14,
暗闇が抱き抱えた冷たさが頭の中を透けさせていく。脂肪に似た色が付いた脳細胞へと電気信号が伝う。詩人の言葉に似た示唆に富んで、明瞭でないイメージが何度か浮かんだ。やがてホルモンが均衡を保ちながら告げた。戦場に戻って来たのだ、と。
武器を持ったデーモンの数々と、身の丈をはるかに越した宇宙船たちの群れ。後方にはノア級が控えているあたり地球同盟はそれなりに本気らしい。ただ、総勢200隻以上の船団に威容は足りない。僕には何もかも無駄と切り捨てるべきものに見えてくる。
サーチライトの照り返しを受けた宇宙風帆が収納されていった。蕾のようなそれは、機械的な工場船には似合わない繊細さを持った風景だった。それだけのことに思えた。
きりきりと何かに反応して音を立てた。僕はヴォーソーを完璧に理解してはいない。
『ケプラー452b宙域に存在する全ての艦船に通達。現在よりMDUCSV掃討を開始します。全ての航路は封鎖されます』
『エムド……何て言ったんだよ?おいAI、分かるか?』
「エンジェルの正式名称です。そして発音は明確に決められていません。ただ必要な言葉を繋げただけですので」
『こういう時に知られてない言葉を使うのは、地球同盟らしいな』
ジョージの言葉に僕は心の中で同意した。おためごかしで、不安を押しとどめるためと嘯く為政者の言葉だ。正しいとは思う。それと同じくして、隠せば隠すだけ反感を買うだけのようにも思える。詰まる所どちらでも同じだ。
『作戦は5分後より開始されます。地球同盟軍以外の艦船は速やかに衛星軌道上から退避して下さい』
『それにしても、俺たち傭兵とは違う正規軍をよく集めてきたもんだな』
『あれは……雇われだな。ふらついて編隊を組んでる。隊長機は違うようだが』
『アンテナが黄色いヤツか?』
『ああ』
僕たちはニールが所有しているコロニーの船団の中にいた。古風な宇宙船とデーモンたちの中では4機のヴォーソーはやけに目立って見えた。タグ付けしたレーダーの中は賑やかだった。
南下方約26km先に地球同盟軍のデーモン部隊が見える。群れている彼らのオリーブドラブは宇宙の色彩に紛れるように暗い。時折編隊の中でスラスターの光が見えた。ちょっとした静止が出来ていない。正式な訓練を受けていない。
可能性のひとつ程度には思っていたが、それが現実として現れると不安に感じられた。ケプラー452bの地球同盟軍はそのほとんどをエンジェルに置き換えてしまっていた。デーモンを扱える人間は恐らく上官程度なのだろう。前線で血を流すべき人間がいない。
今その役を担っているのは金で雇われた傭兵。前回とは違って、デーモンまで与えられている。待遇が良くなったと喜ぶべきではない。練習もする必要もない、空っぽの脳みそに忠誠心をぶちこまれていないのが僕たちの壁だ。コストを削るのと一緒に安全マージンを無くしてはいけない。
『なあ、もうひとつ聞いていいか?』
「何でしょうか」
『なんなんだよあいつのシルバー色は。目立って仕方ねえ』
彼が言及した通り、僕のヴォーソーのみ銀色に輝いている。移動を始めれば反射して数km先から視認出来るだろう。地肌の金属の色が見えているわけではなく、わざわざ特注でステルス塗料を配合した色だ。ラウンケル社のドッグにはその塗料がまだ3機分ほど残っているらしい。
「……端的に言うと、ペンキが足りなかったんだ」
『そんなわけねえだろ。弾を死ぬほどくれるような会社だぜ?』
「最初、第二次火星戦争の開戦のときはそうだった。それから作戦によって塗装は変えていたが、最終盤に何やかんやあって剥がされた。それから大きな戦闘が起きて、僕のパーソナルカラーみたいになってしまった」
『……マジで戦ってたのかよ』
「嘘をついてもどうしようもない」
小っ恥ずかしいことに全て事実だ。バトンを貸してもらったあたりに運悪く火星軍が沢山いて、何回も戦闘が起きた。後の事なんて考える暇も無かった。そうしたら終戦後にはオフュークスの分も合わさって「銀色のデーモン」という幻想が出来た。
あいつが全部持っていってくれたら良かったし、事実戦い続けているのだろう。いつかはライフルを持った方の物語は消えていく。しかしながらネリーはそれを知っていて、敢えて被ることを要求した。下っ端をこき使うには丁度いいとでも思ったのだろうか。それ以上に僕が愚か者なせいで何も役に立っていないが。
僕は腕の中に収まったハプティスタ対物ライフルのハンドルを引いた。薬室に重たい銃弾が入り込んだ。テロームは肩の発射台兼ラックに収まっている。
水面を揺らすようにして三次元が歪んでいく。ほんの僅かの間僕たちの形は揺れた。レーダーに動きがあった。作戦がいよいよ始まった。巡航ミサイルが炎を噴き上げて進んでいく。工船に無理矢理繋がれた長距離砲が首をもたげる。
戦争は今も変わり続けている。ガトリング砲が博物館から引っ張り出されてきたように、艦砲は今再び戦場の中にいる。巡航ミサイルに赤色の光が纏わりついた。その直後に激しい爆発が起こる。要はAIの判断基準にさえ引っ掛かってくれればいい。
砲身に平行になるよう、十字に取り付けられたマグレヴ誘導軌道に電気が充填される。馬鹿みたいな電力を食うので、それ以外の武装は使えなくなる。もしデーモンが使うとしたらバトンのようになってしまうだろう。充填は数秒ののちに終わり、プライマーに火花が触れる。
砲身から小さな火が漏れ出て弾体が飛翔する。彼方の天使たちへと何度も、何度も。アウターシールドを安全に削り切るグリアミサイル、それを積み込んだ船に対処するための方法がこれだ。つまり、より長い距離を保って対処不可能な砲弾を浴びせればいい。
燎原のように火が渡った。砲撃は連続して行われ、遠方のエンジェルを破壊していく。単純な飛翔体は事実上防御不可能だ。それこそ戦艦のように幾重にも装甲を重ねる以外の対処法はない。そして最近の艦船は対ミサイルを主眼に置いているために、装甲は据え置きだ。だからこんな原始的な手が有用になってしまっている。
グリア粒子がコーティングされた侵徹体がアウターシールドを貫通して柔い内臓を食い破る。黒色の装甲から這い出た筋肉を裂いて、潰していく。歪んだコンテナが潰れて炎が燃え広がった。砲火は止むことなく続いて、エンジェルの数が少しづつ減っていく。
デーモンが勝手にズームしてその光景を無駄に見やすくした。便利だけど、操作というのは自分の意志で動かしたいと思った。
『おー、これで終わらねえか?戦闘が続くんだろ』
「やっぱり聞いてなかったか。終わりはしない。そろそろ動き出すぞ」
僕の言った通り、エンジェルが動き出した。逃げ惑っていた群れは明らかに動きを変えて僕たちの方へと向かってくる。突出した何機かが味方の盾となり、その間に群れが前進する。コワレフスカヤの言った通りに包囲からの突破へとAIが切り替わった。
僕達が異常化したエンジェルと戦った以上、もしかするとそれは生物的な思考であるかも分からない。だが生えた脳がそれを起こしたとして、どうやって細胞と同じように伝播するのだろうか。間違いだな。
砲撃の中へと突撃して、無惨な残骸を晒していく機械たち。明らかな不可能を成し遂げようとして散っていくドンキホーテたち。最も良く戦争をあらわした映画の冒頭に似ていた。そして、それと同じことが起きようとしている。
パワー級エンジェルはこの星の衛星軌道上を防衛している。5年ほど前は僕達が退屈しながらしていたこと、つまりは仕事として請け負うことができるだけの需要があった。税関をすり抜けようとした商船、風を拾い損ねた旅船、たまに来る海賊船の対処を星の周り全てで行わなければならない。
暗黒の中で唇が蠢いた。エンジェルたちの群れは止まらない。ゆっくりと、ゆっくりと前進してくる。ジョージが手を握って開いた。砲火を物量が超過していく。僕はハプティスタを構えて姿勢を作る。射程距離から少し遠い程度で引き金を下ろした。
砲弾よりも小さく、しかし狙い澄ました一撃はエンジェルを貫いた。粘ついた緑色を吐き出しながら1機、動きを止める。振動と反動に耐えていると隊員たちもそれに続いた。何回か射撃を続けたのち通信を開く。
「ポイントを変える。ライフルに持ち替えろ」
『良いのか、隊長?狙われやすくなるぞ』
「ここのデーモンが動かない以上やるしかない」
ジルが仮初の天球上に目標を設定した。後方には控えさせたが、コワレフスカヤの船が壊れたらそれこそ終わりだ。先導するように素早く移動を開始した。レーダー上で追従する点の1つはぶれていた。やはり何かしらをやっておくべきだったか?
コロニーのデーモンたちは静観を貫いている。詰め寄ろうにもそもそも回線を教えてくれなかった。ジルがやれば無理やり周波数を割り出すことも出来るが、そうしても状況は変わりはしないだろう。くだらない。
僕たちは既に射程距離圏内にいる。ハッチを開いたエンジェルはミサイルの発射を無機質に行う。まだ捌き切れているが、いずれは飽和する。簡易通信を送るとコロニー方向からミサイルに似た飛翔体がやってきた。コワレフスカヤの商品がグリア粒子を吐き散らし始める。
ラックにハプティスタを戻した。金属部が加速に引っ掛かって奇妙な音を出して、止んだ。すぐにジルが提示したポイントへと当直した。ここからなら砲撃の邪魔にならず十字砲火の形を取れる。
エンジェルは不定形ながら統率の取れた突撃を続けている。闇雲にコンテナミサイルを発射するが、艦船からの砲撃と燃えるグリア粒子のために満足な攻撃はできていない。そしてAIはまだ僕たちを脅威と判断していない。すぐに射撃を始めた。
何回かポイントを変えつつ、射撃を続けた。その度にアウターシールドは砕けてエンジェルの死骸ができた。やはり装甲や防御性能はさほどではない。人工筋肉が漏れ出ていればなおさらだ。赤い霧の裏側から執拗に攻撃し続ける。何十分程度で掃討は終わった。後にはデブリとなった機械がひたすらに残るだけだった。
潰れた機械、と言うよりも死骸の集まりと表現した方が正確だろうか。戦闘が終わった後の宙域にはピンク色をした筋肉と臓器が残った。暴走した人工筋肉へと流れるはずの組織液ごと宇宙の中に染み出してしまっている。肉屋が取り出した売り物にならない部分に似ていた。
灰白色になっていく人間を構成する全てたち。切り離されたタンパク質が固まって、微粒子になった。霧のようなそれに触ると伝染するのだろうか。ウイルスのような何かか?結局何が作用してそうなっているのか分かっていない。何にせよここでは調べようがない。今は辺りを取り囲む人間どもの対応で手一杯だ。
『あんなに苦労したのに、味方が揃えばこうか。あっけねえもんだな』
「作戦は終わった。コワレフスカヤの方へ行く」
『ま、まだ宇宙航空軍は何も言ってませんけど……』
「あいつらもその通りにしているとは思わない」
『だな』
「ドローンを出してくれ。敵機の位置を探る」
セキスイがそれに従ってドローンを放出する。宇宙空間に適したイオンスラスターが光を漏らした。工船へと向かう間にリンクを繋げて、出来るだけ船との間隔を保ちながら飛ばせる。敵機の情報が必要だ。
『そこの傭兵、ドローンを収納しろ!ここは戦闘区域じゃない』
「戦わないあんたらの代わりに警戒をしてやってるんだ」
『もうエンジェルは残っちゃいない!』
会話よりも早くに撃墜が始まった。対空機銃は取り回しが悪い上に船へ当たる可能性がある。すばしっこいドローンはデーモンが直接近づいてCILWSを当てるしか無いだろう。読み通りにレーダー上から光点が消えていく。視覚情報も併せて大まかな位置を割り出すことが出来た。
散らばっていたデーモンたちは集合して僕たちを追跡している。ニールと契約しているあたり、流石にコロニーの中で戦闘は出来ないだろう。僕たちにとってはどうでもいいことだが、民間人を巻き込むべきではないか。しょうがない。
「コワレフスカヤ、船はどうなっている」
『もう出ているさ。しかし工場は置いてきたのに、よく追いかけてくるものだ』
「そのままで少し耐えてくれ」
かなり小規模な船が船団から離脱しようとしていた。コワレフスカヤが乗った船だ。それを追いかけるようにしてフリゲートが3隻ほど。直ぐに撃ってしまいたい。敵か味方か分からない状況というのは面倒臭い。
「そこの船、どいてくれないか。あなたたちの社長はこのコロニーから出ていく」
『そんな訳はない。まだ仕事は残ってるんだから、ここで続けてもらう』
「だそうだ」
『いや、そうだけどそうじゃないって言うか。仕事は後で星に降りてからやるって伝えている』
コワレフスカヤは僕たちにだけそう伝えた。なら問題は無いだろう。追いかける船はコワレフスカヤを問題なく撃ち落とすことの出来る距離に付いている。テロームが弾丸を吐き出す。肩に殴られたような反動が伝う。甲虫のような、武装の積載によって角張った船が火を噴いて揺れる。
「こいつらを討って彼を脱出させる。攻撃を開始」
距離は2km。射程距離に近づけたのはヴォーソーの性能ゆえだ。ハルファスでは追いつけなかっただろうし、マルファスなら内臓を犠牲にしなければならない。即座に船のハッチが開いて、マイクロミサイルが発射される。中には弾頭がぎっしり詰められたコンテナがあった。どう考えても引き留める船が持っている武装ではない。
おおよそ32cm前後のミサイルが標準的な20フィートコンテナにどれほど詰め込めるのか、考えたこともない。非推奨な改造しだいだろうな。
デーモンとドローンからレーザーが放たれてミサイルを落とす。赤い球が弾けた宇宙の隙間を抜けて、ライフルを構えた。彼の乗った脱出艇を盾にするように航行している。変な動きをしないとも限らない。銃を使うのは避けるべきだ。ミサイルでも誘爆の危険性がある。
「ドローンをもっとくれ。そっちでも操作できる」
『わ、分かりました。あの船にぶつければ良いんですね?!』
「ああ。操縦席を狙ってくれ」
ちょっとした玩具を扱うようにドローンは操縦できる。小さなモニター越しに標的を見つけたら、スティックを動かして衝突させればいい。それか手榴弾を落とす。もしも歩兵だったら重たい低出力レーザーを持つか、ショットガンでどうにかする他ない。
宇宙に流星のような軌道を描いて自爆ドローンが進んでいく。放たれた光がいくつかそれを撃墜するが、まだ脅威は残っている。セキスイは全機発進させた。デーモンの処理能力を使えば問題ないだろうけど、大胆だ。僕たちはダイヤモンドの後方で集中している彼女を反撃から守るために囲んだ。
一点に赤い爆発が集中してアウターシールドを破った。肉食魚が群がるようにして、その間から頭頂部を狙う。また爆発が起きてフリゲートが一隻墜ちた。きらめく破片とグリア粒子の緑色。宇宙に散らばっていく大気。僕はナイフを抜いて、その死骸を踏む。
最大戦速を出して2隻の間に割り込んだ。片腕と肘で支えたライフルの引き金を少しだけ下ろす。至近距離なら発砲は問題ないはず。想像よりも多い銃弾はアウターシールドを食い破って、装甲に穴を開けた。スピードは最大のまま。素早く操縦席にナイフを突き刺して銃口をねじ込み、弾倉の残りを吐き出した。
肩が酷く痛んだ。フライトユニットが船に当たって変な音をたてた。寄ってきたミサイルに反応したのか。最後の一隻へとグレネードが飛んでいった。ここには光が多すぎる。一応は無重力下なので真っ直ぐに飛んでいくだろうが、あまり推奨はしたくない。
アウターシールドが溶けて、その隙間へデーモンが滑り込む。操縦席に真っ直ぐ銃床を打ち付けて、パイロットを撲殺した。フリゲートの中の空気はマクスウェル機関があるためにあまり出ていかない。流血もそうだった。
「無事か?」
『ああ!もう近くでやるのは勘弁してくれよ。エレベーターまで行けば良いんだよな?』
「そうだ。地球同盟軍がいるなら流石に手出しはできない」
会話は短く終わった。デーモンが近づいてくる。24機全機が、僕たちの元へとやって来る。
船のスラスターが出力を高めていく。ただ、簡易的な船はエンジンも最低限のものしか積まれていない。マクスウェル機関もないので彼は椅子にベルトで縛り付けられていた。飛来するマイクロミサイルを撃ち落として簡易通信を送った。奴らを脱出艇に近づけさせるわけにはいかない。
敵味方にマイクロミサイルが飛び交う。3人でそれを迎撃しながらデブリしかない宙域へと前進していく。コロニーで戦闘して余計な恨みを買うのは避けるべきだろう。しかしレーダーを一瞬見たとき、考えが浮かんだ。兵力の割に攻撃の数が少ないのは合流が遅れているから。もしも、安全策から過激なやり方に変えるなら今のうちか。
「……全機を堕とす時間は無いな。進路変更だ、ジル」
「どこにですか」
「ニールのいる所だ。君ならストレージに残してあるだろう」
『またなんかやる気か?!』
「そうだ。喧嘩の時に誰を狙ったら良いと思う」
『あ?……一番偉そうなやつ。倒せばそれで終わりだからな』
「今からそれをやるんだ」
僕は進む方向を変える。コロニー、その中央へと。デーモン全機を相手取る事は不可能ではないが、あまり現実的ではない。損耗は補填される。手足を失うのは別にいい。ただ、僕たちの手をすり抜けてコワレフスカヤを手に入れることも簡単だろう。その前にこいつらを瓦解させなければ。
スラスターの速度を上げていく。身体に微細な振動が伝わる。赤色になったインジケーター、でも限界はまだまだ先だとマルファスの時に知った。こういうのは大体少し先まで大丈夫になっている。
簡易通信を送ると追従していたデーモン3機が離れていった。本当は離れているのは僕の方なのだが。ジルがこういう伝達をやってくれるのはいい。全く考えて居なかったが第三の地点に移動しようとしていたのは良かった。彼らも十分に戦える。
速度的にはおおよそマッハ2に近しい。最大戦速、余剰重力をほぼ移動に注ぎ込んだその機体の最大速度を出しているのに揺れが無い。いや、感じていないだけだ。グリップを掴んだ手にかなり力がこもっている。
アラート。銃撃によってフライトユニットが破損した。アウターシールドが割れる感覚よりもずっと早い。ただ、宇宙なら慣性は相殺されない。体制を変えてサブノックを見た。尾翼のみの赤い塗装は控えめだ。今の僕はさぞかし目立つだろうな。
人体の保護に使っていた重力を推進へと回す。残りのスラスターは2基。ドッグファイトに持ち込みたくはない。なるとしても短期で終わらせる。2つの銃口を突き付け合い、発砲。銃弾は互いの体を突き抜けるが、まだ致命傷ではない。
筋肉がぎりぎり締め付ける。ホルスターからナノマシンの入った筒を抜いてマニュアルで投げつける。FCSはそんなことを考えてもいなかったから。数瞬の間それは展開して、音速間近の中でちぎれてしまう。十分すぎる。ヨーヨーでz軸へ動いて敵機の背面についた。
黒い炎を瞬かせてデーモンが沈んでいく。もう2、3発程度は撃っておきたいが、そういう暇はない。戦闘に使っていた電力は速度に回して、出来うるだけの最高速へ。左右にロールをしながら、リキベントシステムが限界を迎えるのを感じた。標的にもっとも近付いた時のことだった。
「ニール。こんなに近づいたのは2度目だな。あんたは治療中から間接的にしか話してこなかった」
『そうですね。何が望みですか』
「欲しいものはない」
僕はライフルの引き金を下ろす。アウターシールドを簡単に貫いて、船の一部が壊れる。弾丸は正確にある人物だけを殺傷した。最新のFCSでも人間は狙ってくれる。
船の配置はそう変えられない。居場所を最初に知らせてしまったことが彼の敗因だった。ジルが完全に接続できなくとも、コワレフスカヤが行ったように輸送内容からおおよその配置は確認できる。データから解を導き出すのはAIの本業だ。何が悪かったかというと、それだけだ。
彼の言葉が最後まで穏やかだったことが、唯一の名誉になる。
「聞け!あんたたちの頭は死んだ!ニールと名乗っていた男だ。金はもう支払われないのに、戦っている意味はあるのか!?」
通信をオープン、出来るだけの大声で叫んだ。何回かそれを繰り返すとデーモンらしき光点は動きを止めた。金で雇っている兵士は最後の手段にすべきだな。愛国心のような何かを教えて、どうにかして戦う以外の選択肢を奪っておくのがいい。
ケプラーは昼だろうか。恒星の光はコロニーを照らして、強いコントラストを作った。遠くに地球同盟軍が見えた。編隊は崩されたままノア級へと向かっていた。




