷台を切り離すわけにはいかなかった。

「ジル、エンジェルはどうなってる」

「コロニー内の家屋及び生産プラットフォームを破壊しています。人的被害は僅少ですが……恐らくは、報復攻撃に対する報復が始まるはずです」

「この感じ……ジルか?」

「ええ。マスターが私以外のAIを選ぶとは思わないでください」

 ジルの言う通り、砲撃は段々と僕たちから離れていく。報復というのは反ファキオ勢力が保有しているエンジェルがやった事だろう。彼らはこの状況を予測していた。そしてファキオもそうだった。攻撃の目標は生産のための建造物からエンジェル、及び人間に向かっていった。

 瓦礫の残る道をトラックで走り抜ける。いくらFCSが正確だとしても、誤差はどうあっても起こる。風なんて不確定要素の塊がある星の中では殊更そうだろう。スピードは落とすわけにはいかない。

「ファキオ工学社は同社プラットフォームを保持しない、また土地を使用していない企業及び事業主の殲滅に動いてます。ですが、奇妙です。破壊されたビニールハウスはファキオの所有物も含まれています」

『つ、つまりファキオと敵対する勢力はその会社の中にも居るって事ですか……?』

「そういうのは後でいい。とにかくエレベーターまで逃げるぞ」

 軌道エレベーターの破壊はAIにとって禁忌だ。もちろん人間だからといって許される訳も無いが。破壊すれば物流が途絶えて多数の輸出品が留まってしまう。どう考えても人間と経済に対して悪影響しか及ぼさない。だからAIは攻撃しない。そう判断していいはず。

 ファキオの総務部はコロニー建設時の古い配置に基づいていた。軌道エレベーターは後から作られた建築物だ。中心部までは遠い。まさかすぐに引き返すことになるとも思っていなかったので時間の概算すら出せない。

 タイヤの挙動が煩わしい。運転はそれなりにやってきたつもりだ。コロニーで戦闘に巻き込まれることも少なくはなかった。水を吸った土は摩擦が少なく、妙な感触を生んでいる。焦燥の中で轟いたのが何の音だったか、僕はすぐに理解できた。

 視界は常に揺れていた。それでもディーゼルエンジンよりもよっぽどスクラムジェットエンジンの方がやかましい。

「エンジェル、ガルガリン……」

 光が無くなった。いや、影の中で真っ黒い何かが蠢いた。人工筋肉だ。ガルガリン級エンジェルが着地したのだ。8本の脚が地面に触れて軽い地響きを起こす。頭部のように見えるセンサードームが僕たちを見た。武装はこの角度だと見えない。

 前方を進んでいた装甲車はドリフトして直前で止まる。あの図体でよくやろうと思えるし、よく出来るものだ。僕はというと、アクセルから足を離そうとは思わなかった。いつか強烈な蹴りを食らったことを思い出すと、結局の所は止まっても無駄だろう。

「隊長?」

「お前」

「死ぬ気じゃない。ジル」

「はい」

 僕が彼女に言ってからすぐ、エンジェルに異変が訪れた。人工筋肉がカーボンの下で痙攣した。もうすぐ死ぬ人間のようにめちゃくちゃに電気信号が奔り、歪に作られた人形を更に歪めていく。眼球のような、膝のような何かが浮かび上がった時にはエンジェルは直立できなくなっていた。

 大気圏下で使用する大型のフライトユニットが吐息のように空気を吐き出している。いつかどこかで見た時に、アスファルトを溶かしていたことを思い出す。

 病気になった牛馬のようだ、と僕は思った。その実像はサイドミラーに消えていった。あれがどれだけ保つかは分からないが、取り敢えずは攻撃されないだろう。それで問題はない。

「し、死んでない」

『あ、まさか……ジルが人工筋肉を暴走させた、のか……?』

「ええ。それ以上は言わなくて結構ですが、簡潔に説明しますとプシュケーのやっていた方法です。短時間であれば暴走させて制御不能にさせます」

『エンジェルのネットワークにどうやって入ったんだ?』

「……ちょっと頑張れば無理ではありません。非常に強固でしたが、私ほどではありません」

『最高……もう無理……私はしばらく気を失うから……』

「さっさと走ってくれ、セキスイ。隣の奴は気にしなくていいぞ」

 ミラーの中で装甲車は再び動き始めた。ジルは非常に便利な機能を覚えてくれた。ともすればアルブムで起きたような非常に面倒な戦闘を強いられることになるだろうが、その辺りは時間制限を設けることにしている。それでも不確定要素に満ち溢れているのであまり使いたくはない。

 破壊の音が四方から聞こえてくる。砲撃は建造物をひたすらに無力化して、この星の資産を減らしていく。何もかもが無意味な戦争だ。有意義なものがあるとも思えないが、これはただの経済的な混乱が引き起こすには巨大すぎる。ただの報復ならピンポイント爆撃、大規模にやるなら水源やインフラを破壊すればいい。

 いや、それよりももっと大規模なら。一番のインフラはどこにあるのか。

 僕は一瞬のうちに浮かんだ疑念を払うため、空を見上げた。他の星のコロニーとは違っていて、上空に覆いかぶさるガラスはない。わざわざ管理するほどでもないくらいに地球と似た環境だったからだ。真昼の光は眩しく輝いて、軌道エレベーターを細い線にさせるほどだった。

 低い唸りに混じって甲高い音が聞こえる。いや、重力によって空気が(つんざ)かれた余波。

 極光が空に混じる。宇宙へと続く橋が、折れた。

『は?おい、まさか』

「リュラ」

「ああ。セキスイ!車を停めろ!デーモンを着れるやつは着ろ!」

 こっちのトラックにいる人間はデーモンを着れない。間違いなくこれから吹くのは火薬のそれには及ばない。

「屈んで、耳を塞いで口を開けていろ」

 指示をジョージに飛ばした。それぐらいしか出来ることは無かった。

 エンジンを止めてサイドブレーキを引く。恐らくはベルトはそのままの方が良いだろう。思ったよりも猶予があったけど、逆に不安を煽るだけだった。荷台が吹き飛ばされればどういう事になるかは考えたくない。それよりも僕が死ぬことの方が問題だろうか。いや、ジルは結局の所行きたい所に行くようになるだけだろう。

 それか。爆発のような音が聞こえた。

 ステアリングの下に潜っていたはずが、僕はサンバイザーを下敷きにしていた。何が起きた。鼓動を逸らせながら状況を確認した。正面には割れたガラス、コンクリートやビニールだったものたち。ただ、それは上に向かって落ちていっている。

 どこかしらの怪我を疑うよりも、シートがひっくり返ったことの方に驚いた。経年劣化でボルトが緩んでいたのか?耳の奥が痛んだ。アドレナリンの放出が終わったらしい。

「生きてるか、隊長」

「どうにか。もっといいトラックを買っておくべきだった」

「どんな車だってこんなのは想定していないだろ。シートは外せるか」

 2人はもう既に外にいた。僕は気を失っていたらしい。首の骨を折るような事態にならなかったから、その点ではとても幸運だった。逆さまになったせいでぐちゃぐちゃになったベルトをどうにか取り除いて、僕は外に這い出た。

 まだ土煙が舞っていた。数m先も見えないくらいに濃い。恐らくは上空まで達したそれは、容易に晴れるようなものではないだろう。

 泥だらけになった僕たちに光が差した。相手からは惨めな姿が鮮明に写っている事だろう。僕は何もしなかった。ホルスターの中にあるものを抜こうとも思わないほど近距離だったし、もしそうしても先に撃たれるだろうことは想像に難くない。

『おーい。誰か生きてるのか?……死んでたら返事できねえか』

「アゲナか?」

『お。意外と大丈夫じゃねえか』


 軌道エレベーターは崩壊した。19kmの直径を持つ約10万kmの炭素フィブリル構造の紐は()()()()僕たちの方向には倒れずにトラピスト1dを破壊した。カウンターウェイトが未だ少しずつそれを引っ張っているが、いずれはどちらかに本格的に倒れる日が来るだろう。それをどうやって処理するかを僕は知らない。それどころか、人類も知りはしない。

 軌道エレベーターは植民星とノア級を繋いでいる唯一の経路だ。輸出物を運ぶ時は全てそこを通さなければいけない。理論上はアルクビエレ・ドライブを地上に建設することも出来るだろうが、単純にそんな面積を取るようなものを建てる意味がない。

 合理的な考えだと思う。実際に使用してみてもあんなに巨大なものを地上に建設できる訳が無い。予備のマクスウェル機関はノア級の動力に回す。それでいい。問題は防衛に全く向いていない点だけ。ただ、第一破壊しても誰にも得がない。経済に対するダメージが大きすぎるので大抵はどういう人間でも、AIであっても選択はしない。

 大気圏を貫ける程度の長さを持った紐が星に横たわっている、とはどうにも想像が膨らまずにいた。目の前に広がった生々しい破壊の跡だけだ。つまりは見飽きたものだった。

 大気中に舞い上がった塵が薄曇りの空を作っていた。隠された恒星から覗く光は何もかもが薙ぎ倒された風景を照らし出す。ばらばらに砕け散ったコンクリートの破片、引火して燃え上がる燃料、破断した鋭いケーブル、仰向けに転がったエンジェルだったもの。

 目を閉じれば、どこからか手足を失ったうめき声が聞こえてくる。エンジェルの攻撃と軌道エレベーターの崩壊に巻き込まれたのは建築物だけではない。飛び散った何かしらたちは人々を打ち付けていき、大量の負傷者を出した。

 時間は流されるだけ流されて日が暮れた。ファキオの社員とそれに反発する者たちの区別なく、打ちのめされた人々は寄り集まって小さな火を囲んだ。ドラム缶に何かしらの燃料を入れたらしい。備え付けの救急器具では数が足りていないので、負傷者に巻かれているのは服の切れ端とかだ。抗生物質を取れていないなら、いずれ腐るだろう。もはや誰も武器を持とうとはしていなかった。

 僕たちもそこにいた。ひどい光景だった。ただ、それに対して共感を示さなくていいのは幸運だった。

「これからどうするよ」

 アゲナはいつもの様に僕に尋ねた。じゃらじゃらつけたピアスを見て不安そうな顔をしたのはミラン。僕も同じような顔をしたい。結局いつも同じような答えを返さなければならないのだから。

「どうしようもないな。エレベーターが一つ壊されただけ、とは言えないのが現実だ」

「他にもあんだろ?そこへ向かえば良いってことだろ。撤退すんだよ」

「そう上手くはいかないな。多分だが、今頃あっちはパニックになってる筈だ」

「ミランの言う通りですね。現在第二、第三軌道エレベーター基部周辺数10kmに渡って渋滞が発生しています」

「このクソだまりでどうやって分かるんだよそんなの……」

 衛星を間借りして渋滞情報を調べるのは良くやっていたことだった。能動的に頼んだ訳でもないけど、勝手に言ってくるのでどうしようもない。一応何処かに仮想通貨は支払っているらしい。勝手に金が増える分には誰も調べようともしない。

 僕としても、この状況から抜け出せるとは思わない。残りの軌道エレベーターは2基。この未曾有の災害に対して企業も個人も逃げようとしかしない、と思う。

 僕たちはひどく幸運に軽い負傷しかしなかった。馬鹿みたいに重いトラックと装甲車が倒壊の衝撃を受け止めてくれたためだ。あと半分は人員は偶然にもデーモンに搭乗できたために無傷だった。車両は無傷とはいかなかったが、とりあえず一般的な走行は可能だ。

 現在やるべきことは激変した状況に対応した目標を設定することだ。つまりは僕の仕事だった。答えは皆と同じようにもう弾き出してはいるが、それを飲み込んでくれるかは別だろう。

「え、その、つまり、ここから出られないって事ですか」

「そうだ」

「まあ、そうなるだろうとは思っていたがよ」

「受け入れてくれ。これからもっと大変な事になる」

 僕の発言を補うかのようにミランが言った。面倒なことなのに、やらないわけにもいかないのが嫌だった。

「こいつは一体何で仕切ってんだよ?っていうか何でまだ居るんだ?」

「おっと、では改めて。私はミラン・ディヴィシュ。ここでちょっとした企業を営んでいる者だ。色々あって協力させてもらう事になった」

「はあ、またあいつと同じタイプかよ」

「あいつとは何だ!」

 遠くからコワレフスカヤの声が聞こえた。ワンオペでパンクとエンジンのがたつきの修理中だ。

 僕は彼に協力を申し出た覚えはないが、それもいいように思えた。結局の所現地の誰かから情報を貰わなければいけない。そういう人間が金を欲しがらないとは思わない。評判上撃ち殺すわけにもいかないので、知り合いならまだマシに思える。後で煩雑な書類の束と向き合う必要があるけど。

「アンタは大丈夫なのか?うちに協力するってことは、少なくとも派閥から抜けるわけだ。ただじゃ済まねえだろ」

 ジョージらしい悲観的な心配だ。フ、とミランは微笑んで返した。

「ご心配なく。私はセルを貰える側につくだけさ。企業にとってはいくらでも必要でね。私についてはこの辺りで十分だろう。リュラ」

「ああ。大変な事になったが、協力者も得た。このまま調査を続行する」

「その、方法は変えないんですか?もう、状況的に遅めのやり方だと……」

「それはそうだ。武力衝突が起きた以上、もうのんびり状況について調査している暇は無い。ただ、無知なまま突っ込んでいく訳じゃない。ここについて彼から説明してもらう」

 僕は日が暮れるまでの間に彼から話を聞いていた。面倒臭い事になっているとは思っていたが、想像を超えていた。

 ミランはいつも通りに、自信ありげに喋り始める。何処となく気に障る程度がより魅力的に映るらしい。金糸のような髪と整った目鼻立ち、やや()けた頬を持ってしまったのは社会に削り取られたせいだろうか。皆がその中身を知ることはないだろう。

「現状については概ね分かっただろう?ここで2つの勢力が争っている。1つはイワン・オーブルチェフの勢力、もう1つはウラジスラフ・オーブルチェフの勢力だ。つまりは兄弟喧嘩ってことさ」

「あ?どっちがどっちだよ。ファキオと、それと戦ってる奴らだろ」

「かなり大雑把に言えばそうだな。しかし少し前の揉めあいを君たちも見ただろう。両者にファキオの社員がいた。それが本当なら、本社側にしか社員はつかないはずさ」

 セキスイは静かに頷いた。黒い髪に遠くの夕暮れが映った。僕にはその両者の見分けはつかなかったのだが、彼女には分かったのだろう。

「ファキオはウラジーミル・オーブルチェフという男が創業した。彼は宇宙への植民黎明期の波に乗って大きく企業を成長させた。今じゃこの大陸一つファキオの所有物だ。そいつが半年前に死んだ。ゾンビカクテルに血反吐を撒き散らしてな」

「え、ええ。はい。それはそうですけど、就任したCEOは兄弟ではなかったです。イーゴリ・イヴァーノヴィチ・シコールスキイという方で、外部出身の……」

「何の何?名前か?そんな長いのが?」

「そのCEOは兄弟を止める、いやそんな動きをしている時点で……」

「そいつは殺されたよ。外には出ていないみたいだな。だから兄弟は空白になった権力の座を巡って争っている。で、今の2つの勢力は兄弟それぞれのものだってことさ。イワンが先進派で人工筋肉の増産を掲げている。ウラジスラフが漸進派で方針の変化はない」

「ようやく分かってきた。結局はファキオのお家騒動ってわけか」

 ジョージは端的にトラピストの状況を述べた。陳腐にも思えるようなことだが、それに巻き込まれる身としては笑えもしない。

「そうだな。で、勢力としちゃ内部でも巨大かつ外資も山ほどあるイワンが優勢だ。他の土地を所有する中小規模の農家からは当然よく思われない。ウラジスラフはそれにあやかって抵抗しているが、まあ……結局は金だ」

「ったく、家族なら仲良くしろよな」

「全くだ」

「そうだよな?父が父なら、息子たちも息子たちだぜ」

 僕はなぜか今になって昔のことを思い出した。火星で起こったことと、それよりももっと昔のことだった。僕が下らない理由を今でも抱え込んでいることを思い起こせば、怒りが湧いてくるような気がしなくもない。それよりかはアゲナの軽薄さを我慢することの方がよっぽどだ。

「説明は終わりだ。これからがようやく現在地点のことになる。皆、見たな」

「重力爆弾だろ。あのエレベーターを折ったのは」

 一瞬にして空気は重々しくなる。そう、どう考えてもkm単位のカーボンを通常の爆薬でどうにか出来る訳が無い。一般的な材料かつ常軌を逸した破壊力を持つのは重力爆弾しかない。状況的にはそうだし、実際に僕たちは見た。あのエレベーターから光が漏れ出る様を。

 もうそれが何を招くのかを想像しなくていい。そのもしもは現実になっている。

 問題はそれをどうして使用できているか、そしてなぜ使用したか。

「つ、つまり……どちらかが開発に成功したってこと、ですか……」

「どう考えてもファキオだろ。金持ってるんだから」

「いや。ジル、倒れた方向は」

「第一軌道エレベーターの残骸は大陸を横断してファキオ本社と同社艦隊を破壊し、現在はオンキロン海峡に跨っています。この地点は他の大陸とを繋ぐ要衝ですね」

「それが……」

「偶然だろ」

「そうだとしても、僕はこう思う。もしもファキオが重力爆弾の開発に成功したなら軌道エレベーターを破壊する必要はない。それどころか使う理由すらもない。通常兵器の使用だけで相手は問題なく制圧できる」

 制圧、というのはやや優しげな言葉だ。より正解に近いのは虐殺だった。おおよその戦場では物量を投下すれば問題なく全ては終わると僕は知っている。だがファキオは、イワン派はそうしなかった。やや強硬な姿勢を取っただけだった。持っている者ゆえの驕りなのか、支配する場所を失いたくないゆえの慈悲なのかは分からないが。

 状況的に有利になったのはウラジスラフ派だ。植民星外からの増援はパニックによって抑制され、星内の主要な敵拠点が破壊された。

 物量は今必死になってジルが調べているが、どうなるかは分からない。避難民によるインターネットの渋滞が遅延を招いているのだ。しかし明確だった多寡の差が不明に近づいたのは、紛れもない真実だった。それに最初に開発したのはただの下請け企業だ。もはやどこが成功したとしても驚きはしない。状況を鑑みて僕はこの答えを出した。

「ウラジスラフの一派が重力爆弾を手にした。おそらくは、それが真実だ」


 ミランが僕を殴ったのは初めてではない。何らかの訓練、それもトリチェリが自主的に行ったものだったか。

 顎に鈍い痛みと痺れが広がり、脳みそに振動が伝わる。シャットダウンしかけた身体をどうにか制御しようとする。視界が横に傾いて、地面の近くまで落ちた。手加減はしてくれているのだろう、と思う。もしも本気だったら倒れた者にはストンピングを行う。

「それで?我らが隊長とやらは連絡一つせずに手足を何回も失いながら戦ってたと?」

「おおよそは、そうです。四肢はそこまで失っていませんが」

「同じだ、同じ。要は下らない身銭のために切り売りしてたんだ」

 彼がここまで感情を(あら)わにするのはあまり覚えがない。楽しかった思い出はわりかしある。

 ぐらぐらした視界の中で僕は何かを思い出そうとした。教師の最悪の教育方法みたいだ。僕には全く心当たりはないが、向こうにはあるのだ。まあ、現実はいつもそうだ。請わなければ一生も分からないことを他人は当たり前にやっている。

「教えてくれ。何でまだ傭兵なんてやっているんだ?金は貰えたはずなのに……」

「君はそうかもしれない。僕の所は違った」

 補償金を与えるのは地球同盟だが、結局それを承認するのは現場の人間だ。トラピスト1dの将官は与え、グリーゼ581dの将官は与えなかった。きっとそれだけのことだ。

「なら弁護士ぐらい雇え!費用ぐらい回収できるんだ。私がやってもよかった!」

「そうだとしても、必要ない」

「は?」

 いい加減地面の冷たさには飽きてきたが、ミランが馬乗りになってきたのでまだ倒れざるを得なかった。星に照らされた彼の顔は悲嘆に歪んでいた。鼻を啜る音が二回した。拳が僕に何回か降り注いだが、痛みはさほどではなかった。

「金が必要だったんだろ」

「いや。別の理由だ」

「マスター」

 ジルは積んだタイヤの上に置いた。隣には安っぽいミランの腕時計がある。流石に喧嘩に巻き込めはしない。ミランも僕の無駄な行動にも。

 無駄。僕は海馬からその言葉を抽出して、納得した。これは何も生む事はないだろう。全ては無駄な頭の中で出来た何かでしかない。だから彼を巻き込むことはしない。第一僕と父の問題だし。

「連絡をしろ!何で5年もあって何もしなかったんだよ!」

「……本当にそうですね。全く擁護不可能です」

「それはそうだな」

 ブリッジのように足の力を使って彼を跳ね除けて、僕は再び立つ。かと言って反撃するような事もない。僕はミランを殴りたくはなかった。

 とにかく、ちょっとした誤解だと思いながら僕は口を開いた。皆は建てたテントの中にいるので声量に頓着しなくていい。

「金のためじゃない。そして理由は言わない。なぜなら、これは僕の問題だからだ」

「だから何の理由だよ!言えって!それぐらいが何だっていうんだ。私が友達のために何かしてやれないとでも」

「……そうは思わない。ああ、やっと思い出した。トラヒコの時のことか」

 星灯りは頼りなかったが、ミランの表情を知るには十分だった。それとも僕が彼のことを知っていたからそういう顔をすると脳が補正したのか。どちらでもいい。引き攣らせた悲しみとも驚きともとれない微細な顔だった。それを見て僕も悲しくなった。

「ミラン。君は友達を失うことを恐れていたのか。それも自分の知らない所で」

「そうだよ!それ以外が……なあ、リュラ。それのどこがいけないんだ?私はお前の力になりたいんだよ」

「いや。いけないとは思わないが。でも、分かっただろ。僕はそうやって忘れるんだ。だから、その優しさは誰かにあげてくれ」

 僕にはそういうものは値しない。今になってトラヒコが死んだ時のことを思い出した。正確には彼が棺桶に入って戻ってきた時のことだ。悲しかったが、それだけだった。僕は死体を見て埋葬の方式をどうするか、彼の部屋のものをどうするかを考えていた。ミランはそうではなかったらしい。

 全く変わっていない。彼はいいスーツを着て上手くやっていたのに、それでも仲間のことを忘れていないのか。

 惨めな感情を覚えた。だから完全じゃないのだ。風に乗って土の匂いが舞い上がって来る。気分が悪くなる。

「……相変わらずだ……はあ。怒るのも疲れるな」

 そう言って、ミランは地面にどかりと座った。尻が冷たくなるのに。土はまだ水を含んでいる。

「オフィスワークに没頭してたんだろ。そりゃなまるさ」

「うるさい。だけど、決めたぞ。リュラ。私はお前たちに協力する。企業としてではなくな」

「良いのか?雇用を守らなけばいけないだろ」

「いい。休ませてもちょっとの損害だ。そんなことよりも大事なものは、あるんだ」

 そうか?よく分からない。どうやってもミランの中の天秤を知ることはできない。だけど、まるで僕を知っているような口振りだった。目元のきらきら光るものを拭って、彼はテントを一瞬見た。暗闇になって表情は分からなくなった。

 僕は手を差し伸べた。ミランは逡巡ののちに掴んだ。腕を引き上げて僕たちは相対した。久しぶりに出会って、喧嘩をして、こうして目を見て話せた。とりあえず満足だ。ミランはまだのようだけど。

「ついでに言うがな、これは私が勝手にやることだ。お前がどう言おうと関係ないからな」

「……そうか」

「そうだとも。ああ、骨が折れてないと良いんだが」

「僕は(ひたい)で受けてない」


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