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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
4/64

4.

 ひとつ、ふたつ、みっつ。僕は体を数える。

 よっつ、いつつ、むっつ。物言わぬ体を。

 ななつ、やっつ、ここのつ。数え終わって、僕は液体水素を体たちにかけていく。

 揚星船の床に流れ出た血液や漿液、糞尿と一緒に凍っていく死体たち。流れていた体液たちが動きを止めて、床にロールシャッハ・テストのような模様を作った。僕にとっても凄惨なはずのその光景はデーモンによって只の風景に成り下がっていた。

 彼らに殺された死体と、僕が殺した死体たち。目の前に積み重なっていたのはそういうものだった。

 僕はその山を崩して、一つ一つ並べていく。僕達が日常的に持ち運ぶデーモンつきの死体と違って、生のそれはいくらか軽く感じた。不明瞭な形にゆがめられた顔の死体を引き摺り、船体修理用のプラスチック・グルーで固定し、ベルトで補強する。

 何の作法も無く行ったそれが、墓地のような規則性を持っている事に僕は気が付く。僕がベガに神秘性を見出したように、宗教とはこうやって生まれるのだろう。デーモンの認証機能を起動して一つづつ顔を確認していく。

 そこそこの額を出したAIは撃たれてぐちゃぐちゃになった顔や、ケロイド状になった顔をしっかり認識してくれた。社員7人、海賊9人。少しは役に立つものだ。そう思うとジルと名を付けたデーモンに愛着がわくような気がする。

 僕の名前がそうであるように、ジルという名前にも大して意味がない。確かトリチェリが使っていたデーモンを乗り換える時に名前を決めろと言われて、その時に考え付いたのがそれだった。

 乗り物には女の名前をつけるものだ、とトリチェリは言った。それが兵士としての慣習なのか、それとも銀髪の壮年男性が見せた茶目っ気なのか、僕は未だに分からずにいた。きっと前者だろう。

 そういう訳で僕は身元不明の遺体につけるようなその名を決めたのだった。ちょうど目の前に広がる、ジョン・ドゥの原野のひとつひとつと同じ様に。

 そう思い返すと、やはり気のせいのようだった。

 ぼんやりとしてる間にも、僕の足はキリスト教的墓地のような光景を踏み越えていく。ひたすら-252.6と-252.9の間の温度の水素を死体へ吹き掛けた。その光景はは僕がサイコ・キラーになったとでも言いたげだが、まるで違う。A&A社の社員たちと海賊たちを星に戻す為だった。

 社員も海賊も一応元の星への返還義務がある。それは葬儀のためだとか、星かコロニーに待っている人がいる、だとかのセンチメンタルな理由じゃない。死体にも利用の余地がある。

 例えば内臓。自己複製臓器よりも安価な臓器移植のクローン元はいつでも足らないらしく、倫理というものがはちきれた現代で買い手は常に存在している。

 例えば筋肉。心臓や舌の強い筋肉はちょっとした重機の人工筋肉として需要がある。問題は人間の死体から取られたものが売れるかどうかだが、大体は動物の筋肉と混ぜているらしい。ミランから聞いた。

 この死体たちは新鮮なものでは無いので、せいぜい300~500セルほどあれば良い方だろう。燃料を消費してもそこそこの儲けにはなる。おおむね貧しい僕達にとっては大事な稼ぎだ。

 もちろんそれは僕たち側の理由であって、星と会社側にはもっと上品な理由がある。

 有って無い様な法律によって死体の搬送先は規定されている。宙空において死亡した者は戸籍が置かれている星、コロニーへ輸送されて速やかに処理される。

 もがれた手足を接いで、無くなった顔を作って。そして土葬か火葬、マイナーどころでは風葬になる。ただ、大体の傭兵たちは身寄りがない。そして葬儀する金も無いので焼却炉で灰になり、無縁墓地に行くのがお決まりのパターン。

 それはデーモン乗りにとっても同じ事で、大体のデーモン乗りはそういう最期を迎える。

 つくづく海賊と変わらない。僕は思う。虚空を這いずり回り殺し合う、戦争をタンパク源にして成長するワーム。燃やされ誰かの餌になる"からだ"。この死体の群れとの差異は、お互いを規定する言葉のみだ。

 まあ、そうだとして僕にはどうしようもない。どれだけ言葉を費やそうが、どれだけ行動を重ねようが、僕がデーモン乗りの枠組みから逸脱出来る日は来ない。それぐらいは分かっている。

 僕をくりぬいている現実以外の確立をどうこう出来る訳が無い。僕は明日も殺して、そしていつか殺される。それだけが真理だ。

 全ての冷凍を終えた僕は社員の体たちに判別用のIDタグを打ち込んで、その部屋を去った。


 デーモンの黒い装甲が割れて、リキベントと共に人間が吐き出される。真っ黒な髪をざんばらに切り、アゴまでたっぷり髭を蓄えた巨漢。それがオリーブドラブの野戦服を持ち上げながら、リキベントによって濡れたまま現れるさまは、周りを取り囲むロボットアームの肉肉しさと相まってとても気持ち悪い。

「デーモンはいちいち服ごと濡れるのが難点だな。これが無けりゃ恰好がつくってのに」

「お前が?」ミランが薄笑いと共に言う。

「B級映画のクリーチャーが出産されてくるかと思った」

「お前ら覚えてろよ」

「さっさと除染シャワーを浴びてくれ。汚いぞ」

 軽口を叩き合って、作業に戻る。蛸の脚に似たロボットアームがせわしなく動き回り、サブノックのスラスターウイングをあっと言う間に分解していく。

 宇宙で加速、姿勢制御用に使われるDCアークジェットエンジンを取り外して、デーモンを地上で運用するためのスクラムジェットエンジンを搭載する。それぐらいの作業ならロボット・アームは完璧にこなしてくれる。僕達が居るのは万が一のための確認と、冷やかしだ。

 僕達は地上へと降下する準備を進めていた。そう、地上へ。デーモンの主戦場では無い、オリジナルの重力が支配する地上へ。

 這々の体で海賊を仕留めたあと、揚星船を修理した僕達は律儀に上司からの命令を待った。数千光年離れた宇宙ではアルクビエレ・ドライブ、いわゆるワープぐらいでしか帰還する方法がない。

 囚人に注射される対逃走ナノマシン(パノプティコン)よりよっぽど効果的でスマートな方法。帰りたかったら、仕事を請け負うしかない。なにせ宇宙港は会社側から申請しなければ使えない。

 僕が嫌いな非合理的作戦を短期間で二度も実行しなければならないことに、いっそのこと脳みそは鈍感になることを決めこんでいた。僕はもはや呆れる事も忘れて、それをやることにしたのだ。

 レンチでデーモンをかんかん叩き、ボルトの締め具合を確認する。航空工学をたっぷり詰めこんだ流線形の装甲。筋肉が内蔵されたそれは、甲虫のような丸みを帯びていた。

 爆撃用のソフトウェアをデーモンに突っ込み、悪魔に学習をさせる。

 あっけないほどに手足は十全に動き、作戦への準備を進めていく。第一スラスター確認完了。空に浮かぶインターフェイスにチェックをつける。もう少し彼らに撃たれておけば僕はやめていただろうか。きっと同じだ。

「で、どう思う」

「……何が?」

「GJ1214bの警備隊が動かなかったことだよ」ミランが淡々と言う。

「あの海賊たちを私たちに始末させるためにわざと警備に穴を開けたんだろう。こっちの企業というのも、なかなか食わせ者らしい。星に害をおよぼす人間どうしを戦わせて、自分の手は汚さない」

「ああ、なるほど」

「考えればすぐにわかる。兵士を乗せた船を狙うより輸送船を狙った方が楽だ……まあ、それで今回の強襲が出来るってこともあるが」

 気の抜けた返事のとおり、僕はその推論にまるで至っていなかった。デーモンの精神抑制が考えられなくした、とかの言い訳は出来る。しかし僕はデーモンを脱いで、除染シャワーを浴びて、新しい服に着替えて、ドックにやって来るまでの間そのことが頭をよぎりさえしなかった。

 植民星政府が軍を持つことを禁止されてから、前線で血を流すのはPMCに変わっていた。物理的な距離も有って、大々的な戦争状態はここ数十年間作られていない。とは言え、戦いの需要が減った訳では無い。

 そうでなければ僕が今まで生きてのか分からない、という程には植民星どうしの小競り合いはあった。AIの無知さを利用した企業への破壊工作やら抗争やら。そういうものはむしろ増えている気さえする。ひとえに利益の為に、僕たちは戦わされてきた。

 利益、利益、利益。いつの時代になっても変わらない、戦争のための理由。まるでロード・オブ・ウォーだ。旧アフリカ大陸でありがちだった民族紛争よりかは即物的な理由の中に僕達は身を置いている。

 そういうのはたった今思い返した事で、僕がこれまで考えた事といえば死体の山の事だけだ。悲観的なのか楽観的なのか。

「あいるびーばっく。ただいまだ。シャワーが壊れて無くて良かったぜ」

「3が来たぞ」

「すげえ悪口だな。一作目か二作目じゃないのか」

「トラヒコ、お前はサングラスもレザージャケットも似合わない。故にそれではない作品でしか例えられない」

「私でもそれぐらい分かるぞ、トラヒコ」

「言うねえ。まあ、それには同意だぜ」

『作業完了しました。待機状態へ移行します』

 ぴたりと触手は動きを止めて悪魔の隣に佇んだ。チェックを再開する。タクソン軽機関銃、作動確認。ミサイル、装填済み。電磁ランチャー、作動確認。そう、ランチャー。重力下で威力を発揮する兵器。

 そうとも、僕達が請け負ったビジネスはGJ1214bへの爆撃。もっとも直接的な企業への工作。ぞっとするような殺戮がこれから行われる。


「あのガラスケースが壊されてて良かったなんて思うのは初めてだ」

 そんな言葉が反響する。トラヒコがおどけて言う言葉に僕は異を唱えようとしたが、すぐに止めた。C・ワーム養殖セクションの顔色を悪くするほどの惨状を忘れていなかったが、僕はミランが再び食事当番につくころだったという事は忘れていた。生死にかかわる問題だというのに。

 「Meal,Ready to Eat in Space」。地球連邦が開発した戦闘糧食レーション。旧アメリカ国軍のレーションを基盤に、宇宙空間に放り出されても食べられるように作られている。本来は作戦行動時に食べるものだが、船の食料が軒並みやられていたので致し方ない。

 で、問題は味だ。本来であればそこそこの味になる筈のそれは、宇宙船用に開発された品種のせいで大昔のレーションのステレオタイプのようなひどい味に成り下がった。デリケートな地球の原種を育てるより、粗野なエクソダス品種を育てる方がよっぽど楽なのは宇宙船に居れば良く分かる。

 とても(Meals)食べられた(Rarely)ものではない(Edible)食べ物を宇宙で食べる(in Space)。よく出来たジョーク。拍手喝采。

 現実逃避を止めて、僕は目の前の現実を直視する。「主食」と書かれた箱を開ける。おそらくミートローフとおぼしき物体が皿の上に注がれる。ぼたぼた垂れるグレービーソースとミートローフ。赤茶色のそれらを見て、僕は凍らした死体のことを思い出した。

 皿に到達して動きを止める汁。凍らされてようやく動きを止めた体液。エントロピー減少。どんなに人間にとって意味の詰まったものだったとしても、意味の無いものと一緒の現象として処理される。それに僕は安心を覚える。

 僕はそれをスプーンで切り分け、口に運ぶ。ケチャップを水で薄めたような味のソース。ぐでぐで煮崩れたミートローフ。僕の腹は案外空腹だったらしく、そんなものでも少しは美味く感じた。

 思えば、海賊を倒してからずっと僕は働きづめだった。デーモンが消し去った本能がそのまま消されたまま、というのはままある事だ。の割には、目の前の髭ダルマはひどく本能的だ。

「……あまり美味く無いな」

 トラヒコは器用にも髭にソースをつけずにジャンバラヤを口に運んでいた。おおむねいつも能天気な顔を浮かべている彼にしては珍しく渋い顔をしている。彼が口に入れたのも一般的な不味いものだったのだろう……

 音が途切れていく。風景が消えて、瞼の裏の血管へと変わっていく。

 目を開ける。腕時計を見る。火星時間2:13。この星での時間だと何時頃になるのだろうか。窓から眺める分には、これから落下する部分は夜に見えた。

 毛布を締め付けるベルトを外してベッドから起きる。夢を見ていたようだった。と言っても僕の場合、直前に起きた事をそのまま見るのだから夢と言えるのか。

『カサ・グランデから全船員へ通達。現在GJ1214へと進入中、間もなく大気圏へ突入。対ショック姿勢を推奨します』

 揚星船AIがそう宣言する。と言われても僕たちにはそんなえっちらおっちら攻撃をする暇はない。僕はデーモンへと近づいて認証を開始する。程なくしてピンク色の人工筋肉が僕を飲み込むと、冷水が頭に流れ込むように思考が定まっていく。

 これからすることは奇襲だ。それもたった5分間だけの。

『カサ・グランデから全船員に通達、大気圏に突入する。作戦の成功を祈る。神の御加護を(ゴッドスピード)


 たん。たたん。たん。

 ピアノを弾くような手軽さで、僕は引き金をひく。デーモン内でのターゲット演算と内部人工筋肉の制御によって、僕たちはそれだけで役目を十分にこなすことが出来た。

 揚星船が地面に到達するのと同時、誘導爆弾が粒子プラントに着弾した。小さな爆炎が闇夜にあがると、カレヴァラ社を構成するプラントたちが倒壊して崩れていく。一発単位で調整された弾頭が、建物を最低限壊せるだけの爆発を起こしている。

 複雑な戦況なんて気にしなくていい、一方的な戦争。完璧で、計算された戦争。パフォーマンスじみたそれを僕たちは空から眺めている。

 風速4ノット。湾岸都市の上空には心地の良い風が吹いている。らしい。AIはそう判断して僕に教えてきた。だが、残念ながら僕がそれを感じることは出来ない。僕たちはデーモンの重力偏向でコロニー内上空に浮かんでいる。もちろん、仕事をこなしながら。

 高度約3000mから爆撃されるコロニーを俯瞰するさまは、僕を妙な気分にさせた。デーモンが消しえないほどの微細な感情のひだ。核爆弾のスイッチを押すような簡単な殺し方。それだけで、僕がこれまで殺してきた人間よりもずっと大勢の人間が死んでいく。

 だからと言うのか、この攻撃によってすり潰された人々のいのち、それが僕を批難しているのかと思おうとした。

 ただ、僕は酷く鈍感だった。デーモンによって押し潰された感情のなかで、僕はただ引き金を引くことしか考えていなかった。最近僕は人を殺しすぎている。なのに殺す人々のことを考えられない、奇妙な申し訳なさ。きっとそれが妙な気分の正体だ。

 慌てたように鳴り始めるサイレン。蟻の巣をつついたように人々がビルやプラントから非難を始める。条件反射的に背中を撃ちたい衝動に駆られるが、僕たちの標的はそれじゃないので我慢する。

 僕たちが前任から受け継いだ仕事は、GJ1214のあるコロニーの破壊。本来ならそれは歩兵の手によって、エコテロリストに紛れて密かに行われる筈だった。民間船の多い第6コロニーに寄港して、爆発物やらを仕掛けて離脱する。それが本来の筋書きだった。

 だが海賊たちが仕事熱心だったおかげで僕たちはこんな強行手段を取るに至った。そういう意味で、普段使いの揚星船が残っていたのは幸運と言えるかもしれない。口が痛む。無意識に頬を内側から噛んでいた。

 たん。たたん、たん。僕たちは引き金をひく。距離測距と索敵役のミラン以外、全員電磁ランチャーを構えている。3つの銃口がそれぞれ違うところを狙い、壊して、殺していく。

 ふと、クレーターのひとつがズームされる。薬品プラントがあった場所だ。安っぽい戦争映画のように、立ち並ぶビルのなかでそれだけが不自然に破壊されている。大口径レンズとナノ構成ガラスたちがさざめき合い、破壊の縁をなぞる。

 勝手に行われるそれを、僕は黙って見逃した。爆撃システムに干渉していないから、というのとAIの成長の為だった。殆どのAIは自己成長式で、多分こいつも同じなのだろう。確証が無いのは単に尋ねていないからだ。今も行われている、脳波の計測を餌にして成長しているはず。

 ズームされる目標が切り替わる。破壊の跡の中に横たわる死体の一つへ。着ている白衣は所々焼き焦げ、まだ燻っていた。多分、逃げ遅れた社員だろう。AIはそれを凝視していた。僕が凍らしたものと、AIが見ているもの。そしてガラスケースから飛び出て、内容物やらをぐちゃぐちゃに吐き出したC・ワームたち。何も違わないのに、AIは飽きもせずに眺めている。

『作戦時間の半分が経過、破壊状況は』

「約7割」

『全て終わった』

『6割がた』

『了解、隊長にリュラとトラヒコの破壊目標を分配します』

 ヘッドアップディスプレイに表示された目標が一部消える。残りは2分と30秒。爆撃が気づかれて、警邏兵が来るまでの時間。それが5分。このペースなら僕たちは無事に仕事を終えられる。

 たん、たたん、たん。僕は引き金をひく。そしてまた爆発が起こり、また死んでいく。

 そのリズムの中で、またAIがズームを開始した。僕は無視をしようかと思ったが、炎の柱を見て直ぐにその考えを改めた。あれは一体?僕たちが放っている誘導爆弾ではああいう爆炎はあがらない。爆弾に誘爆したにしては静かすぎるし、ただ物が燃えたにしては奇妙だ。ズーム。

 コンテナの中を貫くようにその柱はあがっていた。一瞬にして消える爆炎とは明らかに違う、純粋な炎に近しい何か。どんどん太さを増し、天へと伸びていく炎。ついに僕たちが居る高度を超して、更に伸びていく。

 更にズーム。そこで僕はようやく気づいた。あれは炎では無いことに。

 僕は終わりかけの爆撃プログラムを強制終了させて、ランチャーをマニュアル起動する。爆発方式は接触信管、発射目標は手動で決める。そして、デーモンを相互リンクするケーブルをナイフで切る。

『リュラ、どうした?……おい、馬鹿!』

 僕は迷わずに引き金を引いた。


 爆音。慣れ親しんだ無音の環境とは程遠い、煩雑な音。

 そして爆発の衝撃によって、小隊のみんなは炎の柱の延長線上から遠ざかる。

『おい馬鹿野郎、撃つ目標が違うぞ!』

「……すぐに分かるさ」

『あぁ!?』

 炎の柱が僕の方へ落ちてくる。まるで巨木が倒れるように。近くまでそれが来たところで、僕はそれが何であるか理解した。

 グリア粒子だ。電荷され、ほのかに光を帯びた原子たちの群れ。アウター・シールドに使われるはずのそれを刀身として固定することで兵器に転用したのか?よく考えたものだ。体をひねりジェットエンジンを点火。少しでも逃げようとする僕に、容赦無くそれは振り下ろされた。

「見ろ。街が火の海だ」

 地面まで振り下ろされたグリア粒子の群れによって、街は真っ二つに切り裂かれていた。ジオラマをチェーンソーで解体したかのような異質な傷が眼下に広がっていた。ビルが切り落とされて、道路にコンクリートの塊が幾つか落ちていく。

『……すまん、リュラ』

「いい。たまたま僕が気づいただけだ」

『ミラン、時間は?』

『残り1分です。目標はさっきので概ね破壊されました』

『撤退するぞ』隊長が宣言する。

「敵にはそうさせる気は無いようですが」

 炎の柱が上がっていたコンテナから赤い影が躍り出る。デーモンだ。新鮮な血のような、真っ赤な色をしたデーモン。片手には恐らくさっきの攻撃を行った兵器が握られている。まるでジェダイの騎士のように、兵器はそれ以外に装備していない。

 凄まじい速度でデーモンは上昇し、僕たちを見据える。新型だ。明らかにサブノックやイポスとは違うシャープなシルエット。どちらかというとハルファスに近いが、より尖らせたような造形をしている。遅れてきたヒーローにしては凶悪な外見だ。

「引き留めます。その隙に撤退を」

『……了解した。ミラン、トラヒコ、揚星船に退くぞ』

いいえ(ネガティブ)、全員でかかればやれます』ミランが言う。

『これは命令だ。目的は既に達した』

 そうだ。僕たちの目的はカレヴァラ社の施設破壊。あくまでそうでしかない。ここで戦って勝つのは簡単だが、その後は?警邏が帰ってきて、揚星船が壊されれば僕たちはケプラー442bへ戻れなくなる。

 それに、この有様ではどうしようもない。無くなった左腕を見る。先程の攻撃で作られた傷。切り口で人工筋肉がもぞもぞ蠢いている。恐らく焼かれているせいで傷口からの出血は無い。すぐには死なない。だが長くは持たないだろう。

 だから、これが最善だ。

『畜生、死ぬなよ!』

 トラヒコがそう叫ぶのと同時に、僕は行動を開始する。墜落に似た降下。全ての推力を切り、重力加速度にデーモンを任せる。リキベントによって代替わりされる衝撃や気圧の中で、僕は息を止める。液体呼吸が出来ているので、この行為には何の意味も無い。ただの祈りだ。


 半壊した都市内を飛翔しながら、僕は考えを巡らせる。敵はグリア粒子を兵器として使っている。だとすれば幾つか勝ち筋は有る。ひとつはエネルギー切れ。おおよそ無限の発電量を誇るマクスウェル機関のエネルギーの殆どはアウター・シールドに使われている。要するにビームを体の周りに展開しているのだから、それだけで大量のエネルギーを消費している。それはあの剣においても同じ筈だ。

 だが警邏兵がやってくる事を考えるとそれは現実的では無い。となると、ふたつ目に賭けるしか無い。

 降りて来た敵機に向かってランチャーの引き金を引く。狙いは正確じゃなくて良い。弾頭が赤い装甲に迫るが、当然とでも言いたげに機体をわずかに動かすだけで避けられる。

 後方で爆発が起こり、ハルファスのアウター・シールドが起動する。赤いデーモンの装甲に爆炎が反射する。敵はスラスターを大きく吹かして爆風を避け、一気に迫り来る。慌てるな。僕は破壊された道路へ足を触れさせる。

 ビルの残骸が高速でぶつかってくる。まるでライフリングを通った弾丸のように、回転しながら。違う。ぶつかっていくのは僕の方だ。

 体を地面に擦り付けながら何メートルか転げ回る。高周波が耳の中を包み、そしてすぐに無くなる。デーモンを着込んだ僕は気絶すらできない。準音速で移動しているさなかに足を地面に置いたのだから、当然転ぶ。側から見れば間抜けな行為だが、一撃を避けれたからそれでいい。

 軋む体を無視して立ち上がる。目の前で真一文字に切り裂かれたビルが倒壊して倒れていく。土煙が少しづつ晴れて、赤い影が炎の剣を構えているのが見える。殺してやる。

 武装を数える。ランチャーは転がった時に無くした。ストランドは左腕ごと切り落とされた。有るのはハンドガンとナイフ。僕はナイフをまだ有る右手で抜いた。あの訳が分からないほど強力な新兵器に近づくという愚を犯さなければ奴は殺せない。

 スクラムジェットエンジンが空気を吸い、推力を生み始める。マクスウェル機関が重力を偏向する。僕は大地を蹴り、加速を始める。

 赤いデーモンがこちらへ向かってくる。彼も戦う覚悟を決めたようだ。一瞬でハルファスのオンボロ加速とは比べ物にならない唐突なほどの速度に到達して、僕に迫ってくる。死を眼前に突き付けられて、悪魔は思考を加速させ始める。舞い散るグリア粒子のひとつひとつの軌跡がはっきりと分かる。

 0.1秒。炎の剣が振り上げられる。0.2秒。僕はそれに身を差し出すように右脚を振り抜く。0.3秒。何かにぶつかる感触がした直後、右足が無くなる。

 激痛とともに衝撃が僕の体にやってくる。赤いデーモンと正面衝突している。僕は安堵したように息を吐くふりをして、ナイフを装甲の隙間へ刺した。

 一回、二回、三回。念入りに刺しておくことにする。何しろ僕はもう死ぬ。血液が外に流れすぎた。ディスプレイの中のバイタル値が下に振り切れている。まあ、腕と脚が吹っ飛んでいるのだから当然だろう。

 薄れいく意識のなかで僕はサイレンの音を聞いていた。それを除けばほとんど静寂に近いということは、仲間たちは撤退に成功したということだろう。揚星船のマクスウェル機関が破壊されなくて何よりだ。

 僕はどういう訳だか幸せだった。自分のやるべきことを成せたからなのか、強敵に打ち勝ったからなのかは分からない。妙に満ち足りた気分だった。

 ”why?”テキストがディスプレイに表示される。

「……僕だけだよ。真似しないほうがいい」

 そう言って、僕は意識を手放した。

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