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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
31/76

31,

2/28:加筆しました。

 空が赤い。火星の土煙が何らかの理由で大気中に舞うと、かつてそうだったように空が赤く染まるのだ。例えば砂嵐だとかが起こった後は、数時間から数日程度はそうなる。鮮血の様に染まったそれを見ると不吉な何かを感じる。ちょうど古代の人々がオーロラを凶兆として扱ったように。

 オカルティックな妄想が過るのなら、自立神経が昂っているのかもしれない。息を4秒間かけて吸う。4秒止める。息を4秒間かけて吐く。4秒止める。繰り返す。デーモンがいれば必要のない呼吸を試してみる。あまり直った気分はしないけど、気休めにはなった。

 ハンドルやアクセル、ブレーキやらクラッチやシフトノブ。車は気をつけなければいけない部分が多く嫌になる。疲れる、の方が正しい表現だろうか。慣れないそれを行ってきた負荷があるのだろう。

 装甲車は防御力を高めるために窓を取っ払っている。代わりに小さなモニターがあり、車の正面や後方に設置されたカメラが捉えた景色を見せてくれる。僕が見た景色はほとんどこれまでと変わらないものだったが、空だけは違った。それも変化としては異常でも何でもない、よく起こる部類のものだ。しかしながら、赤いのはヒドラオテス基地の方向の空だけだ。

 無意味な想像だと思った。気象学には全く詳しくないけれど、気候や自然現象は人間がコントロール出来るものではなかったことぐらいは知っている。まず、自然の大気を操作出来るほどのエネルギーが必要になる。恒星の光は海を暖めて気圧の変化を作るけど、焚き火程度では何も起こらない。たとえその途方もないエネルギーを集められたとしても、そんなことをする意味は無い。それを発電か何かに使った方が有益だと思う。

 ただ、現在は違う。マクスウェル機関が重力の檻を壊して、エクソダス生物が生態系をつくる。 ハナハン式のコロニーが人間にとって心地の良い環境を作る。比喩と皮肉を込めて人新世だとか呼ばれていた時代を超えて、本当に人間が地質と生態系を変えてしまう様になった。

 ごつごつとした道を呑気に走ることなんて本当はできない。火星はマクスウェル機関がなければ酸素もない、細かすぎるシリカでできた塵が舞う世界だった。トラックも装甲兵員輸送車も、もちろん人も生きられない星だった。

 自己生存のための行為はどこまで許されるのだろう、と僕は思う。火星は移住のために開発された。人口減少の時期から人口過多の時期へと変化したために。それは人間の生存を目的としている。生き残ることは大概のものに優先される。そうでなければ、個人の生存する理由が無くなるからだ。

 人間は星の環境を塗り替えてコロニーを作った。百歩譲ってそれは倫理の瀬戸際に立っていないとして、生物相さえも変えてしまうのはどうなのだろう。その星にいた原生の生物たちを追い出して地球の生物を根付かせてしまった。どんな生物でさえ敵のいない環境を作るとあっという間に増えてしまう。強い弱いではなく、その環境にいない生物を入れてしまうことは危険だ。

 人間にそんな権利はないが、ただ生存のために黙認されている。

 僕たちが科学の火を使うことさえも生存競争と言えるのだろうか?もう生きているのに、これ以上を望むのは駄目なのか?人間が個人ではない以上、その答えは無いと思う。ならそうだった場合は。

 僕は僕がやってきたことを思い出していた。生き残るために兵士や事務員や研究員たちを殺してきた。懺悔の権利はない。後悔だとかの念もない。ただ罰してほしいと思っている。僕にあるのはただ自分自身が生存する価値があるのかという疑問だ。

 これは個人であるから、集団のように責任がバラけることもない。こんなにたくさん人を殺していい人間が存在する事自体が間違っていると思う。これまでの行動は自罰的な思考が他人を助けて、僕を切り捨てるようにしていたのだろうと思った。

 論理だとか法律だとかの問題ではなく、僕がそう思っているだけだ。どうしようもなく無意味な感傷だ。それでもやはり、鬱々と図太くなるよりかは開き直って繊細に生きた方がいい。きっとそれが楽しむという事なのだろう。

 農場を出た後にはそういう考えが自然と思い浮かんだ。自分の気性が暴かれていく中で、もうそれはどうしようもないことなのだと勘づいたからだろうか。直そうと思っても無駄だ。どんな人間だって”そう思うこと”は止められない。だから行動で示すしかない。

 これが僕の下らない贖罪で、自慰行為なのか。英雄的行為なのか、事務員のような行為なのか。考えることをやめて荒野を走る。良い人間になりたいのは確かだ。

「ジル、基地までは後どれくらいかかる」

「現在地点は直線距離で基地から約400km、南西方向を走行しています。いくつかの道路を迂回する必要があることを考慮しますと1週間程度でしょうか」

『多少はいいペースで動けていると思うが、どうなんだ』ミランの声が通信機を介して聞こえる。

「これまでの道程は気象が安定していましたので。これから砂塵嵐が接近することを考えますと、最低でも1週間かかると考えました」

『そうか。了解した』

「戦闘が行われている情報は捉えたか」

「カメラや火星軍のデータベースにアクセスしましたが、有益な情報は得られませんでした。攻撃や防衛の為の兵員と兵器の輸送など、重要な情報は都市間の秘匿された有線や量子コンピューターで管理されていると推測できます」

「まあ、そうだろうな」

 混沌と悪辣さが売りのインターネットに軍事機密を流すとは到底思えない。またSASなど暗号化を施したとしても、地球同盟が持ち合わせるコンピューターの演算能力を合わせれば突破されてしまう。実際アルクビエレ・ドライブを企画する会社が協力していることを考えると、これも現実的ではない。

 無線自体が信用出来ないなら、有線に頼るしかない。火星の都市コロニーと軍事基地間に有線通信網を築き、情報の共有と伝達を行う。これならどこにも漏洩しない。では宇宙空間にいる部隊にはどうするか。答えは量子コンピューターを使うことだ。

 量子コンピューターの最大の特徴は量子もつれによる空間を無視した通信が可能であることだ。その間に干渉出来るものはない。欠点は1つずつの組み合わせの間でしか情報を共有出来ないこと。簡単に言えばとても長い糸電話と同じだ。

 この2つを使えば極めて秘匿性の高い情報網が構築できる。火星軍がそうしているのは想像に難くない。ジルが何の情報も得られないのも納得できる。

「この先に多数のタイヤ痕なりを見つけられれば良いけれど、脇にそれることを考えるとそれも確率が低いだろう。僕たちはいつものように走り続けるしかないか」

「その通りですね。ドライブの退屈には気を付けてください」


 僕たちはジルの言葉通り、極めて長期間の運転に臨んだ。道路から離れた後は荒野を走った。あまり車を動かした経験がなかったので、気を抜くとタイヤが塵に絡め取られて滑りそうになった。と言うか滑って視界が270度程回りながらとんでもない事になった。タイヤが幾らあろうと駄目な時は駄目だとわかった。

 砂塵嵐が来た時は渓谷の中に入って車を停めた。トラックほど幅のある車では無かったが、それでもただの車だ。自立兵器群とAIで制御できるぐらいに安定してはいない。そうして、かなりの時間をかけながらも基地へと僕たちは進んで行った。

 ようやく辿り着いたのは8日後、10時頃の事だった。車を一旦停めて、切り立った岩場から基地のある場所を見下ろした。砂嵐が今も舞っているので2人してしがみつくような格好で。取り外したスコープを構えて辺りを見渡すと簡単に基地の場所が分かった。あまり特徴の無い景色でも、何回か見た事があると見分けがつく。基地の上にぼこぼことしたクレーターのようなもの幾つも見えた。それが僕たちが作った穴掘りの後ではないことは誰にでも分かるだろうと思う。

 咄嗟にスコープを隠した。渓谷の底に抉られた大地が見えた。穴を掘った時のように等間隔ではない、杜撰で不均等な破壊の痕だ。前の戦争の時に使っていたのを引っ張り出してきたのだろう。その上にいくつか陣地が形成されている。少し見た限りでは火砲はない。組み立てられてはいない、建設作業用の大型パイルドライバの様なものが見えた。

 基地に入る1つ目の方法は渓谷の底にある鉄製の扉を通ることだ。しかし、それがある場所は瓦礫と岩で塞がれている。どちらがやったかは分からないが破壊されているようだった。もう1つの方法はやはり底にある車両や宇宙船を搬入するためのハッチを開いてもらうこと。ふと見た限りでは頑丈な金属製の扉は破壊されていない。しかし、基地にいる人間がわざわざ開けるとは思えない。

 そのために地上から杭を打ち付けて壊す。非常に合理的だ。

 僕たちを除いて、ヒドラオテス基地の人間がこの作戦に干渉出来ていない。どういうわけか、下にいる人間たちはこの破滅的な状態を無視している。早急に問題を解決しなければいけないように思った。

「ミラン、デーモンの準備をしよう。あそこはすぐにでも潰したほうがいい」

「その通りだな。基地はまだ残っているらしい」

 彼を見ると少し笑っていた。僕も安堵した。攻撃しなければならないということは、基地はまだ機能しているということだ。僕たち2人だけの小隊も戻った意味があった。

「今すぐか?」

「いや、夜になってからがいい。デーモンに乗っている分僕たちが有利になる。位置を覚えておくから、陽が沈むまでに僕の分もやっておいてくれ」

「了解」

 彼は岩から降りて装甲兵員輸送車に戻っていった。僕はもう少し偵察を続ける事にした。深入りはしない。バレたら何もかもが水の泡になる。慎重にスコープを構えて陣地の観察を行う。幸いながら、砂嵐によって日光が遮られているのでレンズの反射は少ない。

 陣地は4つ、渓谷を跨るようにして建てられている。パイルドライバは2機、それぞれ長大な部品が寝かされている。渓谷の底は風があまり来なくとも上はどうだろうか。きっと気流やら何やらで揺れるのだろう。知りはしないがそういうものと結論づけた。

 少し見た限りでは、構築された陣地にデーモンは見当たらない。しかしながら赤錆色の陣屋の中に居るという可能性もある。状況から考えると基地の入口部分を襲撃した部隊がそのまま残っているようでもあり、新たに来た部隊でもある。何にせよ推測するには情報が足りない。デーモンの可能性は常に頭に留めておくべきだ。

 他に見つけた重要なものは電力を供給するためのジェネレーターだ。ガソリンを燃やして電力にするタイプのもので、最も古く最も信頼性が高い。1つだけだが、僕たちが寡兵である以上重要な情報になる。

 僕はスコープを下げた。火星軍が使っていたもので、反射率軽減だとか気の利いた機能があるクラスの製品ではない。おそらくは500セル前後の安物だ。ミランも武器には糸目をつけない(値段にはつける)ところがあったので、その辺りはしっかりした方がいいと思う。

 偵察は終わりだ。勿論時間をかければ情報をもっと持ち帰ることも出来るだろう。だけど発見される確率も上がる。砂嵐がいつ止むかも分からない状況では危険に感じた。

 トラックの場所に戻った。偶然あった岩の裏に停めていたために渓谷側からは見えていない。エンジンは切ったままにしておこうとミランに言った。万が一だが音で気付かれる可能性がある。彼は微妙な顔をして頷いた。代わりにヒーターは使えなくなるので、とても寒くなるからだ。

 ついでに作戦も提示した。最初にスマートランチャーを撃ち、ジェネレーターを破壊する。そして混乱した敵を近づいて撃つ。簡単で、それ以上のことは考慮していない。何らかの未確認要素が入り込んだら自由に何とかするしかない。その他はいつも通りだ。確認事項を詰めた後は、黙々と準備に努めた。

 デーモンにフライトユニットを装着して燃料を補給した。多少取り回しは悪くなるものの、空を飛べるのは魅力的だった。グリア粒子とアビス・リキベントも補給し、CV-7の動作を確認した。いくつかの対人用グレネードも持っていくことにする。最近の戦いの中では最も装備に恵まれていると思った。

 やがて夜が来た。砂嵐は止んでしまって理想の環境とは言えなくなった。周りには光がなく、殆ど漆黒だ。見える光は渓谷の中の陣地と空に浮かぶ星だけ。詩的な世界だ。

 後ろを向いたまま装甲の凹みに指を合わせて認証を行う。悪魔が目覚め、僕をぬらぬらした触腕で飲み込む。無根拠な安心が戻ってくる。希望がより鋭く変化していくのを感じる。

 今の僕たちに出来ることは、あの基地を壊して撤退させることだけだろう。壊滅させるだけ弾薬の無駄で意味はない。その後のことは?どうやって基地に戻れば良いのだろうか。懸念と言うよりかは解決するべき疑問だ。そして、それを今求めることは重要ではない。

 スクラムジェットエンジンが空気を取り込み始める。轟音と振動が体に伝わり、すぐに無くなっていく。僕にはもう分からないが、この火星の小皺のどこに居ても聞こえるだろう。作戦開始だ。

 重力が偏向して身体が浮いていく。ミランがより早く渓谷上空に向かっていくのを確認したら、僕も動き出す。浮遊状態を維持しながらエンジンの出力を上げていく。いつも通り、僕が前衛でミランが後衛だ。

『援護位置についた』

「了解。作戦開始だ。無線封鎖」

 通信が切れた。暗闇の中でわずかな光が閃く。彼がスマートランチャーの引き金を下ろしている。適切に爆発時間を計算した弾頭が陣地を荒らしていく。武装があると楽だな、と僕は思う。ライフルを構えたまま、僕は身を投げるようにして渓谷の底に向かっていく。

 爆撃の痕がさらに上書きされている。陣屋の屋根が剥がれてどこかへ吹き飛んで行った。爆発は地形を荒らさないように、やや空中で炸裂している。別に相手を殺すだけなら渓谷の斜面を撃って滑落を起こせばいい。基地がある以上、万が一にも危険が及ぶような方法は避けたかった。

 何回か爆発が起こったあと、陣地の一つから光が消えた。かなり精度の良い攻撃だ。スマートランチャーとデーモンを直結すれば風の影響くらいは計算に入れられる。それでも撃ち漏らしは存在するらしく、いくつかの兵士が対空兵器を構えるのが確認できた。

 高射砲のような本格的ではない、おそらくドローンやヘリを落とすためのスティンガーだ。直撃でもしない限りはMANPADS程度でデーモンは止められない。素早くライフルを構えて銃弾を撃つ。兵士を狙った銃弾は命中して、大勢を崩させた。もう何発か当たると完全に動かなくなった。

 混乱が収まるまでに襲撃を終わらせたい。鳥のように渓谷の内側を飛び回りながら、僕はCV-7をフルオート射撃し始める。勿論しっかり狙いは付けているが、とにかく手早くしたかった。

 音は殆ど何も聞こえなかった。大気を切り裂く音やエンジン音、それと銃声だけだ。それが聞こえて、また聞こえなくなって。漣のように繰り返す。デーモンが無意味な情報をシャットアウトしてくれているおかげなのか、本当に静かなのか。

 一方的な殺戮が少し続いてから重力反応を探知した。やはりと言うべきか、デーモンがいた。グレネードのピンを抜いてからその方向に落とした。ただの対人用グレネードだが、目眩し程度にはなる。爆発が起きた後、襤褸切れの中から赤錆びたデーモンが見えた。

「デーモンを1機確認。サブノックです」

 ジルが冷たく発声する。それ以外の情報は必要ではない、と判断したのだろうか。事実としてはそうだ。武装を一瞥した限りでは特筆するようなものもない。僕がマルファスという銀色の機体に乗っている以外に違いはなく、彼我の戦力差は無いに等しい。

 空中では手足をバタバタさせる必要も無い。上昇しながら打ち込まれた弾丸をバレるロールでかわし、銃撃を行う。敵も回避する。相手がまた撃ってきたので避ける。後ろを取り合う戦いは速度を増していく。ドッグファイトはかなり面倒臭い。

「ジル、他の敵は」

「重力反応は確認出来ますが、デーモンのような波形は確認出来ません。敵機は単独と考えるべきかと」

「ミランに簡易信号を」

 返事の言葉が聞き取れなくなる。鋭角に、また蛇行して。空中にタペストリーのような複雑な絵柄を描きながら交戦を続ける。無理をすれば落とせるが、それをする意味はない。安全策を取るべきだと僕は思った。空中にグリア粒子の痕跡が舞う。

 相手もなかなか訓練されているようで、隙を見せない。信号は帰ってくる前だが、やれるか。

 僕は突然一直線に動きを変える。ある方向に向かって全速力で飛んでいる僕を敵は迷わず追い始める。そして銃弾を放ち、僕のアウター・シールドを砕いていく。一瞬だけど出来たその好機をミランは見逃さなかった。爆発が起こる。

 FCSがあるとは言え、グレネードで正確な射撃が出来るのは流石だ。直角に動きを変え、引き金を一気におろす。多量の弾丸が一気に敵機の装甲を貫いて肉体を引き裂いていく。燃料に引火したのか、小さな爆発が起こった。黒々としたオイルが飛び散るのは虫を潰した時に似ていた。訳の分からない液体が大地を汚す。

「ミラン、ありがとう」

『礼には及ばない。敵は?』

「もう居ないと考えるべきだな。深追いする意味はない。工事は防げたから、後の奴らは放っておこう」

『了解した』

 デーモンがズームを繰り返すと、より鮮明な殺戮のあとが見える。榴弾が飛び散らせた破片が人間を痛めつけている。エンジンを切れば、彼らの怒号が聞こえるだろう。直撃させるようにはしていない分被害は広い。たくさんの人間が腕や足を押さえたままかけずり回ったり、蹲ったりしている。

 重機は完全に破壊されたようで、爆発でひしゃげたり折れたりだとかしている。偵察の時に見えなかった輸送車が見えた。それで命からがら逃げてくれ、と思う。

 彼らを全て殺す必要性はない。僕たちがどうせここに留まらなければいけない以上、補給が必要になる。略奪しなければいけない。

 相変わらず傷ついた人間を見ても、僕に罪悪感などは生まれない。すっきりともしない。僕たちにとって必要なことだとは思った。

 このような戦いがどこまで続けられるかは分からない。意味があるのかも分からない。だけどやるしかない。不安というよりかは奇妙な使命感を感じながら、上空へと僕は飛び立った。


 基地を攻撃しようとしていた火星軍を追い払ったあと、僕たちは基地の状態について調べていた。まず、人間やデーモンが入るための扉。やや錆かかった鉄で出来ていて、開けるとそのままエレベーターになっている。その高さは約3mほど、横幅と奥行きは約4mほどある。

 現在は沢山の岩と瓦礫が積み重なっていてその扉が塞がれている。渓谷の底、かつての川の名残がある場所でそこだけが小さな山のようになっている。一見すると滑落か何かが起きたようだが、よく観察すると金属の塊や機械が潰れたものが混じっているのが分かる。

「誰かがわざとやったことかもしれない」

「そうか?戦闘で偶発的に起こったように見えるが」

 僕はミランと一緒に谷の底に居た。砂嵐は昨夜のうちに通り過ぎて空は晴れ渡っていた。ミランはいくらか生気を取り戻したようで、熱心に使えそうなものを探し回っていた。きらきらした髪が太陽に当たるたび輝いて鬱陶しく思った。

 僕たちは基地と連絡ができる手段を探していた。通信は1度試したが通じなかった。通信機が地下にあるからとも、もう周波数を変更させたからとも取れる。どっちみち何度も試すと敵方に傍受される可能性があることを考えると、この手段は現実的ではなかった。

 そうなると残されていたのは物理的なアプローチだけだった。僕は扉について分析して分かったことを述べた。

「今は周りに戦闘で出来た瓦礫があるから不自然じゃないけど、これは戦いが始まる前からそうだった。それと滑落で上から来た岩や土砂だけでないし、そもそもそれらの比率も少ないところを見るに、人為的に起こされたことだ」

「なるほど。しかし、なんでそんなことをする必要がある。火星軍側からしたら攻める場所を失うことになるし、基地側からしても一度は退けてからここを破壊したことになる。わざわざ破壊するよりも攻勢に出たほうがいいんじゃないのか」

「予想するなら前者はまず無いとして、後者のほうだろう。攻勢に出たほうがいいけど、扉を破壊することで攻めづらくさせるメリットはある。ヒドラオテス基地の人間はそれどころじゃない状況にあったんじゃないか。だから暫定的な処置としてやった」

「”それどころじゃない状況”だったら面倒くさくなるな」

 少し歩いて、僕たちは地面に設置されたハッチを見た。巨大な両開きの扉に似たそれが基地に入るもう一つの手段だ。以前の火星戦争、僕が生まれた頃に造られているのでとても頑丈だ。とんでもなく厚い金属の層は僕たちが使えるような武器じゃびくともせず、大量のナノテルミット爆弾を使ってやっとだろう。それか彼らがやったように、重機を使うか。

 地面に横たわる、無惨な鉄の骨組み。僕たちがつけた傷の下に、砂や風が表面を削り取った痕跡が見える。きっと企業から接収したものだろう。パイルドライバを基礎を作るためではなく純粋に破壊のために使用する。想像もつかないほど重い、尖った金属の塊をぶつける。完全に破壊しなくとも基地に損害を与えるのは確実だと思う。

 それを知ってか知らずか放置していた。何か基地内でのトラブルで対処できない状況に陥っていたのか。その場合に問題になるのは僕たちの声が彼らに届くかどうかだ。

「おーい!リュラとミランだ!帰ってきたぞ!」

 思い切り声を張り上げる。しかし返事が返ってくることはなく、ただ超然とした扉が僕を見ていた。

「開けてくれ!証拠もある!」

「無駄だな。リュラ」

「デーモンを見せれば分かる!……そうだな。よく考えたら声が届くわけない」

「よしんば聞けたとしても、敵の言ってることだとしか思わないだろう」

「そうか。そうだな。しかしどうしよう。通信も通じないし。こういう原始的な手に頼れないとすると、向こうが気づくのを待つしかない」

 ただ、僕はその確率も低いだろうことに気づき始めていた。基地にはチャープ、重力波レーダーを含めた各種探知機が揃っている。また、それ以外の状況を知るために渓谷のいくつかの地点にカメラが設置されている。それは相当に注意深く観察しないと分からないので、全て壊されたとは考えにくい。

 少しデーモンの整備に関わった人間なら僕たちの機体を見て分かる。もしそうでなくとも、火星軍が自分の兵隊を襲撃する理由なんてない。これらを考えると基地の人間が僕たちに気づかないというのはおかしい。

 そうなれば残りの可能性はひとつ。基地が機能不全に陥っている。

「いや、戦闘までして気付かないのだからそれも無理か。トンネルから攻撃にあったのかも」

「そうだな。その可能性が高いと思う。そういえば発電機は地下にあった」

 僕たちが襲撃に使用したトンネルから逆に攻撃されて、基地が機能しなくなっている。研究所から基地に行くための道は多少曲がりくねっていたが、それでもタイヤ痕を辿っていけばいい。バリケードなんてものすらないので、デーモンで30分程度あれば着いてしまう。十分に可能だ。

 また、研究所以外の基地から攻撃するということも可能だ。火星のテラフォーミング時代に作られたトンネルは殆ど繋がっている。おおよその座標が分かって仕舞えばどこからでも攻撃されてしまう。

 仮定に塗れていた想像はしかし現実味を帯びていた。基地をめぐる状況を観察していくと、そのような状況しか考えられなかった。悲観的にしか考えられなくなっている、のだろうか。

 さりとて、いつも通りの僕だ。その結論を聞いても特に心は動かされない。基地の状況は絶望的だけど、あいにく心情が安定しているからかあまり何もない。何も考えずに他人の命を踏み躙れる気分だ。

 ミランはいつも通りに見えた。シアンの瞳は動揺によって震えているようではない。ただ太陽の光を浴びて狭まっている。喜んでいるとは言えなくとも、これまでの旅路からしたらかなり良い状態だ。とは言え、帰れないことに対する負荷や衝撃はあると思う。いくらかフォローすることも考えるべきだ。

「そうなると、ここで戦い続けることしかない」

「……そうだな」

 彼は頷いた。それがどれだけ困難で、不確定要素に満ちた選択であるかを知っていて。感謝しなければ。


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