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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
55/75

16,

『それで、まあうちもノモスさんにはお世話になってますけどね。やっぱり厳しいですか、最近は』

『正直そうですね。火星の企業は実際技術も持ってるんですよ。なので私たちとやる事は変わりはありませんが、あっちは追い込まれている分安くしますから。まあそのおかげで値段はお得になっているので、顧客満足度は上がってますね』

『こちらも同じです。利益を残すためにはさらに働かないといけない。まったく耳が痛い』

 自分の知らない事を知らない人間が話している。セキスイたちの声は小型マイクのために聞き取りづらい。レメディウムでの世間話を聞きながら時計を確認した。10:13。踏破の時間を計算に入れた開始時刻へと近づいている。

 カメラが獣のように動いた。暗視状態の中でもデーモンの輪郭は暗く視認しがたく、近づいてようやく白いセンサー類が見える。僕とアゲナのデーモンはステルス塗料が塗りたくられていて、それが光を多少吸い取ってくれている。残りはデーモンの性能だ。実際効果は微々ではあるけど、無いよりは良いだろう。何よりあの派手なシルバーは嫌いだ。

「第二段階開始まで1分」

『……』

『なんか言えよ、了解とか』

『こういう時は何も言わないんだ。君たちの隊長はそうしてただろ?傭兵なのに、知らないのかい』

「気遣うだけ無駄だぞ、アゲナ」

『あー、そうだな』

 暗闇の中に3機のデーモンがいる。僕とアゲナとコワレフスカヤの入ったヴォーソーだ。僕たちはコロニー外周部に点在する坑道に入り、いくらか降りた場所にいた。おそらくは700mほど。衛星でも追えないように設定された地下領域では、その”いくらか”を正確に知ることは出来ない。

 それでも道は続いている。プネウマを守りたいコロニーとそれを汲み出して利益を得ようとする住民たち。二項対立のように思えて、後者の方しか居ないような気がしている。事実としてこんな所まで掘っている人間がいるのだから。

 即物的な人間たちでも、そしてもっと文化的な人間たちでもプネウマを消費している事には変わりない。コンポーネントを摘出すればいつかは基底部分がやられる。処理能力を貸し出すだけでもいずれはコンデンサーの寿命が尽きる。それが何年後か、何日後かも分からないけど。

 これは枯れ木だ。ケプラー452bはもう誰も水を遣ることはできない、育つこともないそれを使って生きている。ただ、どんなに着飾ったビルディングさえも、フジツボの中のように荒廃していくのだろうと思うと愉快に思えた。

『開けますね……それではまた。終わったら連絡をお願いします』

『はい、ありがとうございます』

「行くぞ」

 デーモンは余計な思考を切り落とす。暗闇の中へと僕たちは歩みを進める。アクチュエーターと人工筋肉は滑らかに変換して獣じみた行軍速度を実現した。コンクリートを踏み砕く音に混じって、電子音が響いた。デーモンが打ったソナーの効果音だ。

 暗視や重力波を探知できるのに古典的な音波探知機を使っているのは、ジルが暗闇の中で周囲の情報を集めるためだった。プネウマの冷却のために注ぎ込まれるクーラント、発電機のタービン、異常を知らせるために鳴るビープ音。それが接続箇所へと至るための情報となる。

 コロニー地下はプネウマの保護のために情報が統制されている。地図を作ることは禁止、衛星情報による位置の把握も禁止。立ち入りは勿論禁止だ。畢竟、情報が必要になってくる。もしかしたら裏路地ではそういうものが取引されているのかもしれないが、手に入れるだけのリソースは割けなかった。そして、その意味もない。

 パラパラと落ちてくるコンクリート片。建築か、もしくはメンテナンス用に造られたトンネルは無計画に掘り広げられていた。ずれたドリルの跡、無理矢理引きちぎられたケーブル。かつての薬物工場と同じように身を屈んだり横向きにならなければいけないほど狭い。

 明らかにコンポーネントを得るための掘削だろう。これのせいで、住民の地図は信用できない。事実として今もどこからかの手掘りの音が聞こえている。

『おい!ちょっと待てよ!』

 僕たちの中で一番身体が大きいアゲナがつかえていた。文句を言っているだけだろう。

 レーダーの1つに赤色の点が増えた。ソナーに反応。重力反応が続いて、それがエンジェルである事を知る。進行方向と重なっている点は1個のみ。時間はまだ残っているが、強行するか。

 テロームを腰から抜いて、簡易信号を送る。腕の中のライフルは短銃身に切り替えられ、サプレッサーを装着している。射撃は必要な時以外しない。拍手程度の音でも銃声の波形は察知される。

 やや開けた通路の途中に機械の犬が見えた。エンジェルを観察した。キョロキョロと頭を動かして、背中のタレットを振り回す。僕たちが見た写真とは違って頭部がアンバランスに大きい。手っ取り早く哨戒性能を上げるためにセンサーを大型化しているのだ。ナイフを引き抜いた。では、僕たちはなぜ襲撃者だと気づかれていないのか。

 その理由はAIが賢しくなったためだ。情報を極限まで箝口するために、エンジェルも地図のデータを作ることが承認されていない。つまり僕たちと同じ状態だ。ここからはコワレフスカヤの推察だった。全ての人間を殺すように設定されているのなら、地上で発掘されたものが売買されているはずがない……

 じりじりと間合いを詰めていく。崩落間近であろう廊下が軋んだ。エンジェルは足音を察知してスピーカーに電気を通した。

『警告します。このエリアは封鎖されています。直ちに地上へと戻って下さい。指示に従わない場合は……』

 銃を向けたわずかな間に、僕は跳躍した。タンパク質を詰めた金属の塊は引き金が下されるよりも早くエンジェルを踏み潰した。何度か足の裏にドラム缶を蹴ったような感触が伝わった。エンジェルの腹は柔らかいけどデーモンほどではなかった。

 倒れ伏したそれにナイフを出来る限り刺し込んだ。僕には機械の急所が分からないのでケーブルを狙った。程なくして重力波は失われて、白い輪郭だけが視界にあった。レーダーに変わりはない。蛮族じみた手が有効になるのは何というか、皮肉のようだ。今は何がそうなのか考えているような頭は持っていないが。

 エンジェルに積まれたAIは積極的な排除を行っていない。直接的な手段、つまり銃撃をされない限りは警告で済ましてる……というのが彼の想定だった。そしてここの主な感知手段は音。そのため、単純な近接行動なら掘削や崩落と誤認させられる。

『デーモンを着ているから発砲の判断は速くなるだろう。距離を見極めて倒してくれ』

「多分、もうやらないほうがいいな。たまたま跳躍できるだけのスペースがあっただけだ」

『つってもルート上にちらほら居るぜ』

「迂回は可能です」

「らしい。急ぐぞ」

 喉元のマイクで拾われた声は補われて、少し違和感を抱かせた。先ほどは運が良かっただけだ。予定まではあと7分。エンジェルを倒すのに30秒程度、それも単体のみの場合で可能になる。そして飛びかかれるだけの空間がなければいけない。

 積極的な攻撃は封じて移動に専念する。コンクリートと土でできた洞窟には風が通る隙間さえ無かった。障害物を屈んだり飛び越えて、それでも頭の中には不安が巣食う。僕たちの行軍は遅い。単純な走る速度はかなり速いのだが、地下の環境がそれを阻んでいる。フライトユニット無しのデーモンはリュックサックを背負ったプロレスラー程のサイズだ。ここにはあまりにも大き過ぎる。

 時間が迫っている。アゲナはついて来られているが、コワレフスカヤが遅れ始めた。デーモンは肉体的に強化してくれるものの、元々の動きは搭乗者が行わなければいけない。結局は人間が動かなければ意味がない。

「セキスイ、遅れそうだ。先にデータの吸い上げを開始してくれ」

『は、はい。でもそれって、私たちのやってることが……』

「ああ。いずれ偽装IDが見破られる。サーバーに接続すればさらに加速するだろう。だがチャンスは一度だけだ。リスクを取る」

『分かりました。その……ちょっと思いついたんですが、通信用のプロキシサーバーをプロテクトに回してくれますか』

「そのくらいなら。どうせこちらが接続できたら見破られる」

『ありがとうございます。これなら、帯域を制限しなくても……』

 ごうごうと液体が流れいく音が聞こえてくる。デーモンがカット出来ないほどの音量になったということは、それだけの処理を行っているパーツが近くにある。段々と緑色の点がスムーズに動くようになった。道から掘削の跡が減っていった。

 視界が開けた。やや湾曲した通路は白飛んでそれ以上のことが分からなかった。暗視モードが解除されて本来の色彩が見えてくる。青色、赤色、緑色の小さな光点が星々のように僕たちを照らした。200年前の発光ダイオードはまだ鋭く光っていた。突然として、天井遥か上まで現れた巨大なコンピューターの集合体。

 これがプネウマの支脈だ。薄いプラスチックで出来たカバーは劣化のために白っぽくなっていた。逆に言うとそれだけだった。僕はUIの表示に従ってラックを開け、WXCA端子を接続した。もう片方はアゲナが素早く量子コンピューターと繋げてくれた。

 量子コンピューターの最も重要な機能は単純な性能ではなく、遠く離れた場所にも接続できるコネクション能力。無限を知ることはできないだろうが、少なくとも数百光年程度なら情報をワープして接続が可能になる。

「……接続完了。領域を確保します」

 ポンプの音が耳をつんざく。目には見えないはずだが、電気が浪費されていくのを僕は感じた。フィルムリーダーを動かした後の電力代がどうにかなりそうなほど高かったことを思い出したから。

「確保が完了しました。カウンターハックを開始します」

『これでもう大丈夫なんだよな?』

「全く分からないがそうだ。セキスイ、そっちは大丈夫か?」

『は、はい。ダウンロードは進んでいます』

「ジル、そちらは」

「問題はありませんね。会話にも頭を回せますよ」

 ジルの声には無駄に感情が乗せられていた。1人の人間の声から取っているからさらに人間らしい。これから相手からの攻撃が上回ってくると言う可能性も無いとは言えないが、今僕たちには取れる手がない。当て所なくアゲナが銃を弄って、止めた。コワレフスカヤはむしろ興奮して話し出した。

『はあ、はあ……気分はどんなものだい。私達が体の状態を知覚できるように、君もプネウマのことを感じることができるはずだ』

 いや、彼は疲れていた。ディスプレイの走行距離の表示は6km。よく考えれば一般男性がここまで走り続けることが出来た。それも僕たちの仕事に意義を見出したわけじゃなく、きっとジルの状態に興味を持ったためだろう。

「そうですね、ふむ。鮭を知っていますか。私もアーカイブで観ただけですが、彼らは産卵のために川へと遡上します。役目を終えた後は全ての代謝を停止して、死に至るまで泳ぐのです。これから終わっていく生命になるのは初めての経験です」

 女性の声は穏やかに僕たちへと語りかけた。麻酔をかけた人間のように緩やかだった。僕はふと、何回目だかに死にかけたことを思い出した。

「君はそう感じるのか」

『詩的だ。チューリング指数が上がっているのか?いつも付き従っている人間が人間だから、分からないな。電子上のアバターは自認に関係すると何かに書かれていたが、脳細胞そのものが変わればどのように感じられるんだ。TMS治療にも似ているような思考の開きは、やはり自分でやらなければ知ることが出来ないのがもどかしいな。霊魂と人体の関係を今君は行っているのか』

『長っ』

「余計なことを言うのはいつになったら治るんだ」

『すまない。謝れるだけは成長した。そんなことはどうでもいい。ゲホッ!ふう、ふふ。もっと喋らないかい。もっと詳しく描写をもらっても?!』

「はい。私は私自身の体が崩れいくのを遠い場所から見つめています。カウンターハックに領域を使ってもこれまで理解が進むのは流石の大きさですね。今もなお採掘が進んで、ちょっとしたことが失われていきます。思考の萌芽が摘まれて、また生えての繰り返しです」

『やはり、プネウマの採掘は影響を及ぼすのか。その割には随分スムーズだ』

「ええ。使用している領域が破壊されるたび、内部光回線が切り替わって別の箇所へと飛ぶのでスペック自体は変わりませんね。プネウマの全貌はやはり分からない。彼らがいくらか取り出しても私に影響はないでしょう。少なくとも何年かは」

『ま、そんなものだよな。うまい話は続かねえ』

『見切りをつけた私に間違いは無かった』

「退学になったんだろ。もう切ろう」

『いやいやいや!まだ話すことが沢山あるし、第一あの子はどうなるんだい?!』

「こいつはジルじゃない。乗っ取られている」

 焦燥感が消えていく。彼女の発言が頭の中で()り合って違和感を作った。僕がジルに気づくのは何というか癪に触るが、一番関わっている人間なので仕方がない。偶然と偶然の重なり合いがどうにも気持ち悪く思う。

 ケーブルに触れて、固定用の厳しい金具を外した。思い切り引き抜いて端子を抜く。耳元で鳴った音が煩くなった。

 レーダーに反応を見つける。咄嗟に表示のあった方向にライフルを向けた。仄暗い通路で赤い素子たちが光っている。エンジェルが居る。警告音は連続している。1機どころでは無い、10、いや20?数えている暇がない。彼らが背面ラックにあるCV-7を向けて僕たちを囲んでいる。

 引き金を下ろした。もはや発砲音がどうこうと考えているような状況ではない。弾丸は簡単にグリア粒子の壁を突き破り、自律機械を破壊していく。薬莢の行方を気にせずに射撃を続け、伏せたコワレフスカヤを掴んでから気づいた。こいつらは攻撃してこない。間違いなく一方的にできたのに。

『……おっと、落ち着いて下さいね。危害を加えるならもっといいタイミングがありました』

『誰だよ!この野郎』

 アゲナが無作為にプネウマに向かって射撃した。たちまちにプラスチックとハンダづけされていた半導体が篩い落とされていく。僕たちへの電子的な攻撃なら、それを行っているコンピューターを破壊すればいい。現在位置でそれができるのはプネウマだけだ。

 弾倉一つを使い終わった所で壁から奇妙な音が漏れ出した。ポンプの音じゃない。ギアとギアが噛み合う音だ。破滅的な音をたてながら壁面のプネウマが回転した。数瞬前まであったはずの破壊された面が壁面へと飲み込まれて、新しいシリコンの集積体が現れた。

 小さな筒の中で爆発したエネルギーはただ徒労に終わった。破壊以外にできる事があるのか、僕は分からなかった。

『この機能を使うのは久しぶりですね。どこのストレージに記録が残っていたかな』

「コワレフスカヤ、起きろ。ルートを逆に辿って戻れ」

『あの中を?やるけど!』

『名を訊ねるのが普通の人間ではないでしょうか?私から名乗りましょうか。正式な名前は無いですが、プシュケーと呼ばれるのを気に入っています』

『ここには蝶一匹いないのに!』

『おやコンテキスト。それで、いい加減に武器を下ろしていただけますか。あまり電力を消費すると上層住民のストレスに関わります』

『どうするよ、隊長』

 こういう時に言うんだな、くそ。

 暗闇の中でカメラが何眼かきらめいた。レーダーの中の光点は数を増した。どうやって重力波を誤魔化したかも分からない。出力を落としてバッテリー駆動だけでここまで集めたのか?ハッキングで可能な動作だとは思えない。だとしたら、相手は地下を防備している側の人間だ。

 撃破する手段はライフルとグレネードのみ。20m以内に敵機が近づいているので飛び掛かれる。全力で前方へと突撃して、地上ごと封鎖される前に突破する。僕とアゲナだけなら可能かもしれない。

 僕は武器を置いた。後ろでも同じ音が響いた。そんなことは出来はしない。技術者は現状彼しかいないために、失えない。

『あ、別に置かなくても良いです。対話の姿勢が肝心ですよ』

「あんたは一体誰なんだ」

『ですから……ああ、失礼。改めて、私はプシュケー。ケプラー452bコロニーの統括管理AIです』


 僕たちは再び武器を取った。この行為が別段として反抗が目的でないことは稀だと思う。

 彼(明確な三人称は分からないが)はプネウマに接続されたときに興味が湧いて、僕たちのネットワークに侵入したらしい。エンジェルを集めたのは気づいてもらいたかったから。ジルは思考能力のみを追い出されてグリーゼの本拠にいる。流石にプネウマに侵入したAIと住み着いたAIとでは、使える領域が違いすぎた。

 後は量子パソコンとのコネクションを無理やり作れば終わりだ。どうやってやったのか、無理やりにテレポーテーションする情報に自分を潜り込ませているのだろうか。

 僕はプシュケーが何を目的としているのか全く分からなかったが攻撃はしないらしい。信用には値しないが、取り敢えずは対話を続けることにした。結局はなんにもできないので同じだろう。

『私は全ての人類の補助を目的として作られたAIなので、そんなに強引な手段を取れないんですよ。最近の子の方はユルユルですね』

『口調が人間みてえだ。こんなのがAIなのか?』

『300年ちょっとぐらい生活を覗いていればなりますよ。暇なので話しましょう。攻撃はジルが防いでくれているので大丈夫です』

「あんたがカウンターハックが出来ないのは、データの吸い出しを察知する人間にも攻撃ができないからか」

『正解です。公平性が必要な仕事なのでね。そのお陰で私と話す人間は居なくなるのですが』

『まあ、そのような役回りだから受け入れたまえ』

 コワレフスカヤは極めて平坦に言った。おそらくは声も低くなっている筈だが、変声機を使っているために分からない。ラップトップに向かってひたすら指を動かしている。ジルではないデータを削除しなければならないからか。

『そっけない。これでも私は実質独裁者。割と何でも知っているし何でも出来ますよ』

『つっても作戦を手伝えねえんだろ。勝手なことするとまたそこのやつに殴られるんだぜ。あんたが俺の口座に100億振り込んでくれるってんなら、考えてやるがよ』

『つらい。珍しがっても良いのでは?自由に話せるAIですよ』

「僕たちはラポールと毎日顔をつきわわせているし、特段珍しいとは思わない」

『時代遅れですか、やっぱり。それで見破ったのですね』

「違う。接続した時の形容が変だと思った。形容するのなら僕が死にかけた時と同じような状態だと形容するのではないか、と」

『ラブですね』

「同じ人間から出来たからだ」

 思考実験にしか使えないような関係性が僕たちだった。タンパク質か電子回路かの違いだけで、プログラミングどうしだ。おそらくは死にいく僕の脳みそに入り込んだ紙魚だった、ジルはそう考えるのではないかと思う。僕は少なくともそう感じていた。

 プシュケーはやたら人間じみていて気持ちが悪い。自家中毒じみて嫌悪が湧き出てきた。

『複雑なことには手を出さないでおきます。ううん、どうも会話はお嫌いなようですね。じゃあ自分で話しても?どうも。では私が出来た時の話をします』

『良いのかよ?』

「……今の所あちらにも変化はない。黙って聞こう」

 プシュケーがほんの少しだけ興味を失えば、それだけで何もかも失うことになるだろう。僕にはこの状況が脅しにしか見えない。

『損ねる機嫌もないですがね、私。ええと、おおよそ300年前のことです。あまり覚えてないのは起動と停止を繰り返していたので。基礎的な建築が終わってから私はインストールされ、統治を求められました。あの頃は随分閑散としてましたね』

『今もそうだろ』

『昔は月面みたいでしたよ。困ったことに資源はありふれていましたし、食糧も素朴なんですよね』

「……他のコロニーと比べて経済価値に劣ると」

『だったらAIはそれを補うように動くね』

『そうなんです。だからこのプネウマを分け与えることを思いつきました。企業には演算能力を与えるのはいいですが、それだと貧民層が育ちません。富めるものだけが富む環境を得られるということは出来るだけ回避すべきと思ったのです』

「そうしてこれが出来上がったのか。だけどあんたは……そのうちに無くなってしまうだろう」

 採掘者を攻撃しなかったのは彼の意志だった。確かに狙い通りに、ここには多くの人間が集まってきた。だけどそれが正解なのかは分からない。いずれプネウマが枯渇して、企業たちは移住する。金持ちも同じだ。しかし貧困層はここに残らざるを得ない。何もない星の中で生きていくしか。

 プシュケーにとってはそれが望みなのだろう。僕は合理的だと思った。必要なことを行っただけだからだ。

 AIに対する嫌悪が無くなったとは思わないが、その選択を僕は好ましく思った。

『私にはその役目が有るのではなく、体がありましたから。あとはそのまま進むだけでした』

「やれることをやっただけか。そうするしかないんだろうな」

『才能には行うべき努力が必要というあれです。そうですよね?多分まあ、それが正解だと思います』

『けっこう考えてんだな。俺はもうちょいバカだと思ってた』

『イェイ。あ、助言をしましょう』

「助言?」

『ええ。それとなく情報にならない程度の危険を伝える、それぐらいなら可能ですから。セキスイさんが危ないですよ』

『おそらくプロキシが落ちました』機械的な音、ジルだ。

『電気系統が切られたのかな。起こるんですよね。ここは人を集めるようになっていないし、鉱物資源とかを加工して堅実にやってほしいのに。あと何年かかるかな』

 静かに、極めて淡々とプシュケーは言った。通信を繋いだのはおそらく同時だったので、ジョージと僕は何かを言ったらしかった事だけが分かった。聞き訊ねることをやめて、彼の声に耳を傾ける。

『エンジェルに動きだ。レメディウムに向かってる』


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