6,
銃をホルスターから引き抜いた。いくら対グリア粒子弾薬といえ、デーモンには効果的ではない。あくまで歩兵どうしで戦闘になった時に便利な弾丸というだけだ。ましてこんな室内戦闘ではちょっとした隙に跳躍で距離を詰められてしまう。
真っ赤なライトが点灯して地下を染めた。劇的に変わった風景と音響は僕に否が応でも戦場を思い出させた。つとめて忘れていたこと、そしてまた望んで行うべきことを。
「どうすんだよ!?」
「道を戻るぞ。ついて来い」
「上の奴が来るだろ!」
「知らない道に行って迷うべきか?いや、袋小路ならむしろましだ。ここから出られなくなるぞ。敵が居たとしても道順が分かってる方がいい」
「……」
「そもそも言い争う時間が無い。隊長である僕に従え。脱出を開始する。返事は?」
誰も”了解”とは言わなかった。かつての僕たちはいい傭兵たちだったのだな、と懐古した。意味は無いのだけど。
トンネルの中に侵入者を威圧しようとするサイレンとブザーの音が鋭く響き渡っている。遮蔽物はほぼ無い。通路は数百メートル先まで続いているように見える。拳銃の射程距離は50m程度。そして有効な距離はもっと短い。
「走れ!さっきのエレベーターまで戻るんだ!」
「ちくしょう、もう2度とやらねえからな!」
「ジョージ、お前もだ。もっと速く!」
のたうつ様にしながら緩慢に動く彼の手首を掴んだ。アドレナリンの放出が始まり、脳にとって感触は記録すべきことではなくなった。アゲナは一応指示には従ってくれた。あの調子なら大丈夫だろう。足も衰えていたので、予想よりも遅くその扉の前についた。
「クソ、生体式じゃねえかこんな所に金使うなよ」
「開くか?」
「登録されてねえと開かねえんだよ!」
その時階層を示す文字盤が光った。B3から4へ、5へと段々と表示されている数字が下がってくる。確かここは地下10階。階段は辺りには見当たらない。敵がここへやって来るまでいくばくも無い。
相手はほぼ確実にデーモンだろう。上にはサブノックが最低2機。いよいよ傑作機も型落ちになってしまったようだ。戦い方を選ぶことが出来るのか。弾頭がアウターシールドを削っている間に銃口は僕たちを向く。不意をついて格闘戦に持ち込めたとしても、人工筋肉によって強化された運動量には勝てない。
僕たちの武器は何だ。アゲナは拳銃を持っていた。タイガーストライプのM18。頼りにはならない。ジョージは何を持っている。
「何か無いか」
「あるわけねえだろ」
「……これがある」
ジョージはジャケットの中から手榴弾を取り出した。爆発はアウターシールドに対して効果が薄いことを知っていたけれど、アゲナがそれを見て目の色を変えたので落胆を抑えた。
「グリア爆弾?!よく持ってたな、高えのに!」
「使えるのか?」
「アウターシールドごと溶かせるぜ!おっさん、さっさと準備しろ!」
「……いや、だめだ。震えがひどくて投げられない。アゲナ、隊長。やってくれ」
奪う様にしてその爆弾を受け取った。見たところ通常のグレネードと使い方は同じだ。7、8。数字は淡々と差し迫ってくる現実を伝える。”ジャケットにもある”とジョージが言ったので、急いで彼からそれを剥ぎ取った。ショルダーホルスターにはマシンガンが吊されていた。
ピンを抜いて、現在は9階。レバーを離す。グレネードを赤色のジャケットで包んだ。10。思い切り投げつけたのと同時にドアが開いた。
真上で猛烈な音が響きわたる。拳銃を抜いて、物陰に隠れる。爆炎の中を見た。まだ立つ何かがいた。直ぐに引き金を下ろした。一拍置いてからもう一方の銃口からも炎が噴き出した。マガジンを交換してスライドを戻す。僕は慎重にクリアリングに入る。
エレベーターの中は黒ずんでいた。コールタールを塗りつけたような茶色混じりの黒色だ。金属と液体、タンパク質が高熱によって焼灼されたためだ。
扉側にいた人間は原型も無くなっていたが、隅にはまだ人らしき何かがあった。ライフルらしきものを抱えた、左半身が削られたデーモン。残った部分の直線には見覚えがあった。身じろいだそれに、僕は銃弾を2発撃ち込んだ。
「……終わったかよ?」
「ああ。入っていいぞ」
「ひでえなこりゃ。てかアンタよく鼻ふさがなくて大丈夫だな」
「……よく考えたら人体に有害だな。まあ、この際気にしてるわけにも行かない」
そこで漸く匂いに気が付いた。奇妙な匂いだった。拳銃を撃った後にする火薬のそれに似ていたが、もっと生っぽい。肉を焦がしたような。金属と有害物質が混ざっているだろうから、多分どころではなく吸い込まない方が良い。だけどもうどうしようも無かった。
グリア爆弾。その効果を見る限り、5年前に使われたものと同じ原理のようだ。高熱化したグリア粒子をデーモンへと吹き付け、アウターシールドを削り取りながら人体を損傷させる。デーモンひとつと3m前後ある機械を使って生み出していた熱源は何に置き換わっているのか。テルミット反応の応用だろうか。
やけに強かった威力はエレベーターの室内という極限の密室空間に標的が存在したためだろう。高熱になった粒子は煙幕のように広がり、部屋の中を満たした。そして効率的に悪魔を蒸し焼きにした。偶然だけど、何にせよ万々歳だ。
ファインマンが開発していたのはこういう兵器だったのか。僕は今になって彼が目指していたものを見た。ほんの少しの労力で、デーモンを容易く殺せることのできるもの。
うずくまっているジョージを引っ掴んだ。何か言っているようだが、耳が痛いので上手く聞き取れなかった。ふと見渡した周りには物陰なんて無かった。僕は彼を盾にしていたようだった。
焦げついたボタンに触れたら痛みが走った。プラスチックが溶けていた。しょうがないので肘で押すと歪んだ小さな光が点った。アゲナはガチャガチャと音を立てていたが、動き始めるとそれも聞こえなくなった。入ってきた時の動きそのまま、僕たちにしばしの安穏がもたらされた。
「……アイツら丁寧にロックしてやがる。銃は使えねえ」
「そうか。仕方がない」
「おっさんはどうすんだよ」
「どっちだ?」
「そこで丸くなってる方だよ」
僕はジョージを見た。アゲナの言った通り、服の端を引っ張りながら自分自身を隠すようにしている。芋虫に似ていた。逆側の隅にある死骸にも。爆発と銃撃によってトラウマが抉られたようだ。PTSDの症状は見飽きていて、彼がそれであるということも直ぐに分かった。彼は戦えるような状況ではないのは明らかだった。
そして到達した答えを、それで良いのかと反射的に疑った。滑らかに上昇するエレベーターの中だとどれぐらいの間黙っていたのか分からなかった。ジョージに機会をやるべきだ。哀れなものを、惨めな人間を救いたいという傲慢さではなくて。僕もそうされた筈だ。止められるわけもない状況だったのはそうだが。
「マシンガンは持ってるな。いいか?ジョージ。少し借りるぞ。弾薬代は後でネリーに言っておいてくれ」
「この状況で金の心配出来んのかよ」
「命を大事にすることと、金銭面での合意をつけておくことは別だ」
僕は彼の脇腹に備えてあるマシンガンを取った。さしたる抵抗もなかった。絶望の中にいる人間というのはそういうものだ。唯一治すことが出来るのは休息と薬しかない。
マシンガンのチャージングハンドルを引いた。半分動かして薬室に弾丸が入っていることを確認したあと、グリップの上側を触らないようにしながら構える。ヴァリアブル社のシーライト。大昔の銃器の設計を基にした短機関銃。殆ど新規設計された部分なんて無いが、それでも使うことはできる。
暫しの間、僕は次に言う言葉を考えた。エレベーターの上昇音の中にジョージの嗚咽が混じっている。どうにかして論理を組み立てても口を開き出したら全部無くなっている。
「彼はここに置いていく訳にもいかないだろう。間違いなく攻撃に巻き込まれる」
「引き金も引けねえ奴が必要だと思うか?違うね。見捨てたほうがいいに決まってら」
「そうかもな。だが車にあるデーモンは最新型のヴォーソーだ。弾除けぐらいにはなるだろう。あと、隊員を見捨てるということはこの先どんな人間でもそうされる理由になる。だから無理だ」
「どういうことだよ」
「君もセキスイも僕もいつかはそうなる瞬間が来る。銃弾に撃たれて、爆弾が落ちて負傷することがある。今ジョージを見捨てたとしたら、その時にも同じようにされる。そうなりたくはないだろう」
「……チッ、しょうがねえか」
「感謝するよ」
随分口が達者になった。つらつらと吐いた嘘はトリチェリの言葉を思い出させた。いつかは同じことを言ったような気がしなくもない。事実として真似したのは確かだから。
実際は僕がそうしたくなかっただけだ。これまでとは違うことをして、結果がどうなるか分からないが見たかった。言葉にすれば不誠実極まりない。それでもちらついた父親の影を消したいんだ。僕の行動が変わることが、世界を変えることでは無いのに。
扉が開くのと同時にシーライトの銃口を上げる。動くものは存在していない。コンクリートで出来た薄暗い通路が続いている。直接応接室までエレベーターを繋げれば良いのにそうしなかったのは、やはり構造上無理をしているからだろう。
「どうにかして上まで行くぞ。通信は繋がるか?」
「いいや。電波は来てねえ」
「そうか。まあ、いい。応接室まで行けば直ぐに来る」
「何で断言出来るんだよ?」
「僕のアシスタントをあっちに寄越しているからな。それぐらいのことはしてくれる」
アゲナはAIには詳しく無いようで、その言葉に軽く頷いた。大体のAIにはそんな複雑な思考を出来るだけの能力はないだろう。僕が知っている限りだと、ジルの能力に最も近いのはコロニーの管理AIだけだ。
階段をジリジリと一歩ずつ上がっていく。ジョージを引き摺りながら警戒を行っているとそうせざるを得なかった。ライトさえ持って来なかったのは僕のミスだ。考えが至らなかった。今度からはジョージを見習ってそれなりの武装を持っておいたほうがいい。また一歩と踏み出そうとして、上から光が差し込むのが見えた。
鋭く暗闇を切り裂く閃光。範囲はさほど広くはない。ちょうど銃口から噴き出したガスと同じような光束が広がっている。タクティカルライトだ。敵が真上にいる。耳をそばだてて足音を聞く。衣擦れとゴムの靴裏の忙しない音が聞こえた。
デーモンではない。不利だが、どうにかすることは出来る。階段の角につく。アゲナを見てこの選択を伝える。彼はわずかに頷いた。心臓の音が逸るのが分かった。デーモンによって興奮が統制されていないためだ。
ひときわ大きな啜り声が聞こえた。芋虫のような男の声だった。ブーツの音が激しくなる。僕たちも必死になって前へと踏み込んだ。踊り場に倒れ込んで引き金を乱暴に下ろした。破裂音が何十回も鳴った。熱さを感じながら倒れた敵に弾丸を撃ち込んだ。
耳の中が痛い。室内で銃は撃つものではないな。もうひとり敵が倒れていた。頭から血を流していたけど、安全を期して撃っておいた。左腕に持ち替えてアゲナを助け起こした。
「ああ、クソ。やっぱり置いてったら良かったじゃねえかよ。クソ」
「解雇させたいなら後で言ってくれよ。責任は僕にある」
「……何なんだよ、アンタ。結局何がしたいんだ。分からねえ」
「さあ……いや、完璧な人間になりたかった。今もそう思ってる」
「戦ってる間はそうだな、アンタ。死にそうなのに死なねえ」
嘲って笑う彼の姿が仄かな光に照らされた。何かを言おうと思ったはずだ。隊長らしきことを。
「とにかく生き残ったんだから、進むしかない。もうすぐ反撃だぞ」
亡骸の腕の中からMP5を奪ってアゲナに渡す。手榴弾も持っていたようだが、もう時間も無い。下から金属がぶつかる音が断続的に響いてきている。デーモンが跳躍してエレベーターを登ってきているのだ。シーライトのマガジンを抜いてハンドルを引き、捨てた。
負傷者が2人もいる状況じゃどうしようもないだろう。銃を手渡しておいたのは結局は足し算の発想でしかない。いい人間にいい武器を渡したほうが役に立つ。それも、もっと強き者たちによって踏み荒らされてしまうのは同じだろうけど。
風を切って何かが来る。振り返るよりも早く引き金は降ろされた。断続的に銃声が鳴った後に暗闇の中で何かが弾けて、光が散ったのが分かった。
「コロニーのドローンだ!上に行かねえと止められるぞ!」
「ひとりで対処はできるか」
「当たり前だぜ、良いからおっさんを運ぶことだけ考えてろ」
治安維持ドローンを鹵獲して使用しているのだろうか。確かに都市圏ではネズミと同じぐらいそこら中にいるので大した手間でもないだろう。武装は使い捨ての高圧電流を流す網。ただ僕はそれなりに良い市民を演じてきたために、それがどういう速度で追ってくるのかは知らない。
次々銃弾が吐き出され、背後でドローンが撃墜されていく。腕がどんどん重くなっていくのを感じる。ジョージは無気力ではあるが、死体ではない。体力の限界が来ている。血の色を見ている暇は無いけど、きっと溢れてしまっていた。次はもっと鍛えてから仕事に臨むべきだな。
階段の上から光が漏れている。応接室が近い。叫び声が聞こえた。振り返ると、ジョージの足首に鋭く光る金属が結び付けられていた。蹴って彼を放り出すべきだと考えて、やめた。既に感電してしまっている。体が麻痺してしまって動かない。
新たな音が聞こえた。靴がコンクリートを踏む音。銃や服とかが擦れ合う音。ローターの風切り音、銃撃の音。デーモンがコンクリートを割りながら迫る音の他に、肉が裂かれるような音。戦闘地点には不釣り合いなそれが僕たちへと向かってくるのが分かる。
地上から5m。僕はそこへ思っていたよりも早く到達していた。赤く蠕動する肉の束がコンクリートを突き刺し、剥がして降りてくる。羊歯の類が垂れるように、カギムシの捕食のように僕へと覆いかぶさる。表面が電流によって痙攣して、剥がされてすぐに元に戻った。
赤い肉の中で悪魔と目が合う。網膜の情報が素早く処理されて僕は伸ばされた触手で掴まれて食べられる。頭の中がクリアになっていく。くだらない、センテンスにも出来ないような細かいものが取り除かれて透明なガラスで満ちていく。自分がそれそのものになったかのように純粋へと近づく。
『ヴォーソー、セットアップを開始しま……あなたの歓迎を帰還……デイジーのための二輪車を用意します……』
「こんにちは。新しいデーモンのセットアップを完了しました。マスターは相変わらず負傷していますね」
「しょうがないさ。任務のためだから。武器はどこにある」
「ファフロッキーズの中に。ですが先に大腿部のものを」
ラックから筒状の物体を取り出す。大きさは発煙筒と同程度。”敵に向けて使う”という説明は聞いていた。暗黒の中で白く光る敵影に向けて、その穂先を向けた。
緑色の粒子が噴き出した。霧のように広がっていくそれを見て、少し前のことを思い出した。ネリーが僕に使ったナノマシンのことだ。当然だろう、これはラウンケルの開発した兵器なのだから。きらきらと光る粒子が繋ぎ合わさって線を作った。
角からやってきたデーモンに糸のようになった粒子が絡みついて動きを止める。ばたばたしながらもそいつは銃撃を行った。僕は跳躍した。アウターシールドが削られる懐かしい音。ナイフはいつもの場所に変えていた。素早く抜いてデーモンの首元へと走らせる。
3回突き刺して胸へ、4回。後ろでもたついていた奴のアウターシールドを切り裂いて格闘戦へ。と言ってもストックをぶつけるよりもナイフを使うほうが賢い選択だ。殴打を防いで切っ先を差し入れた。抵抗する腕の内側に腕を入れて動かなくさせて、さらに刺す。
液体がぼどぼど噴き出して、相手の力が弱まっていくのを感じた。僕は力を緩めてそいつを地に下ろした。そこでそいつが着ていたのはサブノックに似た何かだったことに気がついた。直線を多用したデザインは同じだが、突然装飾的に形状が変わっている。
「な、何なんだよこれ」
「ファフロッキーズ。人工筋肉によって作られた使い捨て滑空機。セキスイが運転していた車の中にあったのがこれだ」
僕は説明しすぎたかと思ったが、彼はあまり説明を聞くたちではないと思ったので流した。武器とマガジンがぼとりと天井から落ちてきた。見上げるとファフロッキーズを構成していた人工筋肉が酵素によって急激に萎びていくのが見えた。それが消えるのはタイムラプスを見ているように数瞬のことだった。
すぐに同じ弾体が届いてきた。アゲナとジョージにデーモンが行き渡り、僕たちはようやく小隊らしい姿になった。そして4発目が天井に突き刺さって、僕は数え間違いをしたかと思った。
『あ、え!?私も戦うんですか?!って、ぼば……』
『……何やってんだ?』
「リキベントに慣れてないんだ。落ち着いて少しずつ吸い込め。胃じゃなくて肺にだ」
セキスイが飛ばされてきたのは少し想定外だった。息を止めたりやや吸い込んだり、そして咽せたりしている彼女は放っておいて、僕はジョージの様子を見ることにした。
「もう大丈夫か、ジョージ」
『……ああ。すまねえ。もう大丈夫だ』
座っていた状態から立ち上がって、彼はそう答える。あぶくまじりの声は震えているかどうか判断しづらい。状況によって逐一形状を変化させる頭部装甲を見ると、何でも獣の言ったことのように思えてくる。
『本当か?もう助けたくねえぞ。重いんだよ』
「持ってたのは僕だが」
『さっきは俺が支えてたんだよ。そんなすぐ治るもんじゃないだろ。ここで戦えなきゃ、また置いていくだけだ。そうだろ?』
助けるまではそうした。今はどうだろう。僕は首是で返した。その返答は彼が持っていた機関銃によって行われた。猛烈な閃光が視界を白く染めた。発射音が聞こえないのは良い。
『これでいいか』
ドローンの残骸が階段の下にあった。その量からしてアゲナが処理していたものよりも多数か、より大型のものだろう。取り敢えずは答えになったらしく、アゲナは肩をすくめた。




