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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
27/76

27,

 ジム・シモンズは前時代的な兵隊気質の男だった。どんな言葉も怒鳴り声で出力されるので耳が痛くなった。それでも手が出た時よりはましな方だと思う。

 地球同盟軍にいた時はいくつかの海賊を潰し、勲功を挙げたらしい。けして身長が高い訳ではないずんぐりとした体型の頑丈そうな男で、大胆さと言うよりかは無鉄砲さがあった。それを象徴するように、右膝から先はプラスチックの棒に変わっていた。僕と同じように、平時ではあまり役に立たないところが上手く機能したのだろう。

 彼は傲慢とは行かずとも僕たちを教導するように振る舞った。事実として僕にはコロニーで農業に従事した経験はない。ミランにはある。だからその教鞭はもっぱら僕にだけ振られるようになった。

「何度言ったら分かる!種は頭を上にしないと芽が出ない!その鶏以下の頭に良く叩き込め!」

「はい」

 頭を叩かれて、種の植え方を教わる。なぜ叩く必要があるのか分からない。どうせ始めてのことだし、練習のしようもないので間違えることは殆ど決まっていたようなものだ。なのでどちらかというと僕にやらせたジムの方が悪いと思う。

 まあ、屁理屈を捏ねても変わるものも無い。僕は何も言わずにそれに従うことにした。老境に差し掛かっていても力はまだ衰えてはいない。

「腹から声を出せ!それが終わったらトラックに乗れ!機械修理は出来るな?!」

「多少は」

「返事ははいかいいえだ!それはいい。工場の機械整備の金が浮く。早めに終わらせろ!」

「はい」

 非常にうるさくて、元気な人間だった。彼は軽トラックに行った後もタバコに火をつけてラジオを大音量で聞いていた。僕がようやく種を植えるのを終わらせると荷台に乗せられて工場に向かった。途中ではトウモロコシの高い茎とは違う、背の低い植物が植えられていた。

「ここって、トウモロコシ以外も育ててるんですか」

「ああ?!聞こえん!もっと大きな声で話せ!」

 僕はここでようやく、老人だから耳が遠いのだと気づいた。トリチェリだったらそんなに声を張り上げなくて良いのにな、と思った。

「トウモロコシ以外も!育ててるんですか!」

「その通りだ!年がら年中作物が採れるようにえんどう豆とキャベツも育てている!一番多いのはトウモロコシだがな!」

 その言葉通り、さらにコロニーの端へと進んでいくとキャベツ畑があった。このコロニー内で育てられているということは、それもエクソダス品種なのだろう。いくつか畑を越えていくと何か建物があった。トタン屋根とコンクリートで出来た簡素な建物だ。しかしトラックが2、3台ほど纏めて入れるほど広い。そして明らかに車両と接続するためにあるのであろう、巨大な機械が鎮座していた。

 ジム・シモンズは急にブレーキを深く踏み込みトラックを停止させた。僕は痛む頭を抱えながら荷台から降りた。やかましいエンジン音が建物の中に反響していた。

「ここにあるのは収穫したトウモロコシを乾燥及び粉砕して粉に加工する機械だ。こいつが壊れて最も出荷していた食用粉が作れなくなってしまった。なのでお前に直してもらう」

「……これを?どう見ても5立法メートル以上はあるのに?」

「ああ!幸い工具と部品は揃っている。あとは農業が出来ない、暇な人間が居れば完成ということだ。分かったなら作業を始めろ!」

 ジムの声が工場内に大きく反響した。僕には拒否権が無い。やるしかないのだろう、と思った。

 そこから土汚れを油汚れに変えていく日々が始まった。幸いにも収穫まではまだ時間があったので、ひたすら時間をかけて機械の構造を理解すれば故障している部分は炙り出すことが出来た。デーモンの整備や換装を学んでいたから、そこからどうすれば良いのかも概ね理解できた。

 あとはその作業をして、何度か試運転をしたら終わる……のだけど、問題はその機械の大きさにあった。巨大すぎて作業をする場所も多く、部品を取り外したり取り付けるのも一苦労だ。作業は進んでいてもタスクが一向に減りはしない。右手のことや別の作業もあったため愚公山を移すとは言うものの、本当に終わるのか不安な量だった。

 ようやく全てが終わり、運転が出来るようになったのは3週間が過ぎた頃だった。燃料を入れた発電機と繋げると、モーターが順繰りに唸り声をあげて刃の回転を始める。ベルトコンベアーが乾燥したトウモロコシの実を運び、いよいよ粉砕室に投入される。咆哮に鈍い音が加わってから少ししたあと、黄金色の粉が現れた。

 それはコンテナに収容されて、来たる出荷の時まで倉庫で保管される。そのプロセスを見た時、僕の心の中にえも言われぬ安穏が生まれた。

「よし、良くやったぞリュラ!今日は酒を奢ってやる!」

「はあ、ありがとうございました」

「もっと喜べ!お前がやったのだ」

 冷凍されていた実が機械の中に吸い込まれて、粉に変わっていく。半ば呆然としながら僕はそれを見つめていた。ジム・シモンズは不恰好にジャンプして僕の頭を掴み、髪ごと混ぜるようにして撫でた。久しぶりに感じた喜びが、僕にはどう受け止めて良いのか分からなかった。そういえば、あまり撫でられたことは無かったな。

 その日は少しだけ夕飯が豪華になった。オートミールとコンソメスープ、それとキャベツサラダ。そしていつもは無いポークチョップ。ケチャップとともに炒められた豚肉の味は、肉体労働の後には最適だった。それを一番食べていたのはジムとミランだった。

 食事が終わってから、ジムはオールドファッショングラス2客にウイスキーを注ぎ込んだ。

「ポークチョップだけですまんな。俺は肉を焼くのが上手いから、リブでもあればよかったんだが」

「あれ、あなたが作ったんですか」

「ああ。うちはだいたい分業でな。仕事で端にいたままの時も多いから、気づいたやつが作るんだ。ジョシュアとリアムは家内より料理ができた」

「へえ、お子さんたちは……」

 僕が深刻そうに言うのを見たのか、彼は少し顔を顰めた。

「何も問題はない。ただ遠くのプランテーションに働きに行ってるだけだ。真面目に農業をやっていたら巻き込まれることはない」

「そうですか」

「じゃなきゃお前達を見捨てていた。ジジイとババアしかおらんこのコロニーじゃなかったら、そんな危険は犯さん」

 僕たちを匿う事にしたのは彼、ジム・シモンズの決定だ。それを聞いた時にはどんな感情的に動く人物だろうと思っていたけど、案外冷静な部分もあるのだと今までのことから分かっていた。

 もし彼の言葉通りに見捨てられたら、僕たちは死んでいた。あのまま栄養失調か、火星軍に打たれてかは知らないが。それぐらいには彼は彼の息子たちを愛していた、そうだと思う。

「家内にも感謝しておけ。火星の戦況なんて分かっておらんだろうが、あれもあれで同情している」

「はい。それで、火星の状況はどう思いますか」

「クソだ。全くのクソだ!どう考えても時期尚早すぎる。俺ならあと10年、いや5年は待った!」

 ここまで大きかった彼の声がさらに大きくなり、リビングの中に激しく響いた。彼はグラスを傾け、一気にウイスキーを飲み干した。とくとくとグラスにまた注ぎ込むうちにレイチェル・シモンズの金属が擦れるような叫び声が響く。

「うるさいわよあなた!」

「すまん!」

「だからうるさいっていうの!もう少し静かに飲みなさい!」

 ジムシモンズは少し悲しそうな表情をして、またグラスを少し傾けた。

「いいか。今はまだ早い。企業たちもほとんど地球から来た奴らばかり、農業をするコロニーも少ない。火星の地球同盟軍閥を掌握したのは褒めてやるが、今は味方が少なすぎる」

「僕もそう思います。でも、あなたは火星の出身じゃないですよね。その口ぶりだと、まるで火星に肩入れしているように聞こえます」

「レイチェルのやつ、また喋ったな?まあいい、その通りだ。俺はここの出身じゃない。だが17年も働けば愛着も湧くものだ。だからこそ、だ」

 彼はまた一息にウイスキーを飲み干した。独特の焦げ臭いような、甘いような匂いが辺りに振り撒かれた。

「レイチェル、ジョシュア、リアムと過ごしたこの星を戦火に汚すのは我慢ならん。愛国心があるからこそ、俺は必ず負ける戦いを選んだあいつらを憎む」

 星どうしの戦争に”愛国心”という言葉を使うのはどうかと思ったけど、拳が怖いので言わないようにした。久しぶりの酒を溢したくはない。グラスを傾けてそれを飲むと、強いアルコールとカラメル状になった砂糖のような香りが鼻を抜ける。懐かしいビールとは全く違う味だ。

 趣味ではないけれど、これはこれで好ましい。僕は彼に抱く疑念を隠すように、もう一度浅くグラスを傾ける。本当にそんなことがあるのだろうか、と。ミランが言った予想、僕が行った予想。それは概ね合っていたようだけれど、このような大義だけで、利己的な精神を裏切れるのだろうか?

 言葉が過ぎたかも知れないけれど、人間の大多数の本質は生存だ。生き残るために動く人間が殆どで、他人を助けるのは少数派だ。彼がそうであるとどうして言えるだろうか?

「なんだ、もっと飲め。お前の祝いだぞ」

 彼は自分のグラスに酒を注いだあと、僕のものにも並々とついだ。彼はそう思っていないようだが、ウイスキーはストレートだときつい。途中から胃液を飲んでいるような気分になる。吐くものが無くなると、あの黄色い液体が出てくる。食物を溶かすために出来ているから、それが出ると喉が焼けるように痛む。

 しょうがなくちびちびと飲むのをやめて、一息に半分ほど飲む。口腔に刺激がまわり、ウイスキー特有の香りが爆発する。血中にアルコールが回りはじめ、酩酊が始まる。

「……それで、お子さんですけど……どうなんですか、ちゃんと愛してたんですか」

「まあ、な。そのつもりだ。沢山殴ったが、沢山撫でてもやった。一人前になるようにしたが、あいつらがどう思っているかは分からん」

「そういうものですかね、父親っていうのは。やはり心配ですか」

「そりゃそうだ。お前もいつか分かる。大事だと思っていて、しかしそれをどうやって表すのかも分からん。俺も父親が憎かったが、今になって俺も同じことをしていることに気が付いた。リュラ、お前はどうだ」

「僕は……どうでしょう、親からはむしろ距離を置かれているような気がして」

 僕は少し迷って、トリチェリのことを話した。彼のことに関してはぼかしたし、そもそも知らないことも沢山あってあまり言わなかった。重要だと思ったのは彼には息子がいたこと。僕ではない誰かがいて、恐らく失われた。そして、これは言わなかったけれどトリチェリが僕を見る目がジムと似ていたこと。

 たまに彼は僕やミランを見てそういう目をした。鳶色の目が空虚で、まるで目の前にある光を捉えていないような……そういう目だ。それをするたび、彼を少し嫌いになった。

「そういう男か。自己嫌悪で自分の感情に蓋をする奴だ。お前を拾って育てたのは事実で、愛されているのも確かだ」

「それはそうですけど、世間体を気にすることもあるでしょうし、何より気の迷いということも」

「無い。お前が疑る気持ちも分かるがな、信じてやれ。父親は必死で父親を演じようとする、ただの人間だ」

「そういうものですかね」

「そういうものだ。俺がそうだった……」

 そこからは酒が回ってきて覚えていない。必死に口を割らないようにしていたことだけは覚えているので、多分どうにかはなったのだろうと思いたい。酒が回った時にしか喋れない事なんて屑だ。本当に言いたいのであればそんなことをしない。それをするのはただ酩酊に任せたという名目が必要な馬鹿だ。

 僕をはそれをした。本当に嫌な気分だ。どうあっても失敗は無かった事になど出来ない。まして言葉なんてのは、聞いた人間の中で存在し続ける。

 このくだらない記憶を僕は思い出した。一種走馬灯じみて頭が止まり、背筋が凍った。コロニーの上空からサーチライトの真白い光が溢れている。直射はされていない。僕とミランは咄嗟に重機の物陰に走っていった。


「夜分に申し訳ない。火星保安軍中尉のノーバートと申します。お会いできて光栄です、元地球同盟軍少佐ジム・シモンズ殿」

 火星軍の制服を着たその男が言う。まるで威圧するかのようにジムの元階級を唱え、敬礼する。ジムも短く敬礼してから油断なく口を開く。

「中尉、一体何事だ。飯時だぞ」

「最近地球同盟軍の捕虜が脱走しましてね。申し訳ありませんが、このコロニーを捜索させていただきたい」

「ふん、構わんがここは5ヘクタールある。もう日も落ちた。明日からにしておけ」

 彼はなんてことない様に平然と言った。事実として、このコロニーは広大だ。この時間から捜索を始めたら夜明けまで掛かるだろう。彼の言い分は正しかったが、ノーバートと名乗った男もまた平然とした顔のままだった。

 僕たちは居住区近くに停められていたトラクターの裏に周り、彼らの会話を聞いていた。その男たちはゲートに備え付けられていたタレットを上位権限で上書きし、正面から堂々と入ってきた。赤黒い装甲兵員輸送車は地球同盟軍が使っていたものを塗り直しただけらしい。

 上空には1機のヘリコプターがホバリングしながら威圧的な駆動音を轟かしている。サーチライトから何万ルーメンもの光が放たれ、無造作に畑を照らしていく。光がトウモロコシの房に当たるたび、僕は宇宙人が牛や人間を連れていくミームを覚えた。

 しばらく何の脅威も無かったから油断していた。しかしなぜ、今になって火星軍がやってきたのだろう。僕たちが脱走してから2ヶ月以上は経っている。

「いえ、申し訳ありませんが早急な対処が必要でして。ヘリコプターにサーチライトを積み、監視ドローンを走らせます。3時間もあれば終わります」

「迷惑だと言わなければ分からんか?こんなにうるさくては飯も食えんぞ。家内も不安がる。さっさと荷物をまとめて帰れ!」

「そう言われましても……こちらとしても皆さんが住む場所の治安維持のためにやっていますので。許可を下さらないと強引な手段を取らざるを得ないのですが」

「ほお、脅しなら通じんぞノーバート中尉。お前たちが俺を殺したり、このコロニーをシャットダウンするならツクバが気付く。そうすればまたひとつ敵対する企業が増える事になるな。そうでなくともこのコロニーを壊して何になる。お前らが飢え死にしても、この俺は全く心は痛まん」

「それはひどく個人主義的な態度です、元少佐殿。今は一丸となって地球同盟軍及び企業連合体と戦わなければならないとき。貴方の利益だけを優先する訳にはいかない」

 剣呑な空気が辺りに漂い始める。僕は口を閉じたままミランの肩を叩いた。素早く振り返った彼にハンドサインで”脱出”と提案する。彼はすぐに”OK”のサインを出して、トウモロコシたちの高い背の中に入っていった。

 エクソダス品種は人間が食べるスイートコーンと家畜が食べるデントコーン、両方の性質を併せ持つ。背丈は2m半ほどあり、また密集しているため茂みに隠れればそう分かるものでもない。幹に触れないよう注意しながらしばらく歩いたあと、僕たちは口を開いた。

「どうする。あいつらは私たちを探しに来た。今は揉めているが、そう長く引きとめていられない」

 僕はあれがわざとやっていることだと気が付いていなかった。本当に嫌な事だから反対している様に感じていた。

「少し気になる点もあるけど、僕たちがここに居るのは違法だ。バレたらまずい。デーモンを取りに行って、ここから出よう」

「賛成だ。挨拶さえできないのは心苦しいが、そうするしかあるまい」

 僕たちはコロニーの中心から少し外れた納屋に向かった。そこにデーモンが置かれている。とにかく素早く動き、ジムが火星軍たちを引き留めている間にデーモンに乗り込まなければいけない。

 畑を駆け巡るネズミのように、僕たちは走った。体力は既に戻っている。10分もかからないうちに納屋へと着いた。ヘリやドローンの羽音はしない。被せてあった大きな麻布を外すと、黒と銀色のデーモンが現れる。ミランのは違うが、僕のデーモンの色は闇夜に紛れるには最低の色だ。

 窪みに指を這わせて、後ろ向きになるとデーモンが僕を飲み込んだ。空腹と焦燥が回った頭が冴えていく。

「こんばんはマスター。随分と長いスリープ状態でしたね」

「動かす意味も機械も無かったからな。仕事の時間だ」

 僕は納屋の端にあった布を取り除き、それを取り出した。鉄筋で補強された長い棒の先端に、円形の刃が何枚も重なって付いている。使われなくなった芝刈り機を改造して作った兵器だ。巨大なピザカッターの様な見た目は間抜けだが、素手よりかはマシだろう。

 工作の時間はたくさんあった。農業のさなか、修理の途中。使えそうな部品を集めて誰も居ないうちに組み合わせる。特に粉砕する機械を直している間はたくさんの部品が集まり、作業も進んだ。他人の目を盗んでそれをするのは少し骨が折れたけど、無事に完成してよかった。

「マスター、何ですかそれは」

「武器だ。まあ、監査にデーモンは必要ないから通用すると思う」

「どう見ても武器人間の手についてるやつですよ」

『リュラ、こっちもセットアップは終わった……なんだそれは』

「武器。もう一本あるぞ」

 僕はミランにそれを手渡した。デーモンの中に居ても表情は伝わるのだと知った。

「コードをフライトユニットのソケットに繋げれば動く。デーモンにはあまり効かないかもしれないけど、人間相手ならばらばらに出来る」

 僕がコードを背中にあるソケットに繋ぎ、スイッチを入れると刃が回転を始めた。幾重にも重なった刃が回転するのを確認して、もう一度スイッチを押して止めた。

「赤いスイッチが電源のONとOFF。青いのが回転数の引き上げだ。青い方は相手が人間以外の時に使った方がいい」

『押したらどうなる』

「回転数が破滅的に上昇して相手を粉々にする、と思う。そのせいで壊れるけど」

「もっと他には無かったのですか?」

『ジルに同意する。第一、人間を相手取るには過大火力だ』

「いや、地球同盟軍に従事していたならライフルぐらい持っていてもおかしくはない。そういう時に素手だったら本当にどうしようもないだろ。これなら多少リーチもあるし……」

『……聞かなかった事にしておく』

 僕は顔を顰めて、すぐに無表情に戻った。仮想敵はジムとレイチェル、その夫妻だ。まあ殺さないことが出来たらそれが一番だけど、いつだって最悪のことを考えなければいけない。アウターシールドもない今の状況だと、対デーモン火器でなくても致命傷をもらう確率がある。

 ほとんど威圧目的だけど、間違いなく威力はある。そして多少ながら、それ以外の敵にも使える。ついでに粉砕機ぐらいしかモデルに出来る機会は無かった。限りある材料と知識の中でベストを尽くしたつもりだ。

『まあいい、武器が無いよりかは良いさ。さっさと行こう』

「ああ」

 その不恰好な武器を背負い込み、2つのデーモンは夜の闇に混ざっていく。2ヶ月も居たのだから、僕たちにはコロニーの地理が分かっている。後は壁に向かって走り続ければ良いだけだ。

 意識して息を整えながら、全力疾走を繰り返す。いくら体力のある人間でも、5kmを全力で走りきれることは出来ない。それでもとにかく中心部から離れなければ、ドローンがやってくるかもしれない。そうなったらどうなるか。底知れぬ不安が打ち消され、集中に変わっていく。

 久しぶりにデーモンに乗ると、その感覚の鋭敏さに気が付く。正確には僕が普段感じていて、しかし意識外へと削ぎ落とされるもの。トウモロコシのさざめき、耕作された大地の柔らかさ。流れ行く景色の中でそれが感じ取れ、思考と混ざり合う。

 小さな獣になって野原を駆けている様な気分だ。理性の炎が消えて、本能のみに突き動かされていく。ふと視界の端で上空から降るサーチライトの光に気づく。捜索が始まった。

「火星軍が動き出した。注意しろ」

『了解』

 目立つデーモンと武器を抱えたままでは隠れながら移動することも出来ない。僕たちに可能なのは、ひたすら走ることだけだ。やはりこれは不要だっただろうか?いや、むしろ絶対に必要になる。前方約120m先に端末を抱えた火星軍の兵士。拒否されようが捜索を始めるつもりで、既にコロニー中に配置していたのか。

 すぐに肩に乗せていた武器を持ち、スイッチを入れる。刃の回転が始まる。激しく鳴る足音に気付いたのか、MP5を構える。僕は武器を体の正面に持ったまま、敵の30m前方で跳躍する。慣性を残した悪魔は低い軌道を描きながら敵へと迫っていく。

「そこの不審人物!止まれ……うあああっ!!」

 警告を聞かずに思い切り振り下ろすと人間が刃の間に挟まれぐちゃぐちゃに分解されていった。それ以外の形容は出来ない。芝刈り機のぎざぎざした刃が服と肉に食い込み、噛み砕くように効率的に人体が破壊されていった。どう考えても人間に使うようなものではない。

 明らかに動かなくなったそれを刃の間から引き摺り出して、どうにか正常な状態に戻した。血と油と繊維に塗れているが、動く。まったく、スプラッターは趣味じゃない。

「ミラン、人間相手でもただ殴るだけにした方がいいかも知れない」

『見れば分かる』

「忠言は早めに言っておいた方が良いですね」

 そしてまた走り始めた。デーモンに乗っているからペースは速くなったが、それでも車ほど速くは走れない。今さっき兵士を殺したことはいずれバレるだろう。僕たちが動いている方向も、その目的も推測するのは容易い。

 さらに2kmほど走った。疲れは感じなかったが、バイタルが危険地にまで下がっているので休憩を取った。トウモロコシ畑を優先的に通るようにしたおかげで隠れる場所はある。「フィールド・オブ・ドリームス」みたいに全く姿が隠れるわけでは無いけれど、無いよりかはいい。

 あとどれだけ走れるだろうか。壁はもう少しで着く。今の体力状況なら登ることもできる。しかし、その後は?僕たちは山を越えて何処かへと行くのか、そして今回と同じ様なことを繰り返すだけなのか。不安が消えていく。考えていてもしょうがない。

 心肺機能が安定してきたころ、急に光が降り注いだ。居場所がバレた。武器を握りしめ立つ。トウモロコシ畑の向こう側、壁近くの場所に装甲車が何台も集まっている。血が脳みそに集まり、判断を下さんと騒ぎ立てる。

『地球同盟軍兵士に告ぐ!貴様たちに逃げ場はない。大人しく武器を捨て投稿せよ!』

 やっぱり似た様なことを言うのだな、僕は思った。まあ、そういう立場になった人間に対して気の利いたことを言っても逆上させるだけか。

 先ほど聞いていたノーバートと名乗る男の声が拡声器を通じて響く。その言葉どおり、周りには敵が集まってきている。そいつらにはライトが当てられていないので分かりづらいが、僅かにトウモロコシの背が揺れていた。網を張っていたのだろう。

『リュラ、どうする?包囲は薄そうだ。突破するのは簡単そうだが』

「お言葉ですが、脱出から遠のくことを考えるとあまり推奨はできません」

「僕も同意見だ」

『そうだな。じゃあ正面突破しかないか』

 レーダーから見てとれる敵の情報はデーモンが2機、装甲車7台、他武装した兵士多数。装甲車は兵員輸送のためのもので武装は付いていない。兵士たちの装備も先ほど挽いた奴から推理するに、対デーモン兵器を持っていない。勝機は薄いが存在する。

 デーモンの装備をいかに掻い潜るか、どうやって僕たちの武器を相手にぶつけるかを思考していた最中、けたたましいエンジン音が響いた。僕はその音を知っていた。瞬間、軽トラックがデーモンを轢いた。

「よう坊主ども!出てくなら挨拶程度していけ!」

 ジム・シモンズはいつものように大声を張り上げ、運転席からHK417を構えた。


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