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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
38/75

38.

 串を刺したC.ワームのような見た目をした船があった。僕たちが乗っていた船だ。

 それは大きなひとつの(ことわり)から外れていた。火星の重力から解き放たれたからだ。サーモピレーはそよぐ風や僅かな振動によって大げさに揺れ動いていた。ああして物理法則を無視しているものを見ると、本能的に違和感を感じてしまう。

 それをデーモンが必死に抑え込んでいる。ヒエロニムス・ボッシュの絵画のような、笑ってしまうような真剣さ。迷彩を施された機体たちをまとわりつけ、サーモピレーは宇宙へと行く時を今か今かと待っている。

 僕も数機のデーモンたちと同じようにした。すると船が波打つように揺れ始める。それそのものに働いている重力を完全に消し去ったのだろう。ほんの少し手を触れればそれだけで船が動く。発泡スチロールの塊みたいだ。僕も支持したけれど、これを全く推力の違うデーモンどうしで抑え込みながら脱出するというのは無理じゃないか?

 そう思った間にも船は上昇を続ける。今も減り続ける命を入れた箱船は宇宙へと落下した。デーモンの移動方法のひとつでもあるが、自分がやるものは本当に穏やかだと思った。デーモン乗りたちはシステムに平伏するべきだ。

 空に浮かんだデーモン、建造物や雲や何かしらが全て線となって認識出来なくなる。空を見ていられたのも一瞬のことで、僕たちは暴れ狂う船を押さえ込むことに注力した。自動筆記の円を描いて何処かへと行ってしまうようなそれを押した。猛烈な加速に耐えている体がぎこちない。

 周りのデーモンたちも同じようにしてくれているらしい。顔を上げる暇さえなく、腕に入れる力の調節に神経を注いでいた。へばりついた虫のような心地だった。船から手を離したら、少しでもエンジンの出力が落ちたなら、間違いなく死ぬ。重力を振り切るまではずっとこうしてなければいけないのか?

 カーボンでできたケーブルに掴まれるまであと何分かになった。断熱圧縮に耐えるためにアウターシールドが展開される。船に干渉して見窄らしい火花をちらつかせながら。流星が燃え尽きる場所を超えて、さらにオーロラのある高度までひたすらに上昇を続ける。カーマンラインが僕たちの旅の終着点になる。

 腕から力が無くなってくるような予感がした。感覚が消されているので、これはただの経験則だ。血の回りが悪くなっているから絶望的な気分になったのだろう。一瞬気が緩んだ間に船がぐらつく。傾いたそれを治そうと力を込めると逆方向へと揺れた。顔も見れない誰かどうしが必死になって最適な侵入角を保とうとする。

 力の込め具合からして何人か脱落している。それがミランじゃ無いといいけれど。僕にはどうしようもないことだ。

 辺りが暗くなっていくのが分かる。アラームが鳴らない。防衛兵器は破壊されているのか。まあ、そうだろう。あと少し、あと少し。ひたすらに自分を宥めすかして僕はその刑罰に耐えた。あまりにも長い秒針の一回りが過ぎて、僕は自由になった。

 途端にサーモピレーが重くなる。船に引っ掛けていた右腕を離す。するとゆっくりと、久しぶりの感覚で僕の体が動く。無重力状態だ。

 空気がほぼ無いのでフライトユニットは使いようがない。僕は爆砕ボルトを起動してそれを取り外す。悪魔の影はやけに小さくなった。左腕を失いながら、大事そうにバトンを持っているさまは戦争帰りの傷痍軍人のように見えるだろう。

 周りに対海賊用の防衛兵器や警邏が居ないか確認する。重力反応はIFFと一致している。熱源反応にも異常は見られない。素早くHUDを確認したあと、僕は火星とそれ以外のすべてを見た。真っ黒い宇宙の中には船が見える。かなり遠方ではあるが真っ白く、そして巨大だ。ノア級宇宙航空母艦。それが何隻も寄り集まって、単純な隊形を組んでいる。

 あの奇妙でそして凄惨な破壊が無かったとでも言いたげな威容だ。では火星軍はどうしているのだろう。ちょうど火星の影になっていた部分から赤い色をした一隻のノア級空母が現れた。確か、火星軍が鹵獲した船があった。リュドミラだったか、そして結局それひとつしか奪えなかったらしい。そしていくらどこからでも確認出来るぐらい巨大だからと言っても、あの真っ赤な色は無いんじゃないかと思った。

 両者は古めかしい騎士たちの戦いのように睨み合った。僕がいる位置だと分かりづらいが、もし地球天球上の直上か直下から眺めたとしたらその戦力の違いが分かるだろう。たった1隻と22隻。最低限インフラストラクチャーを構築出来る数を置いてきたというよりかは、これから報復をするという意図が透けて見える。

 それでも重力砲を撃てば火星軍の勝利が確定する陣容だ。その考えの通りに火星側から赤い線が投射される。糸よりも線よりも細い超局所的なブラックホールによって、地球同盟軍の船は事象の地平へと落ちていく……とはならなかった。反対側からもその線が造られる。

 赤い線が宇宙の中にひとつ。重力の速度は光と同じだから、こんな至近距離なら弾速なんて考える必要はないだろう。僕が以前に見た破滅は起こらなかった。代わりに凄まじいほどの重力の嵐が吹き荒れた。

 体がふわふわと浮くような感覚がした。火星で味わった嵐に似た空間そのものに干渉する歪み。悪魔は体の制御に使う重力さえも切ってそれに抗う。僕ももがくようにして、急いでケーブルを掴もうとする。デーモンに乗っているというのに、手足をばたばたさせないと動けない。もし泳いだことがあったらそれと同じだと思う。

 遠のくサーモピレーへと必死になって近づこうとした。その船も重力の波に押し流されていく。僕が今やっていることが不用意な行動かどうかさえも分からない。何が起きたのか、これからどうなるのかも理解できないまま本能に従った。

 激浪が引いたときを見計らって腕を伸ばす。宇宙で振り子のようになっているそれに腕を当て、ぶつかりながらも掴まった。誰かたちも同じようにしたらしい。人の力がケーブルから伝わってくるが、揺れる力の方が大きいようだった。

「何が起きたんだ」

 自分の声がブレている。

「あれは……一時的なブラックホールが生成されたようです」

「重力砲のことだろ?食らったことがあるから分かるけど、これはあの時とは違う」

「ええ、そのようです。どうやら地球同盟軍は重力砲の技術を模倣し、無効化する兵器を完成させたようです」

「そんなこと可能なのか」

 形而上にあるものを人が作ってしまう。考えるまでもなく可能だ。重力砲は特にそうだし、そうでもなくともグリア粒子やマクスウェル機関を僕たちが使っている。

 僕は言いようにならない奇妙な実感を持っていた。気が狂ったような技術の集積を僅か数ヶ月程度で埋めてしまうということを、きっと地球同盟軍ならやってしまうのだろう。ノア級をあんなに集めていたのはそれが完成していたからか。

「おそらくですが、重力砲と類似した重力波動を発射したのでしょう。星と星がぶつかり合った時をお考えください。ふたつの重力は融合し、より大きなものへと変わります」

「それが今起きたと?」

「はい。マスターが退避出来たことを鑑みると、重力砲が発したシュバルツシルト半径は極めて小規模です。それがブラックホールの形を作ったため、この程度の被害で済んだのでしょう」

「この程度、でこれか……」

 僕はようやく顔を上げて嵐の過ぎ去ったあとの宙を見た。宙空に漂っているはずのデブリの円環は放射状に広がり、火星の重力から一時的に離れている。ズームをしてそのブラックホールの衝突地点を見た。炭化して真っ白になった死体、金属、それと岩石の塊が芸術作品のように真っ黒な空間に置かれていた。逃げ遅れたどちらかの船だろうと思う。僕がいつか見た破壊と同じだった。

 それらはもしかしたら船にこれから衝突するかもしれない。船にはアウターシールドは無い……と思っていた時にはもう混沌は降り掛かっていた。薬指が目の前で崩れていった。僕はケーブルを手繰り船から離れる。そして消えかけの指揮棒を振るった。向かい合うべきだった、ただひとりのオーケストラはいない。混合物たちが溶かされて消えていく。

「……はは、こんなことになるってのに……」

 ひとりでに漏れ出した声をマイクが拾った。僕は珍しく自分の感情が何であるか分かっていた。父の行動は理解し難い。親としての行動だったのは考えがつくが、それでもやるべき事だったのか?

 戯画めいて今の情勢は僕を見つめている。火星軍と地球同盟軍にはこんなに力の差がある。星ひとつとそれ以外の全てを相手にしているのだから。彼が裏切ったのは手段に過ぎなかった。つまり基地の人間も僕の仲間たちもどうでもよかった。

 火星軍は負ける。あそこで勝ったとしても大勢は変わらない。それを知っていて、それでも彼はやった。たったひとりのために。尊重はする、しかし理解はできない。憂鬱に飲まれるまでもなくそう思った。

 自由になっても自分からは逃れようがない。戦争が起きようと目を瞑っていればいい。ひどい罵声も耳を塞いでいればいい。ただ僕がその頭の中身によって突き動かされる人形である以上は、それが起こす行動からは何者でも逃れられない。

 そして爆発が起こる。僕の目の前で、そして船が向かい合う場所で。会戦が始まり戦争が終わっていく。

 重力砲の根元部分から一機のデーモンが飛び立つのを皮切りにして攻撃が始まった。ノア級の大規模なアウターシールドにミサイルがぶつかり、内部へと穿孔しようとする。両者共に駆逐艦を発進させていく。おそろしく教本通りの戦い。それもそうか。戦場の不確定要素は先ほど壊れてしまった。これからSM-6とデーモンを使った戦闘へとグラデーションをかけて変化していくのだろう。

 破壊の上に緑色の極光が被さっている。それも次々に剥がされて、赤い色の船が見えてくる。コロニーが定期的に降らせる雨のような、統率された自然に似た攻撃がノア級を埋め尽くしてゆく。ああ、終わったと思った。物量をひっくり返す手段はもう無いのだ。

 虚空が色で満たされていく。迎撃された、また逸れたミサイルが爆発している。アルギュレにある軌道エレベーターから次々とフリゲートが飛び立ち、敵と味方の残骸を粉々にしながらノア級へと飛んでいく。銃弾と榴弾とミサイルがあまたの死を作る非対称戦。

 ミサイルが空母の装甲に突き刺さり爆発した。暗いオリーブドラブのデーモンたちが無重力下でしか振るえない機関銃を射撃する。赤い色のデーモンの何機かがばたばたともがく。片方が多過ぎてドッグファイトにもなりやしない。ノア級が巨大すぎるせいで時間が掛かっているけれどそのうちに終わるだろう。

 あとはケーブルを掴んで体に巻き付けて、地球同盟軍が来るまで待てばいい。そう考えていた。

「重力反応を確認、デーモンが来ます」


 ジルの音が響いた。静かなヘルメットの中で警告音が鳴る。ズームを緩めると5~6機ほどの火星軍の機体が見えた。巨大なデーモンではない。サブノックとイポスの混成部隊だ。何機か手足を失っているのを見ると既に交戦したあとのようだった。

 今までレーダーには反応は無かった。僕が懸念していた衛星軌道の防衛兵器や歩哨は会戦のために持っていかれたのだろう。IFFには11の光。この程度の遭遇戦なら問題は無い。

 真っ赤なデーモンが炎を噴き出しながら相手へと向かっていく。オフュークスの機体には普段持っている剣はない。返しておくべきだったかな、と思うよりも早くに敵機の反応がひとつ消える。まあ、ならいいか。

 僕はケーブルを体から解いた。だけれど、とても戦えるような身体の状況じゃない。サボタージュしていてもいいだろう。珍しく味方もいっぱい居るので大丈夫だ。

 大口径のライフルが火を吹いた。誰かがハクロビアを持っていたのだろう。動きの鈍いデーモンの骨盤付近にあたり、血液とよく分からない液体を噴き出させる。懐かしい景色だ。思えば標準的な重力環境下ではそういう液体はすぐに飛び散ってしまい、観察するような暇はない。

 宇宙は僕の故郷と言えるかもしれない。ずっと戦場として選んできたから、なのだろうか。警備任務の殆どが海賊を想定敵に定めたものだから必然的か。今更になって自分の期待が分かった。生まれた場所が火星だったからだ。

 だけど、火星は僕にとって呪いの場所になった。何かを期待していたのかすらももう分からなくなったけど、もし明瞭になっても死と殺人によって汚されているだろう。いくつか希望を持っていて、何かしようとしても全部台無しになってしまうんだ。

 銃弾と炎はそれを全て消してくれる。戦っている間は頭の中から渦が消える。どうしようもないしがらみはない。相手よりも高く飛ぼうとする本能と技能だけが脳みそから出力されるんだ。その時だけが、自由だと言えるのかもしれない。

 お前もそう思うだろ、アーウィン・リース。

『ああ。これ以上ない僥倖だ』

 僕は彼の仕草を完璧に覚えていた。だからその足のひとつが失われても分かった。赤いサブノック、CV-7ライフル。背部に壊れかけのイオンスラスター。あの巨大なデーモンからは下ろされ、そして地球同盟軍との決戦に召集されたらしい。もっとも、それも負け戦だから満身創痍になった。

 まあ、それは僕も同じか。片腕は取れていて、何処にでも12.7×99mm弾頭が通った痕がある。僕たちはぼろぼろになったまま船から離れていった。僕はバトンを使う時に船を巻き込まないようにと打算していたけど、彼がそうするのはなぜか分からなかった。

 アウターシールドが宇宙に舞う灰に反応した。壁というにはかなり薄く靄のようだ。バトンを何十回も振って被弾も多かったので、当然だろう。あと1、2回振り回すのが限度か。

 彼は先ほどまでと同じように手足をだらりと提げている。初めて見た時は奇妙な威圧行動をとって脅かそうとでももしているのか、と思った。彼の癖らしい。僕は彼が裏切り、そして拷問してくるまで気づけなかった。もしかしたら、コミュニケーションをもっと積んでいたらそうすることなんて予測できたかもしれない。いや、こんな異常な人間はすぐに気づく。

 後悔なんてするだけ無駄だけど、もしそうであったら少しは何かが変わったか。

『終わったのか。決着がついたのか』

「そうだ。僕と彼が親子だって聞いてたのかよ」

『ああ。私は配置転換を申し出たさ。そうした甲斐はあったようだ。お前は今、最も純粋だ』

「なりたくない自分になっただけさ」

 乏しい語彙の中ではその表現が一番正しい。事実として何か感動的な決着ではなかったし、僕もあまり変わっていない。溜まっていたゴミを分別し終わったような気分だ。

『さあ、やろう』

「何でだよ。もう良いだろ?戦争はもう終わるんだ。僕たちが殺し合って何になるんだ」

『分かっていないフリをするな。リュラ。私たちはそうしかできない。そうだろ?』

『そして矮小な私たちができることが、この世界にあるのか?何もない。しかし英雄への道はある。闘え、それだけが……』

 アーウィンが銃口を上げるよりも早く、僕は飛び立つ。バトンにグリア粒子を回すために被弾は避けたい。今の残量だと銃弾を防げるかかどうか。刀身は短くなり、10m前後を生成するのが関の山だ。いっそオバゾアを使ったほうが良いだろうか?

 止まり、回転し、そして宙空の底へ。落ちていくよりも鈍いけど軌道は自由だ。マクスウェル機関は物理法則を書き出して僕を動かしてくれる。頭の中が洗い流されても出力は変わらない。

 瓦礫が彼の背中から排出される。火花を吐いたスラスターだ。反作用によって一瞬アーウィンの機体が速度を上げる。早めに動いたマージンが尽きて、僕の影が射程距離内に収まる。警告音がけたたましく鳴った。

 即座に反転してバトンを生成。8m。最小でもこれか。一振りして回転しながら移動方向を変化させる。スラスターを装備していないので推力を上げて安全な距離へと逃げることは出来ない。複雑な戦闘機動を取っても速度が足りなくなる。足を止めるほどでもない雨がかかるような感覚が伝わった。

 僕が彼にバトンを翳して、その体を炭化させる距離へと近づかなければ。だけど速度が足りない。僕は彼が何かしらを喋って、隙を作り出してくれるのを期待して口を開いた。

「英雄ってのはどういうものだ。僕たちは兵士で、それ以外にはなれない」

『いや。私は人間だ。自らを選ぶことができる。何者にも縛られず、闘いのみに専心する!』

 銃弾を小回りで避ける。粒子がケーブルの中を通ってタンクへと戻っていく感触がする。

『全てのものから自由になって、純粋な自らの生化学シグナルに従う。それが英雄だ』

『やりたいことをやれるんだ。闘っていい、人を痛めつけていい、赤子を殺さなくていい。どんなものだって私たちを縛る理由にはならない。リュラ、お前もそうなるべきだ』

「そうか。ようやく、あんたの思想が理解できたよ」

 ああ、こいつは要するに自分のやりたいようにやっているだけなんだ。僕を痛めつけたのも、戦うのも。全て自由にやっていて、それが他人には分からなかったから不自然に思えただけか。

 全てが自然で、ただ生まれ持ったものを使っているだけなのにそう感じられるのはどういった気分なのだろう。例えば自然に身についた歩き方とかが変だったら、誰かが直そうとするか揶揄する。そうして誰かと同じものになる。しかしながら、もしも他全ての人間が存在しなかったらそんなことをする必要はない。

 こいつはそうなんだ。アーウィン・リースの世界には他人が存在しない。そういう人間だからこんな所にいる。勉強や訓練とか、そういう努力はするらしい。

 銃弾を下手なステップで避ける。僕たちは音の外れた回旋曲で踊る。足場にできるようなデブリも吹き飛んだ。デーモンが開発された当初に喧嘩があったらこんな感じだろうか。推力も体力もない、武装はたったひとつづつだ。銃弾が掠り、僕の体を削り取っていく。近づかなければ勝機はない。

 少しづつ、地面を踏み均すようにアーウィンへと進む。緩やかな軌道を少し変えて、弾丸はこの際無視しよう。速度は同じだから彼も離れようが無い。彼は全く意に介さないように言葉を続けた。

『さあ、お前も自由になるんだ。なれるはずだ。なぜ今も……そこに留まっている?』

「見透かすような言葉だ。まあそうかもね。認めるよ。僕は闘争の中でのみ生きていける」

 率直な言葉には喜悦が籠った何かが帰ってくる。笑い声か?

 アーウィンは大袈裟に手を横に掲げて、道化のようなポーズをとった。僕はその僅かな間に、少しでも彼に近づくために緩やかに動いた。もし短絡的に攻撃すればどうなるかは前々回で知っている。

「僕が選んだこと、そうでないこと。全てが僕の動きを止める荊になっていく。それから自由になれたのは、ただ戦っている時だけだった。脳の容量全てが勝つことだけに注がれ、純粋になれた」

『そうだ!そうだろ!?お前は私だ!もっと、もっと闘うんだ!』

 銃口が跳ね上がり僕を狙う。もう言葉を尽くしても無駄か。それが成功かどうかを考えるよりも早くに体が動いた。バトンのグリップを捻る。前方へと落ちていく。

「いや。僕はそうはならない。なりたくない。お前を殺すのは変わりないけれど」

『何故だ?』

「僕は兵士だ。人を殺す職業だ。人を殺した存在が英雄にはなれない。そう思うんだ」

『は、ははは。そう、か』

 認めたくはないけれど、彼は僕と似ている。だから自分のうちから湧き上がるものに従うということがどんな気分か、理解できるだろう。

「兵士が人を殺すことの是非を言いたいんじゃない。ただ……戦うことは誰かを傷つけることだ。それは僕以外のものを不利益に晒すことになる。それなら抑圧されるべきだ」

「僕は僕のために、この翼を切り落とそう。君と共に」

 言ってしまった。そういう感情はなく、絶妙な快楽が迸った。自分の心を表現できたからだ。きっとこのロジックは僕の中にある一番純粋なものなのだろう。ようやく、自分自身の形を表現できた。こんな昆虫のようなものが。

 これをもっと、僕が塞ぎ込んでいるからではなくて。そう思って行動していることを上手く言えやしないかと思う。彼は僕と同じで、そして違う道を選んだ。そしてきっと懺悔と同じだから決別をしなければいけない。今更だけど。

「父さんには申し訳ないな。でも、まあいいさ。自由ってのはそういうことだ。僕は僕を壊すことができる」

『ははは!そうか……お前は自分のために自分を捨てるのか。なら私はお前を倒す。私が自由になるために。この世界を突き抜けてやる!』

 バトンの刀身が生成される。10mほど、それでも彼へと届かせる。僕の体に使っていた重力を前方へ、マルファスは自由落下と同じように加速をはじめた。この際内臓への負担はどうでもいい。

 サブノックが後ろへと動く。それでも若干ながら僕の方が速い。もう退いても無駄と判断したのか、彼はライフルを捨てて片手でナイフを引き抜いた。僕はバトンを槍のように突き出す。デーモンのアウターシールドへと赤い渦が触れる。

 真っ赤なグリア粒子は簡単に彼の肌を焼いた。溶けた金属、オイル、蒸発したリキベントとタンパク質が一瞬で混ざり合って焼き付いていく。バトンが届いたのは少しだけ距離を詰めていたからか、それとも感情が重力を編み出したからか。とにかく殺せてよかった。

 どうして僕が生きようとしているのか、もう考えるだけ無駄だろう。栄養を食うだけだ。

 アーウィン・リースは死んだ。突き出したバトンを引き抜いた。目の前にはそうだった何かしか、ない。視線を上げるとリュドミラが炎上しているのが見える。やっとこの会戦も終わる。僕の戦いももう終わりだ。

「ジル、喋るのも疲れた。友軍に運んでくれるよう言ってくれ」

「了解しました」

 システムが戦闘の混沌を処理する必要がなくなって、彼女の音が聞こえる。何の感情を持っているように見せかけているのか。やや悲しげに聞こえたけど、どうだろうか。

 黒い空間に火が灯されて、宇宙は少し賑やかだ。雲霞のように集ったデーモンと艦船たちがミサイルと銃弾を吐き出し続けている。それのほとんどはほぼ黒に近い緑色だった。戦力差を埋めることが出来ず、火星軍は壊滅しかかっている。

 想像しきったそれから目線を外すと、デーモンがこちらにやってくるのが見えた。あとは宇宙船に取り付けたケーブルに絡まっていれば地球同盟軍が拾ってくれるだろう。そう考えると意識が遠のいていく。まあいい、どうせ失血死してもいい。

 僕が目覚めるまでどれくらいの時間がかかるだろう。それが永遠でも、さして問題ないと感じられる。僕の存在は大勢の中のたったひとつでしかないのだから。


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