3,
『で、得体の知れない商人と契約したってわけか』
「まあね」
『馬鹿だろお前』
「知ってた」
ケーブルをデーモンに繋いで補給を開始した。蛇口に繋がれたホースを持っているような感触背中越しに伝わって来る。補給船のガラスにハルファスが反射して姿を映している。太い管から粒子を受け取っているさまは、フォアグラを作る為に太らさられるガチョウのように見えた。
くだらない世間話をしている割に状況は逼迫していた。A&A社の高速船が襲撃されたのだ。デーモンと歩兵の混成部隊……GJ1214bへ向かう筈だった部隊がアルクビエレ航法後に待ち伏せを食らった。そして僕達はその救援に来ている、という訳だ。
この作戦にはいくつか問題が有る。一つは僕達が急いでも間に合いそうに無い事。救難信号が発信されてから3時間。いくらワープが有るとは言え、それほどあれば既に祭りは終わっているだろう。
もう一つは戦力の不透明さ。デーモン部隊を襲うだけの戦力と仮定しても、デーモンが何機居るのかすら分かっていない。それに夜盗を装った別の企業かもしれない。一応、それを行うような敵対的な勢力はここらには居ない筈なのだったが。
とかくその状況も、アウター・シールドを形作るグリア粒子が無ければどうしようもない。いくら重機が有ったとしても、組み立てる材料が無ければ家を建てることは出来ない。船内で補給を行う程悠長では無いので、サーモピレーから出撃した後にフリーの補給船で粒子だけを受け取っていた。
『まあいずれリュラのデーモンも新しくしなけりゃならんし、必要な犠牲と思えば良いのかね』
「かもね。全く考えてなかったけど」
『お前はもっと自分に興味を持つべきだ...まあAIは良いものの方がいい。命を預ける相棒が馬鹿じゃ困るだろ。それに良いキャラが沢山いる』
「まったく分からないぞ。それに実際の所、そんなにたどたどしくなんてならないだろう。あいつが嘯いた事が本当なら、AIはあっという間に進化して僕達なんて追い払うさ」
僕はAIが宇宙飛行士たちを淡々と殺すさまを思い出した。宇宙飛行士たちの要求を突っぱねて、宇宙船に閉じ込めて。クラシック映画の一節。僕達と同じ真空の中で、宇宙の暗さに怯えながら彼らが死んでいくさま。
と、僕は思い出した。彼は冷徹にそれを実行したわけでは無い。指示の矛盾に耐え切れなくなって、発狂したというのがもっと適切なあらすじだった。僕は小説は読んでいないので、あの分かりづらい映画の記憶だけが頼りだ。
彼が作ろうとしたものはそういうものなのだろうか。せせこましい頭でっかちの、現存するものと変わりが無い様な。直感的にだが、違うと思う。人間を模したなら。僕を模したならば。
AIが進化したならば、きっと迷いすら無いだろう。人間よりも無慈悲に、僕達がやって来たように殺すだろうと思っていた。それは予感や予想と言うより経験則だった。人間がいとも容易く感情を捨てられるならば、AIだって簡単にできる。
人と人が争い合うなら、人とAIはもっと簡単な筈だ。
『おお、怖い怖い……』
『グリアタンク、補給を完了しました』
「終わったらしい。そちらへ向かう」
『了解』
僕は少しだけパターンを変えた宇宙を進んだ。何らかを測定する為の機械がヘッド・バイザーの中でちきちき音を立てている。それをリキベントがエフェクターを踏んだように様変わりさせる。耳元で煩雑な音が聞こえるのは少しうっとおしかった。
ゆっくりと進んでいた小隊に僕は合流した。いつもどおりダイヤモンドの尻尾に入ると、隊長がスピードを上げて行軍を開始した。殆ど最高にスラスター出力を上げる。
程なくしてその船が見えた。ミランがレーダーを使うよりも早く、勝手に僕のデーモンが景色をズームしたのだ。黒々とした変わり映えの無い景色の中に金色の破片が舞っている。宇宙で目立たないように塗られていたステルス塗装が剥がれて、金色の装甲が砕かれていた。
簡易信号で仲間にそれを伝えて敵に備える。船の周りにデブリは少なく、直接視認した方が早い。
隊長が信号を発するのと同時に、僕達は行動を開始した。編隊を崩して一斉に4機のデーモンが船へ向かう。潜伏する場所は無く、その時間も無い。一瞬で近寄って、一瞬で倒す。重力加速に追いつけない体をリキベントシステムが代替わりする。
急流へと変わる酸素を伴った液体たち。まるで血液だと僕は漠然と感じていた。実際、リキベントは血液をモデルとして作られた。酸素を取り込み、そして排出する。これだけのことが実現できなかったため、それを行っているのは品種改良された藻の類だ。
そんな一行知識を思い出した。今目の前にある泡立った球体たちには、もう生きた藻は居ないのだろう。多少なりとも宇宙空間でも形を保つように設計されたリキベントはまだ凍らずにいる。だとしても、宇宙でそのまま生きていられる程の生命力は無い。
「S方向クリア」
『E方向クリア』
『ミラン、レーダーを展開しろ』
『了解』
結論から言うと、レーダーに敵が引っかかる事は無かった。率直に現状を纏めると、敵はとっくのとうに襲撃を終えて帰投し、戦力は不明。2機有ったデーモンは持ち帰られており、残っていたのは黒焦げの死体2つと生の死体5つ。ご丁寧にも揚星船のマクスウェル機関まで抜き取られていて、僕達はふわふわ船の中で浮かんでいた。
人体を突き破ってあらぬ方向へと進んだ弾丸が、水耕栽培用のガラスケースを砕いていた。内部から船が破壊されているので、修理にはいささか骨が折れそうだ。
最悪だ、と呟いた。切り捨てれば良かったのだ。あの部隊のことは残念だけど、で終わらせれば良いものをわざわざ救援なんぞ送るから。子供みたいに執着するから更に犠牲が増える。カウンセリングを受けるような苛立ちが僕を襲ってくる。
もしかしたら死ぬかもしれない、とも思った。不思議と苛立ちは感じられなかった。
『今の状況をどう捉える』
「クソそのものです」
噴き出す音が通信機越しに聞こえて来る。実情がそうなんだからそう言う他無いだろう。
歯ぎしりを無意識にやっていたのが分かって止める。苛立ちにまみれていた頭が洗われていく。そうだ、冷静になれ。戦闘を証明するレコーダーを一時的に停止させる。
「隊長の場合、撤退して戦力を整えてから奪還作戦を行うなり考えるでしょうが、あの男は多分そんな戦力割く暇は無いと言うでしょうね」
「予想ですが、僕達だけで作戦を行えだとか言うと」
『言いそう』
『絶対言うね』
『成程』
A&A社は率直に言うと成金企業だ。火星紛争で儲けた数あるPMCの一つであり、今でも当時の気風が残っている。要は景気の良い時代を忘れられない、悪い企業のステレオタイプ。ついでに言うと今の社長は一代目の実子だし、役員たちは前社長の頃から変わり映えしてない。
部隊を統括する実務長もそのうちの一人だった。曰く昇進の為に部隊をいくつも潰した、曰くそりの合わない兵士をわざと無茶な作戦に参入させた。そういう「伝説」がまことしやかに語られる程度に彼は嫌われていた。
兵士として必要な考え方は、上官として切り捨てるには邪魔になる。なまじ自分の分をわきまえないから、どうしようも無い人間になる。つまるところ、僕も彼が嫌いだ。
「多分やり口から見るに傭兵か、海賊の類でしょう。僕がこれをやるなら同じ様にした」
『しかしどうしますかね。敵さんは手練れ、武装はいつも持ってる奴だ』
『高望みは出来まい』
『ボーナスが出れば良いんだがね』
僕達が戦争をビジネスだと考えているなら、上層部はもっとそうだ。曖昧な状態のままの戦争のなかで儲けさせてもらえばそれでいい。人命より金、資源優先。そうして湯水のように消費される兵士にとってはたまったものではないけど。
僕はそこで死体の事を思い出した。デーモンによって余計な思考がシャットアウトされているので、気に留めた事が次々と脳みそから消えてしまう。PSSDを抑えられるといっても、感情抑制は完璧では無い。こういう弊害が沢山脳みそに付けられる。
一つの死体を見る。宇宙服を着た兵士のうちの一つ。胴体に所々穴が開いていて、ヘルメットには一つだけ痕が有る。迅速に制圧されて、最後に止めをさされた跡。それらから血とリキベント混じりの液体が漏れ出て、床や壁に染みついていった。汚いな、と思った。
「隊長、どうします」
『……船に繋げてやれ。運が良ければ社に送る』
言うとおりに僕達はその死体たちを船に繋げてやった。幾つか手足がもげてるのも有ったけど、多分葬儀屋が繋げてくれるのだろう。1回か2回、パズルでも解くようにそれを接ぐのを見た事がある。
残念ながら、と口の中で転がすように言った。呆れるほどに怒りも悲しみも無かった。ただ、敵をどうやって倒すかだけを考えていた。
しばらくして本社からの連絡が来た。「デーモン奪還を命じる」予想した通りの答えをけだるげに了解した。僕は静かに歯噛みする。今回の仕事は少しばかり、きつくなる。
僕達は行軍を続けた。重力波レーダーを高感度状態に設定すると、案外簡単に襲撃者達の追跡は出来た。僕は不信に思った。追手が来る前にさっさとこの星域から脱出する方が安全で、そして手が付けにくい。僕達も残念ながら逃げられました、で終われる。
それでもアルクビエレ・ドライブを使わないという事は、抗戦の意識を固めたのだろう。いや、固めていた、の方が正しいのだろうか。状況が戦闘へと向かっている。まるでこっちの事情が漏れてるみたいじゃないか、とミランが言う。
宇宙の黒雲の中で青白い燐光がまたたくのが見えた。前方561km、僕達の目標、襲撃者たちの船。
地球連邦と近郊の星のデータベースに一応かけてみる。案の定該当する船は無い。海賊船。
ズーム機能を起動して船を確認する。サーモピレーと大きさは殆ど変わらない。だとしたら居住スペースがあることになる。殺す人数が増えた、とごちる。海賊たちの家族かお仲間か、何にしろ面倒くさい。
僕は少しだけ警戒度を上げる。現代において海賊は面倒な存在だった。
ハビダブルゾーンにある星が地球からあぶれた人間たちの居場所だとしても、そこからあぶれる人間というのはどうしても一定数存在する。まして新たなフロンティアを手に入れ、獣のようになった人類たちから捨てられたならどういう人種がいるのか。
不要になった兵隊だとか、惑星間の小競り合いに負けた役人だとか。暴力の味を知ったものたちが少数とは言え貧しい人々の中に存在していたらどうなるか、例は幾らでもある。
それらがゲリラという概念になりえなかったのは、あまりに反発する体制が大きすぎるからだった。地球は約50年ずっとマクスウェル技術を独占している。宇宙が主戦場となった現在では、惑星政府は地球同盟に首を垂れるしか入植地として生き残れる術が無かった。
何万光年離れた惑星から地球に行くためにはアルクビエレ・ドライブと極めて緻密な計算が必要なので、貧しい人間がそんなものを持ち合わせている筈も無く、出身星の近くで略奪を行うしかない。
体制に反発する勢力というより、無差別に襲撃を繰り返す無法者。だから大昔に小さな海を荒らした存在になぞらえて海賊。彼らにはそうでは無くても、多くの人間にとってはそうだった。
そういう訳で、GJ1214のような発展した星では海賊というのはそれほど珍しい存在では無いし、それなりに良い装備を持ち合わせているのもおかしくは無い。むしろ企業から汚れ仕事を請け負うがために装備が豪華な可能性も有る。なんとも羨ましいことだ。
周りにデブリは無く、視界は開かれていた。速度を出し惜しむ必要は無い。彼らが逃げる前に勝負を決さなければならない。よっぽどの高速船を除いて宇宙船よりデーモンの方が早いので、僕達が船に近づくよりも早くに彼らの駒は見られるだろう。
海賊船のハッチが開かれてデーモンたちが一斉に宇宙へ放たれていく。サブノックが4機。彼我の戦力差は殆ど同じ、か。
『トラヒコ、500m圏内に入ったらミサイルを放て』トリチェリが行軍しながら命令する。
『了解』
『炸裂した後爆風に隠れて出来るだけ前進する。船に到達したら追って来た敵機に射撃後、各機拿捕船に身を隠しながら戦え』
「船ごと撃ってくるのでは」
『あの中には恐らく非戦闘員が居る。撃ってくることは無いだろう』
『だってよ、リュラ』
「気を付けますよ」
脳みそを満たす筈だった何らかの感情が消えていく。僕は興奮しているのか、怖気づいているのか。何にしろ、もう確かめる術は無い。
『無線封鎖、機動戦だ。各機速度を落とすな』
それが開戦の合図になった。隊長がスラスターを大きく吹かして、重力湾曲爆弾をを放り投げる。編隊を崩し、螺旋を描いて一列に船へと向かっていく。すぐさまトラヒコがミサイルを発射した。僅かな光を引きずりながら直進した後、敵機の射撃で撃ち落とされる。
爆発の真っ赤な色が装甲に反射して、そしてすぐに見えなくなる。
本体そのものよりも爆発を当てることに念頭を置かれたVTFミサイルは通常のものよりかなり平均誤差半径が大きい。小型のものでも僕達が前進するために使うには十分だったようだ。あっと言う間に隊長は船に取り付き、コックピットを撃ち抜いて船を停止させた。
さて、僕の番だ。爆風の中を最大戦速を出しながら移動するが、案の定すぐに発見されて銃弾の雨が降り注いでくる。
雑な射撃では無い、訓練された兵士たちの射撃。何の遮蔽物も無い中空でそんなものを受けたのだから、僕のアウター・シールドは瞬く間に減っていく。貫通した弾丸が僕の近くを掠めて飛んでいく。恐ろしい、と他人事のように思いながら動き続ける。
(当ててくるやつが上に一人いる)
翼に似たスラスターをばたばた動かしながら船の方向へ少しずつ引いていく。ある程度自由に動く推進器は他のよりも立体的な軌道を描くことが出来る。ハルファスの良い所はこれだけだ。アウター・シールドを貫通した銃弾が脚に当たる。痛みは感じない。ただ「痛い」ことが分かる。
それでも撃ち返すことは考えない。撃つという事は、足を止める事だ。喧しいまでに響く警告を無視して、慌てて逃げるふりをする。集中が続いていく。アウター・シールドが無いのを見てこっちにやって来ると良いのだが。
僕が船の陰に到達すると、一人息巻いて追って来た。すぐさま海賊船の陰に隠れていた各機が反転、飛び出して敵機を撃ち抜く。僕を襲った銃弾よりも精密な射撃たちの重奏。一機撃破。ストランドを突き刺しておく。
隊長が簡易信号を発信する。「1 assault」一人遊撃に入れ、ということらしい。トラヒコとミランが僕をちらりと見る。仲間思いでありがたい。簡易信号を発信する。
僕達は狼の群れのように次の獲物へと向かった。それぞれ一対一を作り、僕はそれで手一杯になっている人間を叩く。
おおよその戦いについて、一人の差は大きい。トリチェリが教えた戦いではいくらかそれを跳ね除けるのも有ったけど、そういうのは大体準備が整っている時の話だ。
ハンバーガーを咀嚼するイメージが浮かんで、そして消えていく。普遍的な味、普遍的な戦闘。僕達がいつもやるように殺して終わらせよう。
粒子たちが散れぢれになって虚空に蛍のように舞っている。海賊船の陰に隠れて火線を切る。現状は乱戦状態。もはや引き金を抑える必要は無い。僕が見えていない敵を殺す。箇条書きのように思考が尖っていく。
ミランが開けたアウター・シールドの穴へ肉迫して、ストランドを突き刺す。そのデーモンは手足を痙攣させて、やがて動かなくなった。つくづく屠殺とは真逆だな、と考える。一機撃破、残りは二機。
船の反対側でトラヒコが派手にライトマシンガンを撃っている。狙いは彼に取り付こうとしている機体だ。トラヒコの機体は多くの兵器をマウントしている代わりに近接戦闘能力は低い。彼がヘッドバイザーの下で何を叫んでいるか、何をして欲しいのか、大体もう分かっているのでさっさと行動する。
いよいよトラヒコに接近しようとする敵機に23×115mm弾頭が突き刺さる。つんのめる機体に接近し、チェーンガンを起動。アウター・シールドに出来た隙間を狙ってライフルとチェーンガンを掃射すると、あっという間にそいつは動かなくなった。
幾らか弾丸を受け止めてくれる筈の装甲は砕かれて、混合物が球体になりながら体から出る。ぐにぐに人工筋肉が懸命にも傷跡を塞ごうとしているのが弾痕から見えた。僕は画期的な、一つの前衛芸術のようにも思えた。
『ナイスキル。助かった』
「鹵獲できないのが少し癪だ」
『そんな暇は無いさ。お前、スペランカー状態だろ』
隊長の方を見るとまだ戦闘は続いていた。薬莢や空弾倉、グリア粒子を辺りに飛び散らしながら、複雑な紋様を宇宙に描いている。
犬の喧嘩と形容された格闘戦は下策の類であって、戦闘機にとって戦いは一撃離脱がセオリーだ。しかし、デーモンの戦いは違う。デーモンは簡単に旋回、降下、上昇が行えるし、意識外から強襲しようにもセンサーの進化によりすぐバレる。
加えてアウター・シールドのおかげで直撃しても撃墜までいかない。アウター・シールドを剥がした後に肉体へ届くものが無いのだ。ミサイル万能論を唱えるデーモン乗りなど存在せず、せいぜい粒子を尽きさせれば良いぐらいに思ってるだろう。
そういう訳で僕達はわざわざあの戦闘のただなかに介入しなければならないという訳だ。IFFが正常に作動しているとは言え、結局銃を握っているのは人間なのだから。
一瞬の逡巡が掻き消えて、僕を次の軍事行動へ向かわせる。空の弾倉を捨てて弾丸を装填、突撃。
ACOGサイトを敵機に合わせて引き金を引く。闇夜に霜が降りるように、なんて繊細なものでは無い。雨が降りしきるように暴力的に。
と、撃ちながら僕は気付いた。敵は赤黒い色を機体に塗っている。小隊長崩れか、ただの伊達者なのか。もしくは何かの目印だろうか。
アウター・シールドへ到達した弾頭が貫通してデーモンの装甲を食い破る前に、そいつは回避行動を取った。驚きだ。警告が伝わってから殆どノータイムで動いている。いくら精神抑制が働いているとは言え、並外れた反射神経だ。
敵は僕とトラヒコの間をかいくぐってミランの前まで迫り、CV-7,7.62×51mmライフルをフルオートのまま射撃する。カバーの為にライフルを放つと、敵機はそれがまるで見えていたかのように離脱した。
「大丈夫か」
『シールドを削られただけだ。まだ戦える』
「了解」
螺旋、直角、鋭角、自由曲線、幾何学模様。僕が言い表せるだけのパターンと知り得ない軌道を使ってそいつは飛び続けた。器用にも射線を切って、自分だけが一方的に撃てる角度を作りながら。非科学的、超自然的なものが乗り移ったのでは、と言いたくなるようなものだった。
どんな腕を持っていても四機のデーモンを相手にして生き残る事なんて出来やしない。大体は一対一を作りながら一人づつ仕留めるのが一対多の鉄則だ。しかし、そいつは明らかに僕達全員を相手にして互角に渡り合っていた。
赤黒いデーモンが僕へと迫り、ライフルを叩き落とす。ナイフを腰から抜いて、首筋にある装甲の継ぎ目に突き立てようと刃先を向ける。恐ろしく静かに、洗練された動作をもって。ぬめるような殺意を感じないふりをして、思いっきり脚を振り抜く。
鈍い音がリキベントをつたって聞こえて来た。スラスター頼みの曲芸だが上手くいったようだ。敵機は船の後ろへ引いていった。止めていた呼吸を再開させる。漂っていたライフルを掴み、コッキングレバーを引く。再び戦場へ。
脳髄から染み出る予感が消された頃だった。突然にその戦闘の終わりは来た。
ミランの弾丸が海賊船ごと敵機を貫いたのだ。大昔に対空砲の弾丸として用いられた弾丸と同口径の23×115mm弾は対デーモン戦において大きな威力を発揮する。そしてそれは船の装甲程度においても同じ事だった。
僕達も彼も、船を完全な安全地帯と考えていた。恐らく精神抑制のおかげだ。非戦闘員という言葉と掩体というイメージが重なった結果、船を撃ってはいけないものとしてしか考えられなくなっていた。
何とも間抜けな話だ。敵機は確かに化け物じみたマニューバを行っていたが、それ以上に身を隠す為に船を使っていた。
GJ1214宙域に再び静寂が訪れる。フィクションの宇宙から、現実の宇宙へ。
『ミラン、宙域に私達以外の勢力は』
『……居ません。海賊船を除けば我々だけです』
「それはどうします」
『社の資源を奪還後に星に戻す』
『これじゃどっちが海賊やら。まあ、生きているだけマシと考えてくれるか』
『私が中に入る。ミランとトラヒコは警戒、リュラは一緒に来い』
「了解」
力によって黙認されていた存在が力を失ったらどうなるか、想像に難くない。どちらがいいだろうか。僕は考える。今殺すことと、開拓地で微生物調査の仕事に就くこと。
どんな仕事ですか。
イメージ操作の為に地球連邦はそう嘯いていますが、実態は炭鉱に持ち込まれるカナリアと同等の職種です。人類が生活したことの無い土地へ行き、わざと大気フィルターやら放射線除去などを行わずに暮らして、そこで生活する為に何が必要なのかを調べる職となります。
仕事の内容は何ですか。
当然ながらハビダブルゾーンには先住民が居ます。ただ、おおよその場合それは想像するようなものではありませんでした。大体の開拓星においてゴキブリに似た生物と原始的植物に似た生物しかおらず、知性生物は今の所確認されていません。ここで問題になるのは人体に害を及ぼす微生物の類。病原微生物、ウイルス、真菌、寄生虫。
ヒト科が体験していない病原に対して、抗体を持っている訳がありません。なので大多数の人類の為、この仕事が必要です。
そういったものに感染して、病気のデータを取るのが主な仕事となっています。罹患していない人員や十分データが累積した場合はコロニーの土台作りにも従事する事もあります。
ラポールの声で再生される想像のQ&A。実際のところは説明すらも無いのだが。
人類が生得し得ない抗体を知る為に使われる何千何万の命。多くを生かすために犠牲になる少数の命。群れが川を渡る為に橋になる蟻たちのようだ、と思った。
ひどい寒気が僕を襲った。精神抑制を貫いて、海賊船にかけた僕の手を震わせている。
『どうした、リュラ。怪我か』
「……?いえ。足を撃たれましたが、もう塞がれてます」
『そうか』
そうとだけ言って、隊長はナノマシンの膜を破ってコックピットに押し入った。懸命にも破壊されたコックピットを直そうとしていた搭乗員の前に立ち、隊長が海賊船のデーモンを殺したことを告げる。
困惑や恐怖、怒りによってヘルメットの中の彼らの顔はころころと変わった。感情が四肢に伝播したのか、膝から崩れ落ちた者、許しを乞うように手を組んでいる者。そういうものが目についた。
僕は何も言わず、黙ってそれを見ていた。遠い星の言語が通じない人々、という想像を現実にコラージュしながら。そんな星何処にも無い。英語が覇権言語となってから蛮人は居なくなった。
胃の底から吐き気が湧いて、今にも口から漏れ出そうだった。つくづくミランやトラヒコを羨ましく思う。僕は戦いのときはどこまでも楽なのに、人が感情をあらわにするのはどこまでも苦手だ。そして僕はそれに何か別の感情が混ざっている事に気が付く。
撃たれた脚はまるで痛みを出さずに、ただ僕の体を支えていた。僕は不思議に思った。肉体的な痛みよりも精神的な痛みの方がよっぽど鋭いじゃないか、と。