15,
澱んだ空の色が重くのしかかる。何かが擦過していった後のデーモンの色、金属の色。人間も機械と同じようにソフトウェアがハードウェアを超越する事はない。この空はビタミンDの生合成や、セロトニンの分泌を妨げるだけだった。
軌道上での一件ののち、僕たちは植民星コロニーへと降下した。もちろん地球同盟軍には詰問されたけど、宇宙であったことをそのまま話すと理解を示した。あちらもあちらで手を焼いているのだろう。一応宇宙のコロニーについて変わったことがあるか尋ねたら、”あの一件以降での競り合いは確認されていない”とのことだった。後のことは、僕にはもう分からない。
真昼の明るさはむしろ人間たちの作る灯りを薄めてしまっていた。普段よりも低い温度と二酸化炭素の匂いが神経を痛めつける。澱んだ空の色がガラスに映ってさらに憂鬱な気分にさせる。街中を歩く人間は多く、治安は良いはずだった。
ケプラー452bはいつもこのような天気らしい。大体のコロニーにおいては天井の開閉で天候を調整している。コロニー内には嵐は入って来ないし、長雨に悩まされることもない。ただ、そもそもの天候自体は変えようがない。
つまり陰鬱な天気はこの星特有のものだ。居住は出来るかもしれないけど、それはそれとして嫌になってくる。望むべくして生きている人間なんていないことと同じだろうか。目的地はまだ先だ。茶色のコートとマフラーは衆目の鑑賞には堪えないが、実用的だった。
ビルが何棟も積み重なって出来た象の足がある。フジツボと呼ばれている建築物の集まりだ。都市から離れるとこれがいくつも目に入ってくる。グリーゼのコーパス地域にあったようなコロニー建設以前に使用されていた住居がこのフジツボだ。ここでは珍妙な形をしている上、かなり巨大だった。
道中でモノレールに乗ったとき、それが地平線を乱しているのが見えた。宇宙へと拓かれたエレベーターがあるコロニーから離れてもそれらが視界から無くなることはない。あれだけ巨大になれば建築コストだって跳ね上がるだろう。なぜあそこまで建築されたのか。
近くまで来るとフジツボと呼ばれていた理由がわかった。ロケットのような円錐形、と言ってもかなり不均衡でがたがたしている。そしてビルを軽く越してしまうほど高い。500m以上はあるのではないか。それなのにやけに幼児がブロックを適当に積み上げているような不安を感じていた。
恐怖を出来るだけ押し込んで、僕たちは中に入る。古いコンクリートで出来た階段は所々嫌な軋み方をしたり、階層の表示が間違っていた。違法建築ではある。そして一番酷かったのは騒音だ。ゴウン、ゴウンという何かが回転するような……何かの小説に書いてあったような重苦しく、頭蓋骨ごと鼓膜を揺らす音だった。
ただ、銃を持っていれば安くて盗聴の心配もない。秘密の会議にはうってつけだった。高感度マイクは使えないし、増築を何回も行うせいで機器の電圧が合わなくなるから。
ホテルと誇大広告していた女は部屋に案内した後は喋らなくなった。口角に泡を作る勢いで勧めてきたのに。最後まで行うべきだろう。期待してやってくる人間なんている訳もないだろうし、僕たちだって誰でもよかった。それでも行ったならやるべき所まで行うべきだと思う。
埃だらけの部屋に窓はない。カビが生えた壁紙、おそらく何かしらの虫が住み着いているベッド。家具は腐っていないので木目調の装飾をしたプラスチック。かろうじて電気は通っているが、それも今にも消えそうに頼りない。それでもここに泊まる人間は一定数いるらしく、カーペットは所々毛が裏返っていた。僕たちも同じように口元を塞ぎながら機器を置いた。
「もう喋りたくなくなってきたよ」
ジョージは腰を抑えながら言った。歳も歳だから戦闘の後は痛むらしい。僕は老いることを想像して、止めた。苦痛をより多くするだけだから。
「それほど長くは話さない。ホテルはこことは別に用意してあるから、終わったら向かう」
「ホテルってここのか?」
「ここじゃどれだけ払ってもここより少し良いぐらいだろうね。もちろん別だ。レメディウムソフトウェアはコロニー中心部に構えていることだし」
「こんな所じゃ寝る前に強盗に遭うよ」
持ってきた機器に特別なものはない。3D式のプロジェクター、入力用のラップトップパソコン。完全に壊れても問題ないもので固めている。予算はまだ残っているが、コワレフスカヤが最悪の場合死んだ水が溜まっていると脅したせいだ。ジョージが言ったように強盗の危険性の方が高いと思う。
事務的な光が空中で固まった。ケプラー452bの風景。晴天の中に聳え立つビル群は僕が見たものと違って、見えた。やがてカメラが動いて、とあるビルの1フロアを映す。
白い壁紙とグレーのパイルカーペット。パソコンや書類が置かれた机が並んでいる。ありふれた、何処にでもあるオフィスに見えた。悪を犯していようといなかろうと、それが僕の生存に何ら影響を及ぼさなくとも。行うべきことはある。
「これがレメディウムソフトウェア。本社オフィスはケプラー452bの11番街の75−178、サルトビルディングの4階にある」
「ふうん。で、どうやって攻めるんだ?見たとこ、デーモンやらは居ねえな」
「……いや、ここに攻め入るって訳じゃない」
「え?」
「今回は積極的に武力を行使しない。色々考えた結果、もっとスマートにやることにした」
アゲナは尻だけを地面から離して座っていた。治安が良くはない路上でやっているような形だ。ここの汚さを見ると行儀がいいのか悪いのかわからない。
「必要なのは取引先の企業データのみ。それはこの……本社オフィスの中にある。ただ、不必要な犠牲を出す方法は無駄にすぎる。だから盗むことにした」
「言うのは簡単だぜ。でもどうやって盗むんだよ。デーモンじゃ音でバレるだろ」
「物理的にはそうだ。しかし、最も盗みやすいのはデジタルだ。ジル」
パソコンの吸排気が急激に上昇した。彼女がそこへと移ったからだ。
「4日ぶりですね、皆さん。色々と説明することがありますので、プロジェクターをご覧ください」
三次元に描写されたオフィスから二次元に描写が変わる。何の変哲も無いようだが、画質は落ちてアングルも一定していない。明らかに隠し撮りされている写真だ。さっきのは宣伝のために3Dに起こせるように撮影されていたものだろう。
「われわれの目的は人工筋肉の誤作動の調査。前回ではその解決はできませんでした」
「むしろ、より訳が分からなくなってきたんだよな。色々知ったけどそれ以上のことが出てきやがった」
「はい。それなので今回は誤作動をどうやって起こしているか、ではなく何処からそのネットワークが来ているか、についての調査です」
「エレベーターの中で話した、無秩序な企業たちの繋がりですよね」
「そうですね。アルブムはつまるところ末端でした。詳細なネットワークの規模や集積地点も分かりません。レメディウムもそうかもしれませんが、2つのデータを合わせればこれが何を目的としているかに近づきます」
「まどろっこしくねえか?そもそも、遺伝子がどうたらって話じゃねえのかよ」
「前回で遺伝子のデータは集めた。それはラウンケル本社で解析中だ。だから人工筋肉の誤作動については、それで解決できる可能性がある」
アゲナは中々鋭いことを言った。事実としてこれは回り道だ。人工筋肉の問題についてのみ言えば、もうほぼ解決できたと言っていい。ネリーは”結果は早く出るだろう”と言った。金のある研究というのは素晴らしい。僕たち愚連隊にとっても中々の成果だと思う。しかしながら、彼女はそれ以上を求めてきた。
ネリーが何を望んでいるのかは理解できない。それでも僕はまだ従うことにした。父のことを知ることができる斧なら、どんなこともやる価値がある。
「だけどこれは対症療法だ。また新しい型を作り出されたら、そこへ調査に行かなくてはならない。だから遺伝子のデータを持つこのネットワークについて調査する」
「要はデータを手に入れるほうが悪党に近づけるってわけさ」
「あー。なるほどな」
分かっているのか分かっていないのか曖昧な顔で彼は頷いた。まあ、とりあえず疑問に回答したのだから話を進めよう。
「さて、これからが作戦です。我々が狙うべきネットワークのデータはこの本社のサーバーに集積されています」
写真がぎこちなく送られて、シリコンを鋼鉄で覆った筐体が表れる。データサーバー。オフィスを進んで右へ行って、頑丈そうな扉をくぐるとそこへ着く。見る限りかなり小規模だし、セキュリティの面からして本社に置くのは妥当だろう。
「……隊長、やっぱりデーモンを使った方がいいんじゃないか。おいそれと入れないような所だぜ」
「データは出来るだけ損傷させたくない。銃撃戦になればどうしても被害は出る。リスクは高いけど、この方法を選ぶことにした」
「なら、後は何も言わねえよ」
「信用できるくらいのことしたか?こいつが」
「部隊の隊長として信頼してるだけさ」
僕がやってきたことはどちらかというと失敗の方が多い気がする。成功はあまりに少ない。判断を行ってきた結果は、それと同じかやや小さな現実しか残っていない。だから彼の信頼は不思議に思った。
「データサーバーへのアクセス権限はレメディウム社の部長以上が所持しています。承認されなければサーバーエンジニアも立ち入れません。作戦の第一段階はオフィスへ潜入して権限を得ます。行うのはセキスイ女史です」
「な、名指しですか……それは、どうやってやるんですか?まさか直接盗むとかじゃ」
「ご心配なく。私が偽造IDを作っておきます。貴女を選んだのはシンプルにそれ以外の人員が潜入不可だからです」
「それは……はい」
「おお、言うじゃねえか。そうだけどよ」
「す、すみません」
僕は何の反論もしなかった。もしもオフィスにいたとき一番自然なのは彼女だ。次点でジョージか、僕。残りは彼らだ。セキスイとその他には大きな隔たりがある。上手く表現しがたい馴染まなさがあるというか……普段の仕草だとか、無意識のうちに染みついた様々な場所に向けておく警戒心がそうさせているのだろう。
彼女の様子は普段と変わらないように思えた。口元を隠して、匂いと降り掛かる有害物質に耐えているからかもしれない。まだ不安は拭えていない。僕には彼女がわからない。
回る眼球に合わせて光が反射した。役回りについてはほぼ偶然であって、何も考えてはいなかった。そこに何の期待も意図もなく必要だからそうしただけだった。ただ、隠密に行うと決めたためにセキスイが作戦中に発狂でもしたら全てが終わる。これが正確な思考であって疑いではないとどうやったら信じさせられるだろう。
「で、俺たちは何をするんだ」
「サーバールームへ侵入が成功、データの複製に入ると第二段階に移行します。カウンターに対しては対処しますが、もちろんログには残ります。偽造IDもいずれは看破されます。地球同盟やセキュリティ会社が私たちを補足するのは容易いでしょう。これに対処するためには私の能力を充分に運用するためのコンピューターが必要です」
「デーモンじゃ駄目なのか」
「相手はこの研究都市を防護し、助けているスーパーコンピューターだ。その程度じゃ足りないね」
「ああ、だからこんなとこに来たのか……じゃあ、どうすんだよ」
「それを少し貰う」
「コンピューターのファイヤウォールを打ち破るのに、そのコンピューターそのものを使うんですか?」
ケプラー452bが何故大学や研究機関を山程抱えているか。その理由は演算機能の貸し出しが行われているからだ。僕はまだ見ていないが、コロニー中心には塔が建っている。まだ国があった頃の遺産であるスーパーコンピューターの集合体、プネウマと呼ばれているもの。
いつかの国家はそれを新しい土地に建築することで集まる企業と技術による利益を総取りしようとした。もちろん、国家と企業のパワーバランスが崩壊したことによってその企みは潰えた。後に残ったのは古過ぎて迂闊に弄れなくなったシリコンの塊だ。
現在は地球同盟が暫定的に管理しており、演算機能は統括AIによって企業や研究者に割かれている。このコロニーを賄えるぐらいの性能だから申し分はないだろう。
「そこについて補足しよう。プネウマは古いコンピューターだ。地球外への殖民が始まった当時から変わっていないために誰もその機能を完璧には使えない……AIを除いては」
スライドが入れ替わった。円筒状の滑らかな塔の3dモデルが空中に浮かぶ。地上部はコロニーの天井ガラスに干渉するほど高く、地下部は途中でモデルが切れている。全貌を誰も知らない、知ることを禁止された不可侵領域にあるためだ。
これがプネウマ。このコロニーが存在している理由だ。もう誰もそれを作ろうとはしない、先人の巨大な遺骸の上で人間たちは生きている。そうでなければこんな寒い星には誰も来ないだろう。
「じゃあ、こいつがか」
「ええ、ジルが行います。接続程度はどうにかなる筈です。統括AIも十全に扱えない規模の処理能力があるのなら、入り込む余地も当然に存在します」
「接続用の古い機器は市場で探す。もしも見つからなかったら……まあ、私が何とかするよ」
「僕たちの役目はコワレフスカヤとそれを可能な限り隠密に運んでいくことだ。道中で予想されるのは警備用のドローンとエンジェル。数はさほどでは無いと予想されるが、もしも見つかったら作戦は失敗だ」
「またかよ……数ばかりでめんどくせえよ、あいつら」
「人を狙うよりかは良いだろ」
空中にエンジェルの写真が投影された。四角い箱型の胴体に生物的な脚が4本くっついている。大きさはアルブムで遭遇したガルガリン級よりも小さく、扉から計算するとしてバイク程度だろうか。暗闇の中で瓦礫と毛布を踏みつけた姿は、生々しいフラッシュにも動じていない。
これが最初期のエンジェル。ややこしいことに天使級という種別のものだ。比較的小型ながらマクスウェル機関とアウターシールドを搭載して、換装すれば一応空も飛べないこともない。広大な地下を防衛するという要件を満たすだけなら、これ以上の適任は無いだろう。
ただ、撃破は難しくはないはずだ。胴体の殆どはマクスウェル機関とコンピューターで埋まっている。そのため装甲が薄く、武装を沢山持つことも出来ない。ただ、彼らの目的は侵入者を補足して知らせることだからそれで問題はない。
「可能な限りプネウマとの接触は短時間にしたい。こちらは第一段階と同時期に開始してコロニー直下のプネウマ深部を目指す。旧メンテナンストンネルを通過後に時間を管理して接続する。これは僕とアゲナが行う。ジョージは車で待機して不足の事態に備える。決行は2週間後。一応の概略はこれで終わりだ」
「ま、おっさんは足が遅えからな」
「変わんねえよ」
「質問があれば今のうちに言ってくれ。後で送るのはプロキシを消費する」
やはり、空は落ちてくるように僕を見ていた。市場の切間から見上げるとさらに寒々しい。プネウマが息を吸う音が聞こえている。負けないよう訛りのある言葉たちが飛び交って、値段やら注文やらを突きつける。どうやって聞き分けているのかと思ったが、普通により大きな声で聞き返していた。
雑踏の中にいるとぎりぎりと頭が痛む。神経がいちいち他人の起こす表情やらを読み取ろうしているせいだ。もしかしたらホテルの中で散々喋ったからだろうかと、いちおう希望を持とうとした。
「んで、接続用のアダプターだったか?どれだよ」
「写真を見ても分かりづらいと思いますが。型番を確認するのが安全です。WXCAです」
「……これか」
「それはШXCAです」
「何で同じような文字を使うんだよ……!」
作ってる側は使う人間がどう思うかなんて考えないものだ。僕とアゲナはプネウマに接続するための端子を探しに来ていた。2130年代のコンピューターに付いていた試験的な接続端子であり、現代ではほぼ見なくなった古臭い端子だ。
市場はコロニー外周部に点在している。内周部よりも発展していないが、それ故に旧世代の遺構からの掘り出し物が見つかることも多々あるようだ。人の通りは多く、住民と観光客が入り混じっている。観光ガイドを見る暇は無かったのでここが有名かどうかは分からない。
市場の店は鉄パイプやトタン、それと鉄筋コンクリートを組み合わせて建てられていた。それぞれ長さや大きさが違ったりしている。これらの建材は店舗のために作られたものではない。プリンターを使わないあたり、作るよりは掘り起こしたほうが楽だということなのだろう。
バラックの屋根から雨が落ちた。ほぼほぼスクラップのように見える機器の山は冷たく濡れていた。アゲナは構う事なく腕を突っ込んで目当てのものを探している。うんざりしながら僕も同じようにやった。ジルがハードウェアに依存しているため、こうして手を汚す以外の方法がない。
「あー、これは?」
「RCAです」
「じゃあこれ」
「WUäTです」
「何の何の何だ?」
「私も初めて見ました。3世紀前のスイスで電子レンジ用に使われた端子です」
「聞いてねえんだよ。はあ……あんた、いつまで続けりゃ良いんだ?何日かかるかも分からねえぞ。見つからないまま作戦が始まるぞ」
僕は彼を殴った。彼の顔がかなり動いて、マフラーに横顔が当たった。感触からして筋力が戻ってきているように思った。喧騒が一時止んで、また戻っていく。波打ち際で海を蹴ったようだ。
「隊長だ。2週間あれば、大体どこの地層から掘り起こされたものかが分かる。支脈が分かれば本脈へと辿り着ける。つまるところお前のやっていることも無駄じゃない」
支脈というのはプネウマの末端のことだ。僕たちが見た3Dモデルはかなり簡略化されたもので、本当はコンピューターは直下どころかコロニーの地下全体に根を張るようにして分岐している。それなので、地下を掘ると時々コンポーネントが発掘される。ここの店に並ぶのはそれだ。
後は情報があれば、それを元にして目当ての端子が発掘されるであろう市場を見つけられる。だから僕たちは手を汚さなければいけない。再び僕はがらくたに手を突っ込んだ。反撃を待っていたが、次に聞こえたのは僕がたてたのと同じ音だった。
「……オーケー。理由はわかんねえけどやりゃあ良いんだろ。従ってろって、いつもと同じかよ」
「それが意味のあることなら、自分で考えて動こうとそうしまいと変わりはない」
「そうか?ムカつくだけだぜ。クソ」
別段として彼が根に持っているような気はしなかった。もっと恐れているような、そのほうが正しいように見える。単純だ。そのほうが有難い。最近は妙な人間とばかり付き合っているから疲れている。赤く腫れた肌はざらざらして、苦痛に歪んでいた。
しばらく黙って目当ての端子を探した。買いもせずに探すだけでも店主は何も言わない。どうやらそういう体系があるらしい。幾分か経ったらまた彼は口を開いた。確認のために僕は声を出さずにはいられなかったし、彼もそうだったから。
会話にもならない言葉が何遍も繰り返された。WXCAはがらくたをいくら掘り起こしてもも見つからない。文字通り干し草から針を見つける行為だ。無駄ではないのだが、金属音が息に混じって神経を削る作業だった。
「……あー、なんか言えよ」
ついに沈黙に耐えかねて彼が口を開いた。がらくたの山から手を引き抜いて、降参するように広げた。先ほどのことを罰だと受け取ったようだ。なら最初から罪を犯さなければ良いのでは。
「じゃあ、セキスイの事について相談したい」
「お前まさか……」
「僕が今何を持っているか、見えたら考えを改めると思う。彼女は最近変だから心配しているんだ。もちろん上司として」
「まあ、宇宙じゃちょっと変だったよな。プレゼントを買ってもらいたい子供みてえになってさ」
「出来ることが見つかったから。全部出来なければ諦めもついたのに」
「そういうわけでもねえだろ」
そういえば、アゲナの事については全く知らない。彼の性格が粗暴だということはどうでもよく、ただ知ろうとしてこなかったからだ。問題がまた積み重なってきたようだった。僕は腕ぐらい太いケーブルを置いた。ORWA端子だ。
「そういうときはどうしている」
「どうするって……まあ、失敗しても成功しても、じたばたしているやつに何かやるだけ無駄だろ。おさまるまで待つしかねえ」
「あと2週間しかないが」
「じゃあ、無理矢理にでも言い聞かせろよ。うちはそれで終わったぜ」
「向き合うしかないのか。まあ、そうだろうな」
結論はいつだって陳腐だ。自分がやれることなんてのは幾つかしかなく、正解はさらに少ない。選択は無い、多くを判断するだけだ。後は実行すればいい。会話はもっと、そうだった。人間は自分が欲しい言葉を求めて会話をする。僕だって同じだった。
くだらない。結局は凡百の人間と同じようなことを求めていたのか。まだ皿は残っているのに、次から次へと積まれていく。仕事でもないのに。
本当にこれが僕をトリチェリへと近づけさせるのか、分からなくなっていた。今の所全てはただ僕を傷つけているだけだ。本当は何もかも無意味だったらどうする?それもいいと思ってしまった。そうだったら、僕に正当性が生じるからか。
金属くずの音は段々と慣れて聞こえなくなった。濁った頭が少し澄んでいく。後はただ作業を行うだけだ。それが少しばかりの救いだった。




