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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
6/64

6,

 この星の空は地球のような色だ。

 太陽役の恒星も同じような色をしていて、ここは映画によく見られる地球とほとんど同じような環境だった。水の上にプカプカ浮かぶコロニーは、周りの超流動する水や100℃を超える氷などを適度にシャットアウトしてくれている。

 僕はいまGJ1214bのコロニー、そのひとつにいる。周りにある水は人間が想像しているような状態のものではないので、ここは全く雨なんて降らないようにコロニーAIが調整している。そんなGJ1214bの乾いた、日の高い気候にもとうに慣れた。ただ、一日が38時間である事には慣れなかった。

 GJ1214bはエリート達の集まる場所だとファインマンに聞かされた。宇宙進出以前に地球で発見された星であり、人間が移住を夢見た一つ。それがGJ1214b。らしい。その誇大主張も正しいと思えるほどここの街は整っていた。

 火星で植民地化のノウハウを稼いだあとに、企業は自ら主体となって移住計画を進めた。マクスウェル機関は初めから民間に与えられていたために、あとはコロニーを作るだけだった。

 もちろん、地球から分離できる企業というのは限られている。地球は最も安全で巨大なマーケットだからだ。そのため、植民星を欲しがったのはごく一部の大企業であり、必然的にそこに作られるコロニーも企業によって左右される。

 一点透視図法を駆使したようなビル群のなか、なめらかなコンクリートの上を身なりのいい人間が歩いている。ホームレスも居なければ死体が路傍に転がっていることもない。そういうものから、ここがどういう企業によって作られたのか分かるはずだった。

 僕はぼんやりと、その風景を思い浮かべる。瓦礫の上にそのテクスチャを敷いていく。

 そうだ。端正に並び立つビル群も、身なりのいい人間達も。ほとんどは僕と仲間達が壊した。

 僕はゆっくりと頭を覆ったバイザーを取った。もうすぐ昼休みの時間だ。


 小さな、尖ったものが突き刺さった。久しぶりに感じた痛みが口内におこる。デーモンに乗っていたせいで痛覚が麻痺していたのではなく、治療用ナノマシン(エスプーマ)による遮断で、僕の痛覚はこの前まで消えていた。遮断と麻痺の違いについて、トリチェリに教えられた気がした。使わない知識は直ぐに忘れるというのは本当のことらしい。

 口に手を突っ込んで唾液とチリソース、パンと牛肉の間をかき分ける。すぐに見つかって引き抜くと鈍い銀色をした金属片がのぞいた。全体を引き抜いたところで、ようやくそれが釘であることが分かった。

 手のひらの上にそれを置くと、どこかから笑いの声が漏れた。僕をのぞいて周りの人間はカビみたいにコロニーを作っているので、それがどこから来たのか分からなかった。

 エングラム社の傭兵になってから数日経った。GJ1214bの乾いた、日の高い気候にも慣れた。ここは全く雨なんて降らないようにコロニーが調整している。ビーチの1つ2つあれば直ぐにリゾート地にもなりそうな気候の割に、この社の僕への態度は悪辣極まっていた。やれ生卵を投げかけられたり、通りがけに腹を蹴られたり、デーモンの整備をサボられたり。僕が一人か二人の骨を折ったせいで直接的なものは直ぐに無くなったが、代わりに間接的な類が増えてきた。ケプラー442bよりかはずっといい星を、僕は周りの人間だけで鼻持ちならないように思った。

 釘を紙皿の上に置いたところで誰かが対面に座った。僕がここに来てから一人分の席しか必要なかったので、荷物も何も置いていなかった。

 目の前にいたのは彫りの深い目鼻だちをした女性だった。髪は乱雑に切られていて、タンクトップからのぞく褐色の肌とともなって野性的に見えた。僕は目の前に座る奇特な人間が誰であるか知っていた。

 オフュークス。それが彼女の名だった。僕と同じ戦争によって生まれた孤児。そして、赤いデーモンのパイロット。あのときファインマンが僕に見せた写真の人物だ。初めて彼女を見た僕には印象がそれとだいぶ違っているように思えた。まぶたを下げた状態では分からない、迫力のような眼光の鋭さが彼女にはあった。

 僕を最も憎んでいるはずの人間は、恐ろしいほど険しい目で見つめた。

「変だと思わないか?」僕は血ごと口内に残ったケバブを飲み込んだあと言った。

「……」彼女は無反応のまま、こちらをじっと見ている。

「この釘、建築に使うものなんだ。わざわざあの瓦礫の中から拾ってケバブに入れたと思うとね」

「自分がつくった瓦礫の中から?」

 僕はわざとらしく唇をつり上げた。

 死者6000人、負傷者15,000人。それがあの攻撃の直接的な被害者数。概算でこれなのだから、実際にはもっとあるのだろう。もちろん作戦中にそんなこと考えている余裕なんて無かったので、そのことを僕はロビーのテレビから始めて知った。それに対する罰が釘だというのは、複雑な気分だった。

 もちろん、これは僕の解釈だ。ここに僕がそれを起こしたことを知る人間はまるで居ない。目の前に座るオフュークス、僕を雇ったファインマン、それとごく一部の職員だけだ。つまりこれまでの”嫌がらせ”はただの嫌がらせ以上の意味を持たないことになる。

 どうせ死人に罰を与えることも、許しを請うこともできない。だから僕は罰を与えられるべきだ。

 僕は本心じゃないにしても、社会的にそうした方がいいと思った。

「あんたは僕を殺しにきたのか」

「……そうして欲しいか」

「いや。ただ、僕への罰が”嫌がらせ”で済んでいるなんて皮肉だと思ったんだ。そっちの方が自然だろ」

「悪魔みたいに扱われてる奴がどんなのか見にきたんだ。なんてことない、ただの小男だったが」

「ひどいな」

「真実だ。お前は無気力そのものだ。何かを成し遂げようともせず、理想もない」

 理想という言葉を聞いて、確かに僕にはそれがないと思った。僕は周りの環境に従っていただけだ。要するに到達すべき場所がない。

 正直にいうと、僕は自分自身が兵士の才能に恵まれているとは考えてもいなかった。また、生永えられるとも思っていなかった。それなのに僕は生きている。

 僕は僕が殺した人間たちのように、殺されるのだと信じていた。理想を持った人間も、持たない人間も殺した。だから同じことだ。いつか僕のような人間が現れて、僕がやった方法で唐突に生命を奪っていく。罪や罰云々以前にその確率を信じていた。

 僕は死を透徹に考えていた。トラヒコが僕について悲観的と称したことは、多分これが原因なのだろう。

 その点彼女はエースパイロットらしい傲慢さを持っていた。自分が理想を取りこぼすことがないまま、それを達せると思っている。

「私にはもう何もない。全て奪われた……あいつらはそれを取り戻すことができるかもしれない」

「ふうん」

「お前も同じだろう?自分のことを知りたい筈だ」

「いや。美味いメニューの方が知りたい」

 拳が頬に突き刺さった。


 僕は火星に向かう船の中、大きな窓の前のソファーに腰掛けていた。窓の外にはゆっくりと流れる星々が見えている。強い光ではなかったが、夜間(標準火星時間基準)の船は暗かったためによく見えた。

 光る星々が船内をわずかに照らしていく。青い星が近づいたとき、月明かりとはもしかしてこんな感じなのだろうか、と僕に思わせた。地球にいたことはないので知る由もなかった。

 宇宙環境に慣れさせるための試験運行中、僕はまだそれに適応できていなかった。より正確に言うなら、火星の時間軸に合わせるための時間調節剤が効かなかった。行こうと思えば簡単に火星に行けるものの、人間はあちらの環境にまだ適応していない。体内時計だとか、無重力による肉体の萎縮だとか……そういうものを調節するための薬だ。

 大体の人間はそれで死人みたいに寝れるけど、僕は職業柄より強いものを服用していたたことがあった。効き目の薄いそれでも無理矢理にも寝るのが良い兵士というものだが、今は仲間も居ないので不真面目になっていた。

 ただ、ソファーの殆ど反対側に座った男はどうなのか、僕は知る由もなかった。

「その怪我は?」

「殴られました」

「ああ、あの騒ぎの」

「ええ」

「互いの鼻頭折ったってマジ?」

「マジ」

 彼女は凄まじい拳を持っていた。少なくとも成人男性の骨を瞬く間に折れるぐらいのものを。そもそもデーモン乗りだから、普通の兵士以上に鍛えられる。いくらパワーアシストがあるとは言え、動作を決めるのは兵士自身の役割だからだ。

 そして、鍛え上げられていたのは彼女だけではない。僕も同じことだ。互いの筋力と技量を尽くした殴り合いは有効打に欠け、結局血が目立ち始めたあたりで医者を呼ばれた。

 僕の右腕に付いているギプスはその時に付けられたものだった。中身はナノマシンづめでも、骨折ぐらいの軽度なものなら未だにそういう古風な見た目のものが使われている。彼はそれを見て話しかけたのだろうか。僕にとってはありふれたものだった。

 彼の顔と表情は窺い知れることは出来ない。ただ、白衣を着ているのは分かった。それは星々の光を反射していた。紫煙を燻らせていないのでファインマンでは無いことは明らかであり、上層部の人間にしては気安く思った。

「へえ、見にいけば良かった。皆見ててさ、話に混じれなかったんだ」

「殴り合いでどういう話になるんですか」

「ラグビーみたいな音がした、とかアクション映画みたいだ、とか。ああ、賭けてた奴もいたらしい」

「娯楽なんていくらでもあるでしょ」

「まあね。でも皆、喧嘩なんてした事がない奴らだったのさ」

 その言葉でようやく気が付いた。僕とオフュークスは稀有な例であって、殆どの職員は製薬会社で働くサラリーマンだった。

 やっと僕はこの男がさかんに話しかけてきた理由がわかった。不安だからだ。

「これから火星に行くんだよな。戦場に。実感湧かないけど」

「……そうですか」

「他人事だな。ああ、でもあんたにとっちゃいつものが大きくなっただけか」

「いえ、どう言葉をかけるべきか知らないんです」僕は頭の中のことを、そのまま言葉にするしか出来なかった。

「案外優しいんだな。まあ、ただリキベントを運ぶだけさ。じゃあな。普段偉そうにしている奴らが怯えてるのは痛快だったよ」

 おそらく彼は笑った。席を立った彼は居住区の方へ歩いていった。影に隠れて、すぐに彼の姿は見えなくなった。

 僕は自分が感じている感情が何であるか考えていた。


 暗黒に様々な色の光がまたたいている。それはアークジェット・スラスターの燐光だったり、船内栽培のためのLEDや、または宇宙船を搭載するための誘導光だった。あと数時間もしたら、この光たちの中に銃火が加わることを僕は知っていた。

 それらの光たちが真っ白い宇宙船の外郭をわずかに照らし出した。普段よく見かけるデブリたちとは明らかに違う滑らかな装甲。それが視界の端まで続いている。当然のようにステルス性なんて考えられていない。馬鹿みたいな大きさのせいだけど、小型船で襲撃を担当する身としては頭が痛くなるような船だ。

 宇宙航空母艦ノア級。それが光たちの正体であり、地球同盟軍の傲慢と支配を象徴する宇宙船だった。

 人が宇宙という新たな開拓地を得た結果、殆どの資源問題は解決した。アルクビエレ・ドライブ。いわゆるワープを使って、人間はハビタブルゾーンにある星の資源を食い尽くしている。結局は産業革命と変わっていない、消費と生産の輪の中に僕たちはいる。

 それを主導した地球は強力な資金を得た唯一の星であり、また唯一の企業に依らない軍を持つ星でもあった。かつて国家が有ったという自尊心のためか、他の星が力を持つことを恐怖したためか、地球同盟はそれを植民星たちに駐屯させた。

 また、アルクビエレ・ドライブの出口という役割も持っていた。そういったハビタブル・ゾーンの星々を繋ぐ重要な役割を担う地球同盟が今なお植民星を支配下に置いていることは必然だった。

 だから、余計に火星が喧嘩を売った事が不思議に思えた。地球同盟は基本的に植民星に対して政治無干渉を貫いている。僕らみたいに別の星に対して派手にやっても、そこまで追いかけられることは無い。だが地球相手なら。

 僕はそれを感じていた。まるで鯨を眺めているみたいだった。宇宙という海を泳ぐ鯨。それが数十匹、火星を取り囲むように浮かんでいる。僕は小魚となってそれを見ている。デーモンに乗っていなくてもぼうっとしてしまいそうだ。

 甲板が空いた。僕たちを乗せた船はそれに向かっていく。クラシックな見た目をしたそれは船内に船を収納するためのものだ。ノア級は二十隻前後の宇宙船を収容できる、船と呼べるかも分からない巨大さを持っている。マクスウェル機関によって、構造も自由にできるというのに船の形状を保っているからそう呼ばれているのだろうか。

 車輪もどきを出して僕たちの船が甲板に触れる。僅かな揺れののち、船は道を歩き出した。

 僕たちの船が甲板の途中まで差し掛かったところで、音が聞こえた。明らかに甲板との接触による擦れる音ではない。泣き声のように聞こえる。

 ヒィィィ、ヒィィィ。音。宇宙で音?誰かが船内のスピーカーを使っているのかと思ったが、明らかにその音は船外から聞こえていた。僕は宇宙の暗黒を覗く。案の定、ノア級の船団がずらっと続いているだけだ。火星は遠くに見えているだけで、船の一つとして見えない。

 音が大きくなっていく。それが強くなっていくたびに、ますます泣き声に聞こえた。赤子のような、動物のような。あるいは笛のようにも聞こえた。ドッグの中で耳を塞ぐものもいた。

 それが叫び声となったとき、赤い光がノアを貫いた。

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