13,
人間を理解することは出来ない。僕にとっては、わずか25年で諦観するだけのことが起きたからだ。オフュークス、農園の夫妻、アーウィン・リース、そして父。僕にとっては人間の感情というものは暗黙のルールのようにしか思えない。それを知らない者のことを考えてはいない。
心が無いからではなくて、通じ合えないからか。本気で欲しいとは思っていないから得られないのか。むしろ、有るとして一体何が嬉しいんだ。そう言って欲しいからか。
くだくだと述べるべき事でもない、つまらない反省だった。そういう自省がセキスイに有るのだろうか。神経質そうに手を組んで、臆病そうに笑っていた。立ったままの彼女が吸う空気は淀んでいて埃っぽい。この船の倉庫を選んだのは消去法としか言えないのだけど、邪推してくれないと良いのだが。
「……座らないのか」
「失礼します」
「別に了承を取る必要はない。僕は上司じゃ……」
「あ、ははは。すみません。でも、失礼があるといけないですから」
そう言って卑屈に笑った。正対するのは初めてかもしれない。影響があるか分からないから、適当なことを言って本題から外れようか。これまで通りならこんなことせずに済んだのにな。
「コワレフスカヤと会ったか?作戦について質問があるならあっちに言っておいた方がいい。ここは僕じゃ知りようがないことばかりだ」
「あ、それはその……あっちも情報を止められてるみたいです。船ごと」
「はあ、やっぱり手離す気は無いんだな。面倒臭いことばかり起こる」
「大変ですね……やっぱり才能がある人は違いますよね。こんなにしてまで、囲もうとするんですから」
「才能というか、彼が持っている金が欲しいと言ったほうが近いと思う。あの……燃える棒が生み出す利益が欲しいんだ。仕入れをここのコロニーに依存している以上、1つの企業とでも取引が増えれば必然的にここも繁栄する」
訂正しても彼女には届いていないように思った。多くの人間はそんなことを求めていないとは僕も知っているが、悪癖になってしまっている。そもそもこれぐらいは予想出来ているだろうし。
「ええと、すみません。用事でしたよね。多分その、私のストレス値のことですよね?」
謝らせると悪者にされたようだ。実際そうかもしれないが。追求してもどうにもならないからそこで終わりにして、なあなあにしておくのが一番いい。
「そうだな。本題に入るとすると、君のストレス値が基準を大幅に上回っていた。ちょっとぐらいなら見逃していい。ジョージとかがそうだ。だけど5倍だ。この先戦闘があるなら憂いは取り除くべきだ。そして今ならできる」
「すみません。その、体質なんです。そういう物質が排出されやすいというか」
「コルチゾールのことか。確かに検査値は高いけど、それはまあちょっと多い程度。深刻な健康への被害か出る程度ではない。第一僕がどうこうできる事じゃない」
「それじゃどうして」
「カウンセラーの代わりだ。ここにラポール以外は無いし、精神科医も居ない。信用できる人間はやりたくないらしい。だから僕とジルがやる」
「そうですか……また、迷惑をかけてしまって申し訳ないです……」
そう思うなら自我を消してほしいとは思うのだが、そう出来ればこんなことにはなっていないだろう。
セキスイの顔を見た。顔立ちが必ずしも地位や生まれを表すとは限らないが、比較的混ざった顔立ちではない。滑らかな顔によく見るような化粧が乗っている。僕がそう言えるということは流行しているか、ありふれているほど定番のものという意味になる。表情は緊張のために固まっていた。いつも通りと言えばそうだ。ハラスメントにされるかもしれないので注視は一瞬の間にとどめた。
僕はセキスイを呼ぶことの出来る、そして他の人間は必要でない理由を探すのに苦慮した。もしも”そういうこと”を疑われたら本当になす術もない。企業に勤めている女性と解雇済みのフリーランスの男性、どちらをAIが選ぶかなんてのは誰でも分かる。人間と同じだ。何処までも人間に平等は存在しない。
「それはどうでもいい。ついでに言うと僕は咎めに来たわけでも、悩みの解消に来たわけでもない。そんな権限がある訳ではないし、僕と話すとみんな悩みが増えるんだ」
「え、へへ、面白いことを言いますね」
「お世辞もいい。早速始めるぞ、ジル」
「ええ、マスター」
彼女に向かって見慣れたヘッドセットを渡す。ラポールが人間の感情を知るための感覚器。今回はそれに繋がっているのはジルだ。やや遅れて彼女はそれを着けた。細い髪が矯正器じみた複雑なそれに入り込んでいく。
モニターに被さっていた埃を払ってケーブルを繋いだ。ジルが作り出した人間らしきイメージは黒い長髪の女性に寄っていた。
それから何回かの質問をした。僕たちのような倫理の瀬戸際で任務を行う人間のものではない、普通のストレスチェック。主に仕事での内容について、”自分の能力を生かせていると思うか”とか”職場の人間たちは友好的か”とか”憂鬱に感じたことはあるか”、”怒りを感じたことはあるか”。
実際に彼女が答えた内容は問題ではない。重要なのはその質問による心拍数の変化、ホルモンの分泌とニューロンに走る信号の位置。言葉は最終的に出て来た虚飾で満ちたものだ。”えっと、その、あまり”、”は、はい。この前はジョージさんに射撃を教わって、アゲナさんには護身術を……あ、もちろん隊長も親切ですよ!?”
「今は質問に集中してくれ」
”すみません”
その後の質問には両方”たまに”と答えた。ただ、モニタリングしていた数値はより高まった。ラポールが入ったソフトウェアは一応AI抜きでも使える。彼女は嘘を言っている。まあ上司の手前だから仕方がない。僕のようにフラットな脳を持たないでくれて助かった。
それからもっと多くの質問が投げかけられた。彼女の答えは予想通りと言うべきか、それのみだと多少のストレスを認める程度。しかしながら身体の反応はそれを遥かに上回るストレス値を刻んでいる。悟られないように気をつけながらラポールの診断を並べた。
ありふれた診断書だと思った。警告のために赤くなったフォント、大文字のC。そして補遺欄には『心療内科医及び精神科医の診断を受けてください』という無味乾燥な文章が打ちつけられていた。あからさまに正常でない、異常値を示す診断書。
ただ、これを渡された人間なんて企業にはごまんと居る。その程度で休みにはならないし、真面目に行ったとしてもスマートドラッグを貰えるだけだ。そして全く治りはしないので、何度だって繰り返している。ぐずのAIでも学習しきっている。
チャットでジルと会話する。彼女はまだ繰り出される質問に答えていた。ふと動いた目が合って、すぐに離された。僕はバレてやしないか不安になった。
『どう思いますか 私は不安障害までとは思っていません』
『同じだ 薬は』
『スマートドラッグとフルオキセチンならあります 使えますでしょうか』
『前はそう思はない』
”人に会うのが億劫か”、”ベッドに入っても眠れないことはあるか”。ジルは静かに質問を繰り返す。もうとっくに欲しいデータは取られているのだが、最低限量をこなさないと怪しまれてしまう。10分程度でカウンセリングは終了した。
かたかた鳴る安っぽいパンタグラフ式のキーボード。またストレスがニューロンを苛んでいる。緊張した、それよりも罪悪感のようなものがデータに流れ込んだ。沈黙はそれ以上のことはない。
「ど、どうでしたか」
『言うべきか』
『良化したと言うのも不自然です』
「変わらない。依然としてストレス値は高いままになっている」
「そうですか……やっぱりどうにかしないと、ですよね」
「そう言っても、どうしようもないことだ。君に出来るのは適切な量の薬を飲んで眠ってしまうことしかない」
「でも、駄目です。私が戦えないと、またこういうことになってしまうから」
それはそうなのだけど、これは彼女自身が言っているので大丈夫だろうか。ずっと前よりも言葉を選ばなければいけない。自分の醜さにはさんざ向き合っていたはずでも、痛いものは痛い。
『何か 言ってください』
「こういうことって?ここには何も不都合なことは無いが」僕はようやくウィットを思い出せた。
「いや、任務が遅れてしまっていますから。私のせいですけど、もしもですよ。役立たずと判断されたら首を切られてしまいます」
「使い捨ての少し便利な人間を、か。僕たちに来ているリソースの量を知ってるだろ。あの車一台でどうにかしろって言っているんだから、たまったものじゃない」
「あれって、少ないんですか」
「少ないさ。企業に対してたった4人。本当なら小隊規模以上が必要だ。なのにこんな少ない人数で、かつリソースを分けてくる。つまり僕たちは適当に好き勝手して掻き回してくれればいいと、そういう役回りだ」
「期待とかは」
「されてる訳ない。任務中に増援を頼んだけど、ネリーは何もしなかった。あれだけ派手にやればどういう状況になっているか予想は可能のはずなのに。まあ、1回だけのことだとしてしまえばそれまでだが」
「……」
『ストレス値がまた上昇しました』
上った血が冷めて、青ざめたような顔に変わった。弛んだような目が彼女を老けさせたように感じる。ソフトウェアの数値はそれを叙情していた。ひどく感情豊かで羨ましいように思う。
セキスイの反応が明らかに変わったことに僕は気づいていた。ジョージの時のようなトラウマがそれなのだろうか。どうでもいい部分から埋めていければ良いのに、どうして柔らかいところからしか。いや、それをやろうとしても興味なんて持てないから都合が良いのか。
「話が逸れたかな。とにかく、君にできることは今はないし、さりとて悪いというわけではない。マネジメントがカスだっただけだ」
「それでも、銃も撃てないんじゃ」
「それも今はどうしようもないんだ。銃はこれが終わってから……」
「いえ、いや、銃をを撃てることもそうなんですけど、動けないとじゃないですか」
「堂々巡りだ」
「そういうことじゃないんです。私のせいで、こんなことになってるんですよ?!」
声を荒げた彼女を僕は見た。目に見えて赤くなった頬と喉が見えた。怒れる患者と相対する精神科医の苦労が分かった。反響はあまりしなかったのでさほど大きな声ではなかったはず。すぐに彼女は自分のしたことに罪悪感を覚えたようだった。
ただ、それでも感情は昂ったままだ。ヘッドセットは容赦なく彼女の感情を僕に知らせる。便利だ。全員着けてくれれば楽なのに。
何かが癪に触ったようで、怒りと不安が無機質にデータとなる。何をすればいいのかと言う不自然さが頭を巡った。僕の経験からして感情を引き起こしたものと衝突しなければならない。ただ、それが自分自身であった時はどうしようもない。本当のことだ。
『冷静さを失っていますね 距離を取りましょう』
『できない』
「すみません。その……後悔してるんです。私があそこで手間取らなければ、みんな逃げられたのに」
「かもしれない」
そう言うと彼女はまた目を縮める。知っていたことなのに。
「でももう起こらないことだ、君は今無意味な想像力を使っているだけなんだ」
「だから、起こったんじゃないですか。私がクズで役立たずで頭が悪いから、今はこんなバカたちの船の中にいるんじゃないですか」
「他の人間が負傷したときも同じだろうな。君がその役目だっただけだ。第一、その場合責められるべきは判断を誤った僕になるけど」
「そん……なことないです。私の罪の方が多いんです」
「それとも切り捨てられたかったのか。正常なら生きたくない人間は居ない。君の言っていることは無意味な感情の噴出だ。早く止めた方がいい」
「どうでも良いんですよ!そんなの、私はここで上手くやらないといけないんですよ!」
ちりちりと頭を掠る電流が僕にも移ってきた。くだらないな。
ここまで来ると、彼女に起こったことにむしろ興味が湧いてくる。戦闘のストレスを掛けられたときよりもひどい状態になっている。それぐらいのことが彼女に起きたのだろうか。そしてそれを知るだけの権利が僕にあるのだろうか。
ここはケプラー452bの宙域で、セキスイはグリーゼ出身。間違いなくここにルーツはない。つまるところ、彼女を知ることは全く任務と関わりがない。僕は僕の興味を持ってして彼女の傷に触れなくてはいけない。皿は油ぎって水は冷たい。
「落ち着いてくれ」
何回か言葉を持って彼女を鎮静させようとした。全くの無意味だった。かろうじて幸いだと思ったのは彼女が単純な解決法を使わなかったことだ。そして意味不明な言語同士が飛び交った結果として、倉庫には貨物線の船員が来てしまった。
僕は床に落ちたヘッドギアを拾い上げた。細く長い髪の片側の端に皮脂がついていた。セキスイは女性に取り押さえられるまで何らかの言葉を発していた。到底覚える気が湧かない程度のセンテンスだ。本当に何もないのだが、それを証明できるのが僕とその味方しかいないのはどう思われるだろうか。
船員に謝罪の言葉を何十回か述べた。セキスイは部屋の外か、それか別の部屋に居るだろう。彼女には僕がひどくうんざりしているように感じられたのだろうか。まあ、半分はそうだ。
そうだったとしても止めようが無い。脳がそれを感じること自体をどうやって防げばいいのだろう。こういう考えだって、自己弁護のように思えて嫌になる。
僕が部屋から出たのは4時間経ってからのことだった。どういう訳かそれぞれ違う船員に説教を2回食らった。全く知らない人々に、全く謂れのない理由で。僕が貰った作業着を着ていたので部下か何かと間違われたのだろう。
それを渡した張本人はくつくつと滑稽そうに笑いながら僕を見た。コワレフスカヤのオフィスは正気を疑うほど乱雑だった。あちこちに積まれた書類が仕事用のものでない事を祈りたい。残す必要があるからわざわざ紙を使っているのに、こんなに止められていると業務に支障が出る。
角に申し訳程度にあったパイプ椅子を掴んで持ち上げ、どうにかして彼のデスクの前まで持って行った。脇に端末を抱えていると、部屋に散らばった何かたちに注意を払わなければいけなかった。印刷機とか、それからまろびでた紙の束が構成要素の大半を占めていた。全く気にしていないことを見るにこの状況がデフォルトなのだろう。
「君はいつかやると思ってたが、ここまで早いとなるとめちゃくちゃ面白いな」
「笑い事じゃない。死の危険性があった。君の部下は入ってくる時にM18を構えていた」
「そりゃ、軍人が女性と一緒にいたらそうしなきゃいけないさ」
「軍人じゃないが」
わざわざ呼吸音をつくり、ジルは言葉を生成する。
「マスター、あまり無意味な行為を行うべきではありません。この際作戦について尋ねておきましょう」
「インテリクチャルすぎるね。ジル。かわいい」
「……自我を持っているかの議論を飛ばせるのなら、今私はそれを取得したことを後悔しています」
「この可愛くない時計から出てきてほしいよ。狭すぎるだろう?」
「主人が選んだものに文句を付ける家人は居ません」
滑らかになった言葉を僕は聞いていた。かつて火星にいた時と比べると2人とも随分滑らかに喋るようになった。物理的にもだ。
僕は作戦について、さして聞く必要もないように思っていた。エンジェルの動きは先の実戦で知る事ができた。あとはこのコロニーがどう動くかについてのみ。ただ、それも情報の統制が効いていれば知ることもできまい。思考とは裏腹にコワレフスカヤは余裕たっぷりに手を組んだ。
「それで作戦の事だったかな。何処かへ逃げ出したかったから、私のところに来たようにも見えるけどさ」
「否定できない」
「ま、人のことは言えないから言うのはこれぐらいにしておこう。ここに来た時は酷いものだったんだ」
「さっさと話をして下さい」
かぶりを振って、彼はプロジェクターを起動した。空中に浮かんだビビッドな色彩は白熱灯の中ではぼやけて見えた。最初から3Dモードに切り替えられている。ここには全く平面というものが無い。壁は棚で塞がれているし、機械と書類の群れが床を埋め尽くそうとしている。
照明が消えないな、と思っていたらコワレフスカヤは指差して僕を促した。客人しか操れないような状態にしないでほしい。金属のばねが押し込まれる音が鳴った。
「この前作戦について話したときとほぼ同じだ。第一に追い込み、第二で止めを刺す。忘れていないよね」
「ああ。一応聞いておくが、何か情報は手に入れたのか」
「ジルを作り、化学誌に論文が掲載されたこの私に期待するべきじゃないか?もちろん、ある。偶然君のみが来たのは僥倖だと言えるぐらいにはね」
「そうだったのか」
コワレフスカヤは自慢げに腕を上げて、顔の位置を光らせた。256の3乗をフルスペックで現実に描写している。
僕は書いたことも無いが、その何気ない自慢が物凄くめんどくさいことを知っている。純粋に賞賛されるべき名誉だ。経営に回っていたら時間もないだろうから、火星戦争が終結した直後にでも書いていたのだろうか。
「君は作戦自体は妥当だと考えていたね。対して問題があるのはコロニーの動きだと」
「そうだ。ここのデーモンとやらは何処にいて、どういう動きをするのか分かっていない」
「それが何か問題に?傭兵ってのは、そういう部分も含めてじゃないの」
「……かつては会社に居た時は、それなりに怪しい相手は省いてくれていた。火星では疑うだけのリソースが無かった。今は状況が状況だ。僕たちを歓迎しない相手と協力しなければいけない」
A&Aは給料が全く上がらなかったり、上司はクソったれだったが一応企業は企業だ。最低限のことはやらなければいけない。会社が今はどうなっているかは分からないし、知る意味もない。
「オーケー。何を隠そう、そのデーモンの事だ。ここの戦力としちゃ最大だからね。これを見てくれ。機体数は全部で24。この船以外を警備している。位置までは流石に分からないが」
「嫌われてるんだな、ここ」
「嫌われた、の方が正しいね。だがそのおかげで配置していると分かった。燃料の運送場所が変わっていたんだ。それで、デーモンを警戒するのは正解だろう。火星から流れてきた奴らだ」
「だから金に頓着していると。研究者らしくない物言いだ」
「君もそういうタイプの人間だから理解出来るだろ。断定はそれが完璧に証明されてから。つまるところそうであったというわけさ」
火星からの移民に対して率直な感想を持つ事はできない。事実として僕は金を持って引っ越してきた人間であるわけで、マクロな視点に立てばそう変わりはない。分けるとしたら他人の評価という曖昧に過ぎるものしかない。
簡潔に、イデオロギーを無くして言えば彼らが嫌われているのは何となくというだけだ。些細なルールを知ってか知らずか守らず、訛りのある言葉を話す。おまけに皆貧しいから犯罪を犯す確率が高い。それでも合理的な理由がない限りは、一絡げに差別する理由にはならない。追い出す理由にはもちろん足りない。
宇宙が人間の起源を奪ってから、それなりに経った。新たに芽生えてもさしていい影響があるとは思えないが、無いままに出来るほど人間は孤独を好んでいないようだ。
「彼らは金の多い方につく。私も交渉したが駄目だ。かなりきつい。つまり傭兵はニール側だ。サラリーマンとしちゃいいけれど、勘弁してほしいね」
「傭兵としては駄目なほうだ」
「だが、実際腕はある。曲がりなりにもここの船団をこれまで守ってきたからね」
「敵の装備は分かるか」
「まったく。銃の種類なんてわかりゃしない」
期待していなかったが、意外と情報は手に入った。それでも収穫はあった。僕は空中に浮かんだこの艦隊を見た。グリッドで表示されたその群れは固まったまま。補給の問題からして船の配置を変えることはそうそう無い。静止画でも役に立つはず。僕はジルにダウンロードを頼んだ。
デーモンは艦船に分散されて配置、24機。金をせびるぐらいの教育だが練度はそこそこにある。情報はこれくらいだろうか。
「それで、君の方はどうだった?」
「僕?いや、知っての通りここでは……」
言うよりも速く、彼は僕が持っていた端末を奪い取った。内部には先ほどのカウンセリングの結果が記録されている。AIが常人ように噛み砕く前のそれを、消しておか無かったのは心の余裕が無かったからだ。
目付きは分からないが、コワレフスカヤは大げさな手振りをやめて神妙にそれを見ていた。意外と
「マスターが居ましたから、あまり正確ではありませんが」
「なら、そういう風に受け取ればいいさ……大体は分かった」
「そんな速いことあるのか」
「見飽きてるんだ。まあ、ありがちなストレス値だね。ちょっと弱いかもだけど、君のような脳に異常があるというわけじゃない。つまらないな」
「そういうことでは無いのですが。彼女は自分の才能にコンプレックスを抱えています」
コワレフスカヤはジルの言った言葉にいちいち過剰に反応するが、この時は鈍感になった。
「確かにね、ジル。このストレスは凡庸なものだ。だけど当然悩みは人間によって違う。そして君たちは解消しなければならない」
「頭が痛くなるよ。仕事だから仕方ないとは言え、どうやって他人を理解すればいい」
「理解する必要はないんだ。ただ動かせば、また別のところが動くと考えればいいさ」
僕はとっくのとうにその結論にたどり着いて、なおかつ不可能であると悟っていた。結局のところロジックを立てるよりも早く情動が必要な時は間に合わないし、ストレスを抱えているとそんなに高度なことは出来ない。無意味なので言わないが。
だが、彼がこのことについて興味を持ったことについて珍しさを覚えた。「それはそっちでやっておいてよ」なんて言うのではないかと予想していた。気怠くなってきた頭を無理に働かせる。どうにかしてシミュレーションめいて学べないものだろうか。
「その同僚の名はセキスイ。僕たちの間では唯一ラウンケルに正規雇用されている人間だ。言葉は記録してある」
「再生しましょう」
有無を言わせず、僕たちは彼女の個人情報を流出させた。ジルはとうにこの船のデータベースを掌握しているので問題はない。最低な手だとは思っていて、同時に仕方がないとも思っていた。むしろ後者の方が大きくなければやらないか。
どうせ、自分が2人いても分かりはしないのだ。ジルが理解できたのなら教えるだろう。
音量を調節すれば悪霊じみた情念にも焼かれないと思っていたが、全くそんなことは無かった。部屋から生気がひとつづつ、一言のたびに取り除かれていった。僕は書類を何枚か踏みながら電気を付けに行った。コワレフスカヤがリモコンを操作すると部屋は明るくなった。
「最後のあたりは分かった。要は、この人は私がやっていたことが気に食わないってことか」
「言葉は選んだほうが人と付き合えるぞ」
「うん。それはそれ。思うところがあってね。才能か、どうせ持たない者には羨ましく思えるのかもしれない。だが、持つ者にとっては呪いと同じだ」
一番会わせてはいけない人間が現れてしまった。
「才能があると言われた。そういう人間は理想を成し遂げなければならない。自分が描いた夢へと辿り着くことができるんだから。ずっとずっと、諦めないようにね。その苦痛を分かりはしないだろうと思ってさ」
「分からないさ。僕たちみたいな才能がない人間には」
僕には完璧な人間になる才能が無かった。それだけの話であるべきだと思う。それが可能な人間について憧憬とかを覚えるのは無益だ。自分は自分にしかなれない。
そういうことを伝えてしまえればいいのに。僕が理解していること、諦めに至っただけのことを知ってくれればいい。そうすれば無意味なことを言う人間、行う人間全てが消える。
「セキスイの前でそういうことを言うなよ。傲慢としか受け取られない。この先合わせられなくなるぞ」
「どうかな」
「もっと確実に撤回してくれ」
「それはどうも。ま、忠告に感謝することだ」
僕は会話の終わりを感じ取って、しかし何もしなかった。また、腹が立ってくるのを感じていた。どいつもこいつも勝手に生きているようだ。
まあ休んでいないから苛ついているのだろう。流石に歳をくって体力が落ちたのか。神経のものなんてどうしようもないか。コワレフスカヤは照明を再び落とし、頭の電飾を光らせて威嚇する。
「コワレフスカヤさん、私の造物主。私のマスターは待つ気です」
「分かってるさ」
「それと要求の内容を仰るべきでは?」
「彼女を無為に傷つけるようなことを言わないと約束してくれ。僕たちはこの任務が終わるまで共に居なければならない」
「君がやったように、終わるまで関わらずにいるのはどうかな?そっちの方が良いだろ」
「簡単だ。しかしながら、それで失敗したんだ。僕があの時に気づいていれば犠牲は少なく済んだ」
「サバイバーズギルトが君に有るとは思えないけどね」
コワレフスカヤが何を言おうと退く気は無かった。僕は意固地になっていた。言ったことの半分は正しいが、もう半分は間違いだ。訂正しておくようなエネルギーももう無い。
僕はギラギラ光る彼の無貌の中を見つめる。自分自身を下らないと思いながらも止められない。何分か経ったのか、おおよそも分からない張り詰めた時間が過ぎた。彼の方から僕は見えて、僕の方からは何も分からない。ただ、標的を追い詰めているのはこちらの方だ。
「……分かった、分かったから睨むのをやめてくれよ」
「睨んでいないが」
「そう見えるんだよ。はあ……確かに、かなり大人気なかった。流石に火に油を注ぐような真似はしないさ」
「だといいな」
「あらかじめ言っておくけどね、腹が立っているんじゃないんだ。思う所があったというか」
僕よりも自己弁護が下手な人間に会ったのは初めてかもしれない。それでも、変声された抑揚からして嘘を言っているようには思えなかった。彼は感情が昂ると声が震えるらしい。
「私には才能があるが、それほど万能ではない。何もできなくて、ひとつだけ残ったものに注ぎ込んだ結果が今なんだ。それだけは言っておく」
「ここを見れば分かる」
「そうかい……彼女、何だっけ。治せると思うかい」
「セキスイ。いや、治療はできない。それは僕の専門外だし、トラウマはその人間の一部だ。薬を飲んで、寝て、上手く誤魔化せるように促すだけ」
「それがいい。私とのカウンセリングが効いたかな」
コワレフスカヤはふてぶてしく言った。彼の助力はあっても1%程度だ。僕が戦争から帰ってきたあと、それなりに治療を試みられた経験からの言葉だ。
きっと、スマートドラッグに危険はない。アルブムが利用したそれは向精神薬の範疇に収まっている。古典的な薬だって同じだ。濫用しなければいい。だが、彼女はその言葉を守らないだろう。つまり、まだやらなくてはいけない。
「一応、私にも報告してくれよ。ここまでくると逆に気になってくる」
「これが終わったらもっと集中できるようになる」
「そうかな。期待はほどほどにしておくよ」
僕はやっと席を立った。動くと汗が垂れてきてさらに不快にさせた。椅子を返すついでに電気を付けると、青い壁紙があったことに気が付いた。彼はそんなことする前に機材を運び込むだろうから、前の人間の趣味だろう。
群青色の壁紙は汚れて黒っぽくなっていた。たかだか5年では劣化しない。狭くて天井も低い、栽培には向いていない部屋だ。コワレフスカヤをここから連れ出さなければならない。
やるべきことが次々とのしかかって潰そうとしてくる。だが、それでも僕が選んだことだ。




