24.
どうしてそれが銀色をしているか僕には分からなかった。僕が乗っていた機体、マルファスがそこにあった。綺麗に塗られていた漆黒のステルス塗料は剥がされて、表面にはマーカーで所々印が書かれている。それはまるで毛皮を剥いだ肉牛を今から解体する為に書かれたものに見えた。
それの前に立つと、まるで歓迎するかのように肉の檻が開く。胸部と上腕部、そして腿部の装甲が割れて柔らかく人体を保持する人工筋肉が今にも飛びかかりそうに震えた。爆発のために出来た凹みや煤、あの時に受けた傷はそのまま残っていた。
僕はどうして研究所の技術者たちがこのデーモンを廃棄処分にしなかったか考えた。それは不可思議と思ったからではなくて、ただ現実逃避をしていたい感情でしかなかった。周りのデーモンはサブノックやイポス、火星軍の装備と同じだ。だから解体して無事な部品をスペアにするだとか、あまり傷ついていないものはそのまま使うだとかする。事実として、周りのデーモンたちもそのようになっている。そうでなければ鹵獲する意味など無い。
整備性だとかをかなぐり捨てた試験機体が万が一活躍することが出来ても、パーツが全く無いのでは修理すら出来ない。もし銃弾が不幸にFCSなどの重要な部品に当たったりしたら、ガレージを端から端までひっくり返して互換性のあるような部品を探し当てなければいけない。その万が一になった僕が体験したことだ。
そんなものを誰が使うだろうか?僕だ。
M18のスライドを引く。装甲に手を滑らせてわずかな窪みに人差し指を沿わせる。後ろ向きになって倒れ込む。悪魔が僕を捕食する。
体の形に沿い人工筋肉が拡張して枯れ木のような体を掴む。拳銃が床に落ちて金属質の音を立てる。いつもはリキベントをたぽたぽと包んでいるために濡れているけど、今は乾いている。それで服が濡れるのは好ましい感覚では無いから、僕は嬉しく思った。
暗闇の中でシステムが青色の文字列を作り、明滅し、そして消える。目の奥に飛び込んでくるその光に瞼をつぶってしまいたくなる。だけどデーモンがその本能を否定する。目の前で飛び交う銃弾と爆撃を見逃さないように。僕が起こす虐殺から目を逸らさせないように。
体から悦楽が消えていく。ぼうとした熱に犯されていた意識が研ぎ澄まされて、安定していく。アドレナリンとノルアドレナリンの過剰な分泌を止めるよう、セロトニンが放出される。やっと冷静になれる。
「おかえりなさい。帰還を嬉しく思います、マスター」
「ジル……消去されたと思っていた」
「私は人間を凌駕出来るほどのAIですので、EMP程度では消えません」
ラポールのさざめき。懐かしいその声は僕にヒドラオテス基地のことを思い出させるにまで至った。どんな声であっても、感情を思い出させるまでに疲れ切っているとは。僕は拷問で失ったものが少しづつ戻ってくるのを感じていた。もしくはただ痛みの記憶をデーモンが掻き消すまでに至ったか。
道中で感じたもの。絶望、期待、安心、恐怖、冷徹、安堵。どれだけの綱渡りをしてここへ来たのか分からない。先程まで心の外側を滑り落ちていたものが、今はきちんと受け止められる。それはまた本来の自分とは違う感じ方かもしれないが、今はそれだけで十分に思えた。
「マスターが囚われて以降、私はひたすらデーモンに閉じこもっていました。彼らが理性的で助かりました。やはり火星軍もかなり……マスター。体の状態ですが」
「ああ、バールだとかランプハンマーだとかを持ち出さなくて良かったな」
「いえ、貴方の状態です。あらゆるバイタル値が異常です。直ぐに適切な治療を受けることを推奨しますが、この状態では難しいですね。脱出及びヒドラオテス基地への帰還を最優先目標に設定します」
「そうしてくれ。あ、あと右手の指が動かない。アシストをよろしく」
キィーという奇怪な音声を出して、ジルが仕事を始める。それは叫び声の真似事なんだろうか。僕はこういうことになっても叫ばないけど。
デーモンの全身に張り巡らされた人工筋肉と骨に似た駆動装置が動き、僕の体を締め付け、元から1つの人間だったかの様に振る舞い始める。デーモンが何かに似ていると思っていて、しかし言葉では言い表せない何かであると思っていた。それは単純かつ本能的に人間に似ていると感じたからだった。筋肉は人工筋肉、骨格は装甲と外部アクチュエータ。内臓はジェネレータやOS類。では脳は?もちろん、マクスウェル機関だ。
デーモンは人間以外には使えない。より正確に言うのであれば、マクスウェル機関は人間に近しいほど効率が高くなる。もしデーモンに似た無人航空機を作ったならば、マクスウェル機関の重みですぐに墜落してしまうだろう。重力を操れるだけでも不可思議なので、もはやこの程度の不可思議には驚かない。
「よし、動くな」右手を握り、開く。感覚はないけど動く。
「非常に過酷な拷問を受けたようですね。外傷的な損傷はその腕程度ですが、内臓が不明な損傷を受けています。私がその場に居たなら、その拷問をした人間を八つ裂きにしています」
「出来ないだろ」
「なんとかします」
現に僕たちを助けようとはしなかったじゃないか、と言いかけて止まった。そんなことを言った所で無意味だ。彼女は僕たちのことを知る余地なんて無かったのだから、それはただの恨み言にすぎない。ただ傷つけるだけだ。それは現在僕の生殺与奪権を持っているものに言うべきでは無い。
これがただの論理に裏打ちされた本能的な言葉であって、感情的な言葉ではないと言った所で慰みになるのだろうか。問題はそれを言ってただ彼女が傷つくだろう、という一点だけだ。
この煩雑な思考方法も久しぶりだ。感じることだけは止められずに、様々なことが浮かんでは消える。
「とにかくここから出よう。ジル、脱出に有用な情報はあるか」
「いいえ。システム復帰が間に合わず、私が記録できたのはここに運ばれてからです。武装はオバゾア拳銃のみ。グリア粒子はありません。申し訳ありません」
「どっちみち地上から出るつもりだった。気にする必要はない」
「地上?地下トンネルからではなく?」
そうだ。ここから出る手段は2つある。1つは僕たちが来たように地下から脱出すること。この場合道は覚えているし、道中で火星軍が待ち伏せしているリスクも少ない。普通に考えればこちらを選んだほうがいい。
「地下から帰るとなると、基地に敵兵を連れ込むリスクが高まる。リスクどころかそのまま運んでくる事になるかも知れない」
「ではマスターはヒドラオテス基地のことを考え、地上から帰還することを目指すと?」
「まあ、大雑把に言えばそうだ。僕たちが帰るときに一番重要視するべきものは何だ。僕は基地の安全であると考えた。僕たち2人が居なくなった所で基地には何の影響も無い。基地が無くなって僕たちが残っても、生きていく術は無い。降参を受け入れてくれたらいいけれど」
冗談らしいように受け止めてくれるようにニュアンスを変えて僕は言った。もちろんジルはそうと受け取らずに不自然な沈黙の場を作った。
僕は考える。火星の兵士たちやあの巨大なデーモンが僕を殺す手を休めるだろうか?しない、と本能が訴える。
理性的になってみよう。戦時中のPMCの扱いなんてのは聞いたことがないけど、想像は出来る。どちらの陣営出身でもなく、大した政治的な価値もない、ただ殺して回っただけの人間……それを生かしておく理由があるのだろうか?まあ、その逆もあり得るかも知れないけど。
ともかく要諦は基地を危険に晒したくないことだ。どう考えても僕たち2人とヒドラオテス基地であるなら基地のほうが重要だ。天秤にかける時間さえも要らない。その為に命を捨てる覚悟が必要だ、とまで全体主義に染まった覚えは無いけれど危険な道を辿る必要と価値がある。
「地上からだと火星軍に見付けられて増援が来る可能性もある。だけど頻繁に起こる砂嵐で捕捉される危険性は少ないし、火星の地形を利用すれば戦力差を返せることもできる」
「それはそうですが、危険であると判断します。デーモンに限らずして戦闘が起きる可能性は殆ど同一です。そうなった場合、貴方が動けなくなるよりも早く基地に帰ることが出来ますか」
2つ目の手段はもちろん地上に出ることだ。基地に危険を晒すことになる以外にも一応のメリットは存在する。戦闘になるリスクはさほど変わらないし、地形を使えば体を出さざるを得ないトンネルよりも楽に戦えるだろう。それがそのままデメリットでもあるが。
「それは正しい、しかしもっと重要なことはある。実用的な話をしよう」
僕はできるだけ冷静を装う。自分の中にあるものを他人に伝える鬱陶しさを抑えながら話し出す。
「この研究所の奴らは襲撃をされた後だ。特にトンネルは彼らにとって寝耳に水だっただろう。そこには警備をつけている可能性が高い」
「それは……そうですね」
「もし捕虜が脱出したならば、またトンネルを通っていくと考えるだろう。そこで網を張っているから、地下へ行くのはあまり現実的ではないように思う」
「……最初からそれを言えば良いのではないでしょうか。マスターは説得が下手ですね。私のようなAIでなければ最初の段階で否定を決めていました」
「AIのことか。それとも人間のことか」
「どちらもです。話しやすい友人がいて良かったですね」
考えたこともなかったけどそうかも知れない。自分がそうなりたいと思っているからこそ、自分の言葉を最後まで聞いてくれると思っている。勿論聞き分けのいい人間がそういる訳なく、基本的には火器を使っている。
僕はガレージの中にいたミランを探した。彼は使えそうなデーモンを探して、初期化設定を行なっているようだった。デーモンにはそれぞれの所有者とを結び付ける情報を記録している。単純に端末にある顔認証や指紋認証だとかと同じものと考えてくれていい。
「ミラン」
「ああ、リュラ……自分のデーモンがあったのか、良かった。私のデーモンは解体されていた」
「A&Aから請求されないかな」
「いや。過失であるならいくら壊そうが弁償する義務はない。もしお前に請求書が来たら私に言え」
やけに遅い1%を眺めた後にミランはデーモンに飲み込まれた。サブノックのごつごつとしたラインが動き始める。それから、この後の作戦行動について話し合うことになった。
「僕は地上から行くことを提案する。地下は張られている可能性が高い」
「私も同じ意見です」
『うわ。ああ、ジルも居たのか』
「お久しぶりです。『幼稚園児から始める株式投資』の朗読以来ですね」
耳元でとんでもない音量のラポールの声が鳴る。このデーモンに外部連絡用のスピーカーはない。だからもし通信のつながっていない相手と話すのであれば、そうして大声を出すしかない。直ぐにミランのデーモンとの通信を確立した。
僕はこの2人が知り合いだったと言うことを知らなかった。あの小さな筐体の中に入っていたことがあったので、それ自体は不可能では無い。彼は特殊な人間だから、それに興味を持ったということも。
『それには同感だ。他の理由を聞こうか』
「火星軍に見付けられて増援が来る可能性もあるけど、砂嵐で捕捉される危険性は少ない。地形を利用すれば有利に戦える」
『ふむ、その考えには同感だ。地上から行くことにしよう』
「捕捉して危険性を提言します。デーモンに限らずして戦闘が起きる可能性は殆ど同一です。もし負傷した場合、貴方たちが動けなくなるよりも早く基地に帰ることは出来ません。また、貴方たちの栄養状態も考慮しなければいけません」
僕は目を逸らし続けていたデーモンの健康値に目を向けた。搭乗者の体の状態を表す値だ。基本的にはリキベントシステムが血流をコントロールしてくれるおかげで、被弾でもしなければ見る必要はない。Vのアルファベットは真っ赤になっている。勿論異常だ。
ジルが無理やりに健康値の詳細を開き、僕に見せる。負傷はそれほどでもない。せいぜい右腕程度だ。おかしいのは内臓で、まるで酒とタバコと高カロリーを続けたそれのように疲れ切っていた。肺は普段の半分しか息を吸い込めない。胃腸や肝臓が全く機能しておらず、エラーを吐き出していた。
「マスターからお話しします。貴方の現在の状態は基本的に2つの要因が重なっていると捉えられます。1つは拷問によって与えられた苦痛がストレスとなり、全般的な内臓障害を引き起こしたこと。デーモンに搭載されている機器では決定的な数値は分かりませんが、類推する限りですととてもひどい数値ですね」
そこでラポールの息継ぎの音がした。それは合成音声をよりリアルにする為の味付けだけど、僕にはそれが本当にやっていることの様に感じた。人間だって怒るときはそうするように。
「2つめは栄養失調です。脳内物質が出ていて気づかなかったのかと思いますが、現在のマスターの栄養状況はかなり酷いものです。どうやって歩けたのですか。マスターがこういう脅しに屈しない人間であることを信じて言うのであれば、あと3日以内に死ぬレベルです」
それは自分の計算よりもずっと早い時間だった。僕はそれを受け止めた。恐ろしく鷹揚とした感情だった。デーモンが落ち着かせたのか、自分だけで受け入れられたのかさえ分からなかった。
「つまり地上に行くなら、3日以内に食料を手に入れないといけないということか」
「これは反対意見ではありません。私としても地上に行くことに賛成します。しかしながら貴方が危険だということは注意すべき事項です、マスター」
「じゃあ、ミランのほうは……」
『まあほぼ同じだ。栄養はリュラよりかは足りているけど、それもさして変わらない』
僕たちの戦略は決まった。研究所を駆け上がり、地上へ出る。その後にコロニーへと向かいながら追っ手を撒く。そこでどうにかして食料を手に入れなければならない。最後に基地へと戻る。
猶予は3日。その時間内に全てを終わらせなければ僕は死ぬ。
ホルスターの中にはまだそれが残っていた。オバゾア40口径拳銃。デーモン様に開発された貫通力のある特殊弾頭を使用できて、またそこそこにお手頃でそこそこに精度もいい。そういった拳銃だ。
兵士たちから奪ったMP5やM18は使えない。トリガーガードにデーモンの指が入らない事もそうであるし、何より貫通力が足らない。大体の拳銃に装填されるのは通常の鉛でできた弾頭なので、グリア粒子の壁を突き破れない。この銃器たちももれなくそうだ。FMJであったなら、少しは有効だろう。
デーモン同士の戦闘でなぜショットガンなどを使わないのか。なぜライフルだけを使うのか。あんなに近距離で戦うのであったらバードショットか何かを連射できる銃器を開発した方が良いのではないか。せっかく大きな銃が使えるのだから、榴弾をたくさん撃てるランチャーがあれば良いのではないか。そういう考えを持つ人間は少なからず居た。なので黎明期にはもっと多様性のある兵器環境があったらしい。僕はそれを伝聞でしか知らない。
アウターシールドはグリア粒子の結合から成っている。僕だって詳しくはないけれど、電気を纏った金属の粒子が結合して出来ているものだ。根本的には金属なのでその結合をずたずたにしない限りは再び結合してしまう。つまり、何か貫通力を持った兵器でない限り対デーモンには効果が薄いということになる。
この事実に気づいた銃器メーカーたちはこぞって既存の威力ある弾丸を使ったものや、また貫通力のある新しい弾丸を使ったものなどを売り始めた。そういう進化の収斂があって、今の対デーモン兵器群は面白味のないライフルたちが席巻している。
この拳銃はそういう時代を生き抜いた。拳銃の利便性と軽さをそのままにしてホルスターに入れられるようにした。独自性を求める一部の人間からしてつまらないものだけれど、僕たち兵士にとってはそっちの方がありがたい。
銃器はその一挺だけだ。ジルがずっとロックしていたからこそ機体に残っていたオバゾア。ミランはその辺にあったハンマーを持った。デーモンにはあまり効果が無いだろうけど、人ならスラッシャー映画みたいに惨殺できる。
僕たちは地上を目指して行動を開始した。武器庫は目指さない。必要なのは速度だ。僕の体の事もそうであるし、デーモンが起動したら太刀打ち出来ない。巨大なデーモンが出て来たらどうなるかは、想像しなくてもいい。
何人かの警備兵の頭をかち割ったり、腹に拳を突き立てたりしながら僕たちは上階へと駆け上がっていく。逃げ惑う人々の悲鳴やサイレンが交わり音楽を奏でる。恐怖、憎しみ。そういった表情と合わさって、僕はその全てに銃弾を撃ち込んでしまいたくなる。今はどうだっていいと思い込むようにする。
うるさいものは嫌いだと思う。僕は単純に殺し合うことは普通に行える。それはただの生存競争だからだ。ただ、僕はたまに虐殺を行う。その全ては命令や目的があったからこそ行うものであって、僕自身の意思はない。必要なことだった。
僕たちがデーモンの居場所を訪ねた時に行った事もそうだ。手を上げない人間に撃たなかったら襲われる危険性があった。正当性はどこにあるのだろう?僕の中には殺すことに何の躊躇も持たない感覚とその選択を後悔している感情がある。傲慢だと思う。しかしそういうことを考えないようにすることが「楽しむ」ために必要なことだと思う。
目の前には赤いデーモンが居る。オフュークスのデーモンのようなメタリックな色ではない。火星の赤い地面に溶け込むように塗装されたそれはまだ乾いていない血のように見える。無意味な虐殺を行う最たる人間、アーウィン・リース。
『ああ……まさか脱走するとは考えていなかった。ベルトの耐久力は課題だったが、反撃できるだけの体力が残っているとは思いもよらなかった。反省しよう』
いつものように殺したあと確認するような時間もなかった。もし有ったとしてもあの朦朧とした状態では彼がまだ生きていることを気付けたかは怪しい。デーモンは出血を封じ、脳内の血液量が減った事を隠蔽する。しかしそれはあくまで応急処置に過ぎない。自分自身には分からずとも思考は少し鈍る。勝機はある。
僕はオバゾアの銃口を向け、すぐに引き金を下ろした。爆発する火薬の音が通路を包む。その瞬間には敵はもう動き始めていた。
だらりと垂れていた上体が一気に動く。倒れ込むようにして被弾を最小限に留め、CV-7ライフルを信じられない速度で構えて僕たちに発砲する。脇腹から腿にかけての人工筋肉が収縮した後に解放され、僕たちは飛び退く。装甲に銃弾が掠る感触が伝わる。
『そしてここまで来た。お前たちはまさしく正しい選択をした。ここのデーモン乗りは皆トンネルに向かわされた。エレベータに行った奴もいたな。私がいなければ何事も無く脱出しただろう』
ミランが簡易通信で伝えた。暗号で送られてくるそれが解かれると、僕はそれに同意した。”crossfire”。意味は何となく伝わる。どういう訳かペラペラと喋ってくれているので隙はあるだろう。
右側へと距離を取りながら射撃する。至近距離の戦闘で狙いをつける時間はいらない。弾頭がリースのアウターシールドに到達してグリア粒子が舞う。彼はそれを見ながら僕に銃口を向けて発砲を始める。先程の指切りとは違う乱暴なフルオート。
『人の話はよく聞くべきだろう?!』
デーモンの筋肉が隆起する。跳躍して壁に向かい、そこからまた跳躍して反対側の壁につく。ピンボールのように跳ねながら僕はリースへと近づく。下には高速で突進するサブノックが見える。
リースが跳躍する。後方ではない。前方へ右足を残しながら狙いを定めている。標的は僕だ。咄嗟に構えた腕をすり抜けて鋼鉄の塊が接近する。金属どうしがぶつかり合う重厚な音と、肩口に訪れる衝撃が刹那の内に伝わる。その直後に僕は吹っ飛んだ。
その目を離した間に銃撃音がした。通路の床に目を向けるとミランが倒れていた。薬莢が床に落ちる音が静かに残響の上に鳴った。
『やはり腕は立つ。モロクを倒すだけの事をしたのだから。しかし残念ながら、武装が足りなかったな』
『生きているか?ああ、まだ少し動けるようだな。さてどうするか。発砲自由と言われているが、生けどりに出来たなら褒章も降るか。そうしよう』
「……どうして戦闘中に喋る」
『おお、愚問だ。私の全てを伝えたいからだよ』
通信は繋がっていない。彼の声はデーモンの外部スピーカーから放たれている。訳は分からないが、取り敢えず時間を稼げる。システムが人工筋肉に電気を通して動かすまで待つ。
『お前は戦闘を殺すための手段として考えているようだ。だが違う。戦闘とは対話であり、進化への道であり、許しだ。罪深き者が浄化されえるのだ』
「何を言ってるのか分からない」
『兵士とは何だ。殺人の咎を背負う事も出来ずにいる者だ。それに価値を見出しても罰もなく、また許しもない。闘争はそれを洗い流す。分かるだろう、リュラ』
『それだけが私たちの意味だ。私たちは血の中をかき分けて進む。それが平和の中にしか生きられない人間たちとは違う、闘争の中にいる私たちの役だ』
「勝手に主語を大きくするな」
それは一種の真実味を帯びていた。狂人の言葉とはそういうものだ。大半の言葉は否定出来る。しかしながらある程度の真実味を帯びているからこそ、完全に否定がされない。僕はこの火星戦争の最初のことを思い出した。
ストランドで丸焼きになった兵士の言葉。第六の喇叭。それが吹かれると4人の騎兵が解き放たれておおよその世界が破壊される。しかし終末ではない。血は流れに流れているのにまだ世界にしがみつく人間がいる。そいつらはまだ生きていて、神の国に渡る時を待っているらしい。
まさしく今の状態だろう。火星にいる僕たち、火星軍。それらはやがて死ぬ。しかしまだ生きている。
ミランの上半身が突如として持ち上がり、リースの右腕を掴む。右手で拳を作り、乱暴に叩き始めた。アウターシールドに衝撃が走り、霧散し始める。僕はそれに合わせて残っていた弾丸を全て叩き込む。すぐにリースがホルスターから拳銃を引き抜いてミランに撃つ。力が抜いた彼を引き剥がして僕を見る。だが正面のアウターシールドはかなり薄くなった。好機だ。
『礼節を知れ!』
迷いなくオバゾアを投げ捨てて僕は跳躍した。腕はまだ動く。CV-7の銃口が見つめる。銃弾の雨が降りかかっても質量と速度を持った悪魔は止まらない。アウターシールドを突き破り、彼を床に押し倒す。するすると慣れた動きでマウントポジションを築く。
確か格闘技の世界ではここから返す手段もあるらしい。A&Aの指導教官は格闘技マニアでそういうことを言っていた。その世界で効果的な技をいくつか教えてくれたけど、僕はあまり使った事はない。実際のところ、咄嗟の近接戦闘で必要なのは行動の速さだった。
僕は何度も拳を彼の顔面に叩きつけた。腕を引き剥がし、右手か左手を打ち込む。少しでも力を緩めたら窮地に立つと分かっていたので、僕の腕に対する容赦は捨てた。頭骨よりも手骨の方が脆い。君が教えてくれた事だっけな。間違いなく衝撃で脳がやられただろう、という程度までそれを行った。がつがつという特有の金属と人工筋肉の塊がぶつかる音が響き渡る。
彼は少しも動かなくなった。時折首筋の人工筋肉が漏電によって痙攣した。ただ、その小さな運動だけだった。間違いなく死んだだろう。僕はミランを助け起こした。
「大丈夫か、ミラン」
『ああ。足を撃たれたが、幸い動脈は無事だ』
僕たちはまた上階へと向かい始めた。展望は無いけど、不思議な高揚感に一瞬包まれた。それがリースの言葉通りのような気がして腹立たしくなった。




