35,
トリチェリ、あなたを父と呼んだことはあまり無かったと思う。烏滸がましいと思ったから。
僕が見た世界の中で自分が恵まれている方だと自覚するのは簡単だった。そしてあなたの優秀さにも。残念ながら、それに見合うような人間にはなれなかった。だから完全な人間になりたかった。せめて普通に人の死を悲しめるような。それを自覚したのは最近のことだった。
だから、誰かによって作られた機会だったとしても。整理をつけようとした。きっと無様な姿だったよね。本当に道化だったんだとは思ってもいなかったけど。
あの時は今さらだけど、ようやく向き合えた気がした。拙い言葉でもその姿勢が必要だと判断して。子供だった。全て無駄だったのか。そうだね。きっと僕が信じてきたように人との対話なんてのは無理なのだろう。誰も彼も自分のことを信じているから、みんな変わることなんて出来やしないから。そこに他人の言葉が介在する意味なんて無いんだ。
透明な何かが僕を満たしていくのを感じる。僕たちを切り分けて、プレパラートの上に乗せて。バルサムを入れて、決して交わらない標本を作ろう。きっと結末はそうにしかならないんだ。
身体は何処かしら傷ついている。銃弾とマルファスの出す速度によって。もう頭の隅にすらジルの言葉が届いていないが、きっと何かしら警告を送ってくれている。視界の端のバイタルは赤い。しかしながら思考と反応はこれ以上なく完璧だ。
同時に構えられたSARから12.7×99mmが発射される。感情抑制と人工筋肉による射撃の適正化のの中では、FCSの直接的な介入は必要でない。筋肉の緊張がやや弛む。お互いの姿が見えているならシステムは多少の補助を行うだけだ。結局は人間がやる以上の反応と判断はCPUには出来ない。どこまでも基本的で原始的な、デーモンとデーモンのドッグファイトが始まる。
銃撃を避けるためにマニューバを行う。バレルロール、クルビット。連続で素早く行うと腹の中が変な感じになる。彼は同じように、それどころかもっと洗練されたもので回避した。デーモンが進行する方向へと狙ったはずの弾丸はアウターシールドの端をなぞって空の中に消える。最小限の動きで避けるというのが理想的だと言っていたが、それは本当に理想だと思っていた。なんだ、本当に出来るのか。
自分の身体より一回り以上大きなものをよくあそこまで操れる。一方僕は緑色の粒子を空中に撒いている。その間に何事もなければ、再び金属粒子は結合する。ただ、今の状況でそんなことはあり得ない。銃撃を避けて回避行動をとる。名前なんて無い単純でブレるような動きで。
僕たちは何かを確かめ合うようにドッグファイトを続けた。トリガーをリズミカルに下ろして、マニューバを行って。抑制されている筈の焦燥が段々と手足に染み出してくるような気がする。言葉にならない何かから落ちた瞬間に全てが終わると僕は知っていた。
優雅で精密な動きと激しく無様な動作が争い合う。他のデーモンからの介入は無い。もしあったとしても気付けるかどうかは分からない。どちらかの技量が低ければあっという間にこのダンスは終わる。僕はどうにか頑張っているが、それもいつまで持つかは分からない。
少し気を離した瞬間には銃弾が目の前へ飛んで来る。やはり純粋な技量では敵わないか。被弾は避けられなかった。いつからかは分からないが、軌道が単調になっていたのだろう。咄嗟に身を捩って風を受ける。銃弾がアウターシールドを掠めて減衰させる。そのうちの一発が直撃して緑色の壁の前でくにゃりと曲がって落ちていく。さんざ見たそれが恐ろしく感じられる。
スマートランチャーの銃口が何回か輝いたかと思うと、弾丸の雨が降ってくる。フルオートでの射撃。断続的な指切りの射撃ではない。おそらく好機が来る事を見越して弾倉の管理を行なっていたのだろう。避けるか?いや、もうそんな距離にはいない。
滑らかに速度を上げたビフロンス。改良されたナノレンズは蜻蛉の目のようだ。どう考えても、僕の体感からしても速度はあちらのほうが上だろう。思考の渦は剃刀によって切り落とされ洗われる。
迎え撃つ。武装は貧弱、体は満身創痍。それでもやる。ラダーの向きを変えてトリチェリの正面に立つ。そのまま加速。この一瞬だけは僕の方が速い。
スマートランチャーの弾頭は近接信管だ。だからと言ってミサイルよりもずっと小さなそれを撃ち落とせはしない。なら自ら受けにいく。速度を上げていくさなかに翼を動かし、鋭角に軌道を作る。避け切れないであろう砲弾へと小さい曲線を描く。ばら撒かれた銃弾が線になって僕を過ぎていく。
腹の中にガラクタを詰め込まれたようだ。ぐるぐるとして気持ちの悪い感覚が頭に送られる。だけど感じることはない。きっとマルファスは人体を守る筈の重力偏向を移動に使っているのだろう。だから一瞬の加速に強く、それは格闘戦の優位にも繋がっている。
僕はそのまま速度を殺さずに砲弾の斜め横へと体当たりした。指向性の爆発が虚空へとばら撒かれる。アウターシールドを貫いて致命的な損傷を生むためには榴弾だと物足りない。僕のそれも、本来想定されない方向で着弾したためにかろうじて割れなかった。
素早く引き金を下ろして残弾を吐き出す。そのうちに銃弾が尽きるだろう時点でラックに収め、ナイフを引き抜く。さらに加速。彼と僕との間のマージンが壊れる。
銃弾が僕たちに降りかかる。僕の周りから一時的にグリア粒子が散逸する。ただ、デーモンが想定していない超至近距離に対応できるのは僕の方だ。身体ごと回しながら刃物を力一杯突き刺す。アウターシールドが綻んだ場所へともっと。
中段蹴りをガードして、ギザギザになった刃を押し入れる。発生装置の改良によって多少は防御性能に違いが出ているのだろうか。少し時間がかかるように思った。焦りは吹き飛んでしまった。構えられたオバゾア10mm拳銃の銃口を見て僕は跳び退く。
戦況は少し前に戻った。マガジンを素早く交換してライフルを構える。アウターシールドはどちらも損耗。考えていることはどちらも同じで、相手を殺せば終わるということ。だから踏み越えられない。僕たちのうちどちらかが勝負に出れば、どちらも負ける。
まあ、そんな事を考えていられるような脳みそは持っていないけど。
『……しばらく見ないうちに、随分腕を上げたな』
今まさに速度を上げようとした瞬間に、オープンチャンネルで声が聞こえる。よく聞いたはずの穏やかな声が心を掻きむしるように感じる。いや、ずっとそうだったのか。
やや力が緩んで動きを止めてしまう。単調な撃ち合いに戻ってしまう。装甲のすぐそばを弾丸が通っていく。
「そうだね。あなたが見てくれていたらもっと強くなったかもね」
『そうもいかない。心までは命令に従えない。私の理想にはまだ遠く、まだ歩かなければいけない』
「いいね、夢なんてあって。僕は僕のことだけだ。それしか出来なかったし、出来てもないけれど」
『違うな。届かない夢に向かって翼を広げるのはただ、疲れるだけだ。しかしもう一度、成すべき事がある』
ビフロンスが速度を一気に上げて明後日の方向へと飛んでいく。僕もそれを追いかける。ほぼ最大戦速、大気圏では風に煽られて銃を撃つことも出来ないような速度だ。追撃の手立てはなく、ただ追いかけるしかなかった。
彼が向かっている目標にはすぐに気付いた。僕たちの船だったもの、サーモピレーだ。
彼の過去はいつだって僕を苦しめに来る。それはそのまま、僕たちのぎこちない家族の話だからだ。もうそんなものなんて無いのに。それでも勇気を出してもただ無駄だった。
悲しくて、でもそれだけなんだ。今の僕を動かしているのは彼に裏切られた事だけ、それしかない。理解されれないだろう。なんの感慨も抱かずにそれが出来るんだ。
サーモピレーの周辺には既に火星軍が集まっていた。まあ、当然と言えば当然か。こっちはデーモンが数十機、守り切れるような練度も武装も持っていない。僕と同じようなライフルと拳銃が精一杯だと思う。だから航空優勢を奪われて押し込まれた。
航空機が戦場に現れたのが約200年ほど前のこと。その時代から空の戦いを優勢にする事は、それはそのまま戦況を優勢にする事だった。現在でも飽き足りるほどのデーモン、ミサイルが戦場を飛び交っているのでそれが分かるだろう。
僕は久々に戦場を見た。沢山の金属とトリニトロトルエンとタンパク質が弾けていく場所を。これまでの火星の戦いは極めて小規模なものだった。最も規模が大きかったのは研究所での作戦で、残りのものは海賊のそれと変わりない。
錆色の砂嵐の中で緑色のグリア粒子が舞い散り、爆発があちこちで起きる。そしてそれらは瞬く間に嵐によって洗い流されていく。
直下、装甲兵員輸送車がちろちろと歩き回っている。SAMや古典的な高射砲を使ってデーモンを堕とすためではない。おそらく、車内の彼らは5.56×45mmや7.62×51mm弾薬を詰めた普通のライフルを持っている。そうでなければ周りに大勢いるデーモンを放っておこうとは思わないだろう。
彼らは基地を完全に掌握するための戦力だ。分かりやすく言い換えると、基地の人間を殺そうとしている兵士たちだ。おおよそ20数名が流れていく景色の中で見えた。砂嵐の中をもがくように進んでいる。多分もっと居るだろう。それでも速度は緩めるわけにはいかない。
基地の中には社員たちと兵士がいる。その殆どは先の戦闘によって負傷したものばかりで、当然武器なんて持っていない。指一本動かすことさえも難しいかもしれない人間と、アダムによって切り捨てられた人間しかいない。それだから死ね、という訳ではないけど取捨選択はしなければいけない。
残弾は今ライフルに挿さっているものを含めてマガジン4本分。あいつらを殺すのに2本は要るだろう。ナイフだと少し無謀だ。それに今守らなければいけないのはサーモピレーの方だ。あっちにはもっと多くの人間たちがぎゅうぎゅう詰めになっている。そっちの方がより多くの人を救える。
僕は兵士たちに照準を合わせずに彼を追いかけた。船へと近づくにつれて砂塵が機体にぶつかる。やはり、あいつらは殺せればそれでいいらしい。少しづつビフロンスとの距離が離されていき、その姿はさらに濃い砂嵐の中に消える。
迷わずその中に突入する。赤褐色の砂嵐の中で重力反応が蠢く。視界が悪い中ではレーダーに頼るしかないが、それも難しい状況だ。わざわざ不利な状況に飛び込んだ僕を短絡的に思うかもしれないが、もうこうする他の手段は残されていない。アルクビエレ・ドライブを終わらせられたら僕たちの勝利、逆に阻止されたらそれだけで敗北する。
至極単純にするならば、あれの船首と船尾を傷つけられたら終わりだ。アウターシールドもCIWSもない、ただ浮いてるだけの船を守れるのか?考えるのは無意味だ。その思考を捨て置いて、僕はエンジンの出力を上げていく。
『ビフロンスの重力波の解析が終了しました。マーキングします』
「了解」
重力波レーダーの一つの点の色が変わる。彼はまっすぐに船に向かっていた。間違いなく正しい判断だ。よく考えれば僕が殆ど脅威になっていない以上、ただ横を通っていけば良かっただけだ。僕のデーモンだと彼には追い付けない。単純な速度でも武装でも彼を捉えられるものは何もない。
思考がその先に行くのを阻む。いや、もう変に期待するのは止めよう。他人の気持ちを類推して、それで勝手に傷ついているのだったらどうしようもない。どうせ何も分からないのだから無駄でしかない。
砂煙の中で赤いグリア粒子が煌めくのを見た。オフュークスも戦っているようだ。しかしバトンの刀身はかなり短いように感じる。周りへの被害を考えるとそうする他ないのだろう。結果として巨大なデーモンとの攻防は均衡を保っていた。それを壊す者が今やってきた。
台風の目と呼べるものはない。それが沢山在るからだ。巨大なデーモンにかまけている暇はない。今の状態ではあまりスピードは出せない。いや、やろうと思えば出来るかもしれないけれどモチベーションがない。
「後どれくらい保つと思う、ジル」
「このまま戦闘行動を続けるなら30分程度、直ちに医療的処置を行えば2時間程度でしょうか」
「処置ってのは」
「着艦し、応急処置を受けることです。貴方の負傷は内臓の包括的な出血と損傷、血管の破裂と想定しています。以上を鑑みると、ナノマシンスプレーでは対処が不可能だと思考しました」
「無理だな。今やれることじゃない。昔みたいに僕のやりたいことを考えてみてくれ」
「ええ、私も同じ立場になったら同じことをするでしょう。それは自らを規定するための行為ですから。しかしながら、ここには貴方がいます」
正直に言ってどうでもいい。もう僕のことなんて放っておいてくれ、と思ってしまう。彼女からすればたまったものではないだろうけど、僕は僕の命なんて勘定に入れる気はない。もう脳みそにだけしか従って動けないんだ。自分の頭の中にある本能と染みついた哲学しか僕の行動を作れない。
支援に戻ってくれ、と僕は言った。彼女のウィットもまだ本調子でないようだから、他のことにRAMを使っているのは分かっていた。砂嵐の中動き回る重力反応や熱源を処理していたのだろう。もしこのまま会話に処理能力を使い続けていたらシステムが正常に動かないであろうことを知っていて、それを言ったのだ。彼女の声が止んだ。
そして船が見えた。宙に浮かぶ円柱状の建造物。でたらめ話の中で語られるUFOみたいだった。ステルス塗料は砂塵に晒され続けたためか剥げ始めていて、普段よりボリュームがあっても見窄らしさを感じさせた。サーモピレーはそこにあった。かろうじてマクスウェル機関は無事らしい。
僕には彼がそれを見てどんな気分になったかは分からない。ただ、壊そうとしていることは確かだった。吹き荒れる風と重力の奔流の中を突き進みながら、ビフロンスはひたすらに目標に向かっていく。マクスウェル期間を複数個積んでいるからの芸当だろう。僕の場合だと空中に留まるだけになる。
風と言ったのはちょっとした間違いかもと思う。その何もかもはマクスウェル機関が形而上から取り出した重力の余波だ。本当の風のように何かが動いたり気圧の変化によって引き起こされる大気の流れではなくて、空間が僅かに動いているのが風として感じられている、というのが正確だ。
だから、あの中にマルファスは入れない。引き裂かれるとは言わないけど、重力によってまともに動けなくなってしまうのは明らかだろう。だから何だ。
もうどうなってもいいんだ。エンジンに鞭を打ち、出力を上げる。吸気音が大きくなる。重力と言えど結局はただの力だ。スクラムジェットエンジンの反作用とどちらが強いのか、それだけじゃないか。嵐の只中をじりじりと進む。恐ろしくのろまだったのが、段々と砂塵を掻き分けて進めるようになってくる。
倒してやる、止めなければいけない、そういうことがずっと無意識化の中で回転している。落ち着いて見えるのはデーモンによって食われているだけだ。僕に下る命令は無茶苦茶に動く振り子が描いた文字だ。意味なんてないものに無理やり意味を持たせている。
だけど、それでも行かなくては。
吹き荒れる風の中銃を構える。気を抜くと全てを持っていかれそうになるのを抑えながら引き金を下ろす。相手に当てるためではなく、僕という存在を明かすために。エンジンの出力を上げていく。とてもパンチが当たる距離までには持ち込めそうにないが、砂嵐の分接近して戦わなければいけない。
砂嵐の中から返答がくる。一瞬重力の出力を下げて風に煽られる。体がぎこちなく浮いたあと、銃弾がさっきまで僕がいた所を通過していく。どうやって止めるべきか。彼なら僕にかまけて目標を討ち損じるなんてことはしないだろう。
真っ向勝負も武装の分厳しい。近づかなければいけないが、砂嵐の影響下でスマートランチャーを避けるのは難しい。ならどうする。船の防衛に回る。
マルファスの重力の使い方がおかしいおかげで、瞬間的な速度なら勝つことが出来る。ならもっと重力を注ぎ込んだら。僕の感情を燃料にすれば。きっとこの重力の鎖を断ち切れるはずだ。その速度を出してフレームが捩じ切れないかどうかはマルファスを信用するしかない。
悪魔が僕のことを見ているのなら、どうか力を。マクスウェル機関が使用者の精神状況に依存して出力を上げるのなら、今の僕以上に適正な人間はいない。これほどぐちゃぐちゃになった頭の人間が何処にいる。
僕は何のために戦っているのかもう分からないんだ。本当はトリチェリを殺したくなんてない。でも指は、腕は意思を超えて動く。そして僕の身体は作戦を遂行しろと囁く。それも本当なのだろう。ただ、部屋の中の視線が温かく変わったとしても、翼が折れて地面に横たわることになったとしても。きっと決着を付けることは何かを与えてくれる筈だから。
スクラムジェットエンジンが吠える。砂煙を吸い上げてヒドラジンを爆発的に燃焼させる。重力が電力に変換されてデーモンに行き渡った。まあ、確かに供給する電力を増やしたらその分だけ出力も増えるだろう。デーモンと僕を支えているフレームが軋む感触が伝わってくる。
重力がさらに強まり一定の閾値を超える。そして重力の鎖を引きちぎり、僕はひとつの惑星になった。自分自身が空間、それを歪ませるものに。
強風を突き抜けて、僕は船の前に立つ。目の前ではビフロンスが今まさに船首に銃口を向け、引き金を下ろそうとしていた。アウターシールドはもう戻っている。いくつかの銃弾を受けながら、SARを構えて銃弾を吐き出す。
『速いな。これで終わったと思ったが』
「まだ終わらないさ」
そう、まだ終わらせないんだ。僕たちの決着がこんなにつまらなく幕を引くのはだめだ。嵐に身を任せ、吹き飛ばされながら彼へと接近していく。斥力のように重力が船から出ているからこういう芸当ができる。僅かな間、互いに銃器を構えて撃ち合った。
僕たちは再び拳が触れ合うような距離に近づく。SARの銃身を弾き、オバゾアを抜いてグリア粒子を削り落とす。それぞれ蹴り合って距離を取ると再び重力を身に纏って飛び立つ。まるでリベリオンみたいだ。僕たちは行動を読み取り合って、踊るように戦う。
銃弾を避けて、リロードの隙間を縫って。片手で構えた拳銃とナイフを打ち合わせて。くるりと回り、軌道を変えた相手を追いかける。段々と被弾が減って滑らかな動きになっているのは、彼の動きの癖を思い出しているからか。そうか。戦闘の作法のほとんどはあなたに教えられたんだっけ。
お互いのアウターシールドが割れる。こうなると世代が違う彼の方が幾らか有利だ。タンクや発生装置が改善されているお陰で、それの再形成はビフロンスの方が速いだろう。余計なことを考えずに加速して、彼の体に金属を突き立てるために動く。
彼の赤い機体を束の間見る。空気抵抗もそれなりに考えたボディは安物の車みたいだ。悪趣味な色は火星軍よりもオフュークスの機体に近い。オバゾアのグリップを掴んだその時に、ようやくスマートランチャーを持っていないことに気付く。
『お前には通じそうにない。だから……あまり行儀は良くないが、捨てることにした』
やられた、と気付くのはあまりにも遅すぎた。彼の背後からケーブルが伸びている。そしてその端には落ちていくスマートランチャーが見えた。直後にスマートランチャーから閃光が瞬く。大した反動を吸収する必要もないランチャーは、その重心が後方に偏っている。
榴弾が空中に大量に発射される。目標には装甲なんてないのだから、当てずっぽうで問題はない。非常に切り立った放物線を描く砲弾が落ちて来るまで、まだ猶予はある。だけど彼もいる。
ケーブルをナイフで切り落とし、ビフロンスが一気に距離を詰める。そうだろう、消極的な一手は不必要だ。オバゾアを構えて撃つ。彼はバレルロールでそれを避けて、一気に切り掛かる。咄嗟にナイフを引き抜いてその軌道へ。
『……よくここまで来れたな。お前の才能には驚く』
「皮肉と会話なら落ち着いてからやってくれ」
なまくらになったそれを、拮抗していた力を緩めると同時に離す。すると彼の姿勢が一時的に崩れる。銃口をこめかみに当てたい所だが、それをしている暇はない。反転して加速する。SARに持ち替える間軽い回避運動を行なっていても、体の端に銃弾が突き刺さるのが感じられる。
もう少しでサーモピレーに着ける、という地点で脚を掴まれる。まさか、マルファスに限界が来たのか?強引に体を引かれて速度が落ちる。直ぐに蹴りを後ろに見舞い、ライフルを腰だめで乱射する。後ろのデーモンがどうなっているかは確認する必要は無い。きっとこの程度では死なない。
しかし、もう間に合わない。その一瞬があまりにも大きな破壊を生んだ。多数の弾頭が船に落下して爆発する。僕たちがやったピンポイントに目標を行うやり方ではなくて、ひどく乱雑だった。宙にボールを沢山投げて落っこちて来るのを待つようなものだ。
それで充分だった。2発の弾頭が船首に触れて爆発が起こると、あの奇妙な叫び声が聞こえた。赤ん坊が死にいく声だ。砂嵐が晴れて棺桶の姿が照らされる。アルクビエレ・ドライブが阻止された。僕たちの作戦が失敗した。




