表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
49/75

10,

「そういえば、隊長は何処出身なんですか?」

 他人というのは聞きにくいことを聞く天才ではないかと僕は思う。何かしら、例えば僕の趣味だとかを聞いて何にもならない。それどころか批判する手がかりを与えてしまう。根暗だとは自覚しているものの、いちいちそれとなく突きつけられると苛ついてしまう。

 彼らが必要としているのは交流のための言葉。ならAIみたいに言語でも作って会話でもしてればいいじゃないか。意味のないゲームを延々と繰り返していればいい。何回も何回も、誰かしらに何の意味のないことを言わなければいけないゲーム。いっそのこと陰口で広まってくれればいい。

 青い光のなかでセキスイは口を動かした。薄く、光を弾いてきらめくのが何であるか僕には分からない。彼女は適当な世間話でもしようとしているように見えた。そして上司が不自然に黙ってしまったので怯えた表情へと変わろうとしている。

「出身自体は火星だ」

「もったいぶるなよな、それぐらいのことで」

「だけど生まれた所がそこというだけで、ほとんどケプラー442bで育った。こういう時ってどう言えば正解なんだ?どっちを言ってもほぼ嘘をついてる事になる。結局全部説明すると話がこうやって終わる」

「え?!えーと、嘘をついたらいいんじゃないかなあと……」

 4つの座席に僕たちはいる。ノア級第27番艦インテルキススの中央セクター、アルクビエレドライブユニットの船室は暗い。列車や旅客機のそれに似たような雰囲気があるが、他の席に座っている人間たちはさして声を抑える気もなかった。この旅があまりにも短いせいで休む者が居ないからだ。

 僕が買う気も起きないほどの値段のチケットを持っているのは、ネリーの命令によって急遽ケプラー452bへと向かうことになったためだ。デイヴィッドは結局何も語らなかった。地下工場にあったサーバーをクラッキングしてようやく重要な取引データを手に入れたらしい。

 さして期待していなかったが、前回の仕事と同じメンバーが集まった。アゲナ、セキスイ、ジョージ、そして僕。特にジョージを使うのはどうかと思うが、使い捨ての割には腕が立つから雇っているのだろう。僕もそうだ。

 船室の中には延々と同じ内容を流し続けるモニターしか無かった。安全を促すための映像が30秒ほど、地球同盟軍のコマーシャルが1分ほど。見たくないのに、雰囲気作りのためにわざわざ暗くされていると集中せざるを得なかった。会話に興味を持つこともできない。

 ジルは手荷物として持ち込めなかった。こういう時こそ役立つものだと思う。もう少し良い座席を買ってくれれば読みかけを2、3ページでも進められる。

「隊長、あんたの育った所でいいだろ。生まれた所のことなんて分かりやしねえ」ジョージはぶっきらぼうにそう言った。

「それもそうだ。さして意味も無いのにこだわっていた」

「くだんね、あんた以外グリーゼ育ちだから期待してたのによ」

「実際話しても波瀾万丈でも順風満帆でもないからな。覚えていることもそこはかとなく嫌なことばかりで、普通の人生と同じだ」

「そ、そういえば私アルクビエレドライブって初めてなんですよ。大丈夫なんですかね。その、事故とか」

 セキスイの目が素早く動いた。そして気まずい空気を感じ取ってすぐに話題を切り替えてくれた。別段誰かが頼んだわけではないのに、彼女はなぜ自ら苦しみに行くのだろう。僕たちの表情を窺ったあたり、本当に聞きたいということでも無いらしい。

 退屈さを隠せないようにアゲナはあくびをした。アルクビエレ・ドライブには何も劇的な所がない。タービンが回る振動も、エンジンの排気音も何も聞こえない。ただ、その冷淡なやり方でいい。マクスウェル機関の叫び声はとても聞けたものではない。

「あー。俺がやったうちは問題無かったけどよ」

「僕も同じだ」

「も、もし起きたらですよ。その場合って私たち……」

「さあな。アイツが知ってんじゃねえの?」

 彼が僕を見る。銃を取り出したかったけれど、そんなもの持ち込めない。鶏の脳みそを今すぐ移植したほうがいいくらい記憶力が無い男だと僕は思った。同時に説明も何も彼女のほうが詳しいのではないか、と感じながらも口を開いた。

「アルクビエレドライブは重力の波の中に入って空間を移動するやり方だ。もし失敗したら痛みすら感じることなく居なくなってしまう、というのが一番正しいと思う」

「うええ……」

「ブラックホールに入った人間たちは灰になって帰ってくる。僕は見たことがある。超重力に飲み込まれたノア級は岩や灰になって宇宙を漂っていた。その時は分からなかったけど、それは固まったタンパク質の塊だった」

 あの時にジルがいたならもっと早く分かっただろう。何らかの動画か記事、重力砲の威力について述べていたものを読んだ。より正確に言うとすると、装甲に使われる金属や内部のコンクリートと混じってしまった人間の残骸。重力砲が撃たれた後にはそのようなものが残る。一瞬のうちに無限大の重力によって縮められた結果として、そうなってしまうらしい。

 これが最新の物理学に渡された結果だった。ではアルクビエレ・ドライブがもし破綻した場合はどうなるのか。それはまだ分かっていない。失敗した場合には数千光年離れた先でばらばらになってしまう、ということだけ。それが岩石と灰か、それとも生のままの人間やコンクリートであるかは確かめようがない。

 僕はそのような終わりがいいと思う。特異点へと全てのものが重なっていく間に、脳に走る神経パルスも断ち切られる。何が起きたかも分からないまま全てが消えていく。もう自我の消失なんてどうだってよく、この悪性に変わっていく生を止めてほしい。

 こういう結末もあり得る、と言いたかった。脅すつもりは無かったがその2人は顔を引き攣らせていた。

「……ワームじゃねえの」

「ノア級でワームを飼う必要は無い。僕たちが乗るようなちょっとした船で便利ってだけで、あそこまで大きい船だと運転コストが大き過ぎる」

 ワームは貧乏人や長期的な歩哨のために存在しているようなものであって、ノア級のような補給が行き渡る船では使わなくていい。何人かの腹を満たすにはちょうどいい増え方で、とても管理しきれないほどに広がってしまう。それにいくら安いからといって昆虫を食べるのは誰でも嫌だろうから。

 アゲナとセキスイは少し変な声を出した。後を追うようにしてチン、という音が鳴った。僕たちの一瞬の旅が終わった音だった。

「着いたぞ」

「え、ええ、今ので終わったんですか……」

「は、早えんだな」

「そりゃワープだからな。一瞬さ。隊長、次はエレベーターか?」

「ああ。そこで今回の作戦について説明する。チケットは無くしてないな」


 入ってきた時と同じ場所にある扉を開けて中央セクターに戻る。たったそれだけでグリーゼ581dからケプラー442bに居る。何回かゲートを潜ってから荷物を受け取った。ホルスターにピコゾアを戻したあと、コイル鳴きのひどい目覚まし時計を受け取った。

 ノア級の外周へと向かう。僕は違和感と既視感を共に思い出した。道は全く同じなのに、広告や店先は10分ほど前と明らかに違う。

 サングラスを掛けたみたいに形と文言の置き換わった看板。化粧品の広告は中華料理店の看板になって、唇の位置だけ同じだった。だけどパイプや換気扇も同じ場所に、角や道だって同じ長さに。ノア級の設計が素晴らしいのか、地球同盟軍が横着しているだけか。僕とジョージはまだ淀みなく歩いていたが、あとの2人はゆらゆらしていた。

 夢の中のようにおぼつかない中央部を抜けると外周部に着いた。広告も少なくなって、もう違和感を感じることもない。宇宙船のドッグのすぐそばにある軌道エレベーターの受付にチケットを渡すと、隊員も同じようにした。

「ありがとうございます……確認しました。15:35発のビジネスカーにご搭乗ですね。籠は到着しております」

「荷物のほうは」

「はい。すでに積み込みは終えています」

「どうも」

「どうしてそんなに確認するんです……?」

「後でウソついてたらぶん殴れるだろ」

 アゲナはかなり乱暴に説明してくれた。何と言うべきか、貧乏性みたいなものだ。ミランならもう少し柔らかくできるのに。

 ケプラー452bへと落ちる道は3つある。だけど全て同じ方法、宇宙へと伸びた臍帯である軌道エレベーターだ。もし襲撃をするだとか、船と一緒にいたいなら直接落ちるという手もあるが推奨しかねる。ほぼ衛星軌道にあるノア級から砲撃されて終わりだ。強力な対電子戦装備とアルクビエレドライブによる離脱の目処があるならやってもいい。

 僕はエレベーターのかごを見た。ビルのなかに在るそれとは明らかに違う。大きすぎる。レールガンを積んだ戦車が丸ごと入りそうなほど巨大で、無骨でエネルギーに満ち足りた四角いかご。フィルムの中に焼き付いた歴史的建造物のようだ。それの中を黒く(ふと)ったケーブルが貫いていた。

 客室周りだけは角ばったデザインが無くなって、アールデコ調の淡麗なデザインに切り替わる。僕みたいな仕事をしていないなら見向きもしないのだろうか。その中に入る。大理石に似せた磁器タイルが足音をうるさく増幅させた。ガラス張りの天井に映ったのはまだ鉄骨だった。

 防音扉が息を吐いて閉じる。席に座ってから備え付けのモニターに目覚まし時計を繋いだ。

「……お久しぶりですね。皆さん。ジルです。今回もサポートをさせていただきます」

「ああ、また居るよな。そりゃ。お前良い加減買い替えたらどうだよ。戦うたびに耳元でごちゃごちゃやられるとたまらねえ」

「隊長と呼べ。あ、これまでの分も精算しておきたいな」

 彼は黙った。なるほど、銃口を出さなくても良いか。

「すぐにでも作戦の説明をしておきたいですが、ノア級から離れたあとにしておきましょう。盗聴の可能性があります」

「高え金払ったってのに、そんなの心配するのかよ。ホスピタリティを信頼しねえのか」

 アゲナはそう言ったが、控えめに論駁される機会を作っただけだ。

「あ、その。スパイ、いっぱいいるのでジルさんの言った通りにした方が良いですよ」

「ありがとうございます。AIにさんは不要ですが、嬉しいものですね。その通り、超感度マイクを使われると問答無用で会話は聞かれてしまいます。アナログなやり方は不滅で実用的ですね」

 彼女は今風の意味でその言葉を使った。ジョージは鷹揚なのか無気力なのか分からないが頷いていた。

 ガラスの奥が暗黒で満たされていく。加速はマクスウェル機関によって打ち消されて、ここでは移動していることも分からない。久しぶりに見た宇宙はかつて見たものと同じだ。星雲も見えないけれど、確かに遠くにはベガが輝いている。ここからだと別の方が近いか。

 イルカのように研がれたボディが4機連なってデブリの海をすり抜けて泳ぐ。よく見てみるとその群れはひとつだけでは無い。ひとつが隠れるとひとつが表れて、何十機かがそこにいるのが分かる。幾何学的にゆらめく隊列はECM(電子対抗手段)に対抗するため。パワー級エンジェルはまだ小柄だ。

 エレベーターからのライトが宇宙を美しい風景にしてくれた。もしノア級から見れたなら長大なケーブルもあってもっと壮観だろう。僕はそこはかとない懐かしさを感じた。景色はずっと賑やかになったけれど、宇宙は同じだ。何処までも孤独だ。ミサイルが直弾して死んだ時に、その肉はほぼ無限の中へと沈んでいくから。

 しばらく進んでからモニターに次々と情報が提示されていく。最も大きな見出しの中には”レメディウムソフトウェア”の文字がある。今回の標的だ。

「では作戦を説明します。目的は前回と同じく人工筋肉の誤作動についての調査。今回はケプラー452b第1コロニー、レメディウムソフトウェアへと向かいます」

「ラウンケル、ネリーからの通達では方法は問わないとのこと。必要資金とコネクションを(いただ)きましたがアタッシュケースはありません。やり方は考える必要がありますね」

「え、その……」

 僕も勤めて出さなかった疑問をセキスイが表に出した。ジルは彼女の申し訳なさそうな声を聞いてから落ち着いた声色を錬成した。

「ええ。理解できます。なぜアルブムのような手広くやっている会社ではなく、ソフトウェア開発を事業としている会社の調査に向かうのかと」

「は、はい。その、資料を見てもただの普通の会社みたいにしか思えないんです。私設の部隊もないですし。設立は2年前で新しい会社だからアルブム製薬会社みたいにギャング的な地域との繋がりもない……で、すよね?」

「ああ。正しい疑問だ」

 中空を見ているような顔のアゲナと無感動なポーカーフェイスのジョージをさておいて、ジルに続きを促す。

「まず整理しましょう。私たちの調査によってアルブム本社からは遺伝子リストが発見されました」

「おー。ボーナスよこしたから知ってるぜ」あれ、そうだったのか。

「おめでとうございます。これで古い遺伝子が使われたということが確定しました。しかしながらその理由と手に入れた経緯は未だ不明となっています」

「未だ、か」

 すると彼女は待っていたように別のスライドを表示させる。

「そしてこれをご覧下さい。アルブムの人工筋肉の卸先を可能な限りリストアップしたものです。これだけでは何も分かりませんが……こちらがレメディウムの取引先です」

「これは……同じ名前ばかりが……」

「ええ。セキスイ女史の言う通りに武力的なアプローチは行なっていませんが、それならばここまで一致することがあるでしょうか」

 ジルは誰かが疑問を呈する前に話し続けた。

「ラウンケルのような大規模な企業から、中小企業まで。アルブムのような企業との取引はイメージダウンの危険性もあります。中々に奇妙だと思いませんか」

「馬鹿馬鹿しいぜ。たまたま同じになっただけだろ……」

「そうですね。ではこのリストをさらに展開してみましょう」

 リストは二次元から三次元へと変わる。ナノマシンの網、使えるような使えないような試作兵器を思い出す。それと同じように疑問の線は繋がりあって立体に変わる。

「取引先のそのまた取引先、それのまた……と繋げていった場合のイメージ図です。この奇妙な一致はアルブムとレメディウムのみではなく、商品の売買先にも存在しています。本来の表がみたい場合は後でお声かけを」

「こんな量の企業か。セキスイ、提携してるってわけじゃないんだな」ジョージはセキスイに問いかける。

「え、ええ、はい。分野がバラバラです。それにこんなに沢山する必要ないです……」

「まだ全貌は分かりませんが、どうやら独自のネットワークが有るようです。まるで樹状細胞のように相互に繋がった企業群の連なりが。前回の調査で判明した異種遺伝子群もそこからもたらされました。デイヴィッドは少し嘘をついていました」

 それくらい軽い表現で済んで良いことかと僕は思う。業突く張りで獣じみて金に目のない企業が協力して、おおよそ金にならないことをしている。僕たちみたいなものが触って良いものではない。今更になって寒気がした。盗聴の可能性なんてジルが全て潰してくれているのに。

 矛盾点はずっと前からあった。古い遺伝子は何処から手に入れたか、という点ではない。なぜ健康な遺伝子をたくさん持っていたのに、そんなものを使う必要があったのか。しかも混ぜてだ。

 僕は端に追いやられた小さなスライドを見た。遺伝子情報は混ぜられたのではなく合成された。合挽き肉を作るみたいにしたのではなく、遺伝子組み換えで新しい卵を作った。しかしながら、そのような方法は手間に比べて得るものが少なすぎる。優秀な遺伝子がさまざまな環境で対応できるぐらい必要だとしても、実際の人間からいくらでも手に入った。

 その疑問は簡単に解かれた。セキスイの言った通りに企業が提携しているという楽観的な想像はできない。もっと大きな、それでいて資本主義的な目的を達するために動いていない。”これ”は一体何なのだろうか。

「ちょ、ちょっと待てよ。あの化け物みたいな奴は、アルブムがとち狂って作ったわけじゃ……」

「その可能性も残されていますが、この繋がりから作られた試作品であるという考えの方が現実的です。最近になってからの不具合の多発はそれを買い取った企業のものでしょう」

 彼女は一拍置いてからこの疑問についての結論を述べる。

「レメディウムソフトウェアが今回の標的として選ばれた理由は、この不明なネットワークを伝った結果として最も多くの企業との繋がりが見えたためです」


「だけどよ、これなら俺たちじゃなくて良いんじゃねえの。傭兵とかよりもコンピューター持ってる奴の方が安全だろ?」

 それから装備についての説明を行った後、作戦案について本格的な議論を行おうとしたときにアゲナは口を開いた。

 彼の疑問は的を射ていた。事実として僕たちは野蛮人であって、そのような行為はジルにだけ任せられる。銃を持っていても当たらなければ持っていないのと同じだろう。ただ僕は事前に聞いていたので提起するのを忘れていた。

「そりゃそうだ、お前もたまには良いこと言うな」

「どういうことだよ。いつも良いことしか言ってないだろ、おっさん」

「疑問に答えましょう。今回は現地企業の協力があります……はあ……」

「ど、どうしたんですか。まさかバグ……」

 セキスイは怯えて僕を見た。コミュニケーションボットでなければそういう挙動はしないからだろう。

「そいつはバグじゃない。かなり完璧に人間らしく憂鬱になっているだけだ」

「ええ。その企業はC.(ソフィア)K.(コワレフスカヤ)商会。予め伝えておくと、私の開発者が運営している企業です」

 彼女はやや遅れてスライドを展開する。そこには見知ったフードを深く被ったの人物が見える。顔は確かめようがないが背丈や捻りのない名前からして本人だろう。一応取締役がそれで良いのだろうか。

 僕はあまり連絡を取る必要もないと思っていた。だけど毎月ペースで送られてくるメールに近況報告がなぜか着いてくるので、何故だか状況は知っている。地球同盟軍からの補償金と僕とオフュークスに施した治療法を元手にしてより大きな商売を始めた。それなりに上手くいっているらしい。

 今回協力企業として選ばれたのは偶然だ。僕が取り計らったのではない。目標の企業に近くて程よく扱いやすい規模感だったからだろう。僕たちと同じように値段の割には働いてくれるが、特段として重要とみなされていない企業。上手くやってると思うのに、何とも言えないほど世知辛いな。

「へえ……そいつがそんなに言うってことはまずい企業なのか?」

「いや、そうでもないはず」

「どうだよ、お前」

「んん〜、いや、不審な所はないですけれど」

 セキスイは企業の情報を見て唸った。経営が上手くいっているかどうかは知らない。大抵の場合はジルへの少し気持ち悪い褒め言葉で満ちているから。どうやらクソみたいなどんぶり勘定もやめてくれたらしい。

「ありがとうセキスイ。僕たちには分からないことばかりだ」

「こ、こちらこそです。頑張ります」

「……そういえば銃は撃てるようになったか?」

「ハンドガンくらいならちょっと練習しました。その、途中で呼ばれちゃいましたけど」

「ならいい」

「にしても何でこんなに急なんだろうな」

「知りたがってるからだ」

 僕たちは少しだけ嘘をついた。

 生産された人工筋肉は売買され、仲買業者のもとへ行く。さらに別の企業へ、別の企業へと……ソフトウェアもそうだ。それらはただの製品でしかない。何かに加工されたりして経済活動に使用されるもの。しかしながら、それに当てはまらないものはどうか。

 現代でトラッキングをすり抜けることは不可能だ。だが、それは現状の世界が資本主義にどっぷり浸かっているから。星も宇宙も何もかもが経済活動によって使用されているのなら、誰かが全く利益にならないことをしていたら。その集積された場所には何が在るのかを知ろうともしない。

 ここからが言わなかったこと。この一連の流れを生み出している奴らは少なくとも20年前から始めていた。とんでもないことだ。20年間、この宇宙の中を強大な意志を持って掻き分けて。ラウンケルが対処するようなことも出来ないような規模の何かがこれを行っている。当然嗅ぎつけている奴もいただろうに、今まで何も起こらなかったのが証明していた。

 陰謀論みたいだ。だけど地球同盟軍は致命的なことが起こらない限り動かないだろう。想像してしまう。僕たちしか、この状況に相対しているものはいないのではと。ラウンケルが調査しようとしている限り、そんなことはあり得ない。その筈だ。

「どうやら始まったらしい。ジル」

「ええ。ファフロッキーズを起動、フライトユニットの装着急ぎます」

 それを見て僕は不謹慎にも嬉しく思った。

 僕はケーブルを抜いて目覚まし時計をしまった。席から立ったのと窓の外を見てジョージが立ち上がる。次にアゲナもそうした。セキスイはそこで上司が捻り出した意味のない会話が、ただの確認だったことに気づいたようだった。

 暗黒の中で赤黒い触手が生まれた。無重力によって押し潰された器官だ。デブリの中から畑のように生えてそよぐ。潰されるうちに生成される速度が上回り、人間の腕や頭や内臓やらが露出した。人工筋肉の暴走だ。宇宙を泳ぐパワー級エンジェルがミサイルを四方八方へと発射する。ここへ命中するのは時間の問題だろう。

 これが僕たちに対しての攻撃か、それともただの誤作動か。刻々と疑問点が一時的に頭の中から消えていく。そうとも、どうだっていいことだ。あれを殺す。戦う理由は単純でなくとも、戦っているうちは単純でいられるのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ