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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
32/76

32,

 僕たちは基地の周辺、ヒドラオテス渓谷に留まり戦闘を続けた。幸いながら起伏の激しい地形だったので、装甲車や生活資源を隠すには苦労しなかった。たまにやってくる中隊や通りがかった火星軍の車を襲って過ごした。といっても極めて消極的なもので、基地に攻撃を仕掛けている場合と食料等が必要な場合のみだった。

 僕たちの目的は基地に戻ることだ。あくまでそれが達成しなければいけない事項だ。無理に戦って存在や場所がバレることが最も悪い結果になる。僕たちができることを計算に入れても、それが最も妥当な行動であるように思った。

 これまでの経験から言えることは、余白のない作戦は失敗するということだ。さらに贅沢を言うのなら失敗しても問題のないようにしておくべきだと思う。少なくとも僕たちが研究所を襲った時のような、ひとつでも手順を間違ったなら大変なことになったり、想定外の事態が起こると失敗する作戦は実行しないほうがいい。

 その点で言うと今の僕たちの作戦はとても成功に近かった。散発的な行動は敵に悟られにくい。他の火星軍の基地からしか部隊を送れないことも相まって、情報が殆ど渡らない。また火星に定期的に砂嵐ができるのも有利に働いた。僕たちの武装はさほど強力では無いが、無理に戦わなければ充分だろう。

 有利な状況が積み重なり、僕たちはかなりのマージンを積み上げることができた。食料と水、弾薬やガソリン燃料。それと雑多な生活用品。トイレットペーパーやカミソリがこれほど有難い存在であることに気づけたのは収穫だった。無くても生きてはいけるその人生がどれだけ窮屈で不便であるか、嫌と言うほど分かった。

 もちろん、基地に連絡する手段を探すことも続けた。色々と考えた結果としては計器類が使えない状態なら、ハッチからこちらの状況を伝えなければならないということになった。最初は装甲車に備え付けられたスピーカーを直接開口部につけるという話になった。しかし居場所をバラすことに繋がるので不採用になった。

 次は扉を叩いて伝えるという手段だ。ハンマーか何かを使い、注意深く叩けばあまり音も出ない。だけどそのささやかな振動が分厚い金属を通ることができるのか、ということになり却下されかけた。最終的には他の手段があまりに非現実的だった(電気を通すとか)のでこれで行こうという話になった。

 基地の人間に伝えるためにはただがむしゃらに叩くのではなく、何らかのメッセージを含まなければいけない。古典的なモールス信号だと火星軍にも分かるだろうことを言うと、ジルが暗号化されたコードを差し出した。彼女の話によると、”高度に暗号化した0と1で表せる美しい文章”らしい。それは良いとして、向こうのAIがそれを解けるのかと訊くと黙った。

 暫定的にアルファベットを6×6に区切り、それぞれの座標を伝えることで文章を形成した。一文字に最大で10回、5回と5回叩く羽目になる。はちゃめちゃに長くなるけれどそれはしょうがない。

 朝と昼になるとハッチの上に行き、ハンマーを使って虚しい伝言を送る。がんがんとした手紙を敵が聞かないように見張りを立てて素早く。僕たちの言葉はこうだ。『第3部隊と第4部隊の隊長、帰還した』答えはまだ返ってこないけど、それでも取れる手段はそれだけだった。

 僕たちが基地に着いてから数日後に砂嵐が訪れた。この短い間でもさして珍しいことでは無かったので、特に焦ることもなくレーダーの受信機に目を凝らしていた。やがて返ってきたパルスの波形に明確な乱れが生じた。敵がやって来る。

 浅い洞穴の外でざりざりとした独特の音が聞こえる。砂嵐が岩肌を削っていく音だ。このペースで砂嵐が起きているなら、そのうち地表には何も残らなくなるのではないだろうか。他の計器を見る。行動は慎重にするべきだ。

 敵は地図上の道路から外れて一直線に基地方向へ。通り掛かりならわざわざ道にそれる必要性もない。重力レーダーがけたたましく騒ぎ立てる。デーモンだ。

「リュラ、出撃するぞ」

 時を同じくしてミランが判断を下す。僕たちも悪魔に乗り込む準備を始める。

 グリア粒子、リキベントシステムが正常に作動していることを確認して、デーモンに体を預ける。プールに入ったような感触が何か別のものに変わっていく。もしかしたら針を刺されていても同じように感じられるかもしれない。CV-7に弾倉を挿しこんでチャージングハンドルを引く。チャンバーに弾丸が入ったことを確認してから地面を蹴り出す。

 スクラムジェットエンジンの鼓動が早まっていき体を十分に浮かせて押し出す力を作る。マクスウェル機関が微細な制動を行いながらより高くへと浮かんでいく。

「極大の重力反応が検知されました……敵部隊は大型デーモンを使用しているようです」

「またか。どうやって追い払うべきだと思う」

「これまでの作戦範囲から推察すると、極めて長い行動時間を持っています。これまでのように再補給を待つというのは推奨できかねます」

「倒すしかないか」

「そうなりますね。敵は2機です、十分に注意を」

 どうして彼らは砂嵐と共に来るのだろう。僕たちと同じように戦力の小ささを隠そうとしているのだろうか。しかしながら、今までの遭遇した確率からして生産数が少ないようには思えない。研究所にあるような最新鋭の機体だから隠したいのか。

 研究所。僕はそこで見たものとオフュークスの実験とを結び合わせる。彼女がやられたようなことを子供の内からしたとしたら、どんな完璧な兵士が生まれるのだろう?デーモン、そしてマクスウェル機関の出力は人間の感情に由来している。彼ら1人1人が彼女よりもっと不安定で可哀想な人間なのだろうか。

 たかが痛みのために新しい器官や拘束具を兼ねたベッドまで作る人間たちだ。その程度の事ぐらいはするだろう。地球同盟への怨念がよっぽど有っても、それを施されているのはあくまで火星の人間だ。その行為はただ苦しめている人間を増やすだけなのに、そこまでする理由があるのだろうか。

 僕はマキャベリズムを肯定する気にはなれない。論理的な思考ではなく、感情的な部分として。

 目の前も見えない砂嵐の中でレーダーが敵機を捉える。CV-7の射程に入るにはまだ遠い。SARならもう撃てただろうと思い、歯痒さを覚えた。薄雲が被さってなおも光る満月のように、過剰なまでのアフターバーナーが砂塵の中でぎらつく。僕の銀色の機体からして、とても奇襲は選択できない。

 相対速度が飛躍的に高まっていく。ミランは僕の後方。

「簡易信号を」

 ジルが意図を察してミランへと信号を送る。古典的な戦闘方法を限界まで切り詰める。しかしながら、あちらはそんなことはしないだろう。彼と無意識下の自分を信じる事にする。ミランが高速で旋回して距離を取り、エレメントを形成。スラロームを開始する。

 僕は軌道を変えずに加速を続ける。光点が2つ、大きいものと小さいもの。それも脳が高速で動いている今だけのもので、すぐに殆ど変わらなくなる。戦闘方法は至極単純だ。1機が戦っているならもう1機が助けにいく。そして一撃を加えたらすぐに離脱する。最初の当たり合いは示し合わせたようにそれとは逆になったが。

 2門のM61の砲門が回って弾丸を叩きつける。身を捻りながら僕も射撃を始める。敵の攻撃に比べたらかなり控えめだ。張り裂けそうなデーモンのフレームを抑えながら、さらに加速をかける。緑色の嵐のさなか、ようやく敵の顔が見えて来る。

 既に弾丸がいくつも体の中を通っていった。まだ致命的な部分は傷ついていないが、時間の問題だろう。引き金に触れていた指を下ろし続ける。フルオートでの火力はこのライフルの魅力だ。僕の機体以外のグリア粒子が辺りに散乱する。

 交錯は一瞬だった。マルファスのアウターシールドが弾け飛んで再形成するためにグリア粒子が蠢く。大型デーモンの緑色の衣がほつれる。僕はぐるりと空中で回転して敵機の後ろを取ろうとする。

 後方からやってきた機体どうしが戦闘に参加する。反転した視界からサブノックが見える。スマートランチャーの引き金を2度下ろして爆発を見舞う。1つは正面のデーモンに当たり、アウターシールドが減衰していく。それでもまだ貫通するには至らない。

 もう一発は僕を狙っているデーモンに命中したらしい。レーダーの仮想位置からして有効では無かったようだが。僕は巨大なデーモンに取り付く事を諦め、緩やかな曲線を描きながら退避する。縋り付くように弾丸が虚空にばら撒かれていく。

 戦況は膠着した。アウターシールドを復活させないように銃撃を続けたが、敵はもう1機の援護を受けて被弾を減らした。2機は固まったまま僕たちのどちらかを殺そうと機会を伺っている。そして無理に闘う事はしない。僕たちもサッチウィーブを崩さなかったから大きな損害はなかった。

 しかし、このまま行けば不利になるのは僕たちの方だ。射程も火力も装甲もあちらの方が上、航行距離だってそうだろう。撚り糸のように絡み合う戦闘を終わらせなければいけない。

 陣形を崩して一気にデーモンに近づく。ミランが攻撃に遭っていた。1人が攻撃されたらもう一方が助ける。繰り返された行動だった。僕はスクラムジェットエンジンの熱を背後に感じながら最大戦速で突っ込んでいく。

 相手のもう片方の攻撃がやってくる。彼も同じM61バルカンを装備しているため見分けはつかない。今やさしてそうしなければならない理由は無いのだが。20×102mm弾丸は容易くアウターシールドを貫通し、装甲を切り裂くだろう。当たらないように祈りながら更に速度を上げる。そいつの眼前で爆発があがる。ありがたい。

 攻撃目標が砲門を向けてくる。構わずに乱暴に発砲しながら、左手で腿のホルスターからナイフを取り出す。この行動は蛮勇だろうか?問いかけは砂塵の中に消え、誰にも伝達されることはない。

 僕の行動に気づいて巨大なデーモンが蹴りを繰り出す。車に轢かれたような衝撃が訪れて、自分が行おうとする動作が出来なくなっているの理解できた。それでも痛みはない。武器は離していない。グリア粒子が疎になっている部分を見つけてナイフを刺し込んだ。猛烈な摩擦音が鳴った。

 僕と巨大なデーモンは猛禽類の争いのように錐揉み状態で落下していく。相手は逃げようとしているが、必死で食らいつく。この好機を逃したらもう次は来ない。ナイフで出来た緑色の粒子の隙間に銃身を入れて、ひたすらに発砲する。

「出血量15パーセント」

 ジルの声、ラポールの声。気持ち悪さを覚えない。

 分厚いグリア粒子が掘削されていき、ついにその表皮へと到達する。銃弾が奇妙なシルエットを貫通していく。それでも相手は動きをやめない。腕を回して後頭部を思い切り殴りつける。腹部を狙って蹴り、距離を離そうとする。長大な砲身は近づいた今だとさして意味はない。

 首を振りながら引き金を下ろしていると、ついに残弾が無くなった。相手はまだ生きている。ライフルを投げ捨て、宙ぶらりんのナイフの柄を両手で握りしめて突き刺す。何度も、何度も。彼もひたすら殴打を続けた。思考がより遅くなってくるさなか、僕たちが本能的に急所を狙っていることに気づいた。

 そしてようやく叫び声があがる。耳をつん裂いて響く音、赤ん坊の声に似た何か。明滅もさせてくれない愚鈍な視界の中で、またエンジンの噴出炎がきらめいた。


 新たなる敵が現れた。僕がまだ殺していないもう一方が速度を上げ、そいつのやや後ろでかしずく。さらに勢いを増した砂嵐の中でもうっすら機体が見えるほどの距離で、そいつは通信を開いた。

「敵機体確認。増援です」

「敵は他に来ているのか」

「そのようです。砂塵嵐と大型デーモンの影響で探知出来ませんでした。申し訳ありません」

 しめやかに鳴る通信の通告。ミランは健在だがこのような事をする訳が無い。戦闘行為中は傍受される可能性がある通信を入れる事はせず、暗号化された簡易信号で意志の疎通をとる。それがトリチェリの方針だった。正直無用な用心だと思うが、とにかくそうだ。

 第一わざわざ通信を大勢に向けて開く必要性がない。軍事的な情報が銃弾よりもよっぽど価値があるというのは、誰でも分かる。それをやっている。そのような事をする人間を僕は知っていた。ミランに簡易信号を送る。僕は意を決して通信を受け入れた。

「アーウィン・リース」

『覚えていたか。非常に良い、良い日になった。リュラ』

「何しに来た、くそったれの狂人」

『無論、お前たちの後ろにある基地を落としにね。ああ、それと楽しい会話だ』

「会話?そんなことをする意味があると?」

 僕はもう一方のホルスターからオバゾア10mm拳銃を取り出す。

『有るとも。友人は死んだぞ。君たちのことを最後まで話さずにな』

「誰のことだか」僕に友達は数えるほどしか居ないので、すぐに誰であるか分かった。

『都市アルギュレ近郊で銃撃戦の末に死んだ。確か西田寅彦か。私が拷問していたから、顔の方はよく知っているんだ。名誉ある死だからな、お前には知らせておくべきだ』

 聞き覚えのある声で、悪辣さのひとつもなくそいつは言った。あまりにも淡々と言ったので、怒りが込み上げてくるまで少し時間が掛かった。それさえデーモンに濾過されて殺意に変わっていった。

『誇るべきだ。お前と同じように何をされても喋らなかった。そういう人間が増えれば良いのだが。いや、そうなると我々の仕事も出来なくなるか』

「なぜ知らせた」

『は?』

「なんで僕にそれを知らせたんだ」銃口を必死に抑え、そう問うた。時間を稼げば少しは有利になる。

『なぜって、友達が死んだのだから伝えておくべきだろう』

 そこでようやく、こいつは本当に会話がしたかっただけだと悟る。狂人は僕を傷つけたいわけではなく、知らせるべきだと思ったのだ。そして僕が一番傷ついたのは同じ立場だったらそうしただろうということだ。そうしたかった、の方が正しいか。

 こいつの話す言葉、行動が僕を激しく責め立てる。何もかも面倒な人間のことは放っておいてしまいたい。言葉にすればこれほどまでに卑小なこともあるまい。

『ま、これはついでだ。お前はもう1人の方へ行け』

 控えていたデーモンの反応が急速に動き出す。僕は簡易信号で逃げろと伝えておいたが、それを実行してくれてくれると良いのだが。砂塵の中から赤錆びた色のデーモンが現れる。巨大で歪な悪魔。それにアーウィン・リースが乗っているのだ。

『ここからが面白いんだ。純粋な決闘(ショーダウン)だ、リュラ』

 そいつが僕に銃口を向ける。僕は弾かれたように距離を取る。そうして勝てるわけがないけど、そうせざるを得ない。霰のごとく降り注ぐ弾丸は先ほどと同じような間隔だ。きっと同じものだろう。

 どんな銃器であってもずっと発砲してはいられない。弾倉のサイズの問題ではなく、銃身が熱されて使い物にならなくなるから。M61もそうだ。回転式の銃身を持っていてもその時間が来るまでが引き伸ばされているだけに過ぎない。

 しかしながら、今の僕がいつまでも避けてられるか。スプリット、ベクタード。推力を限界まで使った行動をいつまで続けられる?体は穴だらけ、機体もそうだ。空中分解をいつ起こしてもおかしくはない。

「ジル、身体の状況は」

「出血が18パーセント、リキベントシステムが血液を置換しています。また腸付近に銃弾が残り、後頭骨に骨折が見られます。幸いながら、脳及び脊髄に致命的な損傷は確認できません」

 それは良かった、という言葉がリキベントの中で響く。銃弾がアウターシールドを貫通していく。もうそれを形成するような粒子もあまり残ってはいないのだ。

「3時間以内に治療を受けなければ死亡するでしょう」

「そうか」

 彼女は黙った。このまま会話を続けていても戦闘の邪魔になるだけだからだ。絶望的な状況でさらに絶望を深めるような行動で、僕らしい選択だ。さて僕もそうしなければいけないだろう。

 トリガーガードに置いた指を動かして、逆手に持っていたナイフを順手に構え直す。どうせ風の影響で拳銃弾なんてのは届かない。いつも通り近づくだけだ。空中で反転して、出来うる限りの速度を出して駆け出す。シャンデル、ヨーヨー。

『お前も殺したようじゃないか。ええと、シモンズ夫妻か』

「断罪する権利はない」

『もちろん、そうだとも。しかし私の感情が理解できた。私たちは同じだ。人を殺して何とも思わない人間だと、闘いにしか生きられない人間だと』

 その言葉を返す必要はない。思考など殆どない脳みそには滂沱のように流れるものに感じ取れる。

『お前を解放してやろう。リュラ。お前の言葉と戦いをずっと思い出していたのは、置いてきたものを取り戻すためだ』

 ぐるぐると回りながら減速と加速を繰り返し、銃弾の雨を掻い潜っていく。重力を偏向するたび身体のあちこちが軋むのが分かる。ただもう止める訳にはいかない。そしてようやく相手へと肉薄する。無茶苦茶に引き金を下ろしながらナイフを突き立てる。

『ははは!』

 ざりざりという音、感触。岩か何かに拳を突き立てたような無力さが手元に伝わってきた。当然そいつはその隙を見逃さずにホルスターからほぼ剣と言えるようなナイフを取り出して、僕へと打ちつけた。破裂音のような何かが鳴った。

 やや落下しながらショックから回復し、追ってきた銃弾を何とか避ける。メインアームでやっとなのだから、セカンダリではどうにもならない。弾丸がぶ厚いアウターシールドを削るどころか滑っている。まるで釘打ちのように、小さな穴を開けてそこへ刺すというこれまでのやり方が出来ない。

 それでも続けるしかない。諦めることもデーモンが許さない。感情抑制が働いているのか、それを考える時間は無い。何度も飛行を繰り返し、何度も攻撃を試みる。そのたびにはたき落とされて、終わりが近づく。

『ああ、でも面白くはない。いつかは劇的な勝利なんてのは唾棄すべき妄言だと思っていたが、確かにそうかもしれない。こうまで圧倒的だとまるで楽しくはない』

「どこが楽しいんだ。戦闘に楽しさなんてのはない。生き残る人間と死ぬ人間がいて、どうしてそれを楽しめる」

『見解の相違か?しかしお前が相手を上回り、出し抜いて勝利を納めた時に何のカタルシスも感じ得なかったと。そんなことはない。必死になって何かを成し遂げようとするとき、人間は純粋だ。それなら闘争ほど完全なことはない。上か下か、それだけの世界がどれだけ綺麗か』

「相変わらず何を言っているのか分からない。お前の言葉は対して意味などは持たない、鳴き声と同じだ。聞くだけ無駄だ」

『しかし、こんな濁った戦いは退屈だろう。終わらせよう。それが礼儀だ』

 そう言ってアーウィンが動き出す。それまでの動きとは打って変わって積極的に攻撃を仕掛けてくる。やはりと言うべきか、様子見をしていたようだった。そういう下らない人間の部分にさえつけ込めないのは残念だった。

 くるくると回って、逆さまに落ちて。巨大なデーモンにせっつかれながら戦闘軌道を取る。身体の動きが鈍くなっているのが分かる。今の僕は鳥に追い立てられた羽虫に過ぎない。体に何かが突き刺さっていく感触。痛みはない。何の感情さえもない。

 ふと、左手が消えていることに気付く。左の前腕ごと銃弾に食いちぎられたのだ。

 段々と僕は渓谷の底の方へと追い詰められていった。ゆっくりと、さして焦る必要もあいつにはない。そして終わりは突然にやってきた。銃弾がフライトユニットを撃ち抜いたのだ。

「3番ボルトパージ」

 ボルトが爆発してデッドウェイトになったそれをデーモンから切り離す。空中で燃料が燃えて無闇に当たりを照らした。オイルごと撒き散らされ、まるで美しくは無かった。重力を逆転させて落下に抗う。その甲斐あってか僕は金属の上にごとりと落ちた。

 もう身を守るアウターシールドはない。予備ごと削られ続けので、それを形成できる粒子が残っていない。デーモンの装甲も穴ぼこだらけだ。貫通、もしくは盲貫なり打撲した痕がひたすらにある。そして身体の具合は調べなくていい。本能的にもう長くはないだろうと感じる。

 身体の制御を行なっていたアドレナリンや神経ペプチドYがだんだんと消えていく。痛みはまだ来ていない。目の前に赤錆色のデーモンが降り立つ。そして躊躇なく片方の砲を僕の眼前に向ける。銃身が回っていく。砂嵐の中に本物の悪魔が立つ、今際の際の景色。とても退廃的だ。

 最期は自分が帰りたがっていた基地の前。そう表すととても悲壮だけど、実際は何も考えていない。僕にはいちいち余計なことを考える趣味はない。むしろそうやって足掻くだけ、このくそったれを喜ばすことに繋がるのだから。無意味に死ぬことが一番いい。

 そこでようやく背後から不穏な音が鳴っていることに気付く。じりじりという奇妙かつ、どこかで聞いたことがあるような音。きっと僕がいつだか死にかけた時に聞いたのだろう。金属が段々と熱を持ちきれなくなり、赤白く光る。

『ぐ……頭が痺れるようだな』

 何かを察知したようにアーウィンが空中へと跳躍する。奇妙な音がより強くなった直後、金属が焼き裂かれた。噴火が起きたように真っ赤に赤熱したグリア粒子が噴き出してくる。僕は右手に力を込めた。それ以外の部分は信頼が置けなかった。

 ごろごろと転がり、ヒドラオテス基地のハッチから遠ざかる。その瞬間真っ赤なデーモンが弾かれたように空中へと躍り出る。とても軍事兵器とは思えないほどに光る(今の僕が言えたことではないが)デーモン。アザエル。知っている限りで最高の1単位戦力だ。

『ははは、またこれは。余計なことを考える人間が!』

 怒れる声が聞こえてくる。アーウィン・リースは理解不能な感情の起伏を持っているのでただの雑音だ。とはいえ、行動はとても冷静だった。冗談じみた推力で渓谷の上へと登っていった。オフュークスは直ぐに追う事はせずに、僕の方を見て通信を繋いだ。

『そこで静かにしておけ』彼女の声が静かに耳元で響いた。今ではひどく懐かしい。

「そうしておく。あー、一応言っておこうか。敵の主兵装はM61A1が2門だ。あとサーベル」

『らしいな。情報に感謝する』

 天から雨霰と降ってくる弾丸へと、それこそ傘をさすように彼女はバトンを掲げる。あれで何故銃弾が防げるのかと思ったことがあった。間近で見ると疑問は晴れる。グリア粒子がぶつかり合い、熱を帯びたとしても本来の性質は変わらない。つまりアウターシールドの状態と同じだ。

 彼女の声色は随分と穏やかになっているように思った。僕たちがいない間、治療が進んだのだろう。実際本来の暴力性を持ったなら直ぐに飛び出していって、僕を守るようなことはしない。

『あいつが動くたびに頭痛がする。さっさと終わらせよう』

 そう言ってオフュークスは砂塵の中へと消えていく。さながらデブリが大気を持った星に落ちていくように。アーウィンはより高度を上げるよりかは渓谷の中で戦うことを選んだようだ。

 万が一に備えて僕は拳銃のマガジンを変えた。大きめに作られたハンドガードやグリップは拡張されたデーモンの指でも扱いやすい。今のふらふらした状態でもだ。一応、あの狂人が基地の中に入ってくる可能性もある。

 以前からものすごい速度を出すとは思っていたが、まさかあの巨大なデーモンを凌駕するとは考えていなかった。ファインマンの人間の耐久力を過信した設計がそうしているのだろう。彼女の穏やかな声を聞いたときには戦闘力に影響があるのではないかと思ったが、杞憂だった。

 砂嵐の中で赤い光が弾ける。彗星がぶつかり合い、はじけて消えていく。バトンを持った相手から離れるのは得策ではない。唯一のチャンスは展開中にアウターシールドが消えるときなので、むしろ近づかなければならない。それに気づいているか知らないがアーウィンはドッグファイトに興じていた。

『面倒だな。お前は純粋から遠い。それに強くて手間取る』

『せいぜいよく喋ってくれ。その分だけ集中できなくなるのだから』

 オフュークスが振ったバトンを避け、彼は銃口を向ける。舌打ちが聞こえて赤熱した粒子が向きを変える。仕留める動きから様子見の動きに変わった。見たことのない兵器の情報を集めているのだろう。

 さりとて僕にできる事はもうない。もう地下へと降りていく力も残っていないので、座って2人の戦いを眺めていた。火星軍にはこの辺りで手打ちにして帰るという選択肢もある。彼らはどっちみちより室内制圧に準じた部隊を送らざるを得ない。

『まあいいか。協力もある。また会おう、リュラ』

「僕の知らないところで誰かに撃たれて死んでくれ」

『そうはならないさ。次はもっと公平だ』

 そう言って彼はデーモンに拍車をかけ、この渓谷から離脱していく。オフュークスは出力を上げて追いかけるが、無理に戦う事はしなかった。砂嵐の勢いが弱まり、デーモンが切っていた聴覚が戻る。小さな塵が装甲に当たるさざめきが聞こえる。

 眠気を感じたときのような、意識が飛ぶ感覚。音や景色がシークバーの中身のように現実感がない。限界が近い。目の前に鮮やかな赤色のデーモンが降りたち、僕の右腕を掴む。

『基地に戻るぞ』

「ミランがいる。彼は……」

『どうやら無事のようだ。さっき見た』

 重力レーダーを見ると、僕たち2人の他にもう1つ光点が見える。どうやら健在のようで安心した。少しずつ視界も晴れ始めて薄く星明かりが見えた。体が浮く。僕は彼女に抱き抱えられて大穴の中に落ちていく。本来ハッチと共に地表に出るはずの大型エレベーターは下層部に留まったままだ。

「基地に停電か何かが起きたのか」

『そのようなものだ。人手と電力が足りないから動かせない。お前たちが居ない間は色々あった』

「何があったんだ」

『……今言うことでも無い気がするが』

 彼女は頭を軽く動かして、言外にそれを伝える。ヘルメット兼ディスプレイを兼ねたデーモンの頭は少ししか動かなかった。

「いや、今会話しないと意識が途切れそうな気がする。ジルも処理がきつくて喋れないし」

『そうか。では最初から言おう。エヴァンジェスタ・トリチェリが裏切った』


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