23,
ドアを開けると立ち込めるのは湿気と土の匂い。生々しくて、久しいものだった。都市型コロニーの匂いといえば、アセトンや埃のそれしかない。生物は僕たちとちょっとした小動物しか居ないように管理されているからだろう。日に当たって乾いていく土は複雑な臭気を生み出すものだと知ったのは5年前のことだ。
トラピスト1dは最大の無差別殺戮が行われた星だ、という一行知識を思い出した。これは簡単なことで、農作物の生産には土に微生物がひしめいていなければいけない。加えて、地球と同じ作物を育てなければいけないとなれば、微生物も同じようにしなければいけない。
この星には最初から大地が存在していた。大気もあった。植物らしきものが酸素を生み出していた。奇跡という言葉が陳腐になる程の確率の僅少さだった。それを、人類は地球らしく塗り替えてしまった。恭しく貧民で試しているような暇が無かったからだ。
何億という未知の生命体たちは侵略的な微生物によって置き換えられた。仕方が無かったと言うにはあまりに重大だと、成長した今は分かる。どれだけの理由があったとしても殺戮は殺戮なのだ。
火星ではそもそも存在できなかったか、居たとしても地下水に潜むようなごく少数だっただろう。だからこそこの知識はクイズ番組での頻出問題になって、ただのちょっとした冗談になってしまった。
目の前の建物は地味なコンクリートで建てられていた。焼き上げる突貫方式ではなく、生のコンクリートを使うとそれなりに時間が掛かるが強度が作れる。それにしては地味な様式だ。モダン建築のようなデザインの突飛さもなく、宇宙式のような技術への傾倒もない。
中央セクターから東南へ、ファキオの総務部に着いたのは12時を回った辺りのことだった。このコロニーをほぼ牛耳ってる企業にしてはやけに地味だ。おそらくは建設当初のものだろう。
「だから、ここの権利はうちが持ってるでしょ。それなのになんでファキオは筋肉をさ」
「それは弊社の処置ではないですね。顧客情報は申せませんが、購入者様どうしの合法的な取引です」
「はあ?……全部俺だろ?」
「おそらく違いますね。次の方」
「何か揉めていますね」
「うわ、めっちゃ見た景色だ。不満言ってるだけだから見ないように」
建物内で列を成していたのは受付ではなく、ただの来客用のソファーだった。そこに座った事務員らしき人間に向かって次々と人が歩いていく。僕は少し怪訝に思いながら正面にある小さなカウンターに向かった。
「失礼、ラウンケル社のリュラ・トリチェリです。アポイントメントが」
「確認します……はい、完了しました。お時間まではまだありますが、差し支えなければ開始できますが」
愛想の一つすらなく、簡素に受付の社員は答えた。そして提案もひどく慣れているように感じた、だからと言って何があるわけではないが。
「ああ……行けるか?セキスイ」
「え、ええ、はい」
「大丈夫かよ?」
「とにかく、そうさせてもらいます」
会議室に通されてからすぐ、眼鏡をかけた男性が入ってきた。タブレットと何枚か紙を持っていた。服装は一般的なドレスシャツとスラックスだが、顔に見覚えがあった。さっきエントランスにいたからだ。
彼は躊躇なく椅子に座り込んで、手に持ったものを落としてそのまま口を開いた。無駄に明るいLEDの照明は付けていないと暗すぎる。
「失礼、立て込んでいるものでね。ラウンケルの方々?どうも」
「ええ。第3兵器試験部隊、隊長のリュラ・トリチェリです」
「あなた方も大変ですね、兵隊が交渉ごとまでやらないといけないとは」
「そうですね。こっちが隊員の牧野赤水です。交渉に加わります」
「あ、ヒィ……はい。そうです」
大して悪意もなく他人を傷つける人間は居るものだ。特に、企業ではそうだ。そうしないと金を稼げないのだろう。
セキスイは怯えたが、直ぐに声色を戻した。ああいう手合いには慣れているはずだ。ついでに全部やってくれると嬉しい。まだ名前を知らないので何と呼べば分からないが、ファキオの社員は目も合わせなかった。黒いリムの下で灰色の目が動いた。
「前提として弊社からの提案を承諾した、という認識でいいのですよね?」
ラウンケル本社はファキオに対して技術提携を持ちかけた。僕たちの目的を達成するためでもあり、単純に利益が見込めたためでもある。今回の調査は重大な部分まで踏み込まないといけない。
前回で企業間のネットワークが判明、そして最終地点に存在するこのファキオに標的を定めた。ファキオ、もしくは別の最終地点にいる企業はなぜこのようなことをしているのか。遺伝子を集めた理由とそれを担保するだけの資金と繋がりを得ることが出来れば、間違いなく企業にとってハッピーなことになるだろう。僕の目的にも。
だから、ラウンケルは比較的平等な条件を持ちかけた。ともすれば彼ら側にとっては有利かもしれないほどだ。これを拒否されるとかなり面倒なことになる。提携できればジルをネットワークに放流してデータは盗める。そうでなければデーモンを着てだだっ広いコロニーを彷徨うことになるだろう。いや、それどころでもなく死が待っているはず。
「確認ですね。承諾はしません」
「え?そ、その。じゃあなんでここに」
「手短に、順を追って説明しましょう。我々としてはナノマシンと自立兵器の提供は受け入れたい。あなたたち傭兵の派遣もそうだ。だけど、だからと言って技術提供は致しかねる。俺がここにいる理由は落とし所の形成です。どうぞ」
「ど、どうも……えーと、隊長、どうぞ」
僕はセキスイから紙を受け取った。大雑把に書かれていたことをまとめると傭兵、つまり僕たちと本社からの派遣を条件に試験培養を認める。正直に言ってあまり平等ではない。僕たちの任務からして調査を済ませるような契約を取り付けられれば良いのだが、だからと言って不均衡なそれを結んでしまえば解雇されるだけだろう。
うんざりして視線を彷徨わせた。コワレフスカヤの表情は相変わらずフードの中だが、身振りからして明らかに目の前の男を嫌悪しているのが分かった。アゲナはぼんやりした表情をしていた。
やはり乱暴な手を選ぶべきだろうか?一番手っ取り早いのはそれだ。間違いなくこの天井なら突き破れる。いや、あまりに短絡的だ。
「これは明らかに弊社の負担が大きい。ここまでやってくるだけの輸送のコストと戦闘のコスト、それに比べて培養プラットフォーム3基は承諾できない」
「ふむ、では何か提案を。私たちにとってもメリットがあるなら受け入れますよ」
「……少なくともここで戦闘が起こる、いや現在進行形か。貴方たちが戦力を欲しがっているのは間違いない。そして、人工筋肉の誤作動についてもある程度は知っている。うちの戦力を欲しがる意味だ」
「なかなか賢しいですね。で?」
「で。だからこそそれなりに信頼出来て練度のある、しかも裏切る理由のない戦力が必要……ナノマシンや技術提供は必要でない。やはりというか、地道な落とし所を作るしかないのでは?」
「違いますね。はあ。やはり俺から説明するしかないのか?面倒だし、この先もずっと予定だらけなんだよな」
「なんだよこいつ?話をしに来たんじゃねえのか?ナメてんな」
アゲナは立ち上がって彼の胸ぐらを掴んだ。ジョージは静かに引き剥がしたが、部屋に残ったのは粘ついた空気だけだった。
「舐めてんのはあんたたちでしょ。ここの状況も知らずに」
「ちょ、ちょっと……その、申し訳ありません。失礼をしました。その、我々は先日まで作戦行動中だったために、外部の情報を受け取れない状態でした。差支えなければコロニーの情勢についてご教授いただけませんでしょうか。我々としても協力したいのは本心です」
セキスイはうまく嘘をついてくれた。実情としてはほぼ同じだが、そこに至るまでの経路が違う。僕たちは情報を受け取れる状態ではあったが、このコロニーから情報が出てこなかった。企業が積極的に生産に踏み出しているのはどこでも同じだ。
彼女は顔を僕たちの方へ向けて微笑んだ。だが相手の男は深いため息を一つして、失望を隠さずに言った。
「弊社は違いますがね。良いですか。今はこのコロニー全体が戦争状態にある。貴方たちみたいなのはどこにでもいるんだ。わざわざ遠くの星の企業と繋がる理由なんてないんだ。では、これで」
一方的に話し終えてからタブレットやらを机から取った。彼はずかずか歩いてドアまで近づいた時に振り返って口を開いた。
「ああ、名乗ってなかった。ウォーレス・ランプランド。話が纏まったら俺まで。では」
「慇懃無礼の慇懃抜きみたいな人間だ」
「……ああいうのがいっぱい居るのか?」ジョージがようやく口を開いた。
「え。ええ、その。はい。あ、でも。全員ではないですよ」
「はあ。それじゃあどうするよ。やっぱデーモンか?」
「そうも出来ない。ざっと20機以上のエンジェルが巡回してる。ジル」
「はい。この付近にケルプ級が5機、ガルガリン級が4機、アーク級が14機存在しています。強行的な手段はとるべきでは無いでしょう」
ではどうするのか。僕はそれを指し示すべきだが、その前に不満を解決しなければいけないようにも思えた。僕がどうこう思うことよりも他人がどう思うかが大事だと、管理職の自己学習ビデオにあった。
内緒話をするにはファキオの中は適していなかった。小型マイクをそこかしこに設置する巧妙さがあるという訳では無いだろうけど。単純に聞く人がいる。外は太陽がわりの星の光が装甲車に照り付けている。トラピスト1dを形容するには裏路地は寂しすぎる。
タバコの煙が一陣吹いた。鼠色のインジケーターとパイプ、裏手に停めておいた2台の車があった。それだけの景色だった。ここにはそれ以外のものを置く理由なんてのはない。ただ何かを作るだけの場所でしかないから。ここにはアパレルもカフェも、ホームセンターすらも必要ない。それだけのことが普通の星には出来ない。
「やっぱり、ここの状況を知ることぐらいしか出来ないですよね。それからまた提案を……」
「そうかもしれない。方法を決めるとすると、ジルとコワレフスカヤをネットワークに放して情報収集、妥当な提携案を出す。でも受け取るかどうかは分からない」
「どういうことだよ?」
「あの……眼鏡の」
「ウォーレス・ランプランドです」ジルが補足した。
「そう。ウォーレスが言っていたことが本当だとしたら、彼はここの状況を知らない限りはどんな案を出しても駄目だ。アプローチを変える必要がある」
「……いろいろ面倒なことになってるらしいしな」
僕はプロジェクターを起動して、このコロニーについての説明を繰り返した。内容はジョージに車の中で話したそれと同じだ。トラピスト1dの根本的な部分については触れられていない。情報としてはあまり良くない。だから伝えるのは後回しにした。
「んー、詰まるところ急進派閥と漸進派閥の対立か。よくあるやつだね」
コワレフスカヤが簡単な推理を出した。僕は少し意外に思ったが、すぐにそれを引っ込めた。ともすれば一番そういうことに慣れているのは彼なのだ。
「今ので分かるのかよ?ただ、ここで人工筋肉を作りたいってだけだろ」
「そうともいかない。ここは火星戦争……一回目の方の時から植物の生産を続けているだろう。ファキオが全ての土地を持っているわけでもないし、実際にそれを作っているのは労働者なんだ」
「あ……じゃ、じゃあ今ファキオがどんどん土地を買っているのって……」
「かなり反感を買うだろうね。私があそこで船を買ったときだって物凄い目で見られたし。こんなだだっ広いところでやったら、戦争もどきにもなるだろう」
「やばいじゃねえか」
そう、かなりやばい。人間の反感を買う方法なんてのはいくらでもあるだろうが、他人のものを目の前で取っていけば、間違いはないだろう。
彼が纏めてくれたおかげで、このコロニーの状況をある程度推理できた。僕にはあまり想像も出来ないが、資本力を担保にして何かしらを行う者はそれだけで憎まれるものだ。キリスト教とユダヤ教の差異でもなく、金を得ることはいつだって難しいから。
地面を揺れた。ガルガリン級が歩いている。八本足を使うにしてはやけに大きすぎる気がする。実際の動物とは似ても似つかない姿だと感じた。
「土地を持っている奴とファキオの対立か。そう簡単な話だったらとうに武力で終わってる筈……」
「んで、これからどうすんだよ?デーモン使うのも出来ねえみてえだし」
「何にせよ、当分は情報を集めないといけない。軍事的なそれも同じように。何かしらの対策を立てられるまでは」
「いや、ホテルも何もねえだろここ」
「そういえばそうだな。しょうがないから車中泊か」
「え……」
車をもう一つ持ってきたのはこのためでは無かったのだが、意図せずして良い結果をもたらすことになった。人生で初めてのことかもしれない。
「作戦としては、一旦ファキオとの提携路線は打ち切る。彼らはラウンケルの兵士しか欲しがっていない。状況が理解できてもそれは同じだ。だから彼らが提案を受け入れるとは思えないし、もし僕たちがファキオだけに利のある内容を取り付ければ解雇される」
「そんなことある訳……」
アゲナが文句を言おうとしたときにはセキスイは口を開いていた。咄嗟に吐いて出たようだった。
「ありますよ」
「うん。するね」
「らしい。だからここのネットワークをクラッキングして情報を集める。必要なのは遺伝子データを貯蔵している場所、それとここの情報。直接的なデータに触れられるだけのコンピュータやプロキシがある訳でもないから慎重にやる」
「その間は俺たちは何するんだ?」
「まあ、待機だ。探偵みたいに聞き込みしたいならやっても良いけど、重要な情報が得られるとは思えないな」
余所者にそう簡単に口を開くとは思えないし、時間をかけたとしてもコンピューターの方が正直だろう。完全に無駄な手間だ。
地響きに気付いたのはその時だった。視界の中で黒っぽい装甲が動き、たまに油圧シリンダーが覗いた。エンジェルが出す振動だ。エンジェルが巡回しているのは分かっているが、そう何回も通り過ぎるわけもない。
「ジル、重力反応は」
「半径100m以内に7機存在しています。現在も接近中。動きからして、我々には敵対していません」
「抗争かな?いやー、こういうのも良くあったなあ」
「ど、どうしましょう。今のうちに盗みますか?」
「その場所が分かんねえんだろ」
2つの勢力が対立しているらしいということは分かっていた。事実として目の前の光景はそれを示している。ただ、それは余りにも簡単な分類すぎたらしい。
ファキオの総務部を目の前にして、2つの集団が対峙している。それぞれ怒りや恐怖を抱いた緊張した表情を浮かべている。素早く視線を兵器に彷徨わせたり、袖口を弄ったり。本当に戦う人間と違って、脳内物質が滲んでいるのだろう。
正面入り口を前にして、ここへ詰め掛けてきたであろう集団はトラピストに以前からいた人間たちだろう。彼らの側にいる兵器はガルガリン級エンジェルが2機、イポスが3機、ドローンを詰め込んだガマトラック。服装はそう変わりはないが、装備からして貧しい。
変わってファキオ側にいる人間たちが新しく来た人間たち。ややスーツを着た人間が多く、装備も潤沢だった。ガルガリン級が4機、ケルプ級が1機。デーモンたちはその足下でぞろぞろと居て数えられない程だ。ただ、イポスは一体もいない。当たり前のことだが、断定しても良いくらいだと思った。
ケルプ級。絶えずして電子系とエンジンからの排気と吸気を繰り返す、巨大なエンジェル。設計者の正気を疑うほどでかい。重武装とそれを運搬できるだけの骨格、人工筋肉をそれに貼り付けてからミサイルを守れるだけの装甲をさらに加える。
結果としてケルプ級は40m程度の体躯を持つに至った。これは10m前後くらいのガルガリン級よりもよっぽど大きい。それだって、本来の使い方なら自走砲が似ている筈だが。ド級戦艦を作っていた時と人間は変わっていないらしい。
ともかく、ファキオはそれを複数運用できる程度の資本力を有している。予想通り明らかに戦力に偏りがある。それでも一応は対立できている辺り、対話の意思があるということなのだろうか?
『えー、皆さん。落ち着いてください。どうか火器は使わず、話し合いで解決しましょう』
『何を馬鹿馬鹿しいことをほざいてるんだ!あんたたちの最近の買い上げは農家に対する宣戦布告にしか思えん!勝手なやり方で土地を奪っておいて白々しいぞ!』
『えー、我々は正当性のあるやり方、地球同盟が認めたやり方でしか取引を行っていません。そのような認識は大変遺憾であると言えます』
『うるさい!じゃあその地球同盟が何で調停しに来ないんだ!あんたたちが金を使って買収したからだ!』
「実際、どうしてこんな状況なのに介入して来ないんだ?生産が止まっていればAIも要請するだろう」
「ここは黎明期かつ最初期の植民星です。AIは存在せず、完全に地球同盟の判断しかありません。そして彼らは賢明な判断力を持っています。つまりはそういうことです」
「そういうことだよ」
「金か。うるさいぞコワレフスカヤ」
ファキオがより多くの金を地球同盟に突っ込んでいる。彼らは最低限の治安を守る義務があるけどそもそも地球で生まれた国家、つまり企業たちの集合体だ。彼らには資本を超越してと言うか、それを無視するだけの権力もイデオロギーがない。そういうことだ。
『ふざけるなと言っているんだ!誠実なことをしろ!』
罵声はより大きくなって、スコールのようにばらばら降って大きく聞こえる。この星にも海や川が何処かにはあるのだろうか。身体を使ってそれを表現する者もいた。迂遠な描写を止めると服を掴んで、目の前にある顔に向かって大声と唾を吹きかけていた。間違いなく状況は悪くなっている。
僕たちはさして目的もなく彼らの衝突を見ていた。正直に言うとどちらに味方する意味もないし理由もない。僕たちの介入程度で勝敗は変わりはしないだろう。ファキオの勝利で全ては終わる。せいぜい抗争が終わった後のゴタゴタに乗じるのが最善手だろうか。
ログの集中からジルは現在の状況を理解し、僕たちに伝えた。両者の代表者が総務部に入り会議しているらしい。
「だからあんなにイライラしてたんですね……」
「そうかもしれない」
「待つのか?ここで?とんでもないことになると思うけど」
それもそうだと思った。ここの抗争は路地裏で起こるそれとは規模が違う。こうして顔を見合わせている兵器と、この周辺に展開されているであろうより多数の兵器。少しの火花さえあれば爆発を起こせる。僕たちの体をデーモンが包む前に、弾けさせるようなことが起きる。
「離れよう。何処へ、と言われるとかなり困るけど」
「キオスク戻ろうぜ」
「店なかったかい?ジル」
「軌道エレベーターを挟んだ向こう側ですね。文字通り最も大きいホームセンターがあります」
踵を返して車に戻ろうとした時、子供が目についた。日除けのために不釣り合いに大きな大人用の帽子を被っていた。感傷らしきことを思い出した。彼らはここから出られはすまい、教育どころの話でもない流れの中にいるのだから。
子供は親に与えられたもの以上にはなれない。農家は農家にしかなれないし、もしも別の職業であっても土地から離れることはできない。路地裏の商店や小工場とか。その程度の振れ幅の中でどうにか生きて、また同じような子供を作るのだろう。そう、そしてそれ以下にはいつだってなれることだし。
コロニーの何処にも安全な場所はない、それならば連れてきた方がまだ良いということなのだろう。無差別的ではないけど、ドローンの攻撃は無慈悲に破壊する。農家なら間違いなく家もそうするはず。何にもならない感情だ、と止めた。
ドアを引いていた。ここには水色のトラックしかなかった。景色が思考に戻ったのと、銃声が鳴ったのは同時だった。雑踏は素早く激しい靴の音と叫喚を奏で始めた。まあ、そうなるよな。アクセルに足を入れようとして、ブロンドの髪の男が進路状に割り込んできた。
「危ねえな」
僕はもう一度踏み込もうとして、彼の顔を見た。ネイビーブルーに近いスーツを着て、下は白いドレスシャツ。ドアのガラスを叩いている。ここでは流石にスリーピースは暑すぎる。やってることはダサいのに絵になるな。
「開けてやれ。一人ぐらいは乗れる。協力者にする」
「了解」
「ハア、ハア。ありがとう。とりあえず、逃げ……」
「逃げようか。ミラン」
「……リュラ?」




