28,
銃声が鋭く鳴る。それを皮切りにして、状況が急激に動き出した。僕は跳躍しながら素早く武器を振り翳す。一瞬にして現れたトラックに驚いている彼を、重量を持った刃が潰した。返す刀で近くに居た1人を叩き潰す。銃声が段々と数を増やしていくうちに、再び跳躍してトラックのフロント横へと移動した。
堅固な金属で出来たエンジンブロックは9mmパラベラム弾ぐらいなら通さない。動くかは別問題だが。火薬が燃焼する音がするたびにボディが少しずつ歪み、車体が傷つけられていくのを感じた。刃に挟まった肉塊を引き摺り下ろしていた間に、ドアから滑り落ちるようにしてジム・シモンズが現れた。
「シモンズさん!何でこんなことをしたんですか!」
「ああ?!リュラか?!もっと声を出せ!戦場だぞ!」
「何で!!火星軍と!!やり合っているんですか!!」
答えを言うよりも速く、彼は一瞬サイトを覗いて引き金を引いた。足が片方無いようには見えない洗練された動作だった。大まかな敵の配置を確認したのか、後は見もせずに銃だけを車体から出していた。
「答えをやろう。気に入らんからだ!」
「そんなわけないでしょ……っ!」
弾頭が車体に傷を作る音とは明らかに違う、金属がひしゃげる様な音がしたのに気づく。よく見ると段々と車体が傾いていくのが分かる。2人目のデーモンがトラックを退かそうとしている。もしひっくり返ったら遮蔽物は消えて、僕たちは蜂の巣にされてしまう。
ふと暗くなったかと思うと、血塗れの電動鋸を抱えたミランがフロントを飛び越えて現れた。これでどうにか作戦は練れる。
「ミラン、怪我はしていないか」
『問題は無い。何人かやったが……装甲車にまだ居ると思う。数が増えるから気をつけろ』
「ミラン・ディヴィシュ!でかい声で話せ!」
『……何であなたは……』
「報告しろ!指揮官の所在は?!」
『現在不明!装甲車の内部か裏手にいるものと推測されます!』
「よし!喧嘩の基本は頭を潰すことだ。いくら雑魚どもを片付けても意味がない。そいつを狙え」
「その前にデーモンをどうにかしないと……!」
すぐ横と通信機から放たれた爆音に耳が痛くなっているとき、車体が持ち上がった。咄嗟に武器を捨ててジム・シモンズの袖を掴み、跳躍の姿勢を作る。デーモンに搭載された人工筋肉と可動アクチュエーターは、膨れ上がった重量の中でも人には不可能な運動を可能にしてくれる。僕はトウモロコシ畑へと移動し、彼を地面へと下ろした。
あまり高くはないが、畑には畝がある。屈めば銃弾は避けられるだろう。僕は敵が狙いを変える間に考える。現状で最も脅威なのは何か。デーモンだ。
再び跳躍して、兵士の1人へと迫る。生身なら武器は必要ではない。突き出した膝が顔面の骨を砕き、簡単に絶命させる。耳元で鳴るビープ音はさほど重要でない。兵士の腕を掴み、硬直したままの指ごと潰す様にして引き金を引く。そのまま1、2人ほどの兵士に当てた所で敵のデーモンが動き出した。
cv-7の銃口をこちらに向け、発砲を始める。僕は掴んでいた兵士の腕をさらに引き寄せて盾として使った。防弾チョッキと肉と血を丸めたものは弾丸をいくらか防いでくれた。痛みはない、そして手足の人工筋肉にほつれもない。なら大丈夫だ。
死体を捨てて横転したトラックの物陰に滑り込む。遠くで鋸の駆動音がする。ミランもまた戦っている。サーチライトで照らされているとはいえ、他に光源は無い。僕たち寡兵が戦うには最適な環境と言える。空中でいまだ浮かぶヘリコプターの援護もコロニーのガラスの前に防がれている。
武器は目下数10mほど前方に落ちている。常人が扱えるような大きさをしていないので、何処かへ弾き出されるということは無いだろう。
「上空にグレネードを確認。回避を」
「分かった」
ジルの言葉通り、上空に小さな影が踊る。直ぐにトラックから退いて武器へと向かう。爆発を背に受けながら飛び込み、鉄でできたグリップを握る。乱暴に端子を背部ソケットに挿入して赤いスイッチを入れると刃の回転がはじまった。故障はしていない。
異様な空気を感じ取ったのか、敵のデーモンが射撃を開始する。僕が至近距離でやるようなトリガーをおろしたままにするような乱射。数百年前の騎士になったような気持ちで刃の横側を盾がわりにしてじりじりと距離を詰めていく。隠れていない肩口や爪先、脛が射抜かれるが問題は無い。チャンスは一度切りだ。
手足から力が抜けてくる。人工筋肉が収縮して出血を抑え込む。警告音と銃声のシンフォニーの中で、僕は跳躍を始める。銃弾は未だ撃ち続けられている。防御の姿勢を取っていた武器を大きく振り上げて、右手で素早く青いボタンを押し込む。
モーターの駆動音が甲高く変化する。勢いのままに叩きつけると回転する刃がアウターシールドをがりがりと削りながらデーモンへと迫る。緑色だったグリア粒子が赤く変色して付近に舞い、再び緑色になって落ちていく。回転数がさらに引き上げられてモーターが叫び渡る。
敵は直ぐに後ろへと下がる。回転する刃からアウターシールドが逃れて特有の切削音が消える。咄嗟に武器を離して次の攻撃へと備えるが、そこで違和感に気づく。やけに軽い。その答えは目の前にあった。
円状の刃が武器から分離している。かなりの回転がかけられていたそれは、地面に落ちると凄まじい勢いでデーモンへと襲いかかった。僕は少しの間逡巡したが、直ぐに手の中にある棒を持って跳躍した。
四方へと他の刃は飛んでいくなか、1つの刃は真っ直ぐと敵へと向かっていった。地面から跳ねてアウターシールドを踏みつけ、デーモンを飛び越えて消えていった。後は僕と君だけだと心の中で言った。cv-7の乱射で僕が死ぬか、鉄筋が君を叩くのが先か。
銃弾が僕の体を貫いていく。デーモンの装甲が薄いというわけではない。ただ、電子的に結合したグリア粒子を壊せる弾頭の方が強いだけだ。また、普通の防弾ベストと同じように万能というわけでもない。弾丸が貫通されなくても僕の体を、筋肉を、血管を、内臓を傷つけて重篤な症状を引き起こす。
毎秒100発以上の弾丸を発射できるcv-7の目の前に立って、その程度で済んでいる。だから僕の勝ちだ。
残った棒をアウターシールドに突き込むと、直ぐにグリア粒子が解けた。さらに野蛮人らしく何回か棒で殴りつける。鉄の塊が蛮勇をもってして振り上げられ、脇腹や本能的に挙げられた左手を壊す。ナイフを握った右手を叩く。太い腕がひしゃげて動かなくなる。
それが頭に到達した時に、そいつは動かなくなった。周りを確認しても敵兵士は見当たらない。とりあえずは安心できる。
目算通りと言うべきか、武器は回転数を大きく引き上げられて瓦解した。それでもアウターシールドに食い込んでいたが、グリア粒子という箍を外されて飛んでいった。そのうちたまたま回転方向が合っていたものが敵のデーモンに向かっていき視界を塞ぐ。後は何とかして距離を詰めて殴れば終わり、ということだ。
「お疲れ様です、マスター。正直に言うとあれが有用だとは思いませんでした」
「僕も思ってない。たまたま有効活用出来た」
半分ほどひしゃげたデーモンのホルスターをこじ開けて中身を探る。ナノマシンスプレーを探して引き抜く。負傷は肩と腕、脚に固まっている。その付近の装甲を開けてスプレーを噴射する。
「こんな接近戦に持ち込めたことも含めて、ラッキーだったとしか言えない。もう武器は作らないことにする。ジル、皆はどこに?」
「重力反応からミラン氏は発見しました。強調表示します。ジム・シモンズ氏は明確には発見できませんが、彼の身体的特徴からしてマスターが投げ下ろした付近にいるでしょう」
「あれで思ったより早く動けるんだ」
cv-7を回収してレバーを引く。薬室に入れられていた弾丸が排出される。内部機構はどうやら正常らしい。弾倉を外す。その軽さから10発前後ほど残っていると感じる。銃身を触ったり、様々な角度から見て破損していないか確認する。とりあえず問題は無い。さらに漁るとバナナ型の弾倉がいくつか見つかった。そのうちの1つと少なくなったものを交換して、準備を終える。
武装は充実した。後はこのコロニーから彼らを駆逐するだけだ。
目下の目的はジム・シモンズとの合流だ。いくら元兵士とはいえ、老人の戦闘力なんて高が知れている。(僕の父親は例外として)死ぬイメージすら考えつけないけれど、もしそうなったら面倒な事になる。
少し急いで走って彼の元へと向かった。僕たちがバラバラになったせいで敵の陣形も崩れている。作戦目標でもないからさして狙われるとも思えないが、どうだろう。
「遅かったな!こっちはもう終わったぞ!」
「そ、そうですか」
いくらか離れたトウモロコシ畑の縁に彼はいた。どうやら本当に動かなくて、また脅威を倒していたらしい。その言葉通りに畑の外側、壁に近い通り道には火星軍の兵士の死体が転がっている。あの時に僕から投げ捨てられてから伏せたまま射撃して殺したのだろうか。
「助力には感謝しますけど、ここは危険です。家の方向に戻ってください」
「お前らは関係ない。奴らは俺の許可なく兵隊どもを配置して畑を踏み荒らした。このまま黙って若輩者どもを見過ごすわけにはいかん」
「嘘をつくには状況がどうかしていますよ。死ぬのは嫌でしょう」
「くどい!とにかく奴らは気に食わん。俺はあいつの鼻っ柱を折ってやるまで戦うぞ」
「そんな訳ない。貴方が死に場所を求めている様には思えない。そうでないなら、僕たちのために死のうとしているとしか。率直に言いますが、貴方には死んでほしくはない」
彼が死に場所を求めているならとっくのとうにそうしていると思った。でなければ名誉除隊の後にこうしてコロニーを借りなどしない。作物と妻や息子、今の状況はそれとは真逆だ。理由は既に語られていてもそうとしか思えない。
「たかが2ヶ月程度で、俺がそんな情に溢れた人間だとよく分かったものだな!残念だが、死に場所ぐらい分かっている!」
「マスター、ミラン氏の重力反応が強まっています。戦闘状態にあるようです……そちらの救援に向かうことを推奨します」
「そうだな」
僕はどれだけ言っても伝えるだけの言葉や熱意やらを持ち合わせていないのだ。心の何処かでは対話を求める姿勢ごと嫌うような部分がある。と言ってもまるっきり諦めているようなシニカルさではなくて、ただ考えつかないからやりたくないだけなのだが。
同時にそういうことが出来ない自分自身にも辟易した。事実として、彼には死んでもらいたくない。その為に動きたいし、実際にそうしているつもりだった。でも僕にそうするだけの能力は無い。諦めと言うべきなのか、判断と言うべきか。陰鬱をデーモンが吸い取って、また言葉にしづらいものに変えた。
「手を貸せ!加勢に行くぞ」
「はい」
銃声や掘削音で彼も気付いたらしい。火薬が爆発する音といったら、難聴になってちょうどいいくらいだ。僕は肩を貸してジムを運ぶ。戦火の中から逃げ出すよりも、こうして護衛した方がマシだろうか?それは都合の良い解釈に過ぎないか。だから、もっと良い方法を考えないといけない。
いくらか歩くとミランが戦っている場所に着いた。僕はジムを下ろしてその辺りに放った。直ぐcv-7を構えて発砲して兵士を無力化する。暗闇のなか、デーモンが武器を振るう。古代の戦争で振るわれたハスタやパイクのように飛び回り、血と油を撒き散らす鋸。火花が武器に当たって少しだけ周りを明るくした。
ヘリコプターは撤退したのか、辺りは真っ暗闇だった。既に目が慣れたジムの発砲か、またミランが振るう武器ぐらいしか光源はない。デーモンには暗視装備が備え付けられている。つまりここは一方的な狩場だ。
僕たちが4、5人程度殺したらもう敵は見えなくなった。鋸の回転を止めて、ミランは通信をつなげた。
『そっちは終わったのか?』
「少なくとも、重力反応は微弱です。マスター」
「らしい」
『そうか。この武器も思ったより役に立った。ボロクソに言ってすまない』
「僕もそう思ってなかったから、別に良い。銃器メーカーでも作ろうかな」
「少し調子に足をかけたかもしれません」
「ミラン、さっさとここから出よう」
『ジムはどうするつもりだ?まだ兵士が残っているかもしれない』
「装甲車を1つ使えば家に戻るくらいは出来る。その後は……僕たちのせいにすれば火星軍の追及も避けられるだろう。問題はない」
いくつかの動画や写真はすでに保安部に送られているだろうけれど、この戦争中に本格的な調査をする余裕は無いだろう。少し手を加えれば危惧するような問題も起こらないと思う。
ミランは少し迷ったようだけど、最終的にはそれに頷いた。僕たちはもはやここに居られないことを悟ったらしい。自分以外のことを僕の意見の証拠とするのは卑怯な気がするけれど、実際そうなのだから仕方がないと割り切った。状況は刻々と変化するものだから。
装甲兵員輸送車は何台も残っていて、ガソリンも切れていない。火星軍の見た目と識別IDを持っているので攻撃される謂れもない。僕たちが移動するにはもってこいだ。
説得はミランがやってくれるらしい。願ったり叶ったりだ。ヒドラオテス基地の座標はジルが記憶してある。何10時間も運転するのは疲れるだろうけれど、戦闘よりは楽だ。これでようやく何の恐れも無く帰れる。
「マスター。話はついた様ですね。貴方の口下手ぶりを聞いていると、交渉事はミラン氏に任せるのが正しいと思うようになってきました」
「まあ、それで良いじゃないか。わざわざ苦手な事をやっても、精々人並み以下にしかならないんだ」
「そうかも知れませんが、その姿勢は良いものだと思います」
彼女と話している間に説得は終わったらしく、ミランは車を指差した。どうやら動かせということらしい。運転、どうやってやるのだっけ。
傷が塞がるまではデーモンのままの方がいい。僕は狭苦しい運転席の中でどうにかクラッチの繋げ方を思い出していた。トラックはジムが運転していたし、耕運機やらの農作業用の車両はミランが扱っていた。農業の知識が無いからだ。
辺りはすっかり暗く、殆ど暗黒と言っていい。僅かな車内のダイオードの光を頼りに、どうやって車を動かしていたか思いだすことに注力する。
ようやくそれを思い出したころ、ジム・シモンズの腹部に銃弾が突き刺さるのを見た。
僕は座席から直ぐに退いてそれの元に急ごうとした。その途中、空中で鳴った爆発音を聞いて咄嗟に装甲車の影へと隠れた。スマートランチャーだろうか?榴弾はコロニーの天井を覆うガラスに直撃して分厚い破片を撒き散らす。ぽっかりと開いた穴は星空を写して、むしろ輝いてすらいた。
そこからヘリコプターがコロニーに侵入する。回転翼のブレードを回すたびに轟音が響き、威圧的な音楽を奏でている。暗視モードから通常の視界に変わる。サーチライトの許には銃身が覗いている。僕はどちらを対処するべきだろうか。迷っている暇はない。
「ミラン!敵が車の近くにいる、倒せ!」
通信を一方的に切って走り出す。機首が僕の方を向いて、M197機関砲が回転を始める。発砲が始まると背後の土が巻き上げられる音が聞こえた。右脚に力を込めて速度を維持したまま横に跳ぶ。僕がさっきまでいた場所を20mm×102mmの弾丸が抉っていく。これまた攻撃ヘリコプターを改修したものらしい。
砲塔の動きは思ったよりも鈍い。それを切り返す隙に僕はライフルを構えて発砲した。一気に弾丸がばら撒かれ、デーモンが打ち消してなお体の芯に残るような反動が襲う。おおむね的中するけれど、ふらつく事もなくそれは滞空している。
何人かの兵士が一斉に引き金を引くならともかく、僕一人では圧倒的に火力が足らない。もしスクラムジェットエンジンがあったなら、ローターを狙う事もできただろうに。つまり僕がやるべきことは何か。
曲がりくねった軌道を描きながら、僕は再び走り出す。ライフルをホルスターにねじ込み短距離走者のようなフォームで。スラスターの有り難みが酷使される膝関節と距腿関節から理解できた。移動する方向は先程と違う。歪で遠回りながらも着実に壁へと僕は近づいていた。
「ジル、計算できるな」
「了解しました。目標地点を表示します」
仄かな声でジルに言う。視界の中に蛍光色でビーコンが敷かれる。目の前を塞ぐように機関砲が斉射される。僕は急いで踏み切り、跳躍した。壁はもう目前に迫っていた。迷いがすらり断ち切られていく。空中で脚を引いて体勢を作る。1回やった事だから、可能であると知っていた。コンクリートの壁に拳を突き入れて体を固定する。
背後から斉射が迫ってくる。以前のようにゆっくりやっている暇はないようだ。素早く身体全体を縮ませて、出来た亀裂に足を引っ掛けて跳躍する。僕の体が上空へと浮かび上がるように動く。跳躍の最大地点に到達すると再び拳を叩きつけ、また跳躍を行う。
目標地点は刻々と変化している。運用されるヘリコプターの上昇速度という情報、エンジン音や視界の端の僅かな影の動きといった状況。そういったものから一々計算しているのだろう。こういう面倒臭いことをやらせるにはジルはもってこいだ。本人は”つまらない事務処理は他のAIに任せて下さい”と言っていた。
僕が壊した壁を銃弾がさらに壊していく。足裏に不吉な衝撃が伝う。正確な動作速度や装弾数を覚えてはいないけれど、期待するような答えはないのだろう。古式な戦場の中で物を言うのは容赦のない判断だ。悪魔に急き立てられて僕はそれを手に入れていた。
いよいよ踵の近くに銃弾が突き刺さる。僕は蛍光色の中に突っ込み、体を捻って反対側を向いた。サーチライトの眩いばかりの光が銀色の装甲に乱反射してうるさく照らした。暗闇の中に僅かに浮かんだ赤錆色のシルエットへと跳躍する。
空中で身を縮め、少しでも被弾面積を少なくする。ホルスターからcv-7を引き抜いて眼前に構えて引き金を一息に下ろす。最後の跳躍は砲塔を飛び越えてグラスコックピットに到達した。防弾ガラスに銃弾がいくつも突き刺さって蜘蛛の巣状の亀裂と霞状の損傷をもたらすが、貫通するまでには至らない。
左腕を大きく振るって思い切り殴りつける。防弾ガラスは1箇所からくる衝撃に弱いので、こういう鈍器のようなものの攻撃はあまり効果は無い。けれど幾つも着弾している部分ならどうか?人工筋肉と金属によって飾られた拳が銃弾をさらに押し込み、破綻を訪れさせる。
防弾ガラスが一気に弾け飛んでパイロットの姿をさらす。HMDヘルメットを被っていて表情は窺い知れないけれど、多分驚いているのだろう。僕だって驚く。手をサッシにかけてどうにか取り付く。さして遅くさせる理由も無いのですぐに引き金を殺してそいつを殺した。銃弾がいくらか逸れて計器類を壊していく。ヘリコプターが制御を失って墜落する前にそこから出た。
壁からずり落ちて、直ぐに退避した。ヘリコプターが地面へと墜落すると燃料や機械油が漏れて地面を汚していった。再び暗視状態になった視界では真っ黒な何かが蠢いているように見えた。
直ぐに先ほどの地点へと戻った。既に戦闘が再開されているようで、鋸や銃撃の音が聞こえた。倒れていた事務・シモンズは見つからない。僕はその捜索に出るよりも戦闘を手早く終わらせることが先決のように感じた。マガジンを交換して、闇夜の中に入った。
『繰り返す。抵抗を止めて投稿せよ。保安部隊は既に援軍を送った。包囲されている。繰り返す……』
狂ったように繰り返すそれは、保安部隊としての矜持なのか。先ほどは無かった装甲兵員輸送車が見える。どうやら新手らしい。何処かに待機させていたか、たまたま通りがかった部隊を回してきたかの2択だろう。ここは火星の都市から遠すぎる。
つまり、奴らを殺せばいい。そうすればしばらく援軍は来ない。マズルフラッシュを頼りにして敵兵の一を割り出す。ジルの言葉を信じるならデーモンはいない。強気に素早く終わらせよう。
装甲車の陰に体を付けて目標へと銃口を向ける。指切りすると銃弾は2、3発のまとまりをもって発砲された。マズルフラッシュが止んで、そいつが地面に倒れる。ジムは白いシャツを着ていたので迷う必要はない。次の標的へと跳躍しながら引き金を下ろす。
突如として現れたデーモンを見る暇もなくそいつの胴体に銃弾が到達する。隣にいた隊員が僕を見て驚愕して、形容し難い声をあげた。そいつも静かになった。そういうことを繰り返して、僕は出来るだけ敵兵たちを処理することに努めた。ただ不安というべきか、デーモンが消し飛ばしたそれに蓋をして。
『……変われ!ジム・シモンズ!貴様はなぜ敵どもに味方する!』
「うるさい小僧だ!そんなものであるわけがない!」
その大声が聞こえた瞬間に僕は駆け出した。生きていた。しかし状況は良くなさそうだ。少し声量が小さくなっているような気がする。
いくつかの装甲車を超えた先、後ろのハッチを開けた車の中にそいつは居た。他の車のライトによって顔ははっきりと見えた。ノーバートと名乗った奴だ。坊主頭でいかにも狭量そうな顔をした男だった。その表情は激しい怒りと焦りで歪んでいた。右腕にはスマートランチャー、左手にはマイクが握られている。もはや不要と悟ったのか、拡声器のマイクを投げ捨ててそいつは言う。
「貴様は卑しくも火星軍にいた軍人だ。その誇りさえも忘れたのか!」
「ふん、お前たちを軍人とは思わん。たまに来てはメシを取っていくばかりだろう。せめて蜂起したのなら企業のハイエナどもから守るぐらいしろ」
低い唸り声にも似た言葉をジム・シモンズは唱えた。腹部には真っ赤な血痕が滲んでポタポタと垂れていた。それでも真っ直ぐにノーバートを見つめてHK417を構えていた。揺れることもなく立つ彼の姿に僕は死の気配を感じていた。
彼の言葉には信憑性があった。種を買ったツクバ社にはまだ返済義務があるし、火星軍はそこからさらに徴収していく。レイチェル・シモンズの言葉からも、実際の経験からもそれを知っていた。
僕は出来るだけ早く装甲車に近づいていく。ノーバート、ジム、そして僕はそれぞれ一直線に並んでいる。この位置だと彼を巻き込んでしまう。割り込み、どうにかしてノーバートを倒す。それしかない。
「この星のために死んだ息子たちにそんなに似ていたか!軟弱者は決戦には不要だ……!」
「お前もそうだ」
僕が銃口を向けるよりも早くに2人とも動き出していた。ジムは素早く引き金を引き、ノーバートもそれに倣った。7.62×51mmは肉体を引き裂き、榴弾は手足を吹き飛ばした。決着は付いた。相打ちだった。
銃口を下ろしてジムに駆け寄った。シャツは黒焦げ、ところどころ破片が突き刺さっている。片腕が数メートル離れた場所に転がっていた。榴弾が体に破滅的な損傷をもたらしていたのは明らかだった。彼はもう死んだと思ったけれど、目を僅かに開いて言った。
「ジョシュア……リアム……」
息子たちの名前だ。耳に容赦なく入り込んだその言葉よりも、僕はその目を見ていた。透明でいてねばついた目。ここにはないものを投影して想像しているのだろうか。それに激しい嫌悪感を抱いてしまったのはトリチェリが僕を見るときにしていた目。それにそっくりだったからだ。
それを最後にして彼は絶命した。人の死をまざまざと見るのは初めてだったけれど、こうまで殺すと本能的に理解できるのだと分かった。銃声とモーターの駆動音が聞こえなくなっていった。戦闘が終わることを悟って、僕はどう説明しようかを考えていた。




