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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
37/75

37,

 悪魔が纏っていた粒子が腕の中の円柱へと注がれていく。ごうごうと流れていく武器。グリア粒子は保管状態だと半固体、注ぐときの衝撃で液体になる。整備班の人間は1人で運べないぐらい重くて、ひとりでに転がっていく専用の容器に入っているそれを嫌っていた。

 アウターシールドが消失して炎の剣が現れる。腕に伝わるのはグリア粒子が流れる振動のみだ。しかし間近で赤く熱され、捻り伸ばされていく粒子の輝きを見ると畏敬の念を感じてしまう。火へと対する原始的なそれを。熱く、そして暗闇を照らす。

 砂嵐の中を引き裂くようにバトンを振るう。刀身は30m程度、決してサーモピレーを傷つけないような長さで。赤く染まった粒子の中で降りかかる銃弾が止まり、そしてカラメルを作るように溶けていく。赤い剣は巨大なデーモンのアウターシールドに触れ、巻き込み、溶かして斬った。

 しかしながら、まだ分厚いアウターシールドが無くなっただけだ。彼は生きている。すぐに相手も長大なM61の砲身を持ち上げて僕を狙う。スクラムジェットエンジンを大きく吹かせば僕たちの間の距離はたったの15m程度しかない。

 銃弾を刀身で受けながら、一息に振り下ろす。再生成されかかっていたアウターシールドごと巨大なデーモンの肉体が2つに割れる。

 体がつんのめる感触が消えて頭の中には奇妙な清々しさが残る。僕の体は銃弾やナイフ、また小銃ののように操られるだけのものになったようだ。決着をつける、という言葉を使うのは簡単だ。本当にその意味が理解できてしまったのは今更になってだった。

 少しだけ晴れた砂嵐の中で溶断されたその体を見た。赤黒い装甲は溶けて切れ、その断面に黒っぽい何かが見えた。もしかしたらいつか切り落とされた腕もあのように炭化していたのだろうか。分たれた体はややもがくように手足をばたつかせたあと、燃料や粒子を撒き散らして燃えながら墜落していった。

 赤子の叫び声が聞こえる。しかし僕を痛めつける抑圧は存在しない。少しだけクリアになった頭でいると心地がいい。そして次の目標へと向かっていく。

 バトンはとても便利な武装だ。僕たちが限界まで機体を動かしてライフルやらナイフやらを使ってあくせくしているのに、これをひとつ振ればデーモンは死に至る。問題は50mまで近づくことが出来るかだが、この機体なら問題は無い。

 がたがたとした感触が背中に伝わって消えてまた伝わる。感覚をそれぞれ消しているせいか、それともデーモンが意味のない反動だと判断しているせいかさえも分からない。

 砂塵が吹き付ける。デーモンはいくらでも居るらしい。何処かへと行った思考が1つに定まっていく。エンジンの出力を上げて、ミキサーの中に放り込まれたような風の中を突き進んでいく。

「前方に敵機2機、友軍1機。攻撃されています」

「了解」

 レーダーとHUDに映る情報を頼りにして、最高速度で嵐を切り裂く。まとまった頭でも重力は出力されるらしい。いや、むしろこちらの方が正解なのか?ぐちゃぐちゃになった心の内を投げ捨てていくことが。ああやっと、何も考えなくて良くなったのだと思う。

 心の内はそこまで変わりはしない。彼のことは殺したくなんてないけど、それしか方法は無いと思う。人の死を悼むことは出来ないけれど、それを出来ない自分を憎んでいる。

 バトンを持ち替える。馬上槍のように突き出したそれからグリア粒子が放出される。長さは約10m程度。グリア粒子は瞬間的に擦り合わされて極限の熱を帯びる。数100メートル先から打ちつける銃弾が切っ先で止まり、溶けていく。それでもどの程度かは分からないが限度があるだろう。その前にあいつらを斬る。

 風に煽られながら猛然と前へ向かう。一面に塗りたくられた鉛丹色の中で強烈に光る噴射炎が見えた。僕はエンジンを一瞬だけ切る。不自然に変わった軌道に銃身が追いつく隙にバトンを振り、刀身を再形成する。より長く、彼らの懐まで届くように。

 身を引き裂かれそうな風の中でバトンを振り上げる。まるでゲームか映画のようだ。格闘攻撃で銃には勝てない。よっぽど頭の足りていないか、追い詰められた人間でなければ銃を持った相手に飛びかかったり刀を振るったりはしない。銃器を持った人間は身体を動かす一動作、たった指を軽く動かすだけで致死性の攻撃ができるのだから。

 過去の自分を嘲るぐらい、これは戦闘を変えてしまう武器だと思った。いつか共和騎士のようにこれを担いだデーモンどうしが戦う日が来るのだろうか。

 巨大なデーモンを照らす光は明るく、深い赤色に染まっている。黒煙を垂れ流しながら燃える機械を見ているようだった。横薙ぎに振りかざしたバトンは彼らのアウターシールドを裂いた。素早く2の太刀を振るおうとした瞬間、弾丸が敵の体を貫いたのが分かった。

 23×115mm弾頭。対デーモン用に調整された結果、亡国のそのまた亡国が使っていたものと同じ寸法になった弾丸。手の中に収まるどころか手そのものぐらいの大きさがある。そんなものがアウターシールドのないデーモンに突き刺さったらどうなるか。

 抉れた胸部、そして煙とリキベント。見えたのはそれだけだった。手元のハンドルで量を調節、必要なのは1人分に減った。ハードポイントの軋む音がする。小規模な剣があらわになると同時に巨大なデーモンへと突き刺す。装甲が融解してバトンの本体部分がめり込んだ。

 どんなにデーモンが肥大しても人間が装備できる装甲は限られる。また、いくら技術が進化して効率的な装甲ができても限界量は存在する。そして僕たちが扱う兵器はその線をとうに超えている。

 倫理だのを問いたい訳ではない。そんなものは戦場に来ている時点で無いと言っていい。これを父親に使うことに対して悲しむべきなのかと思っただけだ。それもまた、どうでもいいことか。

『助かった、オフュー……リュラ?!それをどこで盗んできたんだ』

「盗んでない。貸してもらったんだ。ミランみたいな方法じゃなくて」

「同じように思えますが」

「まあいい。帰船命令は聞いてるよな」

『ああ……殿(しんがり)をやるのか?』

「うん。僕がやる。君もすぐに船へ向かってくれ。人手が足りない」

 少しだけの沈黙が引き伸ばされた思考によってかなり長く感じられた。

『分かった。その武器ちゃんと返せよ。企業の試作武器を壊したらどんな特約条項に触れたものだか。きっと1,0000,000セルどころで済まないからな。その時は、私が弁護士を紹介する。費用は自分で払ってくれ』

「うん。ありがとう。心配しなくていい、死なないよ」

 そんな訳はない。いくら効果的な武装を持っていても、彼と戦って100%勝てるとは思えない。これでやっと50くらいにはなったかな。それくらいで良い。少し前にだって船を狙うために消耗を抑えていたのか、僅かながらでも親心があったのか。僕は死なずに生きながらえた。

 本当はきっと、何回でも僕を殺せただろう。その必要が無かったというだけのことだ。今は違う。

『ギリギリまで待たせるようにアダムに言っておく。帰って来い。分かったか』

「ありがとう」

 ミランはやや晴れた砂煙の中を掻き分けてサーモピレーへと向かっていった。僕は重力反応の1つがレーダーから無くなっていくのを眺めていた。さあ、別れの挨拶は済んだだろう。

「マスター、また死ぬようなことは……」

「どうやら脳内物質は大丈夫みたいだな」

 ジルの音声が聞こえた。なぜか悲痛そうに音が歪んでいる。

「問題は無いよ。やっと頭の中が落ち着いた。自分の考えていることでも、他人に言われると違うもんだな」

「そうですね。次からはそうするようにします」

 今度は平坦そうに変わる。

「作戦遂行時間は最長で約30分程度だと推測。この時間内に決着をつけて下さい」

「止めないのか」

「貴方の仰られた通りです。現在は脳内物質の平衡も保たれ、神経の過剰運動も見られません。残念です。マスターは現在とても落ち着いていると判断できます」

「”あなた”って呼ぶのはやめてくれ。じゃあ問題は無いんだよな」

「大切な人間には誠実さと率直さをもってあたるべきということは、マスターが教えてくれたことですね。私はずっと死の予感を感じているのです。AIでないなら物理的に妨害しているところです」

「でもそうしなかった。君がやると僕を殺してしまうからか」

 なんとなくそう思った。珍しくそういう想像が当たっていたようで彼女は少し黙った。AIも成長しきり、考えこむとデーモンに熱が回る。

「何と言うかままならない事ばかりだな。やりたいことをようやく見つけても全てが邪魔してくるんだ。自分も世界も全てが締め付けてくる。みんなそうだった。まあ、たまに合致していた奴もいたけど……」

 僕はアーウィン・リースを嫌々ながら思い出す。あいつ、最初は子供だ何だ言っていたけど結局は人を痛めつけたかっただけじゃないのか。しかもそれを行えるような環境に居て、そういう時流に乗っている。

「今は違うけど。どんな下らない人間にもチャンスは巡ってくるんだ。邪魔してくれるなよ」

「丸め込まれた気がします」

「そうだよ。上手くいっただろ」

 軽口だって叩けるようになったんだ。人を殺すのにはこれ以上無い状態だろ?

 砂嵐が再び空に被さる。デーモンたちはどこまで居るのか、だけど問題は無い。

「マスター、重力反応を検知。大型デーモンです」

「分かった」


 この空間に漂ったあまたの死と鉄の匂いについて言うことはない。指揮棒は悪魔を溶かし、斬り、その中にある2つの命を瞬く間に消してしまった。僕の下の大地にはその骸が幾つも横たわる。

 所々から生白い肢体が覗き、僕に人を殺した実感を思い出させる。ただ何も感じない。どんな人間だって何回もやればどんな惨たらしいことも出来るようになるだろう。魚を捌くのだって、最初は肉を切る感覚や内臓を指で掻き出す感触が気持ち悪く思うかもしれない。でもそのうちに何も感じなくなる。

 いつからかそれはただの作業になって、無感動に行えるようになる。それを心を擦り減らすとでも形容すればいいか。あいにく、そんなこと感じてこなかった。

 それだから自分がそのようなやり方に慣れてきたのではないことを実感させてくれた。他人の死に鈍感な、最低で人でなしの完璧な兵士だ。それが今ここの場所に居る僕だ。

「ビフロンス、接近」

 ラポールの声帯。AIの無機質な感情とやや緊迫したような味付け。

 スマートランチャーの砲弾は僕が助けたデーモンによって迎撃された。あとはあなたが来るしかないと分かっていた。

 夕焼けに染まった空が見える。完全でなくとも青い、冷たくなった空気を切り裂いてデーモンがやってくる。血溜まりのような濁った赤色は古代の絵画を見ているようだ。ライフルとランチャーを持って、エヴァンジェリスタ・トリチェリはそこにいた。

 みじろぎひとつない。僕にはそれが彼だということが分かる。緊張した姿なんて見たことが無かったから。対して、僕はどうだろうか。きっとどこかしらが震えていて緊張しているのが分かってしまうだろう。さらにひどい表情は見えなくて良かった。

『またやるのか、リュラ』

「ああ。もう逃げる理由なんてない。今度は本当の殺し合いだ。トリチェリ」

『本気だったさ。私も歳をとったということさ。さて、もう一度頑張ろうか。息子よ』

 あなたはきっとそう言うだろうね。僕は……そうは思えなかったんだ。

 合図なんて無しに闘いは始まる。重力の風はもうない。マルファスは糸で引っ張り上げられるように加速する。空気をさらに吸い込んで、僕のイドが重力を編み出して。1トンにも満たないデーモンには過剰な推進力が生まれる。

 バトンを振るう。生成されたグリア粒子の幅は3~4m。人工筋肉のサポートも相まって、接近戦では外れることは無い。事実としてこれまではそうだった。

 トリチェリはバレルロールを行なって上下を逆さにしたかと思うとそのまま急加速。シャンデルでバトンを避ける。滑らかに速度を上げる様を見ると世代の違いを感じる。彼はいとも簡単にそれをこなし、次の動作へと移行する。その目の前にあるのは僕の背中だ。

 銃弾がひとつふたつ脚を通っていった。バトンを持ち替えて逆袈裟に振る。今度こそ当たった。しかし浅く、ビフロンスの片側が露わになっただけだ。もう一度、と思ったときにはこの交錯は終わった。当たり前だ。彼はこの兵器の対処法を知っている。

 最後に戦闘方法を教わったのはいつになるだろうか。きっと思い出せないぐらい昔のことだ。古来から変わっていないやり方、つまりずっと叩きのめすという方法で僕は兵士にされた。さして反抗的ではない人間を技量を持ってして伸す、彼の気分はどんなものだったのだろうか。

 僕の事だけを話すとしよう。衝撃と言うべきか、明らかに勝てそうにもない力というものに押さえつけられる気分は初めてだった。もしかしたら霧だらけの戦場に慣れさせるような目的があったのだろうか。

 勿論座学や礼儀とかの頭脳的な面も教わっていたけれど、そういうのはえてして経験を得てからじゃないと有り難みを得られないというのがトリチェリの信条だった。僕はそれに同意する。どんな言葉だって実際に見たものには敵わない。

 彼の動きは優雅だった。ディスプレイの中で翅をはためかせる蝶を見たことがある。2つ(正確には4つ)のきらきらしたものを太陽にさらしながら体を空中に浮かせる。芋虫に翅が生えただけで、どうしてあんなに綺麗に思えるのだろう。

 そこら中で見かける蠅や蚊とは何か違うように感じた。今になって思えば原生生物なんていないケブラー、そして他の植民星しか見たことのない僕にとってそれは幻想だったのだろう。トリチェリの動きもそういうものだった。振り上げた振り下ろした薙ぎ払ったバトンの炎を避けていく。空中をマーカーで塗りつぶしていったのに、彼の姿は消えない。

 ベクタードスラストやシザーズ、デーモンの戦闘軌道の基本。それを効果的なタイミングで行う。言ってしまえばそれだけ……それを万人が出来たなら、デーモンに乗っていて死ぬやつは居なくなる。しかもそれをとんでもなく平均誤差半径の大きいバトン相手に。銃弾を予測して避けるなんてのが目ではないほどの技巧だ。

 運動野から素早く命令が下された。バトンを停止させて、アウターシールドへとグリア粒子を戻す。すかさずに撃ち込まれる榴弾を避けて距離を取る。愚策のように感じる。どうしてこんなことをしているのかははっきりとは分からない。

 ただ気分はいい。何も考えていないせいだろう。僕の脳みそから無駄な心情はほとんど消え失せて、残ったのは機能だけ。頭の隅に追いやられた思考はこう言う。どうしてるんだ、もっと頭を動かしてくれ。必要なのは行動だけじゃなくて思考だ。

 僕は言い訳を並べ立てる。彼だって消耗しているはずだ。煙草を吸っていて、年齢ももう60近い。それに無駄にバトンを振ってグリア粒子を使うと攻撃も防御も出来なくなってしまう。しかしながら機会を待つということも無理か。

 SARが何度か火を噴いて銃弾を吐き出す。翼を動かして回避行動。何発か当たってアウターシールドに凹みができる。バトンはライフルと違って気軽には使えない。もし彼がさらに距離を離すことを考えたら、ただの無用の長物になる。

 やや冷笑ぎみになってしまう。一体僕はどうするのか。ああくそ、トリチェリが相手なんだぞ。これまでの相手や状況なんてのは比べ物にならない敵なんだ。そう、自分の憧れと後悔の源泉と戦っているのだから。そして行動は、それを命令した脳はこれまでと同じく冷え切っている。

 急降下。リキベントシステムを打ち破って重力と加速による虚血が襲う。結局のところ心だと思っていたものは、僕が彼に教え込まれたもののひとつに過ぎないということか。もし完璧な人間だったら、本当に動けなくなっているだろうから。

 機械学習のように学んだ感情を感情と呼べるかなんて、その答えは呼べるだろうけど。僕はそう思えない。自分に対する嫌悪の理由はこれまでにしておこう。

 思考は澄み切っている。僕はデーモンの感情抑制なんてのは対して強くないことを知った。ならきっと、今の僕は本当だ。もう無理に怒ったり、羨望する必要なんてない。今この瞬間に有るのは死ぬか殺すかだけだ。今の僕はそれを心地いいと感じてしまう。

「仕掛けるぞ、ジル。重力レーダーとFCSを繋げてくれ」

「了解しました」

 地表すれすれで頭を上げる。視界いっぱいに広がっていた岩肌が滑ってフレームになる。飛行機だとすぐに墜落してしまうような高度でもデーモンであれば問題はない。バトンを起動。地面を軽く擦るように振る。地表を守っていた苔や草が抉られて、さらさらした火星の砂が舞い上がる。

 砂嵐でなくともこれで充分だ。デーモンのFCSが切り替わるまでの数瞬、ほんの僅かな間に剣が現れる。体を一回転するようにしてバトンを振り、後方のトリチェリへと攻撃する。ひっくり返った視界の中で緑色の粒子がほどけるのを見た。薄い砂煙の中で噴煙がきらめく。

 飛んできた榴弾を切り落として、僕は再び超低空飛行を続ける。追撃はさせてくれないか。このちょっとした機転ももう使えない。しかし絶望はなく、ただ感じたままに動ける。

 段々とバトンの振り方にも慣れてきた。刀身は短くさせて取り回しを良くする。ナイフのように刃先を入れる方向は考えなくていい。最終的にはぐるぐると手の中で棒を回すようにバトンを使うのが最適解になった。本当にカラーフィルムに焼き付いた役者になったようだ。

 インメルマルターンで高度を上げながら反転、十字にバトンを振る。トリチェリが避けた所へもう一振り。フルオート射撃に刀身を向けてターン。機体を左右に揺らして銃撃を避ける。

 それぞれが致命傷を与えるために、それぞれが致命傷を避けるために。銃弾がグリア粒子を突き抜けて肩を刺す。グリア粒子が足首を消す。僕たちは同じ動作をしてたまに違ったことをしてじりじりと破滅へと近づいていく。

『上手いな。本当に、腕を上げた』

「喋らなくていいよ」

『リュラ、お前は何のために戦う』

「さあ。金と言いたいけれど、もう分からなくなった。逆に聞きたい気分だよ」

『私はお前のために戦っている』

 そんな訳はない。

「僕のためにこんなことをやったって言うのか?たくさんの人を殺して、言うことがそれか。言い訳はやめてくれ」

『結果的には、そうだ。正当化はしない。それでもリュラ。私はお前を救うために戦っている』

 静けさをもった頭の中に熱が入りこんでくるような感覚がする。

『私の演技は終わり幕は閉じた。私は私のやりたいことをやった』

『お前は自分で思っているよりもずっと……素晴らしい人間だ。きっとどこへでも行ける。あとは全てを超えて、自由になるだけだ』

「そんなわけない。僕はただの人殺しだ」

 体がひとりでに動いていくような感覚がする。いや、ずっとそうだったかもしれない。作り上げられた精神とそれ以外が乖離している。

 風が激しく吹き始めた。重力によるものではなく、ただの自然現象だろう。後どれぐらい時間があるのだろう。もう宇宙船なんて行ってしまっても良い。他人と心を無理やり付き合わせるのは苦痛だ。

「そんなことのために裏切って、みんなを殺したのか?トラヒコだって死んだ。あなたが裏切ったせいで」

『そうだ』

「それで許されることじゃない」

 炎が彼を燃やすために揺れる。極めて残酷に、冷静に僕はバトンを振った。最適化された動きは彼の末端を捉え始める。それと同じようにSARの弾丸とスマートランチャーの砲弾が僕を削る。

「教えてくれよ。それほど価値のあった事なのか?たくさん人が死んで、それで僕が生き残って……そしてすっきりして、それが何になる。何にもならないだろ」

『違う。お前の周りの全てよりお前が生きていることに意味がある』

「あなたが死なせた人間たちにもそう思ってくれる人がいたんだ。それが世界だ」

 心の内を吐露するってのは、こんなに疲れるのか。頭の中を締め付けられているような痛みが襲う。拷問の時とは比べ物にならないささやかなものだけど、不快だ。

 僕たちはもう牽制をやめて、お互いに腕を振りかぶっていた。戦闘機動がより単純な、そして素早く行えるものへと変化していく。もっと奥までナイフを突き立てられるように。

 銃弾をバトンで防ぎながら突撃。回すようにして動かされたそれから面となったグリア粒子が迸る。ビフロンスのフライトユニットに命中してエンジンが爆ぜる。トリチェリの腕が滑るようにして僕の胸を刺す。痛みはない。バトンを振りかぶってその腕を切り離す。

「僕はその人たちと等価か?違う。こんなに人を殺してきて罪がないわけがない。そしてそれをどうとも思わない。僕は切り捨てられるべき人間なんだ」

『それは誰が決めることなんだ。私にも、お前にも。そして全ての人間にさえ複雑に絡まった世界とを裁く権利は、無い』

「だからと言って、何でもしていいのか」

『いや。それでもやるんだ』

 軽くなった僕たちは上空へと羽ばたいてぶつかり合う。デーモンどうしのドッグファイト、それの最終形はこんな感じだろうか。狂おしいまでのスピードで激しく旋回と宙返りを繰り返し、0.2秒の間に有利と不利が逆転する。背後をとった彼へとバトンを振り回し、銃弾を脇腹に喰らいながら足を切り落とす。榴弾が左腕に当たって肘先を消した。

 視界が目まぐるしく回転しながら、トリチェリの姿だけがゆっくりとその中心にいる。切り落とされた傷口はやきついて黒っぽくなっている。人工筋肉が纏わりつくことも出来ない損傷だ。それは僕がやった。なのに怒るとか失望するような素振りも見せずに、彼はひたすらに戦う。

 むしろ速度は上がっていく。熱で溶けたランチャーを捨てて、フライトユニット2機を捨てて。銃弾が体のどこかを通り過ぎていく。僕はそれでも脳のどこかで考えを拭えない。もうこの戦いは終わるのではないか。

「僕はそんな人間じゃなかったんだよ、トリチェリ。人を利用して死なせて、友達が死んで……それでも何も感じなかったんだ。きっと、あなたの死にも何も感じない。僕は……あなたが死んだときに悲しめる人間になりたかった」

『そんなことは重要じゃない。むしろ良いじゃないか。私が死んで泣かれるのは嫌だ。いいか。親というものは、子が生きてくれてさえすれば良いんだ』

 そうだったか?ジム・シモンズとレイチェル・シモンズはどうだったかな。息子たちが生きていたら何か変わったのだろうか。彼の気持ちや行動でさえ推し測る事もできなかったのに。僕にはもう分からないことだ。これからもそうだろうな。

『ただ安穏に、そして誰にも踏み潰されずに……私にさえも』

「僕はあなたにとって価値があるものになりたかったんだよ。その為なら自分だってどうでもよかったのに」

 ただ、愛してくれていたのか。僕はそう感じた。

 たった言葉のひとつだけで頭の中を何かが満たしていった。単純な子供だと思う。その充足を味わうためにこんなところまで来てしまった。

 空の下にたった2機のデーモンがいる。銀色と赤色。もうアウターシールドを生成出来ないほどに喧嘩して、互いに四肢をひとつずつ失っている。2人が向き合ったのは一瞬だけ。トリチェリは上空へと向かい、僕は最大限にバトンの刀身を伸ばした。

『リュラ、お前はずっと』

 彼が何か言おうとした。迫る銃弾がグリア粒子に捕まって溶けていった。そして彼の周りにあるアウターシールドを破り、そのまま彼の体を断った。夕焼けのささやかな光が鮮烈に僕の目の中を通っていった。

 斜めになった体が落ちていく。ビフロンスが黒煙をあげながら墜落していく。飽き足りるほどの死の中のひとつ。そして最も大切だった生。僕は何も言えず宙に浮いたままそれを見ていた。父の顔も声もこの先感じることはない。そう、僕が殺したから。

「敵機はいるか」

「……いいえ、重力反応は検知出来ません」

「サーモピレーはもう行ったか?」

「それも同じく。火星上空、対流圏で待機しています。今の機体状況でも到着可能です」

「そうか」

 バトンの持ち手を捻り、出しっぱなしにしていたグリア粒子を仕舞う。決着は付いた。どんな形になっても、と思っていたのはどこかで和解を期待していたからか。そんな未来は無い。武器を持って戦う以上、彼が会社を抜けて火星側についた以上、殺すしかない。

 言い訳はしない。そうだろ、父さん。あなたの気持ちと行動は今でも理解しがたいけれど。今でも僕の形は変わっていないけれど。それでも、たかが戦っただけで分かり合えた気がするんだ。そして僕は貴方の視線を消したんだ。

 あとは薄情に進むしかない。トリチェリもそうして欲しいと思ってる……そう曲解して生きていくのか。死んだ人間のことは生きている人間が想像するしかない。僕はエンジンに火をつける。解き放たれたこころ、くらくらするほどの自由に従って僕はサーモピレーへと向かっていく。


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