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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
57/75

18,

 エンジンの振動が鼓動をやけに急き立てる。エピネフリンの放出はまだ続いているらしい。どこかしらの出血は止まっている。ただ、それでも身体は危機に対して警戒を続けているらしい。我ながら便利なものだ。

 そして、それを自分で選択したという訳もない。僕はたまたま良いハードウェアに当たっただけの人間で、それを伸ばすことも出来ただけ。もしも何かしらの疾患を抱えていては戦場に立つことも叶わなかっただろう。それを才能と言うのか、それ以外のものと呼ぶのか。僕には前者だけのように思えてしまう。

 要約して言うとすると、人間の肉体というものが先天的に与えられるからして、未来に得られるであろう名誉も自信も先天的に決定されているということ。

「もっとスピードを出した方がいい」

『いいや、事故るって!そうしたら私とデータが死んで仕事も死ぬだろ!』

『装甲車なので正面衝突しない限りは大丈夫ですよ』

『何でそういうことを今になって……!』

 煽るだけの根拠はあった。避難によって車通りはない。よっぽど運転が下手でなければ道路の真ん中を暴走していればいい。ここには煩わしい交差点や細すぎる道、停める場所のない回収場所はない。後は装甲車の耐衝突性次第だろう。紙面の上では問題なかったが。

『かっこいいな。私運転出来ないですから』

『君が運転手だろ?!』

『この前人にぶつけちゃって。突然窓ガラスを叩いてきたので、びっくりして踏んだらアクセルだったんです。ドラッグ吸ってた人だから良いんですけど』

『良くないって』

『結局襲ってきましたから、いいんです。あ、それで前の車は壊されちゃったんですが』

 僕は何とか前回の作戦のことを思い出せた。装甲車の安否については詳しく追求しておかなかった。当然その時点ではさして作戦遂行に対して問題ではないし、その後もそうだった。そういうのは失敗部分と税金しか見ていない、さもしい人間がやればいいことだ。

 彼女はそういうきらいがあったのだろう。だから覚えていて、そんなことを言っている。失敗を覚えるなとは思わない。ストレスのかかる場面を記憶するのは危機的状況を回避するためで、それは生得的なものだからどうしようもない。要するに、そのストレスを溜め込んでいることがセキスイの駄目な部分だ。

『……言っちゃった〜絶対クビにされる……でも言わないでおいてバレたらやばいし〜』

『絶対せん妄だぞ、こいつ。助手席に置いておくべきじゃない』

「だとしても、今はできない。暴れたら殴って麻酔を死なない程度に打ってくれ」

『私って非戦闘員だよね?』

「ああ。だから戦闘に巻き込まれないというわけではない。前はそういうことばかりだっただろう」

『思い出したくもないことを』

 ピンク色の蠕動が、終わる。ようやく飛行の準備が整った。腕の中へとライフルが収まった。改造されていない予備品だ。人工筋肉が固く収縮して空中へと飛び立つための体勢を作る。これまでの間がどれだけ長く感じたか、僕にだけは理解できる。

 ファフロッキーズが砲塔を顕出、虚空に向ける。肉塊に包まれた今ではデーモンのセンサーが目の代わりになる。振動は消える。慣性が身を引き裂かんばかりに増えていく。電磁力によって爆発的に加速、空中に肉塊が放たれた。

 そして、それが腐敗した。酵素が筋肉を溶かして何だかよく分からないものへと変えていく。数多の遺伝子、僕の父親の遺伝子も入った細胞たちの死。組織として最も近いのは死体なのだろうが、脳の不在のためにそう呼称すべきなのか。僕は落下しながら散り散りになっていく茶色を見ていた。いずれは完全に生分解していく。

 空中に黒いデーモンが現れる。重力を操作して落下に抗っていると、後ろからファフロッキーズの砲弾が迫ってくる。僕はそれを受け入れた。筋肉の包装が背中に取り付いてケーブルを接続、フライトユニットとの接続を確立する。燃料タンクに漏れはない。武装はライフルとハンドガン、ナイフとナノマシンの入った筒。エラーメッセージは1つのみ。

 空間不足はプログラムと金で解決すれば良いという発想はどうも僕にはない。発想が必要だったのは貧乏な企業の雇われだった時と、戦場からあぶれた時しかなかった。

 緩やかな放物線は直線へ、黒い炎を避けるための速度を出した。遠方から吹き荒ぶ火炎の噴射。熱源を見る限りは装甲車ではなく、デーモンを狙っている。思い返せばオフィスでの戦闘でも僕への攻撃しかしていなかった。丁寧なやり方だ。

 上空にデーモンが4機。僕たちと同じような技術を持っているらしい。いや、この僅かな時間で全員の換装を行なっているのだからもっと先進的なものか。1機だけが僕を狙い、残りはアゲナの方へと向かっていった。ジョージは後回しか。つくづく合理的だ。

「アゲナ、合流は後だ。残りのは2人でどうにかしてくれ」

『は!?てめえ、ただでさえこっちが少ねえんだぞ!』

「そうか」

 黒煙を撒き散らしながら2つ、3つ。命中すればどういうことが起きるのかはもう見ている。装甲に守られた人体程度ならすぐに燃やせるだろう。

 炎は何回も塊のまま飛来する。風にやや揺られている。速度は弾丸よりもずっと遅く、回避は可能だ。ただ、敵機は僕よりも速い。同じヴォーソー、ソフトウェアの問題が出るまで鍛え上げるには新しすぎる。おそらくはそれ以外の武装が存在しないがための速度。

 バトンのような荷電方式ではなく、高温燃焼させる方式を採用することによって利便性を手にしている。燃料を吹きつけているのか特殊な砲弾を使っているかは分からないが、乱射できる程度には使用できる。灰色の迷彩をまとったデーモンが僕の上空に。

 シャンデル。上昇しながらの宙返りで吹き下ろす炎を避けながら射撃。銃弾は腕のノズルから放たれたそれで防がれる。だが、そのデーモンは銃弾を避けるように左右に動いた。アウターシールドに命中した幾つかの弾頭は融解しかかっていた。

 どうやら、僕の推測は正しかったらしい。アウターシールドと同じ原理を使用していない……つまり銃弾を防ぐような力場はない。単純な火炎放射の延長線上にあるだけだ。それなら、やりようはある。

 敵の目的は足止め。1対1で僕を引き留めて、残りの3機で人数優位を作る。指揮系統をどこで知ったのか、隊長が僕である事も知って。ただ、対デーモンのドッグファイトに適していない機体を仕向けたのは間違いだった。だから切り捨てたのか。

 最高速度のまま僕たちは引き離され、触れ合う。薄れた経験は訓練と実践によって、再び戦場のなかにいた。銃器から放出される振動と小爆発だけが頭の中に残る。戦闘軌道を思い出すよりも速く実行できる。そしてまた、嫌になった。僕は自分で切り落としたはずの翼を求めていた。

 僕はぼんやり、セキスイのことを考えた。結局彼女とは向き合っていない。準備が思ったよりも速く進んだから、それともそうしなかったのか。分かりはしない。

 相手は放射を連続して行わない。視界が塞がれるし、銃身が熱で変形するから。4度目の火炎放射を避けて、後方に減速しながらナノマシンの入った筒を投下。ロールするとちょうど敵に向き合う。腕が力なく垂れた。あの時に攻撃した奴か。

 CILWSがレーザーを発射する。ジルが行ったそれは迎撃ではなく起動のため。極小の機械の群れが広がり、300km/hの超速度域で靄のように広がった。光はただその中で乱反射した。僕のものではなかった。捕まったデーモンに向けて、速度を緩めながら射撃した。

 燃料がタンクからぼろぼろと落ちていくのを見た。茶褐色の液体は擦れた装甲を汚した。僕は感覚よりも打ち込む弾丸を少なくして振り向いた。重力反応が1つ消えた。


 銃声は聞こえない。形容のできない音が主で、あとは電子的な警告音だけ。空気の壁を押しながら進むということは、そういうことだった。

 ビルの隙間を縫うように飛んでいくデーモンたち。おおよそ戦闘機やデーモンも入り込めないであろう、10m以下のコンクリートと珪素の渓谷。外れた銃弾が壁の表面を削り、瓦礫と埃を落としていった。射撃は遮蔽によって防がれて、僅かばかりの猶予を伸ばしてくれている。

 ビルの裏側はどこでも汚らしい。戦闘によって落とされる薬莢やグリア粒子もそれを手伝っていた。僕は大体の状況を把握して、再び飛翔した。

 アゲナとジョージは正面を切って戦うことを避けて、ビルの隙間に逃げ込んだらしい。全く指示してない割にはいい判断だった。それともジルがやったのだろうか。翼を擦らせながら龍穴に入っていく。視界のほとんどは流れていく汚らしい壁とパイプに塞がれた。

 デーモンはアフターバーナーを付けながら、気の狂ったような速度で飛行する。少しだけ右か左にふらつけば死ぬだろう。しかし今の脳には感情や余計な揺らぎは存在しなくなっていた。これがデーモン。悪魔たる所以、人間を戦場に置くための装置。あるいは、僕を正当化するもの。

「救援に来た」

 後のことは聞かなかった。聞いているような状況でもないし、そんな気分にもなれない。戦いの中でようやく人間的な何かが首をもたげた。必要でないと頭も動かないのか。

 曲がりくねる3次元の中にガイドランプが灯り、道を示す。デーモンの演算機能でもそれぐらいの容量はある。迷いもしない速度は敵機の背後へ、さしたる時間もないままに迫る。僕はテロームの引き金を下ろした。銃弾はデーモンの装甲を貫いたが、足りない。前方の景色を埋め尽くした壁に対処した。

 理想的な奇襲を仕掛けられた。FCSに映る情報も一瞬にとどめた。そのはずだが、ここの地形はそれを阻む。では戦法を変えよう。

「ジル、敵の表示を増やしてくれ」

「了解です、マスター」

 より複雑に、詳細になったディスプレイの情報から狙うべき標的を選び取る。3機対3機、人数の優位性はない。未だ消えていないIFFとあわせて考えれば集中的に狙われているということも。この狭い空間で友軍であろうと接近するのは危険だ。

 必然的に別れる、あるいは編隊を引き伸ばしながら追撃を狙っているはず……推測は当たった。複雑に枝分かれした道の向こう、そして僕が到達可能な距離。全ての条件を満たす重力の反応。エンジンの振動が体に伝わる。消える、その間には数えきれないほどの死が間近にあった。危険を犯すべき状況なのはずっとだ。

『それで、何かやることは』

『あるわけないって。あ、効果が無いことはしてていいのか。エンジェルが来ないように祈っててくれよ』

南無大師(なむだいし)遍照金剛(へんじょうこんごう)南無大師遍照金剛……』

 呪文のような何がしかが聞こえた。引き金はひどく軽く、冷たい。銃弾は敵をすり抜けて前方上部の室外機たちを撃ち抜く。瓦礫と共に降り注いだ機械によって進路を塞がれたデーモンは宙返りしながら応射、ただ先に構えていたたのは僕だ。

 12.7×99mm弾頭はアウターシールドを捻り抜けて、装甲の下を通過した。僕にも同じようなことがいくつか起こったが、少ない。フライトユニットは無事、頭にも当たっていない。相手はマニューバの分速度が低下している。弾倉を投げ捨てる。

 追撃しようとしたその時、ACOGの照準が激しく揺れた。デーモンが強張る。風が吹いている。僕は射撃をやめて機体のコントロールに集中する。デーモンの電子制御を持ってしても安定しないのは、複雑な地形に吹き込んだことで乱気流になってしまったからだろう。

 これが何から生み出されているか、回り続ける視界の中で思い当たるものを見つけた。プネウマだ。コロニー中央に位置する塔から、絶えず大気を吸い込んでいる。外周部でも聞こえてくるほどの肺活量で。デーモンの重量は軽い。少なくとも航空機よりかはずっと。

 人工筋肉が収縮して姿勢を補助、マクスウェル機関が風に抗うための重力をつくる。視界の端でアウターシールドが展開されたのが見えた。やっと風が鎮まると、彼我の距離は極めて離されていた。敵機は上に居る。Z27°からドローンを展開した。おそらくは自爆型。破滅的な地形であっても僕を攻撃できれば問題はない。

 CIWLSから光が乱れて飛んでいくが、その線は細く少ない。過負荷を掛けたから損傷している。攻撃は諦めて迎撃にライフルを使う。小規模の爆発が薄汚れた街路を照らす。爆発に紛れて弾丸がいくつか飛んでくる。ドローンを積載する時間を設けるべきだったか。いや、どうだっていいことだ。少ない弾幕を受けてドローンの軌道がずれた。

 壁に激突したそれへと射撃、撒き散らされていく瓦礫と埃の中に突っ込んだ。センサーが切り替わる瞬間というのは一瞬でさえ隙ができる。とはいえ銃口はまだ僕を向いている。足裏を飛来する瓦礫に重ねた。

 重力を操ったのはジル、もしくは蓄積されたプログラミングだろう。体勢を安定させるためのそれは、瞬間的に運用重量を消した。僕はピンボールの球のように跳ねて上昇する。胸や腹がぐらぐらするような感覚を抑えながらエンジンの出力を上昇させた。

 サイトを覗くような距離ではない。視認どころではない、触れ合うことのできるくらい。戦慄いて震える手と頭が見える。その輪郭の外は鼠色の壁だけだ。僕たちは2機だけが存在できる隙間にいた。曲技飛行でもやりたくはないし、直ぐに終わった。

 新しい弾倉の中身をぶち撒けた。激しい反動が肩と腕に伝わった。直ぐに上昇して衝突を避けた。最後に見たそれは硬直して死に向かう人間の形をして、ひさびさに見たものだった。

 揺れる体を注意しながら避けて、僕は通信を開く。

「生きてるな」

『こっちだって戦ってるんだからな……!クソッタレ、助けろ!』

『俺はどうにか対処した』

「ジョージ、君は車に戻って応急処置を。負傷からしてもうすぐ駄目になる」

 これはデーモンの情報に従ったのではなく、僕自身の経験からの言葉だった。手足を焼き焦がされて消し去るとその分の血液は無くなるし、脳は焼けた肌からの信号を受け取り続ける。そして、何故かは分からないが動ける時間は僅かになる。さして珍しいことでも無いはずだが、裂傷は人工筋肉で対処できるからだろうか。

『了解。感謝するぜ』

「そうか」

『南無大師遍照金剛……なむ、こんなの意味ないですよね』

 光点は2つ消えていて、さらに1つ去っていった。戦況は優位に傾きつつあった。相手はかなり合理的に物事を運んでいたが、最後の手が間違いだった。いや、間違いと言うよりかは運が無かった。2人が逃げ込んだ場所は奇跡的に状況を変えるだけの環境があった。

 全員が離れて飛行しなければならず、攻撃する手段も限られる。数の優位や装備の優位性が無くなる。あとは技量と狂信の比べ合いだ。巨大かつ入り組んだ裏路地の中ではそんなことも起きる。

 やがて、アゲナとそれを追い込んでいくデーモンの姿が見えた。2機とも壁すれすれを飛び回り、躱して上昇と下降を素早く繰り返す。まじまじと見たのは初めてだが、どうやら技量に嘘をつく狡猾さは彼には無かったようだった。敵機はドローンを展開しながら器用にヴォーソーを削り取っていく。

 狙いを定め、ドローンを撃ち落とす。次いで敵機も狙う。銃弾は問題なく飛んでいったが、バレルロールで避けられた。レーダーくらい見ているものだな。

『お前、やってくれやがって……こっからは俺たちの番だ』

 そういうことを有利になった瞬間に言うとは、どうにも小物らしい。

 ただ、肯定したくは無いけどアゲナの言う通りの状態だった。1対2、増援の気配は今のところない。デーモン部隊の数は変わらなかったし、おそらく入れ替わっても居なかったからだ。時間さえ掛けなければ問題はない。

 彼に向けられた銃器は2つに変わる。敵機はドローンを全て放出。壁を狙ったそれへと発砲して試みを阻んだ。爆発は街から出たものの色彩を写した。分断されてはならないと教えてくれたのはそっちだ。援護が通るのはビルの奥行き次第だが、脅威ではあるはず。

 アゲナは打って変わってドッグファイトを挑んでいく。これまでの戦い方はバイタルが消耗しきっていないことから分かった。追い詰めるようにライフルから銃弾をばら撒いて、自分の動けるエリアを広げていく。敵機は僕の存在を意識しているためにそれを妨害出来ずにいる。

 狙いは銃弾か、または壁か。アウターシールドが壁に反応して展開した。グリア粒子が谷底目掛けて振り落ちた。衝突すればまず助かりはしない。僕は彼の判断は間違っていないとは思ったが、過度なまでに安全策を採ることが何を意味するのかを知らないようだった。

 この戦闘にどっぷりと浸かっていないが故に、僕は冷静さを保てているのだろう。銃撃は敵機のフライトユニット、その燃料タンクを撃ち抜いた。飛行可能な時間は狭まり、派手な軌道も難しくなる。追撃をすればようやく終わる。そう思った。

『あ、見えます。何か落ちてきますよ』

『何かって、何さ』

『……分からないですけど』

「大規模な重力反応を検知しました」

「エンジェル?」

「いえ、これはマクスウェル機関です」

 瞬間的に敵機が跳躍、それを繰り返してビルの頂上まで駆け登る。当然無慈悲な銃弾が人体を撃ち抜くが止められない。その身体はもう機能的に閉じていると言っていい。だが、それでも動く。脳からの電気信号か、それとも超自然的な何かか。そんなものはない。

 銃弾が空から落ちた何かを破壊した。彼らはかつての僕たちと同じように空からコロニーに侵入していた。そして揚星船を持っていた。これは部分的に違っていて、高価なものだ。中央に配置されたマクスウェル機関の円環が何回ものアルクビエレ・ドライブを可能にするモデル。トリチェリがカタログを見てぼやいていた。何度か会社に申請をして却下されたから。

 落ちてきたものは揚星船の機関部だった。そしてそれは僕の知らない何処かへと帰還しようとしていた。重力の泡、または空間の波の中への潜航を妨げればどういうことが起きるのか、今僕は知った。


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