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目覚まし時計  作者: nacare
2:覚醒
41/76

2,

 他に生きていた人間を運んでいるうちに治安部隊がやって来た。引き留められたけど、すぐに聴取は終わった。

 控えめに言って大事件だと思う。辺り半径5mには人工筋肉の破片が落ちている。焦げついたコンクリート、燃えるガソリンの匂い、煩く鳴るアラームの音。戦場にしてはやけに配慮に満ちている。汚いキッチンにひき肉をぶちまけたらそれに似ている。

 久しぶりに感じる粗野で純然な情報。無理やりに頭の中を昔に戻されたような気分だった。不快では無かった。僕の脳みそは戦争を何てことの無いように思っているらしい。ただその特徴が生かされることはなく、保険会社の救護部隊がテキパキと動いてさっさと終わらせてしまった。

 電車を運営するL.(Lucrum)P.(porta)社が保険に入っていたのだろう。少ししてティルトローターのヘリコプターが地上に着陸した。白い制服の上から防弾チョッキとプロテクターを着込んだスタッフが一斉に階段を降りてくる様は壮観だったろう。

 彼らは現場に到着してすぐにクリアリングを行った。僕は負傷した人を引き摺っていて、手を挙げられなかったので不安になった。幸いにも脅威は無いと判断されて銃口は下ろされた。そしてバリケードテープが巻かれて、僕は現場から退かされた。

 担ぎ込まれたホースから薬液が噴射されて、火が一気に消えていく。それが終わると外壁に穴が開いているのが見えた。煙が溜まらなかったわけだ。しばらくすると間抜けな音を立ててエンジェルの機体が落ちていった。

 彼らは拳銃用のマガジンを突っ込んだ短銃身のライフルを装備していた。僕は何となくその存在を理解した。CV-7の5.56×45mmモデルが存在すると聞いたことがある。わざわざサブマシンガンらしく出来るくらいコロニー内で多く流通しているのだろう。

「申し訳ありません、事故当時の状況についていくつかお話伺えますでしょうか」

 さっさと出て行きたいけれど、そういうわけにもいかないのだろうな。そう思い描いていた事が現実にそのまま書き下された。部隊のひとりが僕に状況を訊ねに来た。警察のような行動だけどそれで適法になる。地球同盟軍が事実上統治しているといっても、植民星が誰の所有物でもない以上公務が無いからだ。つまり、僕の仕事と同じようなことだ。

 僕はIDを取り出しながら事故の起こった時に何をしていたかを話した。やけに冷静だったからか、相手は少し疑いの目を向けているのが分かった。疑惑も検証が進めば自然と晴れるだろうけど、そういう事じゃないんだろうな。

「ジル」

「初めまして。C.K.商会製パーソナルアシスタントのジルです。私の本体には事故当時の映像・音声ログが保存されています。提出も可能ですが、最初に御社の保険契約内容を確認させて頂いてよろしいでしょうか」

「あ、はい……これで認識可能ですか」彼はタブレットの画面を向けて、時計ではなく僕に確認を取る。

「大丈夫です」

「見ました。どうやら補償対象には事故被害に遭われた方は含まれてはいないようですね。私たちを現場から助けるまでが契約内容です」

「そうなんですか?」

「そうですね、申し訳ないのですがその認識で合っています」

 出来るだけ言葉の末尾を伸ばして、申し訳なさそうに職員が言う。現場の人間にしてはやけに言い慣れているように感じる。まあこんなものだ。くだらないことばかりの日常を爆破するようなことが起きても、結局その先には別の日常が存在する。

 生きている人が運び出されるのが終わって、まるで研究調査でも行っているかのように事故現場が保存されていく。ぴくぴくと動く人工筋肉を尖ったピンセットで摘んで小袋に分けて入れる。黒焦げた摩擦痕、爆発痕にひとつずつマーキングを施していく。

 結局何の補償も無いなら手間が増えるだけだ、という結論に落ち着いた。彼らもそう言われると弱いようでそれ以上は言ってこなかった。最後にごく初期の行動に関して感謝されて、彼らの聴取も終わった。その会社の保険に加入していれば何らかの金も降りて来ただろうか。

 時間は18:43。おそろしいほど時間を食ったけどまだ間に合う。


「事件性はあると思うか?」

「私が記録した映像からですと、故障の可能性が高いように思えます。情報が少ないので信頼性はありませんが」

「そうだろうな。結局不幸な事故に遭ったってだけか」

「不幸でない事故は無いでしょうね。加入保険の補償に引っかかるかもしれませんので、可能な限り調査しておきます」

 彼女の言葉に澱みはない。もう処理性能によって悩ませられることのないよう、僕は彼女に良いボディを与えた。僅かばかりの貯金とローンを使えば可能だった。実際のところ彼女はかなり便利になって、こういう面倒なことを一手に引き受けてくれる。ちょっと言動がうざったいことは必要経費だと考えるべきだ。

 もうほとんど恒星は地平に隠れたとはいえ、周りは明るい。中央セクターには街灯の光をむしろ控え目に感じるほど店やビルが立ち並んでいる。仕事以外では訪れることは少ないので、僕は端末を覗き見ながらカラオケに向かった。

 死にたい気分というか、本質的には終わらせたい方が正しいか。僕はあの事故に巻き込まれるべきだったように思う。このままゆっくりと擦り切れていくよりも全てを覚えているうちに終わらせた方がいい。

 そんな身勝手な気分になれるようになったんだ。もちろん死ぬならさっさとやった方がいい。今すぐにでも拳銃を取り出して、それを口の中に突っ込んで引き金を下ろすべきだ。でもそう出来るほど絶望していない。僕がその後にしていたことといえば服の心配なのだから。

 きっとこれも同じようなちょっとした出来事だ。日常の轍から少し外れたとしても、結局はすぐに戻る。僕は僕が歩ける道から外れない。選べもしない。大脳皮質に刻まれたパターンに従うことしかできない。

 ゴミの回収方法を想像していた。繁華街を歩くといつもそうなってしまう。以前はそういうことをしていたが、毎日毎日よく分からないほどのゴミが出てくる。その上路上にゴミを置いていく奴らもいるので、なぜか僕たちが白い目で見られる。それはまた別の業者の仕事だ。

 そして指定の場所も嫌なことを沢山思い出させるほどひどいものだった。茶色くなったガラス、切れた電球の看板。自動ドアが開くと埃の積もったタイルが見えた。もう少し視線を起こすと足跡が何種類かあった。カウンターには黒い画面のセルフキャッシュレジスターが見えた。

 歩くと変な足音が聞こえる。僕はカウンターに着いて画面を触る。何回か叩くように触ると起動して、部屋を選ぶ画面が映る。僕は指定された24番のボックスを選択する。

「見た目通りだな。整備されていなかった。電気が通ってるだけ奇跡だ」

「監視カメラは停止しているようです。釈迦に説法かもしれませんが、十分に注意をお願いします」

「了解」

 僕は目立つ時計を上着の中に突っ込む。ますます映画らしくなってきた。カラオケボックスは音をさほど通さないし、監視カメラは停止している。人を殺しても全く気付かれないような環境だ。そしてその動機さえも十分ある。家族もいない、友人もいない人間を殺しても地球同盟は金を払おうとは思わない。

 結局は費用便益分析の結果としてそういうことをしてくれる。撒く種が芽吹かないと分かっているのならそうする必要はない。いよいよ僕も街に火をつけてもおかしくないような人間になったな。

 照明も切れていて、廊下にある灯りはボックス内からのものだけだ。ガラス越しの光は頼りなく黄色の壁紙を照らす。

 埃の積もった廊下の上には足跡が2つある。ひとつは指定されたボックスへと向かうコンバットブーツ。もうひとつは手前のボックスに繋がるサンダル。どうやら待ちぼうけになる心配はしなくていい。

 ありふれたラブソングに紛れながら拳銃を取り出す。リンネのピコゾア拳銃はA.(Anti)G.(Glial)10×31mm弾を使えてコンパクトだ。セーフティを解除してチャンバーを確認、そして手ごと上着のポケットの中へ。

 外側から見れば、僕はただ手をポケットに突っ込んでいるように見えるだろう。兵士や警備員ならすぐにでも警戒しそうな不審な状態だ。それでも少しの間見逃してくれればいい。僕がソファーに座るまでの間、飲み物を勧められるまでの間、それぐらいあれば引き金に触れられる。

 もちろん先に手をかけるようなことはしないが、殺そうとするのなら身を守るぐらいのことはしていい。

 カラオケボックスの扉は半透明だった。薄茶色の曇りガラスの向こうから光が見える。掃除されていないのだろう。僕は左手でドアを開いた。ぎらぎら光る照明、カラオケに電源は入っていない。座り心地の悪そうなPVCのL字ソファーに男が1人座っている。僕は歩幅を緩めた。

 地球同盟の制服のまま、そいつは祈るように体を傾けていた。オリーブドラブのジャケットの袖から細い手首が見える。数瞬の間視線が前に向かっていたが、そこにはモニターさえもなかった。

「あんたが次の担当か」

「ダフィット・クライン地球同盟宇宙軍少尉。あなたがリュラだな……その、何があった?」

 そういえば、と僕は思う。事故に遭っていたから服はボロボロだ。鏡は見ていないけどきっとひどい格好になっているのは間違いない。

 彼は少し困惑したような顔をしていた。彫りの深い典型的な地球顔の人間。金髪と灰色の眼が印象深い。隣にある地球同盟の手帳もそうだ。ミランみたいに潜在的な遺伝子がかち合ってそういう顔つきになるのもたまに居る。彼もそういう類なのだろうと思った。

 アダムは火星出身だった。それは彼にとっては大したことではなかった筈だ。事実として中尉になれるほど仕事に打ち込んでいたし。ただ火星戦争の直後、火星出身の士官が本部の決定に異議を申し立てるという状況が悪かったのだろう。その要素が内容を濁らせたというのは想像に難くない。

 つくづく不運な男だな、と僕は思う。目の前に居るのはそいつの仲間だ。

「気にしないでくれ。事故に巻き込まれただけで、問題はない」

「そうか?……まあ、いい。とにかく座ってくれ。あなたの戦争補償金について再度説明する」

 僕はそれとなく彼の左側に座る。彼から利き手を見えないように。座席が変わっていて助かった。もし向かい合わせなら手をポケットに突っ込んでいられない。やや開けたその間も、初対面のための遠慮と思ってくれる。

 彼は警戒するような様子も見せずに僕の方へと体の向きを変えた。腕の中にバインダーに挟まれた書類が見えた。黒いボイスレコーダーをテーブルの上に置いた。

「録音をさせてもらうが、構わないな」

「ああ」

「よし。リュラ・トリチェリ。あなたは2384年5月6日から2385年2月21日までの間、火星における紛争において軍事的な行動を伴う雇用関係にあった」

「ああ」

「その中途で地球同盟軍中尉ジョン・アダムの指揮下に便宜的に編入され、2385年2月21日アルギュレの再編成まで戦闘を行った。そして同年3月6日にノア級3番艦においてケプラー442bに移動」

「全部事実だ」

 アダムと全く同じような言葉で確認を取られる。テンプレートが決められているのだろう。ほんの少し違うのは読み飛ばしやちょっとした言い換えしかない。

「ここまでは我々も事実として肯定する見解にある。問題は負傷の治療費についてだ」

「あれは当然の権利だ。地球同盟の指揮下に入った者は同兵士と同等の権利を有する。傷病手当もそのひとつだ」

 僕はアダムの説明をそのまま引用した。そして信用に値しない出典は弾かれることを知っていた。

「彼らしい。地球間同盟法第十六条五項だったか。よくそんな古いものを知っているよ」

「それで?いくら古くとも法は法だ。無視はできない」

「そうだな。その点はそうだから否定しない。しかし我々としては、傷病手当が過剰であったと見ている」

「そんなわけない」

 本心では心底どうでも良かった。どうせ貰えない金を夢想して生きてきたわけじゃない。会話を楽しむような脳みそもない。

「幹細胞培養治療法は負傷の治療には過剰な方法であり、その超過分が特別報奨金であるというのが見解だ」

「腕がひとつ取れて、血液の20%が体の外に出ていて過剰だって言うのか」

「はい。本部からのレポートだと、あなたは過度に安全な治療法を選択したとある。直前まで意識を保っていたのが影響している」

「まさか、だから選べる立場にいたとか言わないよな。デーモンに乗っていたからそうなってただけだ。そして負傷を実際見なくて判断できるやつなんていない。脱いだらすぐに治療になる。医師にも僕にも選べるような時間なんて無かった」

「そうだよな……僕としても本部に理解は出来ない。だけどこれは……」

「決定された事項だって言うんだろ」

 彼は肩をすくめた。説明に慣れているような様子ではなかったけど、このような決定は慣れっこなのだろう。トップダウン方式の究極系だな、と僕は思う。そういう理不尽な命令に従えるような人間しか地球同盟にはいれない。ミランが辞めてしまう理由も今更になって理解できる。

「……はあ、いいよ。どうせ期待なんてしてなかった」

 僕は溜息を長めにしてから言った。出来るだけ失望を表に出すようにして。僕が偏執に狂っていないなら、彼は僕を殺すということが常に選択肢に存在する。僕が覚えていること、火星軍がやっていたこと。それを喧伝されたらひとたまりもない。彼らがやっていたことはそのまま地球同盟軍がやっていたこととなるのだから。

 第二次火星戦争のことをしきりに地球同盟軍は紛争という言葉を使って説明する。簡単なことだ。あれはアーチボルド・ヒュームが起こした揉め事だと言いたいんだ。

 実際は地球同盟側、地球とそれに追随する植民星による経済的な締め付け。それと数十年にわたるコールドスリープによる世代の隔たり。記しきれないほどの複雑な要因が重なって起こったのがあの戦争だ。彼はガソリンに落ちた最初の火花でしかない。火がつかなかったとしても別の何かがそうしてしまうだけだっただろう。

「この5年で何もしなかったのに、さぞ逆上させたいと見える」

「もちろん、あなたが収得した情報については感謝する。しかし仮にそうした場合こちらには争う準備がある」

「やめておこう。弁護士の金なんて払えやしない」

 卑俗な人間らしくしておこう。僕はその間に彼の仕草を観察する。クラインはソファーに軍人らしく背筋を伸ばして座っている。全く不審な動きはせず、今のちょっとしたはったりには動じていなそうに見えた。だけど手振りの際にジャケットが盛り上がっているのが見えた。

「異議が無ければ、この内容に合意したと報告させてもらう……それで問題ないか?」

 彼は少し前と同じように、語気を弱めながら言った。何となく申し訳なく思わせるような言葉で僕に伝える。その為だけに存在するような人間をよく見つけてきたな。

 僕は黙って頷いた。それなりに人間らしく見られていればいいけれど。不条理なのが多くの人間であると知って、そしてエビデンスも仕事先で見つけたところだ。そういう演技も出来るようになったのが老化なのだろう。

 やけに低いテーブルに置かれた書類にペンを走らせた。内容は特別報奨金の受け取ったという証明書、そして火星における戦闘行動で得た情報について箝口する承諾書。法曹界の人間も文面だけでよくここまで傲慢さを滲ませられるな、と思った。

 ペンの走る音だけが静かに鳴る。あまり屈まないようにして、目線は外さない。恐らく拳銃を抜く事はないだろうけど、警戒は最後までしておいた方がいい。名前を書くだけだからさして時間もかからずに終わった。

 僕は頭をあげて彼の顔を見る。灰色の瞳が僕を見つめていた。深い眼窩の中の目尻が上がっている。どうせこのサインが欲しかったのだろう。互いの合意とやらが有れば、殺すよりも確実になる。アダムの遺志が彼をここまで連れてきてしまったのと同じで。

 今考えれば、殺さなくて済むのがお互いにとって最善だったのか。地球同盟はサインが欲しかった。だから僕にも彼にも積極的な加害意志は無かった。どちらかが抜けば引き金に触れ得ざるを得なくなる、というだけだった。

「つまらないゲームだったな」

「?何が?ああ、何か歌うか。時間はまだあることだし」

「いや、歌は下手だ。会話ってものはいつだってそうだからさ」

「ふふ、いや、まあそうか」

 彼は緊張が解けたように顔をたわませた。レコーダーの電源を切って、仕事が終わったのを確かめた。


 そして僕は席を立つ。クラインもすぐ同じようにして先にドアの前に立った。何かしなければいけないのかという疑惑だけがあった。ただ、面接をした時ぐらいの面倒くさいマナーなんて忘れた。手を差し伸べて来たのでしょうがなく右腕を伸ばす。久しぶりの人肌は乾いた石鹸に似ている。

「それではまた。僕個人として、あなたの賢明な判断に感謝する」

「形容動詞は余計だ」

 彼は素早くジャケットに腕を突っ込む。左腕から反対のポケットは遠い。右腕が一気に引かれて体勢を崩される。跪いた頭の前には銃口があった。m18。

「もうひとつやることがある」

「……前言撤回しようか。何だよ」

「これもそのゲームだよ。協力してもらうぞ」

 後悔には剣呑すぎる。銃口を目の前にした時は動かない方がいい。下手に動くとそのまま引き金を触られる。僕はいまだに向き合っていない彼と話を続けることにする。

 金色の髪の間から覗く灰色の瞳が冷たく光る。僕には彼がさっきとは違う生き物のように見えた。結局人間のことなんて今になっても分からないままだけど、ことさらにそうだ。

「リュラ、あなたは腕の良い傭兵だ。そしてあなたを知っているものは数えるほどしかいない」

「それはそうだ」

「そして今、手の中には全てがある。これを地球同盟に渡すことも出来るが、逆にそうしなかったらどうなるか……私たちに協力して貰うぞ」

 彼はレコーダーを持っている。そう、それが地球同盟に渡らず彼が僕の意志を捻じ曲げて伝えれば。放置で済むのが一番穏当だろうけれど、そうならない。

 銃口が鈍く光る。右腕は引かれたままで使えない。左腕は上げている。それ以外の場所も比較的自由で、身体自体は動く。

「何に協力すればいいんだ。まだ内容を聞いていない」

「それは後々話そう。今は何も考えるな」

「そうかい」

 彼が立つように銃で促す。銃口に近づくには遠すぎる。僕はそれに従いながら近づく。どうせならと思いながら行動を始める。

 僕は銃口に左手を翳す。そして思い切り振り払う。自分の体がややスローに動く。スライドが動いて銃弾が吐き出される。久しぶりに感じた暑さがすぐに過去になっていく。僕はポケットに手を突っ込み、引き金を何度も下ろした。

 銃弾は正常に吐き出された。ストライカー方式は誤作動が多いと聞いたことがあるけど、僕が使ってきた中ではそんな事はない。僕は穴だらけになったポケットからそれを取り出して、血が掛かった彼の頭に2回銃弾を打ち込んでおいた。銃声が耳をひどく叩いて痛い。

「あー、服がぼろぼろだ」

「そういうことではないと思いますが」

「録音してたな?ジル」

「ええ、勿論です。決定的な証拠になるかは怪しいでしょうが。今後からはセキュリティレベルを上げましょう」

「後で考えるよ。こいつは一体何なんだ。脅す意味がなかった」

「別の目的が有ったようですが、もう知ることは出来ませんね」

 僕は左腕にシャツを切り裂いて巻き付ける。こういうことをするのも久し振りだけど、覚えているものだな。

 彼の死体をドアから除かす。新鮮な真っ赤な血と体の内側から出てきた黒い血、そういうものがうっすらと浮き上がって見えてくる。そして腕から落ちた血がドレッシングのように降りかかった。僕がこれまで見ていたものと同じ。僕がこれまでして来たことと同じ。彼は死んだ。全くその内奥に有るものを見せずに。

 そうするべきだった、というのが言い訳でないことを祈る。どれだけ客観的に考えようとしてもここには僕と僕から作られたものしかいなくなった。

「とにかく、ここを出よう。地球同盟に通報を。正当防衛だ」

「すでに行いました……ライトも増設するべきですね」

 それとなくレコーダーを拾って、僕はドアを開けた。廊下は暗い。唯一の光源は僕たちがいたカラオケボックスの照明だけ。もうひとりいたはずの誰かは銃声を聞いて逃げたのだろう。ここの方式は分からないが、現状の限りだと人感センサーがもうすぐ切れそうだ。

 銃を抜いたまま端末のライトを付けた。少しはましだが、それでも死角は多い。銃口を角に向けながら、僕は入り口にじりじりと進んでいく。よく分からない状況になったら警戒するべきだ。

 この緊張に沈潜する頭で考える。今の状況では何が脅威か。理由を考えるのは検証が済んでからでいい。彼が僕を脅して何かに参加させようとした。僕は思う。たったひとりの犯行か。

 この計画はかなり杜撰だ。この場所を選ぶのは良いとして、行動が理解出来ない。密室に入った時点でさっさと事を済ませば良かった。まるで証言を引き出すのを待っていたみたいだ。それも後からやれば良い事じゃないか?

 このやり方のメリットとと言えば、自然なそれが録音できたということだけ。それも今は僕が持っている。ファインマンでももう少し上手くやっていたのに。この一連の恐喝はダフィット・クラインを無駄に死なせただけのようにしか思えない。

 ライトの光が何かに当たる。人間だ。ずんぐりとした体型、薄青色の衣服。金髪を腰ほどまで伸ばした女性。広がった光束が足元に当たるとサンダルが見えた。僕は彼女がもうひとりいたカラオケの客だと分かった。

「あんた、危ないから逃げた方がいいぞ」

 僕は出来るだけ声を張って言う。よほど訓練をしていないと、殆どの人間は逃げ惑うことすらしない。意外と現実を受け入れる前に脅威が襲ってくる。僕は実体験でそれを知っていた。

「協力してもらうぞ」

「は?」

「前方、地球同盟軍デーモン部隊……いえこれは違う」

 猛烈な光が前方から迫ってくる。明らかに人間を超越したスピードでそれがやってくる。僕は彼女の発言よりもデーモンたちが来たことに安堵していた。逆光の中には黒いデーモンがいた。僕はすぐに銃口を下ろして手を上げた。

 そしてデーモンたちは銃を構え引き金を下ろす。僕に何かが突き刺さっていく。明滅する景色の中で灰色の瞳がきらめいていた。

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