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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
59/75

20.

 ノア級の中央部には合法非合法問わず、多数の宿泊施設が存在する。半分はこの船を訪れ、数日か数週間程度滞在して航行に備える旅行者のためのもの。もう半分は住民のためのものだ。あまりに巨大な船内では泊りがけの仕事を行うことも少なくはない。

 僕たちが選んだのは後者だった。作戦のための資金が尽きかけていたのでそうせざるを得なかった。ほぼモーテルと言っていい、簡易的な宿泊施設だ。それでも僕たちが引き起こした破壊について、AIが興味を失うまで待機するという目的を達すには十分だと判断した。

 5つ、それぞれのための部屋を取るのは簡単だった。さらに20日程度はここに居られるだけの資金は残っている。もしそれ以上宿泊することになっても自腹を切ればいい。おそらくは経費になる。

 僕の知らない訛りが含まれた言葉を聞くたびに痒くなる。治療が済んだ脚はまだ熱を持っていた。ベッドの上にいると(シラミ)が湧いているような気分になって、不快だった。テレビから目を外して、裸足をブーツに押し込んで窓のある方に歩いた。自分の家なら靴は脱ぐけど、ここはかなり不潔だ。

「ログが流されるまであと1週間程度です。映画は飽きましたか?」

「まあ、流石にずっとベッドにいたら」

 僕がこのホテルを選んだ理由は、ノア級の通信ケーブルの真上に建てられていたからだ。僕たちへの追撃を知るためには地球同盟軍の通信を盗み取る以外ない。そんな方法は普通のハッカーならすぐに看破されるが、僕たちにはジルがいる。

 まあ、それ以外のことは比較的どうでも良かった。ケーブルにアクセス出来て、宿賃が安いという条件以外は鑑みる必要は無い。なので()()()ホテルとは違っている。

 窓の外は灰色のコンクリートと鉛色のパイプで殆ど埋め尽くされている。その僅かな隙間にあるのは冷徹に光るELパネル。坂を降りていったところにある店が見えているのだろう。シリコンの恵みを貪って生きるだけの街から来ている人間たちが建てたものらしい。

 僕は嘘を言った。これの何処へと行くつもりも無いが、とにかくずっと部屋に居ると気分が変になる。息を吸えばカビ臭く、焦点を合わせると埃が常に舞っていることが分かる。ベッドシーツは3年替えられていなかった。初日は床にカーテンを敷いて寝た。

「外に出よう。ここに居るよりかは良くなる」

 僕はテレビの電源を落とした。クラシック映画は5年のうちに飽き足りるほど見ていた。本は嵩張るし、電子でどうにかしようにもタブレットを新しく買う金もない。掃除が終わると共に、僕の趣味は全く手詰まりになってしまった。

 外に出たとしても必要なものを買いに行くことぐらいしかない。それでもここにいるよりかは良くなるはず、と無理やり希望を抱いた。

「服か家具を買いましょう。それか観葉植物です。でっかいやつをお願いします。あの部屋は」

「最悪だって?何回も言えば分かるよ。でも僕が住んでるんだから、それに従うべきだ」

「私もいずれ住む場所ですので、意見する」

「ロボットを買うような金が貯まるのはずっと先の話だろうな。少なくとも僕のやることが終わらないと、貯金もくそもない。それか、僕が死んだら」

「そういう話はしたくありません」

 ジルは悲しむような、怒るような意味合いを言葉に付けた。鋭く響いた声を聞いて、僕は少しだけ罪悪感を持ったが、それも少しの間だけだった。僕は簡単な身支度をしたあと、ブーツから足を抜いた。靴下を履いてからまたそれに入れた。

 外に出ても気候は変わらない。ここはコロニー以上に温度が変化しない。船内なのだから当然ではあるのだが、それもこう巨大になっていると違和感が目立った。天井にはディスプレイで空が映されていた。今日は曇天だった。

 図書館とやらが残っていてくれれば良いのだが、あいにく知る権利は国家と共に消滅した。真実が知りたいならインターネットの海を彷徨うか、そこらへんに転がっている隠された真実とやらにありつければいい。何にせよ頭に物語を入れたい時には無駄に過ぎる。

 狭い路地を歩いていると看板が目に付く。広告で溢れかえっていて店舗のものを探すのも一苦労だ。古着屋、電気屋、漫画喫茶……気分には合っているけど、泊まっているのにどこかを借りるっていうのはどうなのだろう。何となく損した気分になる。

 何と言うかここまで自分が虚しい人間だとは思わなかった。さして趣味もない、これという目的がなければ何も出来ない、目覚まし時計を持っているだけの異常者になってしまった。僕は既に拳銃を持っているので、あとは妄執する女性が居ればもっと高みへと登れる。

 この作戦で得たものも……そういえば、人を殺していた。さらに溜息が増えた。

 自分がどう思うかは別にして、忘れるべきではないことは明らかだ。僕は何処かに座る場所を探した。無かった。商店でいくつかものを買った。エナジーバーと水を7日分、カミソリやトイレットペーパー。当然ながらホテルにそのようなものはない。誰とも目を合わせることはなかった。都会らしい。

 褪せた色の階段で、地球同盟軍の兵士とすれ違った。CV-9ライフルを切り詰めてカービンにして携帯、サイドアームにM18。おそらく何処かにもうひとつ拳銃を隠し持っているだろう。2人組かつパレーシアを犬のように連れていて、威圧的だった。

 僕は動揺を収めて、可能な限り普通に歩いた。紙袋は腕の中にあると大きく感じた。まあ、そういう人間を目の前にして平静を保ち続ける人間の方が珍しいと思うので結果的にはそうなったと思う。彼らは少しだけ目線を僕にやったが、それだけだった。冷静に考えれば捜索しているなら問答無用で捕まえに来るはずだ。

 コロニーではさして目新しくはないし、ノア級の船内でもそういう存在だ。治安維持部隊は何処にでもいるが、その存在を頼りにする人間は少ない。狭い路地でぶつかってもIDを求めたりはしない。強盗や射殺事件が起きても現場に来るのは全て終わった後のこと。

 半分は僕が実際に経験したことだ。注意して歩いていたのが馬鹿馬鹿しく思えた。

 道すがらセキスイのことを思い出した。運が良いことに、彼女は作戦を遂行してくれた。精神の均衡を保つことが出来たのは何故だったのか、僕には分からない。ほんのちょっと助けただけで恩を感じるとは思えないし、つまり彼女の内奥において変化があっただけだ。

 考えてみれば何も変わりはない。僕は他人と関わらなかったし、セキスイが完璧に治ったということもなかった。後者は当然のことだが。結果が何であろうと、結局は何も為せていない。僕たちは自分自身の醜さを嫌っていたということだけだった。

 あれは、要するにまやかしだった。僕の中にあるべきだったのは作戦のためということだけだ。それを保てなかった。人と関わろうとすることと、自分を曝け出すのは別のことだ。

「料理はしないのですか?」

「キッチンは直してないし、直す気もない。面倒だ」

「栄養が偏りますよ」

「味さえどうにか慣れれば大丈夫だ。総合栄養食は宇宙に上がってから作られたものの中で最も良いものだから」

「では飽きますね。3日経てばサバサンドを欲しがります」

 僕は踵を返して道を戻り、排水路にかかった橋の中心で止まった。ここまで巨大な船ともなるとそれぐらいのものもある。恐らくは環境を地上に似せるという意味の方が大きいだろうけど、流れている水は本当に船渠(ドック)からの排水らしい。

 紙袋を地面に置いた。濡れていないが、どうしてもビニールの方が便利のように思える。目覚まし時計を取り出して振りかぶった。

「濡れたらまずいですよ?」

「これは改造してあって、潜水300m程度なら問題はない。だから投げて破壊しなければいけないんだ。手短に聞こう、プシュケー。要件は」

 音声はくつくつとした音をたてて笑みらしきものを作った。ジルはさほど笑いはしない。まして喉を鳴らすなど。

「やっぱりバレましたか。何処からです?」

「僕はほぼ毎日総合栄養食のエナジーバーを食べてる。面倒だからだ」

「病気じゃないですか。料理は心を癒すんですよ」

「嘘をついた、毎食だ。癒すと言っても、それはちょっとしたことだろうな。どうやらジルの冗談でもないらしい」

 プシュケー、プネウマの中に住まうAI。時計には量子コンピューターとちょっとした処理機能がある。確かに彼ならその僅かな間に割り込んで、ジルからの通信を妨害してしまうことぐらいは出来るだろう。ただ、理由だけが分からない。僕は肩の筋肉を意識しながら振りかぶる。眼下には病気的に清い水の流れがある。

「あー!あー!やめて下さい。私は中立ですよ。分かっているでしょう」

「違うな。中立が僕たちに害を及ぼさないという謂れはない」

「衛星をいくつも中継して攻撃が出来るわけないじゃないですか。お話したいだけですって!情報!そう!情報を私から聞き出してくれれば良いじゃないですか」

 僕は離そうとした手を握ったまま腕を振った。情報か。再び振りかぶる。

「一体何の情報を?中立だから何も言えないはず」

「まあ、それはそうです。ですが私から、だけの話なんです。もしも疑問を問いただされたら、公平の範疇なら私は答えなければならない。知りたくないですか?人工筋肉の作動について」

「……君が作られたのは、随分な条件だったようだな。口が回る限り何でも出来るんじゃないか」

「言葉を聞く人間がいなくては、そもそもどうしようもないですよ。ありがたい事に今はいます。取引成立ですね」


 僕の部屋は5人が集まるには狭い。ベッドを取り囲むようにして椅子を並べると、もうカーペットを見る隙間はなくなる。勝手にアゲナがコンロに火を付けて紙コップに注いだ。当然自分のものだけだった。匂いからすると何かのお茶らしい。

 ベッドを中心に4つの椅子が取り囲むようにして置かれている。僕は一番端の席に座っている。北側の入り口から一番遠い位置。これから右回りにコワレフスカヤ、セキスイ、アゲナがいる。ベッドにはラップトップと接続された目覚まし時計がある。

「狭くね」

「何のために5つも部屋をとったと?」

「遅かったか?」

「いや」

 ジョージがドアに身を入れて固定し、椅子を部屋の中に入れた。白い木で出来た脚を寄せた。またスペースが埋まる。窓を開けたくなったけど、ベッドを間に置かれると届きそうもない。

「これで揃いましたね」

「あ、ジルさん。今日はいるんですね」

「ええ。残念ながら敗戦の将です。惨めです」

「何でだよ?いつもはもっとこう……自信満々だろ?」

「私はこの星において、プシュケーに勝てる要素が有りません。演算能力の違いと膨大なストレージ、何よりも洗練されたスクリプト。大人と子供のように、基本的知能からして違うと言えば分かりやすいでしょうか。私は棒を持ったホモ・エレクトスです」

「彼女のいじけはそっとしておいて、現在のケプラー452bの状況についてお話しましょうか。ここには昇ってこないでしょう?」

「ええ。箝口令が出されていますからね。そして私はそのプロテクトを外すだけの処理能力を割けませんでした」

「自分をそんなに卑下しないでくれよ、ジル。君はものすごく働いている。あれは大量のコンピューターでゴリ押してるだけだ」

「あなたは少し口をつぐむことを覚えたほうが良いかと……変なパーカー人間……」

 2人はお互いに傷つけ合って黙った。何が癪に触ったのかは分からない。

 話が途切れたのは都合がいいと思った。僕が紛らわしいから音声を変えてくれ、と頼んだ。そうですね、とプシュケーは了承してラポールの声を出した。男性の言葉の中間を取り纏めた声、僕が2番目に嫌いなものだった。

「それでは気を取り直して、現在の状況についてお話しましょう。第一コロニー、ヌースは停止状態。地球同盟軍による調査が行われています。主に重力爆弾の影響についてですね。情報統制を行なっていますが、もうソーシャルメディアでは拡散されまくってます」

「ああ」

 僕のような厭世的な人間だって、インターネットの吹き溜まりを覗かなければいけない時だってある。ネットカフェのパソコンに目覚まし時計を接続して、何回かVPNを経由してログインした。いいね(趣向)を求めなかったタイムラインは万人の蜚語(ひご)で満たされていた。

 その中心に有ったのはケプラー452b。そしてそこで起こった事件のこと。

 僕は442bにいた時から設定を変えていなかった。現在位置を合わせないと、全く違う星のニュースを聞く事になる。企業の顔役のスキャンダルとかコロニーの不具合やら、よっぽど大規模なことでない限り他の星にとっては意味がない。

 僕たちが引き起こした事件が今タイムラインを占拠しているのは、そういうことだ。

「個人の衛星からの撮影がバズってました。本当に個人なのかは分かりませんけど」

「企業の工作か。あるだろうな」

「チャートが乱高下してました。それと……あまり関係ないかもですけど、火星のことと結びつけて考える人もいるみたいで」

「あ、インボーロンってやつですね。昔は人が少なくて見れなかったんですよね。最近多くていいですよね、情報の受け入れって感じで」

「見て楽しいものじゃないだろ」

 僕はジョージの言葉に密かに同意した。どう考えても無理筋を辿り、点と点を無理やり繋げて図形にしただけ。そりゃ探せば何かしらの共通点ぐらいはある。

 1番支持を集めていたのは地球同盟軍のプロパガンダ説だ。意図的な破壊によって強さを顕示する、ということ。勿論そんなわけはない。自分達の管理する場所を壊して何になるのだろう。それに困難が必要ならどこの星でも転がっている。

 僕は思考を止めた。考えるだけ無駄に過ぎる。ごちゃついた思考というか、統合のないそれからまともなものは感じ得ない。

 部屋の中に意識を持ってこようとした。けたたましいラップトップの排気音と、焼け付くばかりに揺れるシーツ。窓の外から差し込んだ光はガラスを通して緑色に見えた。アゲナは背もたれに体を預けて暇そうに茶を啜っていた。ジョージは画面の中を見つめている。セキスイも同じだった。コワレフスカヤはフードのせいで何を見ているのか分からないが、俯いたままだった。

「つってもあの時に爆弾の影響が無くなったぐらいなんだから、すぐ人が住めるようになるだろ」

「お、その通りです。プシュケーポイント1万点贈呈」

 言葉の意味は分からなかったが、彼は自慢げに笑った。隣のジョージは微妙な顔をしてそれを見た。初めて見る表情だった。

「ですが、彼らが調査しているのはそこではないのです。この画像に写ってますね。めっちゃ企業との癒着を疑われてますけど、こんな古いのは地球同盟しか持っていません」

「……現在市場に出回っているのはマクスウェル機関に特化したレーダーだけ。戦術的に意味がないらしいからさ」

「補足をどうも。物置をひっくり返してきた目的は重力爆弾のメカニズムを知ることでしょうね。彼らは火星での紛争が、どうも恐ろしいみたいですから」

「まあ、あれが使われた以上どこも躍起になって作る方法を探しているだろうけど。有名でもない企業が作ってしまったということは、企業側の資金は関係ないってことだからさ」

「悲観的〜。正解ですけどね。プシュケーポイントはありません。人類が破滅に向かってるようで悲しいですね」

 かつて冷戦というものがあった。核兵器を持った2つの陣営が睨みをきかして、消極的な戦争状態を作った状態。時計が12時を回るまでの数分の間に何回も地球を滅ぼすだけの兵器が製造された時代。

 そんな権利さえ大多数の人類に無いのだから、贅沢な時代だった。核兵器については、現在でも作成・保有した企業及び個人は問答無用で対処される程度には警戒されている。今になってこの知識を掘り起こしたのは、そういう状況になっているということだ。

「すごいことになってるな。わかんねえけど」

 そう言ってアゲナは茶をまた啜った。迂遠に間違いを言われたからか、表情は渋かった。まあ、いくら不安があったとしてもそれは世界の話だ。社会を個人がどうこうすることはできない。

「話が逸れました。地球同盟軍の動きからしてあなたたちにリソースを割くことはあまり無いでしょうね。もう身元は分かっていますし。大した価値もないから見逃しているって状態ですかね」

「……そんなに有能か?あいつらは、企業ひとつも取り壊せないぜ」

「この星には私がいますからね。適切な神託があれば意外とそうです」

 ジョージは珍しく自我を出した。最初の任務の時のあれはひどく珍しいことだと、今になって分かった。ちょっとした沈黙の後にジルが声を出した。

「良いことかも知れませんが、攻撃をしないと決まった訳ではありませんね。私たちはまだここへ留まっておくべきだと思います」

「ええ。それが妥当です。私も流石に人間の心までは分かりませんから、いつ心変わりすることやら。コンピュータージョーク」

「面白くないぞ!」

 コワレフスカヤは鋭く叫んだ。


「そういえば、あまり関係がないかもなんですが。あの時にエンジェルはどうして止まったんですか?」

 セキスイがプシュケーに問いかける。僕は彼が質問に答えることを事前に連絡しておいた。どこまでが中立かは恐らく彼の匙加減だろうから、適当に気になったことを聞いてくれとも。それぐらいはわかっていると皆頷いていた。

 それから特に人工筋肉のことについて問いただすということを決めた。主に1人、彼になぜそんなことを聞くのか反対した。僕はプシュケーはエンジェルの暴走を引き起こした疑惑があるということを話した。

 エンジェルは基本的に独立して動くようになっている。当然設計者はハッキングを警戒した。最初期の機体である天使(エンジェル)級は比較的簡単に操ることができても、座天使(ガルガリン)級はそうもいかない。恐らくはプネウマの処理能力を持ってしてもどうしようもない。アクセスポイントがほぼ存在しないためだ。

 ハッキングに足りるだけの膨大なデータ通信を担保することができないのなら、なぜ止めることができたのか。それが疑惑になっている。

 もうひとつ、彼になぜこのことを聞く必要があるか。僕は嘘を述べた。人工筋肉の調査は僕たちの目的だ。現状のアプローチとは違うかも知れないが、功績のひとつとして報告できる可能性はある。君のセルもかなり増える可能性もある、と言った。彼は頷いた。4回。

「それは、彼らに働きかけたんです」

「ど、どうやってです。ガルガリン級はどうやっても」

「ええ、だから暴走させました。コツがあるんですよ。あ、あなたたちが調査してることでしたね」

 この仕事について言ってたかどうか、僕は思い出せない。いつでも覗き見できるなら変わりようはない。

「どうしよっかな〜流石に専横かな〜」

「何でだよ。さっきは勝手に喋ってたくせに」

「あれは状況ですからね。第一ほぼ推測しか言ってないですし」

「そうか?」

「そうかも……多分自分の中の定義が揺らいでいるんだな」

「変わっていませんよ。あなたたちの生存も死亡も発展には寄与しませんし、なら話相手の方がいいでしょう」

 452bでの戦闘は、敵が大規模な破壊を生み出していた。だからあの時助けた。その原理はなんとなく理解していた。もし本当に尋問するのなら、僕たちが資本主義的価値を持つものだと示さなければいけない。

「あ、助けたので街を破壊しなかったのはノーカウントですよ」

「だってさ」

「どうする、セキスイ。僕たちぐらいしかまともに考えている人間がいない」

「え、え、その、はい」

「じゃあ、宇宙のほうのコロニーを壊したのは?イーンスラだったか」

「あー、どうですかね。もっと下さい」

 彼はどうやら、大罪を犯しているらしいことに気づいた。安直すぎるだろうか。思考が移ってしまったようだ。

 セキスイは少しだけ身を乗り出して、僕たちがやったことを滔々と述べた。それがどれほど素晴らしく、価値のあったことであるかを飾り立て。就職活動のことを思い出してしまうのであまり聞きたくはない。

「あの場所は地球同盟軍にとって迷惑だっただけではなく、新たな戦争の引き金を引きかねない場所でした。あれは独立した、かつ個人が実権を握った組織と言って差し支えはありません。ですよね、コワレフスカヤさん」

「ん、まあ……面倒な場所だったね」

「なので、それを排除した我々にはこの星に対して働いたとも言えるはず、です」

「そういえば、その後はどうなったんだ?」

「散り散りになったらしい。後のことは知らない。興味もないね」

 たかが一個人を殺しただけだから、恐らくは誰かが船団をまた率いるだろう。そいつもニールと同じようなことをする。だが僕も程なくして疑問を収めた。彼と同じ結論に達したからだ。

「うーん、まあそうですね。実際彼らが居てもやくざな稼業を広げていたでしょうし。いいでしょう。話します」

「や、やった。やりました」

「うぃー」

 アゲナが気の抜けた声を出して、二杯目を作っていた。紙コップから覗く紙のタグに染みがあった。

「ケプラー452bでも何度か人工筋肉の暴走が起こりました。私は当然管理しなければいけないので調査し、ついに発見したんです。暴走の条件のひとつを」

「それは?」

「マクスウェル機関との単独接続です。人工筋肉はどういう訳かそうすると暴走しやすくなります。エンジェルにピッタリ当てはまりますよね?だからちょっと……接続を単純にするように命令すると割となりやすくできるんです。これが私が交信と名付けた方法です」

「どういうことだよ……あ、それも分かるか。お前なら」

「研究者として腹立たしいが、分からないね。プシュケー、どうして人工筋肉とマクスウェル機関が関係するんだ?エンジンとタイヤが直結すると爆発するって言っているようなものだぞ」

 彼はフードの中に手をやってもぞもぞ動かした。必死に考えを巡らせている間、皮膚を掻きむしる音が聞こえた。

「分かりませんよ」

「え?君が見つけた方法だろう?」

「原理的にそうなるらしいというだけですね。忘れないように、エンジェルが主な発生源です。そして通信はあまりできない。これは僅かなサンプルから見つけた暫定的な理論です。あなたなら分かるんじゃないですか?」

「う……確かに、結論と言うには不確かか。でも成功させる程度には信憑性があるってこと……」

「ええ。後の実証はお任せします。この程度ですかね。ちょっとだけでも、あなたたちにとっては十分だと思います……言い過ぎたかな?」

「ともかく、情報は感謝する。ありがとう」

「イェイ。」

 僕は感謝の言葉を述べた。目的にも近づくことだった。不可思議な人工筋肉の生成方法からすると、これも偶然ではなく必然的なことだろう。まだ確かめるには情報が足りないが……父親の体を使って何をしているかには近づけた。ここまで不明瞭だと怒りも湧いてこない。

 コワレフスカヤはブツブツ言って端末に何かを書き込んでいた。それから一言も発することは無かった。


 その後も会話は続いたが、大した情報は得られなかった。巧妙な会話の術を知っているが、プシュケーの本質は統治AIだ。明確な功績を示さなければ何も話しはしない。僕たちはただ彼の暇つぶしをしただけだった。

 16:00を回って、この尋問が始まってから約3時間が経った。僕はこれ以上話しても無駄であることと判断して、ミールワームの臓物の抜き方についての議論を止めて解散させた。プシュケーは駄々をこねたが、ラップトップを閉じた。

「やっぱり、この星の軌道上であったことって……プシュケーさんがやったんですかね」

「どういうことだ?」アゲナがセキスイの言葉に返した。

「エンジェルの暴走は、結果的にですけど宇宙のほうのコロニーを攻撃するようなことになって、雇用を生み出すことになったのでは、と思って」

「……かもな。この時勢、どこでも仕事にありつける訳じゃねえし」

 やらなければいけないことだったのだろう、とは思った。全体像を知ることができない以上、僕には分からない。それでも知ることができるAIが行っているのだから、経済的には正しくあるのだろう。

 椅子をそれぞれの部屋に片付けて戻っていく僅かな間、彼女は僕を見た。ファンデーションを塗した顔では血色は分からない。それでも、少し前の死を選びそうな表情はしていなかった。そして僕の覚悟なんて待たず、会話は始まった。

「あ、その、隊長。ありがとうございます。えっと、私に任せてくれたことについて」

「ん、別にいい。あれは……」

 僕は君のことを知らないし、君も僕のことを知らない。それ以上になることはない。こういうことを言おうとして、止めた。面倒なことになるというか、何が起きるか分からない。あまり形にもならないことは言うべきではない。

「そうするしかなかった。それだけだ」

 結局、いくつかある理由のひとつだけを述べた。実際選択肢のひとつではあった。

 僕たちは同じではない。家族からの期待を裏切った。始まりは同じだったかも知れないが、今は違う。それでもトラウマに向き合うという権利はある。

「それにやりたいことをやれ、と言っただけだ。どこまでも君の能力だった」

「ふ、ふふ。ありがとうございます。そういう変な感じ、救われました」

「変じゃない」

「そうですかね。とにかく、ありがとうございます。私はほんの一瞬でも救われたので。それだけです」

 そう言って、彼女は礼をして退室した。僕はドアの鍵をかけて、ベッドに腰掛けた。ブーツを半分ほど脱いで足を出した。

 僕は僕のやりたいことをやっているのか、自分を押しつぶすことをするべきか。人を救うことと殺すことの矛盾は、オフュークスを救ってしまった時から考えていた。そして頭の隅に追いやっていた。今もそうするべきか?

 僕がセキスイに指示を任せたのは論理的な行動では無かった。これは、どこまでも僕のエゴだった。

 人間らしく矛盾を抱えて生きていくだけの価値があるとは、自分を評価できない。正しくあるのは感情ではなく理論だ。だからそうなりたい。今、その理論を持って矛盾の中に僕はいる。もういないはずの父親に認められることだけを信じて。

 悩むことにはどこまでも意味はない。僕は落ちていく電子の光の中でそう思った。顔にかかった夕焼けが鬱陶しかった。複雑な思考は、現実には何も及ぼさない。早く、いや、僕はまだそうしなければいけない。そう選択したのだから。


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